【短編】無能だと思ったら本当に無能だった

科威 架位

地図の上下って分かりにくいよね

「艦長! レーダーに異常が!」

「故障か!? 敵艦に補足されているこんな時に……ソナーは動くか!」

「動きません!」

「なんだ、なにが原因だ!?」


 俺が戦闘指揮所を掃除していると、非常に慌てた騒々しい声が響いてきた。

 だがまあ、雑用である俺には関係のないことだろう。俺は再び、自分の仕事に集中する。


「どうやら、配線がショートしているようです!」

「どういうことだ!? というか……おい、エイベル!」

「はっ、はい?」

「今は運用時間中だ! 雑用があるとはいえ入ってくるな!」

「あっ、すんません……」


 忘れていた。戦闘指揮所は、入室が制限されるときがあるということを。

 起してしまったミスを認めることは大事なことだ。俺は艦長に謝り、無言で掃除道具を片付け、その部屋から出ていこうとする。

 その直前で、何かを見つけた艦長が俺に声をかけてきた。


「おい、エイベル」

「はい?」

「この、水をこぼしたような跡はなんだ?」


 おっとまずい。バレてしまった。

 跡が残らないように拭いたはずだが、艦長の目はごまかせなかったようだ。

 俺は決意を固め、怒られる覚悟をした後、なにが起こったかを正直に話す。


「バケツを蹴り飛ばして……その、零しちゃいました」

「……床だけか?」

「えっとぉ……」


 これは、水がかかった場所のことを聞いているのだろう。

 人の気持ちを汲み取れない俺だが、さすがに今の艦長が考えていることは分かる。そして、危惧していることも分かる。

 今にも沸騰しそうな顔の艦長の方へ向き、俺は告げた。


「ここら辺、一帯に……」


 周りを見ると、煙を吹いている回路が視界を埋め尽くしている。

 魚雷が命中したのか、戦艦が激しく揺れている。そして、この戦艦はボロボロだ。主に、日々の戦闘の傷と俺のせいで。


 思えば、ここに居た時間は長かった。最初は普通に乗組員として扱ってもらっていたが、俺はいつの間にか雑用以下の扱いも受け入れてしまっている。

 まあ、それも仕方ないが。


「この無能が────!」

「ごめんなさい────!」


 ミサイルが大量に命中したせいか、頭に響くほどの爆音とともに、俺の視界を炎が包んだ。



 ◇



「────海の底に沈む前に、回収できるものは回収しろ!」

「クラストを優先的に探せ! それ以外は二の次で良い!」

「この船、物資が少ないな……」


 なんとか生き延びていた俺は、手足をギッチギチにロープで縛られた状態で、敵艦の乗組員に捕えられていた。

 今は、敵艦が総出で船の残骸を漁っている。その漁りようの必死さと言ったら、空腹すぎて土にありつく子供のようで、非常に滑稽だ。


 その光景を眺めていたら、俺を監視する役目を背負わされている女が話しかけてきた。


「お前以外の乗組員は何人だ?」

「大体、四千人。端数までは分からない」

「クラストはどれくらい積んでいる?」

「分からん。知らされてないからな。でも、余裕はなかったと思うぞ」

「なぜだ? この海域は、クラストが多く取れる場所のはずだが」

「順路を間違えまくったからだな」

「……ありえない。地図はどうした? どんな弱小艦隊でも、この海域の地図なら持っていると……」


 もちろん、地図なら持っていた。

 設備も完璧だ。乗組員の人数も足りていて、機械のメンテナンスも、彼らは怠っていなかった。今思えば、俺の元仲間たちは、それなりに優秀だったのかも知れない。


「…………いやー、あの地図、上下が分かりづらかったからなぁ」

「……? なんだ?」

「なんでも。お前らとは別の戦艦との戦闘で地図がどっかに行ったんだよ。そんでも、なんとか島を目指そうとしてたみたいだがな……」

「そうか……それで装甲があんなにボロボロだったのだな」


 騙されてて笑える。

 俺程度の嘘におどらされるこいつは、もしかしたら俺に次ぐほど無能なのかもしれない。


「……よし、全員撤収! すぐに持ち場に戻り、作業を再開しろ! 回収した残骸は開発に回しておけ!」

「リーダー格かよ……」


 無能じゃなかった。もっといえば、有能側の人間だった。


 いつの間にか、俺が乗っていた船の残骸はほとんどが回収され、海面に浮かんでいるのは木製か、金属製かも分からない破片ばかりだった。

 仲間の死骸は海中に沈んでいったのだろう。船の残骸よりも雑な扱いを受けていて、ちょっとばかり不憫だ。


 感傷に耽っている内に俺は子船に乗せられ、敵の戦艦に連行されていった。



    ◇



「処分が決まるまでここで大人しくしているように。いいな?」

「へいへい」


 鉄格子の牢屋に連れてこられた俺は、大人しくこれから下される処分を待っていた。

 この船の彼らにとって、俺は敵対している軍の兵隊だ。普通なら、こうして船に上げられることもなく、海に捨てられたまま人生を終えていただろう。


 今生きているだけでも、かなり奇跡だ。


「てかロープ外してもらえてないわ。どうすっかこれ」


 子船でこの戦艦に連行された俺は、体中の隅々まで荷物検査と身体検査をされた後、ロープを解かれることもなくこの牢屋にぶち込まれていた。


 ロープはかなりきつく結んであり、手首をグニグニと動かしてみても解けそうな気配はない。牢屋にぶち込んだ上でこのような拘束状態にしておくとは、どんだけ心配性なのだろうか、と不思議に感じざるを得ない。


「看守さーん、ロープはずしてー」

「処分が下るまではダメだ」

「どうしても?」

「どうしてもだ」

「なら早くするよう上に進言してくれ。でないと手首が壊死しちまう」


 看守の男も、俺のロープを外す気はないらしい。俺は仕方なく、無言で指示を待つことにした。


 待つこと三十分、俺が予想していたよりもはやく、この牢屋に一人の男がやってきた。その男は、俺に牢屋で待つように命令を下した人間だった。


「貴様の処分が決まった」

「はいはい。どんな結果でも受け入れますよ」

「余裕だな?」

「根拠のない、楽観的な思考をしてるだけですよ」

「そうか。お前には二つの選択肢がある。このまま捕虜として牢屋に閉じ込められるか」

「はいはい」

「お前が今所属しているモルトを裏切って、俺たちの所属するジョニーに加わるかだ」

「後者でお願いします」

「分かった。配置についてはこの後通達する。まずは船内を案内しよう」

「お願いします」

「……一応聞くが、仲間を裏切ることに躊躇いはないんだな?」


 これはどういう意図の質問だろうか。

 俺は、この男の威圧感に負けてモルトを裏切ることを決めただけだ。そのモルトにも、同僚はいても仲間と呼べるような人物はいなかった。今の俺の心は、自分の保身に走ることしか考えていない。


「……特には?」

「……モルトは、高い勉強代を払うことになるかもしれんな」

「あ、そういえばお名前は?」

「俺はクレイグだ。お前は?」

「俺はエイベルです。よろしく」

「ああ、よろしく」


 こうして、鞍替え先であるジョニーの戦艦での生活が始まった。



    ◇



 ジョニーの戦艦で暮らし始めてから一週間が経った。

 まず掃除係に任命された俺は、甲板や寝室の掃除に精を出していた。バケツの水を使い、床や壁をモップや雑巾で拭くといった簡単な作業だ。

 掃除はモルトの戦艦でも長い間こなしていた。所属する組織が変わっても、その経験は幾ばくかは生かせるだろう。


「ぎゃー!!」

「急に転んでどうし────おい! ここに水をこぼしたまま放置してるのは誰だ!」

「おっと……黙っとこう」


 甲板に水をぶちまけたのは俺だ。だが、幸い誰にも疑われていないようなので、ここで名乗るようなことはしない。それよりも、これから同じミスをしないように努めることの方が大事だ。


「……クッソ、酷い目にあったぜ」

「あ、そこは……」

「ぎゃー!!」


 さきほど転んだ青年が、俺と少し離れた場所を掃除しようと歩いてきた。

 だがそこは、俺がモップの水をよく絞らずに拭き、放置していた場所だった。あとで余分な水を雑巾で拭きとろうと思っていたのだが、その前に被害者が出てしまった。


「大丈夫かぁー! 誰だ! モップはよく絞れ!」

「ま、仕方ない仕方ない」


 だがまあ、これも次に生かせばいい。気負う必要はない。

 しかし、迷惑をかけているのは事実なので、転んでしまった人を助けるくらいはしてあげようと思う。


「だ、大丈夫ですか?」

「ん、ああ、モルトからの新入りか。手を貸してくれないか?」

「は、はい」


 転んでいる男に手を差し伸べ、強く手を引いて立ち上がらせる。

 立ちあがった男は早々にその場から離れ、滑りこけない程度に乾いている場所へ退避していった。

 俺も直ぐにその場から離れ、モップでの掃除を再開する。

 すると、さきほどの男が話しかけてきた。


「なあ、エイベルだったよな?」

「はい、そうですが」

「そうか。俺はバイロン。よろしくな」

「よ、よろしくお願いします……」


 この人は掃除をしなくてもいいのだろうか。俺はバイロンと握手をしながら、そんなことを考えていた。

 さきほどからこの男は、甲板を掃除している様子を見ていない。それどころか、寝室、倉庫などの掃除をしている場面も見たことがない。


「モルトにいた時は、どんな配置についてたんだ?」

「えっと、今と同じです。主に雑用を」

「そうなのか? てことは、あの戦艦の乗組員としても新人だったのか?」

「いえ、数年は経っていたと思います」

「そうか……なあ、ほかにも色々教えてくれないか? 興味があるんだ」

「でも、掃除が……」

「真面目に掃除するのか? いいねぇ、やる気があって」


 めちゃくちゃ話しかけてくる。なんだこの人は。

 そう思って軍服の袖の先にある階級章を見ると、確実に俺よりは立場が上であることが分かるほどに派手な装飾が施されていた。

 俺は慌ててモップを投げ捨て、敬礼する。


「しっ、失礼しました!」

「おいおい、軍の備品は大切にしろよ。ま、やる気があるようだから見逃してやる」

「ありがとうございます!」


 なんでこんな人が俺に話しかけてくるのだろう。

 なんでこんな階級の人がこんな場所にいるのだろう。


 疑問に思うことは幾つもあるが、それよりも気にするべきことがある。

 俺はついさっきまで、バイロンに対して同階級の人と同じ接し方を取っていた。下手をすれば、海という名のごみ箱に捨てられてしまうかもしれない。


 だが、目の前の彼は、変わらず微笑を湛えていた。


「ハハッ! やっぱり、俺の階級に気付いてなかったか。別にいいぞ、階級章を見た瞬間に自分より上だと気付けただけで上出来だ。お前は元モルトの所属なんだからな」

「寛大な処置、感謝申し上げます!」

「ああ、また、食事時にでも話をしよう」


 バイロンは俺に背を向けると、戦艦の内部へと戻っていった。


 交わした言葉は少ないが、階級を知ってからは気が気ではなかった。

 それにしても、彼が俺に興味を持つ理由が一切分からない。俺の階級はそこらの兵隊と変わらないし、能力的にも目を見張るようなところはないと思う。


 他の兵士と違うことと言えば、俺はモルトから鞍替えしたということくらいだ。そんな人間にも話しかけているのは、軍隊の中の雰囲気をよくするためだろうか?


 そんな風に考えに耽っていると、海の上でもよく響くクレイグの声が、俺の耳に入ってくる。


「よし、甲板の掃除は終わりだ! 各自日課を済ませておくように!」


 その声に、甲板にいた兵隊全員が短く返事をし、モップを物凄い速度で片付けていく。

 俺も遅れないように素早く掃除道具を片付け、戦艦の内部へと戻っていった。



    ◇


 敵戦艦が現れた。


 正確に言うと、俺の仲間と同じ戦艦だ。


 今、船内は、その戦艦との戦闘でとても忙しくなっている。


 俺は武器や砲台を扱うような役割ではないので、命令を待ちながら外から聞こえてくる砲撃の音を静かに聞いている。


「お前、何してるんだ?」

「め、命令を待っております!」


 そんな俺のところに、バイロンがやってきた。

 高い階級でありながら暇なのかと不思議に思ったが、さすがに失礼な考えかとその思考を払拭する。


「ああ、お前は設備点検が主だったもんな。それに、砲台なんかの扱いもさすがにまだ教えてもらってないのか」

「えっと……どのような御用でこちらに……?」

「暇だから来ただけだぞ」

「そ、そうですか……」


 こんな状況下で、そんな理由で船内を歩き回ってもいいのだろうか?

 俺の隣に座るバイロンを見ながら、俺は緊張と困惑で心の余裕がなくなっていくのを感じていた。

 そんな俺に、彼は容赦なく話しかけてくる。


「敵の戦艦、見たか?」

「は、はい」

「あれは、お前が以前乗っていた戦艦と同じか?」

「そうですね。大きな違いはなかったかと……」


 正直、前の戦艦の姿はよく覚えていない。だが、特に違和感を覚えていないということは、大きな違いはないのだろう。

 それでも、バイロンは納得していないのか、圧を強めて俺に詰め寄ってくる。


「本当か? それは」

「ほ、本当です! 船底のあたりに四角い薄い線があったくらいです!」

「それは……まずいな」

「へっ?」


 その直後、ひときわ大きい衝撃が戦艦全体に響き渡った。

 何事かと、状況を整理する暇もないまま、伝声管を伝って、女の声が響いてきた。


SBシーブレイダー出現! ソルティ部隊は直ちに発進せよ!」

「やっぱりか。水中起動兵器……シーブレイダー」

「えっ」


 知らない。なんだそれは。

 その事を質問するよりも先に、バイロンは立ち上がって部屋から出ていこうとしていた。今の報告にあった、ソルティ部隊と関係があるのだろうか。


「……エイベル。甲板に出ろ」

「は、はい。承知しました。俺は、何をすれば?」


 甲板に出たとて、俺ができることはない。それに今は、飛行科などが忙しくしているだろうから、俺が行ったとしても迷惑なはずだ。


「見ていろ。俺たちの戦いを」



    ◇



 目の前、と言ってもかなり遠くだが、海中で、複数の機体が壮絶な争いを繰り広げていた。おそらく、あの機体がSBシーブレイダーだろう。


「新入り! なんでここにいる!?」

「上官に指示されました!」

「……クソ忙しい時に! 嘘だったら砲弾にしてやるからな!」


 SBシーブレイダーは、とても歪な魚の形をしている。

 形がいびつな理由は、いくつも取り付けられた装甲や武装が凹凸をなしているからだろう。


 大きさは、三階建ての建物と同じくらいはありそうだ。

 それほどに巨大な機体が、あらゆる武装を駆使し、敵の機体を駆逐せんと戦っている。


 その光景は、俺が今まで見てきたどんな光景よりも、心を踊らされるものだった。


「すごい……!」


 一際激しく動いている機体がある。あれらに人が乗っているとすれば、あの機体がバイロンが搭乗している機体だろう。


 慣れた動きで敵の機体を駆逐していくその様子は、舞踊のようで美しくもあった。


「敵機体が、もう……」


 いつの間にか、敵艦から出てきた機体は全て撃沈されていた。物凄く手馴れている。おそらく、何年もああしてこの戦艦で働いているのだろう。


 いつの間にか、敵戦艦も撃沈されている。


 こちらにも多少の被害があったが、俺たちの勝利だ。



    ◇



 良いものが見れたと思いながら、俺は元の部屋へ戻ろうとしていた。


 その道中、俺は階段裏で奇妙な物を目にする。


 すすり泣いている、どこかで目にしたことのある女だ。


「えぇ……」

「だっ、誰だ!」

「あっ、何も見てません。人違いです」

「待て。逃がさんぞ」

「ひぇっ」


 女の放つ物凄い剣幕に気圧された俺は、手を引かれて近くにあった倉庫へと連れ込まれてしまった。

 倉庫の中は一応電灯がついているが、どこか薄暗さを感じさせる。


「約束しろ」

「はい……?」

「今見た物を、誰にも言わないと約束しろ」

「や、約束します」

「貴様……もしかして、以前モルトの船から回収した乗組員か?」

「は、はい、そうです」


 その瞬間、この女のことを思いだした。


 俺が海から回収されてロープで縛られていた時、いくつかの質問をしてきた女だ。

 なぜ泣いていたのか疑問に思った俺は、軽い気持ちで質問してみる。


「なんで、泣いてたんですか?」

「なぜ貴様に……まあ、言いふらさないと約束したからな。教えてやる」


 そんな言葉一つで信じられると、こちらとしてもむず痒くなる。

 俺がそんな感情を抱いている中、女は泣いていた理由を語りだした。


SBシーブレイダーは、船底から発進する。それは、私も知っていたことだったんだ。だが、先の急な奇襲で、私はそこまで目を回すことができなかった」

「なるほど」

「そのせいで、一手遅れてしまった。敵のSBシーブレイダーには戦艦に傷をつけられ、その衝撃でけが人も出た。私の責任だ……」

「なるほど」

「バイロンがいてくれたから助かったものの、彼に頼りきりになっている私の不甲斐なさが、私は悔しくてたまらんのだ……!」

「なるほど」


 少々、責任感が強すぎなのではないだろうか。

 ミス一つにくよくよしていると、それこそ二手も三手も遅れる可能性がある。それに、くよくよするどころか、この女は、ミス一つで大泣きしているのだ。


 だが、この責任感は俺が絶対に持てないものだ。俺はそれに、小さな輝きを感じている。


「……一つ、いいでしょうか?」

「……なんだ」

「俺は、人が一人の人間として大事にすべきことは、特にないと思ってます。けど、独立した個として生きる上で、絶対に忘れてはいけないことがあると思うんです」

「それは、一体……?」

「他人の言葉で一喜一憂するのは三流、失敗や成功で一喜一憂するのは二流、一流はそれらから学びを得続ける、です」

「私を二流と言いたいのか!?」


 まずい。まずい風に伝わってしまった。まあ、俺が思っていることは概ね間違っていないのだが。


 俺は気を取り直し、言葉を続ける。


「違います。今あなたがすべきことは、階段裏で誰にも見られないようにくよくよすることではなく、自分の中で反省点をまとめることだということです」

「分からん。どういうことだ……?」

「なぜ、急に奇襲を受けたのか。なぜ、衝撃でけが人が出てしまったのか。なぜ、誰もSBシーブレイダーに気付かなかったのか。ぱっと思いつくだけでも、考えるべきことが沢山あります」


 物事には、絶対に原因が存在する。

 人間には、それを追求し、解明する力がある。

 その力を活用しないで、人として、どう生きていくというのだろうか。


「幸い、今回は致命的な損傷は受けていません。それだけで、安い勉強代だと、そう思えませんか?」

「勉強代、か……」

「そう、この世で発生する損失は全て、これからに生かすべき勉強代なのです。大昔から言い伝えられている、とても大事なことですよ」

「そう、だな……」


 倉庫の扉を開けた女は、さきほどとは打って変わって、晴れ晴れとした表情でこちらを振り返る。


「時間を取らせて悪かったな。持ち場に戻っていいぞ」

「分かりました。失礼します」

「あ、それと」


 その場を立ち去ろうとした俺に、女は軍服の袖を見せつけてきた。

 その模様を見た瞬間、悪寒がぞわっと俺の全身を襲った。


「私、イヴリン。艦長だから。言葉には気を付けろよ」

「あ、え、あ……」

「どうした? 失敗で一喜一憂するのは二流じゃなかったのか?」


 突如襲い掛かる、恐怖と緊張。そして屈辱。

 俺は言葉も出せないまま、立ち去っていくイブリンの背中を見つめていた。


 ……人と話すときは、ちゃんと階級を見るようにしよう。

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【短編】無能だと思ったら本当に無能だった 科威 架位 @meetyer

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