# VII speechless

▶︎言葉にならない

_________

カコ


「これは“リンゴ”こっちは“ブドウ”」

15歳ほどだろうか。

まだ幼い少年に分厚い本を指さして、熱心に教える人間がいた



「りんご。と、ぶどう」

幼い少年は拙い日本語で復唱する



すると人間は目を見開いて、手を合わせて喜ぶ

「そうそう!よくできてるよ」

このときだけ、人間の目は光と希望の色を生み出す


「これは?」


「それは‥味噌汁だね」

人間はくすっと笑った


「みそしる」



「おおー!よく出来てる!今日は調子いいね〜」


「人間が教えるの上手いから」


「あははっ、もーそろそろ名前呼んでくれてもいいんじゃないのー?」


「次はなに教えてくれるの?」


「え!ちょっと無視は無いでしょ!もしかしてこのかっこいい俺の事見えてない?」


「見えてない」


「いつこんなやり口教えたっけなー…。えーと次はねー……」


人間は様々な知識を持っていた。

この世界では知識は財産なのに。それをばら撒く人間の意図は全く読めない。



「この人間、寝てる」

少年は本の中ですやすやと眠る人間を指さす


「この人はねー、夢を見てるんだよ」


「ゆめ?」


「そうそう、自分がやりたいこととか、食べたい物とかを考えること?かな」


「ゆめ…」


少年は俯いて考えだす。

人間らしく振舞って、人間と関わらない方法。

それが欲しいだけ。

人間のマネをする。これが一番の解決方法だと少年は理解した。


だから、自分には個性なんて必要ない。

だから、個性のある僕は要らない。

そうとは言っても、可燃ゴミのように簡単に捨てられたら苦労なんてしてなかったはずなのに。


妄想に歯止めが効かなくなるうちに、空はすっかり闇に染まっていた。



「あっ、もうこんな時間…。門限だから、また明日!」


人間は光と希望を失った目で、今日一番の笑顔を見せる



「うん、また。」


✧  ✧  ✧


次の日も、朝早くから此処へ来た


「まだかな…」


一人には大きすぎる机にぽつりと座って待っている。

人間を待つだけの時間は時が止まるように遅く感じた。



「あれ、もしかして結構待ってた?」

両開きのドアのすきまから人間は顔を出した。


「ううん、まってない」


「あははっ、嘘が下手だな〜。さっきからずっと待ってたんでしょ!」


「…うん」


「気遣ってくれて、ありがとう」

「やっぱり君は優しいね」


いつもニコニコとして優しい少年。でも今日は表情が硬い気がした。


「‥あんまりジロジロ見ないでよ。なんか顔についてる?」


こちらがまじまじと顔を見つめるから、人間はそっと腕を後ろに隠す


「それじゃあ。今日も勉強、頑張ろー!」


✧  ✧  ✧


それからも毎日、人間の知識を教わった。


✧  ✧  ✧



「あのさ、高校決まったんだ!」


今日の人間はいつにまして嬉しそうだった

”受験”に合格したらしい。

高校名は代理学園というらしい。


「これからはあんまり来れないかも‥」

と人間は眉をひそめる



「…寂しいけど、おめでとう」



⭐︎ ✩ ✩


あれからは1人で図書館にいることが多くなった

まだ自分には大きすぎる机に分厚い本を重ねて並べた


窓から吹く風が暖かくなってきた頃、

一人の人間が図書館に来た。


「久しぶり。」

1年ぶりに姿を見せた人間は、疲れきった笑顔で口を開く


「なんかさ、疲れちゃった」


人間は、いつもは後ろで隠している腕をこちらに見せつける



もう彼はボロボロになっている。


「……。」


なにも返す言葉が見つからなかった。

人間の、痛々しい体と胸が苦しくなる笑顔を見ると、目の前に涙が溢れてくる。


「きゅ、急にごめんね!うん…。じゃあね。」



『じゃあね』って、もう会えないことだろうか。

今ここで人間を呼び止めないといけない気がした。

人間らしく人情しかない勘がふっと湧き出たような気がした。



「……まって、夜桜!!」


人間はいまにもドアから消えてしまいそうなとき、やっと少年が声を上げた。



人間は振り返る。

「あれ、初めて名前呼んでくれたね。」


「夜桜がいないと、僕は人間になれッ…」


『人間になれない』と言いかけ、はっと口を抑える。

人間じゃないことはもうバレてるだろうけど、今の夜桜に言ったら、彼にまた重荷を背負わせてしまう。



「君が人間じゃなくてもいいよ。だって君は、優しいんだから。」

「…君との時間は楽しかった。ありがとう」


ガシャンと重たい両開きの扉が閉まる。

扉の音はこだまして、手を伸ばしても届かない距離にあるドアノブをただ見つめる。









結局、人間は裏切るんだ。


「いちばん、嫌なことしてくるじゃん…」










✩  ✩  ✩


「……いか…ないで…」


外、眩しい空の下から誰かの声がする。


「声、、?」

「おーい君!そこでなにして…って寝てる?」



「ぇあ?寝て…ないけど……」


瞼を擦りながら薄く目を開ける

太陽の光が容赦なく少年に降り注ぐ



「間抜けな声してんのバレてるよー。あと2度寝しようとしないで!」

「だいたい授業サボってなにのうのうと太陽の下でお昼寝なんかしてるんだい!」



寝起きの生物に大声は危険だって、教わらなかったのかな

教師の説教はいつどんなときも五月蝿いものだから仕方ないんだろうか…



「んん…天気が良かったから…」



「まーた馬鹿げた理由で。早く授業受けに行ってこい!!」


「眠いよー…」

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