愛を欠いて泥舟
和尚の読経が耳をすり抜けていく。どうしてお前が。そう思ってしまった自分が愚かで、かぶりを振った。どうしてそっちが。せめて──。訃報を聞いてから、何度も同じ言葉が脳裏をよぎった。
優しいやつだった。友達も多くて、しょっちゅう遊びに出かけてはその時の話を面白おかしく教えてくれた。勉強もスポーツもそこそこできて、自慢の息子だ。小さい頃、お父さんと言って両手を伸ばして抱っこをせがんできた笑顔が忘れられない。じいちゃんに買ってもらったランドセル。お前がランドセルに背負われてるようなアンバランスさが可笑しくて、みんなで笑い合った。運動会の組体操で1番上に乗ってたことも、遊園地でジェットコースターから降りてきたお前の顔が真っ青で大笑いしたことも、海水浴に行って競争したことも、成人式のスーツ姿も、全部昨日のことのように思い出せるのに。
事件に巻き込まれたというから覚悟していたが、眠るお前の体はきれいなもんだった。これは悪い夢で、ひょっこり起き出すんじゃないかと思うのに、俺の瞼が熱くなるばかりで一向に夢が覚める気配はない。最近は、お前との晩酌が楽しみだった。よくできた息子なんだ。どうして、お前が。もっと他に死んでもいいような悪いやつはいたはずなのに。
嗚咽が止まらない。どうして息子がこんな死に方をしないといけなかったんだ。返せ、返せよ。俺の息子を返してくれ。
同じく泣きじゃくる嫁の隣で、ぼーっと前を見つめているもう1人の息子は、本当に状況がわかっているのだろうか。もう、お前の優しい兄貴はいないんだぞ。泣くなら、今だろう。
俺はある時から、こいつのことがわからなくなった。癇癪が激しくて、言葉が通じない。空気が読めない。何を考えているのかわからない。今まで、嫁とあいつに面倒を任せきりにしていた自覚がある。俺は、こいつが怖いのだ。今日だって、こいつを連れて来ていいのか悩んだ。暴れやしないかと。嫁が上手いこと説明したようで、今のところおとなしくしているが。
なぁナオト、父ちゃんどうしたらいい。
嫁の背中をそっと撫でる。今までお前たちに頼りきっていた分が、これから俺に降りかかってくるだろう。ちゃんと向き合わなければならない。今まで目を逸らしてきて悪かった。父ちゃんこれからちゃんと頑張るから。だから、なぁ、俺を置いてかないでくれ。どうしてお前なんだ。
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