手のひら返し

私は今日、事件のあった車両とは離れた車両に乗っていた。その時私は眠っていて、なんだか周りが騒がしくなって目を覚ました。駅に着いたのかと思ったけど、そうじゃなかった。乗車率が100%を超えた新幹線は通路にも人が立っていて、それなのに前方から何人かやって来て、通路の人々を押しているようだった。もしかして指定席なのに、席に座らせろとかなんとか言って揉めてんのかな、嫌だな。関わりたくないと思った。

直後に火災発生のアナウンスがあり、車両が緊急停止した。案内があるまで線路上に降りないよう放送があり、わけがわからないままとりあえずスマホを開いてSNSを確認しても、まだはっきりとした情報はなかった。周りの人もみんな不安そうに囁き合って、スマホを見ていた人はきっと私と同じことをしていたと思う。回線が遅くなって、それでも何度か更新するとショッキングな映像が流れてきた。車内で人が燃えている。


遠い世界の話かと思った。頭が真っ白になって、たくさんの投稿を見ているのに目が滑る。話題に上がっている新幹線の名前も数字も時間も、私の乗っている新幹線と同じだと理解するまで時間がかかった。信じられなくて、信じたくなくて、何度も予約内容と見比べた。本当に身近に起こっていることなのか、私はここに座ったままでいいのか、火は消えたのか、犯人は捕まったのか、燃えていた人は助かったのか。どうして私が。誰か、助けて。


どこかのタイミングで医療者への呼びかけアナウンスがあって、何人かが車両の外へ出て行った。パトカーか救急車か、いろんなサイレンが聞こえてきた。私の手は震えていて、怖くて怖くて、今にも泣き出しそうなのに、私には誰もいなかった。周りを見渡せば、私と同じような人がいて少し安心する。電話してる人がいて、マナー違反とか言ってられないから私もお母さんに電話したけど出てくれなくて、ちょっと恨んだ。家族のグループLINEとマリコにメッセージを送った。マリコがすぐに返事をくれて、やっぱりこの子しかいないと思った。


数時間後に新幹線が運行を再開して、私はそのまま新幹線で帰った。そのくせ、いつも通り電車に乗り換えようとしたところで、心臓がどくどくと大きな音を立てて鳴り出した。また、変な人がいたら?燃えたらどうしよう。

人混みの中で足を止めてしまって、誰かに舌打ちをされた。隅の方によけて、途方に暮れる。帰れない。どうしよう。たくさんの人が行き交う中私はひとりぼっちで、また心細くなってお母さんに電話した。今度は出てくれて、泣きそうな私の話をしばらく聞いた後、バスかタクシーを提案してくれた。そうだ、その手があった。だいぶパニックになっていた自分に気付いて、少し笑った。


なんとかバスに乗り込んで、帰路に着く。通勤も、しばらくはバスにしよう。大丈夫、落ち着いたらまた電車にも乗れる。そう自分に言い聞かせる。


バチが当たったんだと思った。よく考えもせず、お年寄りより若い人が助かるべきだなんて話に同調したから。老い先長いと短いとか関係ない。あんな怖い思い、誰もしていいはずがない。自分が経験して初めてわかった。

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