森のばけものと火を使う薬剤師

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 薬剤師の男性、ヒオは困っていた。


 薬剤調合に使う薬草を採取するために、森の中へ出かけていたのだが。


 方向が分からない。


 つまり、迷子になっていたからだ。


 ヒオの家系は、火の魔法を操る魔法使いの家系だ。


 両親から魔法使いになりなさいと、毎日言われているがヒオは薬剤師になる道を選んだ。


 魔法使いになってしまうと、国で起きている大きな争いに、駆り出されてしまうからだ。


 ここで迷子になったと言われたら、また両親に強く文句を言われるのだろうと思い、ヒオはまいった。





 見知らぬ森の中で、かれこれ三時間。


 ヒオは、同じところをぐるぐる歩いていた。


 それは。


 気のせいなどではないようだ。


 ヒオはずっと、森の中をさまよっている。


 目印をつけた木がいくつかあるのだが、何度も同じ木を目撃していた。


 状況の解決を期待して、磁石を取り出してみたが、それはくるくるまわるだけ。


 地図は持っていない。


 地元の近くだからと、油断した。


 地元住民でも行かないような場所ーーいつもより深い場所に分け入らなければ、とヒオは深く後悔した。






 だから、だろうか。


 脱出の手がかりを求めて、ささいな変化にも敏感になっていたのかもしれない。


 歌が、聞こえてきたのだ。


 かすかな声だった。


 注意深く、耳を傾けていないときこえないほどの。


 そのうたはとても美しくて、綺麗だった。


 だから、ヒオは導かれるまま、その声の方へ歩いていった。


 そうして数分後、ヒオはその場所にたどりついた。


 そこは、小さな里だった。


 人の住む領域から離れて暮らす者達がいるような。


 あえて人の目を目をさけているような、そんな雰囲気が感じられた。


 古い里を回っていくと。


 一人の女性が目の前に現れた。


「もしかして迷い人ですか」


 女性がそう聞いたので、ヒオは頷く。


「今日はもう遅いので、よろしければこの里に泊まっていってください」


 ヒオは、空を見上げる。


 すると、先ほどまで明るかった空が薄暗くなっていた。






 暗闇の中、森を移動するのは危険行為だ。


 だからヒオは、その里に泊まらせてもらう事にした。


 最初に話しかけてきた女性の家にお邪魔させてもらい、ベッドを貸してもらった。


 疲れもあってぐっすり眠るかに思われたが、ヒオは夜中に起きてしまった。


 どうにも嫌な予感がしたヒオは、寝床から出て外に出る。


 すると、里の者達がどこかへ向かっていくのを見た。


 気になったヒオは、その先を、追いかけていく。


 




 やってきたのは村のはじにある、小さな祠。


 里の者達はそこに集まっていた。


 人々が呪文のようなものを呟くと、祠の前に黒い巨大な生き物が出現した。


 それは木々がからまりあってできた化け物だ。


 ヒオは恐ろしくなって腰をぬかしそうになった。


 視線の先、里の者達は餌を用意したと告げる。


 今日、里にやって来たばかりの、新鮮な餌だと。


 自分の事だと思ったヒオは、音を立てないように逃げ出した。


 しかし、森の中ではまた迷う事しかできない。





 そうこうしているうちに、ヒオが抜け出した事に気が付いた者達が、騒ぎ出した。


 捜索のためのたいまつがあちこちにともり、森の中が出らしだされる。


 ヒオは追い詰められて、人々にすぐに囲まれてしまった。


 何でもするから、どうか命だけはとらないでほしい。


 そう述べるヒオだが、人々は首を立てにはふらない。


 遅れてやってきた化け物に、食事の時間だと告げるのみだった。


 ヒオはあせり、ここで死にたくないと強く思った。





 だからヒオは、強すぎて使わないでいた自分の火の魔法を使う事にした。


 とても強い炎は、里の者達も、ばけものもまとめて燃やしていった。


 迷いの森が燃えた事でか、ヒオは無事に元いた所へ帰れるようになった。


 しかし、薬剤師の仕事は続けられなくなった。


 火の魔法に適正がある事がひろく知れわたってしまったため、国の大きな争いに巻き込まれる事になった。



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森のばけものと火を使う薬剤師 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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