第100話老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ拾壱

村岡たちが突然やってきたこと、そして幸民によって座敷牢を出ることができたこと。直が麦を砕く傍らで、つるは一連の出来事を淡々と話した。


「師匠ナイス!かっこいい!」


直が口笛を吹く横で、「つらい思いをさせたな……」と喜兵寿はつるの手を取る。その細い手首には縄で縛られたあとがくっきりと残っていた。ところどころ擦れて、かさぶたになっているのがわかる。


「俺たちがつるを巻き込んでしまった。本当に申し訳ない……」


再び涙を浮かべる喜兵寿を見て、つるは「はぁ?!」と眉をひそめた。


「巻き込まれたつもりは全くないんだけど。わたしがびいるを造りたくて、ここにいるんだから。なに素っ頓狂なこといってんの」


そう言って喜兵寿の背中をばんっと叩く。


「わたしは生きてる。そして酒造りという夢をもうすぐ叶えることができる。最高じゃん」


つるの目はキラキラと力強い光で満ちていた。まっすぐに皆を見据え、にっこりと笑う。


「正直さ、もう終わりだなって思ったんだよね。刀を突き付けられて、座敷牢に入れられて」


湿っぽく、冷たい床を思い出しながら、つるは言う。


「真っ暗な中でさ、『あれもやりかった』『これもやっておけばよかった』っていろいろ浮かんできてね……でもやっぱり『酒を造りたかった』って一番強く思ったの。誰に反対されても、どんなに大変なことがあっても、わたしの夢はこれで、こんなにも強く求めていたんだって改めて気づいた」


その夢をもう少しで叶えることができたのに……悔しくて奥歯を噛みしめ泣いていた時、幸民があらわれたのだ。


「わたしは一度死んだと思ってる。だからもう後悔しないように生きる。女だから酒造りしちゃいけない、とかそんな馬鹿げた伝統もぶっ壊す」


つるは清々しく、そして堂々と言い放った。もとより強めの性格ではあったが、身体の中にさらに一本芯が通ったように見える。


「あと、あのくそ村岡もぶっ潰す」


鼻息荒く吐き捨てたつるを見て、直は思わず吹き出した。


「あはははは!お前かっこいいな!いいじゃんいいじゃん、やったろうぜ」


それに対し喜兵寿は「いや、つるは女なわけだし、さすがにもう危険なことは……」とおろおろとするばかり。


そんな喜兵寿をつるは鋭く睨みつけた。


「だからもう、『女だから』とかいらないんだって。お兄ちゃんは黙ってて」


「……うっ」


「あははは!喜兵寿怒られてやんの」


直は爆笑しながら、薬研を動かす手をとめた。


「ほら、麦芽粉砕終わったぜ」


そう言って一つまみの麦芽を手のひらに乗せる。


「つるのおかげで麦芽ができて、師匠とにっしーのおかげでホップも手に入った。これでビールができる」


思えばよくここまで来たものだ。ちょんまげと馬ばかりのこの時代で、モルトとホップがここにある。


「さ、ここからは楽しいビール造りの時間だ。最高の一杯をみんなで醸そうぜ!」

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