第90話老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ弐

「お前はありえないことをした。にも関わらず、しらを切りとおすつもりか?」


ひときわ威圧的な声が響く。声の主は悪評で有名な同心、村岡だった。口元を歪めて嫌な笑みを浮かべている。


「何度も申しておりますように、わたしは何も知りません。何かの間違いです!」


「ああ、恐ろしいことよ。自らの罪を認めようともしない。これだから傾奇者ばかりが集まる店は!」


村岡はつるの手のひらをギリギリと踏み潰す。


「……っ」


「お前は黒い船に乗ってきた客人に対し、酒を用意しなかった。あろうことかお上の顔に泥を塗ったのだ。その罪は死罪に値する」


「……だからそんなことは何も……!」


「ひっ捕らえよ」村岡の一声で、つるは大勢の男たちに羽交い絞めにされた。手に、足に縄がぐるぐると巻き付けられていく。


「だから!わたしは何も知らない!」


泣き叫ぶ口には布を詰められ、つるは地面に蹴り倒される。その瞬間、新之亟とバチリと目があった。ぎらぎらと怒りを帯びた、真っ赤な目。その目は涙を流しながら、まっすぐに新之亟を見つめていた。


『お兄ちゃんに、喜兵寿に伝えて』


新之亟はつるにそう言われた気がして、咄嗟に頷く。


「さっさと座敷牢へ連れていけ!」


村岡の怒声と共に、つるは馬に乗せられる。そしてあっという間にその姿は見えなくなってしまった。


大変なことになった……


新之亟は落ち着くために、大きく一つ深呼吸をした。背中から、脇から冷や水のような汗がだらだらと流れているのがわかる。


「まずは状況を把握しなくては」


あたりを見渡すと、道の端で泣きじゃくる小さな背中があった。


「夏か……!」


新之亟が駆け寄ると、知った顔を見た夏は、さらに大きな声で泣き始めた。


「つるが……つるちゃんが!」


嗚咽でうまく話せない夏に、新之亟は持っていた水を飲ませる。


「夏、落ち着け。一体なにがあったんだ?」


夏はしばらく「ひっ、ひっ」と浅い息を繰り返していたが、どうにか途切れながらも話し始めた。

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