第70話樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ弐拾伍

翌朝はぴかぴかの晴天だった。雲一つない、抜けるような青空。


秋の気配が混じる気持ちのよい朝、樽廻船は堺を目指して出航した。たくさんの人の見送りに(中には拝んでいる人さえもいた)大声でお礼を叫ぶ乗組員。それらはしばらく続き、それはそれは賑やかな船出だった。


そこから船で進むこと5日間。


新川屋の樽廻船は風にも天気にも恵まれ、無事堺港を目視できる位置まで到着した。


「うおおおお!ついに着いたか!」


港が見えた瞬間、どっと歓声が上がる。中には目に涙をためてガッツポーズをしてるものさえおり、船上はまさにお祭り状態だった。


ねねはそんな皆の姿を微笑みながら眺めつつ、皆から離れた場所で煙管に火をつけた。もう四半刻(30分)もしないうちに着港するだろう。


「やっと到着か。でもまだまだ先は長いねぇ」


ねねは煙と一緒に長いため息をつくと、手元の帳簿に目を落とした。


「井上屋に大和田屋、伝蔵屋に政屋……ったく痺れる面子が揃ってるじゃないか」


堺の商人はとにかく金にうるさい。生きるか死ぬかという状況だったと言え、情に訴えたところで素直に「仕方ない」と言ってくれるはずがない。


『ほんまに積み荷を海に投げ捨てる必要あったん?』

『ほんまに他に方法はなかったんか?どれくらい捨てたらええか、ちゃんと計算したんか?』


ねねは事情を説明することを想像し、再び大きくため息をついた。


「さっきからため息ばかりだな。幸せが逃げるぞ」


顔をあげると、喜兵寿が煙管を咥えて立っていた。


「まあなるようにしかならんだろ。俺らも堺の商人町に用があるわけだし、一緒に行こうぜ」


まっすぐ港の方を向いたまま、喜兵寿はいう。


「金は出せないが、なんかしらの手助けはできるだろ。実は腕っぷしには割と自信がある」


そういって腕まくりする喜兵寿を見て、ねねは思わず噴き出した。


「そんなひょろひょろの真っ白い腕でよく言うよ。甚五平の半分もないじゃないか」


「いや、腕が太いからといって強いわけじゃないからな?こう見えて柔術だって少しやっていたんだ」


「わたしだって夏を守るため、今まで剣術をやってきたからね。そんじょそこらの奴には負けないよ」


そういってねねは筋肉のしっかりとついた腕をまくって見せる。うっと言葉に詰まった喜兵寿をみて、ねねはカラカラと笑った。


「でもその気持ちが嬉しいよ。商人町までよろしく頼むね」


風は向かい風。樽廻船はバタバタと帆をはためかせつつ、ゆっくりと港へと入っていった。

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