第68話樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ弐拾陸

鮑の刺身に鮑の酒蒸し、地場野菜と一緒にニンニク胡麻油で焼いたもの。肝は肝焼きと肝和え。伊勢海老は刺身と天ぷら。頭や足は一口大に切って味噌汁に。


とにかく余すところなくすべてを使い、鮑と伊勢海老料理は完成した。その他地場野菜を使った煮物や、浅漬け、おにぎりなどを並べると、船の男たちから盛大な歓声があがった。


酒はこの港近辺で造られた、純米吟醸。元々質の高い酒なので、それを常温で各人お猪口(お猪口と呼ぶには大きすぎるような気もするのだが)へと注いでいく。すべての準備が整うと、ねねが皆の前に出た。


「みんな、今回の件は本当にお疲れさまだったね。ここまで一緒に来てくれて本当にありがとう。誰一人欠けることなく、こうやって盃を交わせることは本当に奇跡だ」


ねねはお猪口片手に、心底愛おしそうに男たちを見渡す。


「堺までまだあと少なくとも5日程度はかかるだろう。大きな嵐の後には小さな嵐が起こることもある。でも大丈夫、なんてったってわたしたちは『奇跡の船』だからね!さあ、また新たな旅に出ようじゃないか!船出を祝って今日はとことん飲むよ!」


「うおおおおおおお!!!!」


ねねの掛け声に、男たちの野太い声が重なったのを合図に、宴は幕をあげたのだった。



宴は盛り上がりに盛り上がった。普段は口にすることのない食材を使った絶品料理たち。酒樽は次々と空になり、船のあちらこちらに転がっていた。それと同じように転がる、酒に飲まれた男たち。


とにかく酔っ払いしかいない、楽しい夜だった。


〆に、と出した御難おにぎりを見て甚五平は大号泣をし、それを見た横の男は大笑いをして握り飯を喉に詰まらせる。裸になって鮑の殻で股間を隠す者、伊勢海老の頭を自分の頭に乗せて踊るもの。とにかく皆が酒にどっぷりとやられた頭で、好き勝手に遊んでいた。


そんな男たちを見守るようにして、ねねは一人酒を飲んでいた。


「ねねは酒が強いな」


ねねの周りに転がる男たちを蹴散らすようにして、喜兵寿はねねの横に座った。飲み比べ勝負を仕掛けて、無残にも砕け散ったのだろう。うんうん唸りながらすっかりのびてしまっている。


「そんなことはないよ」


少し目はとろりとしているものの、ねねはしっかりとした口調で答えた。酒のせいだろう。肌は少し蒸気しており、妙に色気がある。


「酒が強い女は好きだよ」


喜兵寿が惹きつけられるようにしてねねに近づくと、なおが間にぐいぐいっと割って入ってきた。


「はい!そこ~いい雰囲気にならない!いちゃつくなら、俺も混ぜろ」


先ほどまで踊りながら飲んでいたなおだ。だいぶ目が座ってしまっている。


「お前は毎回、毎回……急に背後から入ってくるのやめろ!気配を消すな!」


喜兵寿がなおの頬をつねっていると、ねねが酒を飲みながら上機嫌で言った。


「いちゃいちゃなんてしちゃいないよ。わたしが愛しているのは夏だけだ」


この場所で聞くはずもない名前に、喜兵寿となおは思わず「え??」と顔を見合わせる。


「夏って、あの麦湯屋の夏か?」


「そりゃそうだよ。夏なんてあんなかわいい名前、他の誰にも似合いやしないだろう?仮に他にも夏って名前のやつがいたら、わたしがそいつを改名させてやるよ」


ねねは「嗚呼、可愛い夏や」と呟きながら、お猪口に口づけをしている。

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