第42話【幕間】空即是色 其ノ弐

そこから6年。ねねが養子に行くまで2人は姉妹のように過ごした。2つ年上のねねは、「馬鹿」がつくほど真っすぐで、そして喧嘩っ早く、いつだって怒りながらも夏を守ってくれた。


「誰かに頼ろうとするな。自分のことは自分で守れ」


夏はねねと共に身体を鍛えた。重い荷物を担いて岩や木に登り、寺に戻ればひたすら薪を割って過ごす。少しずつ筋肉がついていく夏の腕を、よくねねは嬉しそうに撫でていた。


二人でいればなんだって楽しかったし、「男なんていらない」そう言い合ってよく笑った。口には出さなかったが、男に対して心の傷があるのはお互い薄々わかっていた。


だから心底驚いたのだ。ねねが養子に行った2年後。後を追うように同じ町に養子に行くと、彼女はすっかり別人になっていた。


―新川屋のねねは、下の町の男たちに手あたり次第手を出している

―妻や子がいたとしても、どんなに年老いていたとしてもお構いなしだ

―新川屋のねねには気をつけろ

ー新川屋のねねには気をつけろ


町に着いて飛び込んできた、ねねに関する噂たち。夏は「そんなはずがない!」と新川屋に飛び込んだが、ねねは薄く笑っただけで、「忙しいから」とぴしゃりと目の前で扉をしめた。


「ひさしぶり」の一言もなかった。自分の名前さえ読んでもらえなかった。自分はこの2年間、ねねに会えることをこんなにも楽しみにしていたのに。


「なんで……」


信じられない気持ちで、夏はぼろぼろと涙を流す。


しばらく会わないうちに、ねねはずいぶん大人の顔つきになっていた。真っ赤な紅をさしていた。でもまっすぐな目は、あの時のままだった。


「どうしてなの……?ねね、ねね!」


届かない言葉だとわかっていても、口に出さずにはいられない。夏は茫然と立ち尽くしたまま、店の外でねねのことを呼び続けた。それでも新川屋の扉は再び開くことはなかった。



2年という時間の中で、ねねという人間に影響を与える何かがあったのだろう。冷静になった今ならわかる。


人間は変わる。わたしだってきっちゃんと出会ったことで、「男の人を好きになることができる自分」に変わったのだ。誰かとの出会いは、良くも悪くも想像以上に自分を変える。


夏は麦湯の入った鍋をかき混ぜながら、ぼんやりと町を見渡した。あれから数年。亡き義父の後を継いだ屋台店主も、すっかり板についた。


(今日こそ、ねねが湯を飲みに来てくれるかもしれない)


毎朝淡い期待を持ち、そして夕暮れに裏切られる。でもそれでいいのだ。毎日彼女のことを思って町角に立ち続けることで、存在を感じられるような気がするのだから。


好色なねねだって一向に構わない。むしろ存分にその話を聞いてみたい。どこの誰が床上手なのか、ねねなら笑って話してくれるだろう。八重歯を覗かせながら、おかしそうに肩をすくめて。


そして自分もきっちゃんの話をするのだ。襲われていたところに颯爽と現れ、助けてくれたこと、わたしに対して一度も「かわいい」と言わないこと、きちんと内面を見てくれていること。


だからその日まで自分たちの関係は秘密にしておこうと決めた。ねねが何らかの理由で過去を切り離そうとしているのならば、これから新たに出会い直せばいいのだから。

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