(4)連鎖

 その報せがもたらされたのは、魔法捜査課の3名と、仮契約で捜査に協力している不審な少女探偵ジリアンの計4名が、殺人事件と思われる現場に昼食を終えて戻った時だった。

「レッドフィールド刑事!」

 アーネットには見覚えがある、重犯罪課の若い刑事が、何やら狼狽した様子で駆け寄ってきた。

「どうした?」

「大変です。アディントン区5-8の民家で、ここと非常によく似た状況の死体が発見されました」

 その報せに、アーネット達は顔を見合わせて慄然とした。アディントンはここから3区画以上離れている。

「この自動車を使ってくださって構いません。デイモン警部もすでに向かっておりますので」

 若い刑事がエンジン始動のためクランクハンドルを回そうとしたので、アーネットは「借りる立場だからな」と言って、クランクを回す役を引き受けた。初めは鈍い音を立てて、次第に盛大なエンジン音とともに排気ガスが放出される。自動車はまだ未発達の技術であり、このエンジン始動の動作に失敗すると腕を骨折する事もあった。

「乗れ」

 アーネットの合図で、銀のバンパーにモスグリーンのボディ、白い屋根という、警察用にしては少々明るめのデザインの4人乗り自動車に、少女探偵を含むメンバーが乗り込んだ。


 10代の少年少女を含むとはいえ、4人も乗せられる重労働に耐えた自動車は、ようやくアディントン区の死体発見現場に到着した。今回はまだ野次馬は少ない。現場の家は普通の民家だった。

「警部」

 デイモンの姿を軒下に見つけたアーネットは、足早に駆け寄った。

「来たか」

「状況は?」

「同じだよ。ただし、今回は死体の位置が違う」

 デイモン警部は、現場の民家の居間に魔法捜査課の3人を案内した。何食わぬ顔で同行する少女を、怪訝そうに横目で見ながら。


 今回は、まだ死体が煙突の中にあるという。4人は、室内に充満する不快な臭いに顔をしかめた。

 居間の隅では、警官に肩を抱えられた夫人が気を失って倒れていた。こっちは被害者ではなく、被害者の配偶者であろうと思われる。

「遺体は?」

 そう自分で言った直後に、アーネットはびくりと全身を震わせた。

「これは…」

 4人の視線は、暖炉の焚き口に集中した。


 焚き口に、逆さまに被害者の頭がぶら下がっていたのだ。


「うえっ」

 さすがに今回ばかりは、ジリアンも口を押さえて顔を背けた。ナタリーがすかさず、部屋から出そうと肩を抱いた。しかし、ジリアンは手を払ってそれを拒否した。

「大丈夫」

 表情は辛そうだが、足はしっかりと立っている。貧民街育ちの為せる業か、その精神力は目を瞠るものがあった。

「無理はしないでね」

「うん」

 ナタリーの声に励まされたのもあって、どうにか持ち直したようだ。一方ブルーは、過去にもそれなりに死体と遭遇してきた経験もあり、アーネットが意外に思うほどしっかりとしていた。

「これはひどいね」とブルー。

「どう見る?ブルー」

 アーネットはいつものように訊ねた。

「手口から見て、さっきのと同一犯だろうね。言うまでもないだろうけど」

 ブルーの意見にアーネットも同意して頷いたが、ひとつ疑問が彼にはあった。

「しかし、変だな。さっきの現場は被害者が一人暮らしだったからともかく、ここは奥さんがいたらしい。犯行の作業中、物音でそれに気付かなかったのか?」

 それは確かに奇妙であった。暖炉の焚き口に逆さまにのぞいている被害者の顔面は、苦痛に歪んでいる。つまり、死亡した時に叫び声をあげたはずである。

「第一発見者は?」

 アーネットはデイモン警部に訊ねた。

「おそらく奥さんだろう。しかし警察に通報してきたのは、奥さんの悲鳴を聞いて入って来た通行人だ。奥さんはその時すでに、ショックで倒れていたらしい」

「その通行人は?」

「向こうの部屋で、詳しい状況を話してもらっている。疑いがないわけでもないからな」

 わざわざ犯人が通報するというのは考えにくいが、あえて無関係である事を強調する目的で、意図的に通報するという可能性も無くはない。

「俺もその通行人に話を聞かせてもらっていいですか」

 アーネットはデイモンに訊ねた。

「構わんよ。何なら今替わってもらっていい。もう、あらかた聞き終えただろう」

 そう言いながら、デイモン警部は奥の部屋に入って行き、聞き取りをしていた刑事に話しかけた。二言三言やり取りをしたのち、その刑事と書記役の警官が部屋を出て、アーネットに敬礼した。

「ご苦労様です。聞き取りの引継ぎをします」

「邪魔になったなら済まない」

「いえ、もう大方の話は聞き終えました。こちらの記録が欲しければ後で来てください」

「ありがとう」

 では、とアーネットも敬礼をして、その通行人がいる部屋へ入った。


 テーブルには、チェックのベストを羽織った、少し東洋人ふうの中年男性が、びくびくして座っていた。

「魔法犯罪特別捜査課の、レッドフィールドです。聞き取りでお疲れのところ、たいへん申し訳ない」

「い、いえ…」

「すでに、先程の刑事さんに答えられた事は、不都合であれば繰り返さなくて結構です」

 そう言って、アーネットも席につく。

「私が確認したいのは、何かこう、奥さんの悲鳴の他に、普通ではない物音だとか、奇妙な現象だとかを見たり聴いたりしていないか、という事です」

 それはすなわち、魔法が使われた可能性の事を指しているが、その男性にはそんな事は知りようがない。

「い、いえ…そうした事はなにも…私はただ、新聞を買いに行った帰り道にここを通りかかったんです。そしたら、奥さんの悲鳴が聞こえて、何事かとつい入ってしまいました」

「その悲鳴を聞いたのは、あなただけですか?」

「いえ、私の他にも二人ばかり通行人はいました。ですが、その人たちは怖い事に関わりたくなかったんだと思いますが、私と顔を見合わせたあと、すぐ歩き去ってしまいました」

 まあ、そんなものだろうなとアーネットも思った。むしろ、殺人犯か強盗がいるかも知れない家に入る人間の方が変わっているかも知れない。

「これはすでに聞かれたと思いますが、不審な人物は見かけましたか」

「いいえ、全く。私が入って来たときにいたのは、気絶している奥さんと、暖炉の中に…」

 そこまで言って、男性は「うっぷ」と口を押さえた。あの光景を見て、吐き気を催さない方がおかしい。アーネットは、この人はまあシロだろうなと思った。

「わかりました、質問は以上です。長々と警察へのご協力、感謝します」

 そう言うとアーネットは席を立ち、男性に「どうぞ」と先の退出を促した。男性は口を押さえながら、居間の方を見ないようにして足早に玄関から出て行った。


「最初の現場と同じだ」

 デイモン警部はハットを脱いで呟いた。

「最初の現場の隣にある鍛冶屋の奥さんも、不審な人物は見ていない。ここを通りかかった通行人もだ」

「ここの奥さんは?」

「先ほど目を覚まして、いま二階で医者についてもらっている。動転していて、まだ細かい聞き取りができる状態ではないが…不審な人物は見なかったそうだ」

 デイモン警部の話が途切れると、階段の上から嗚咽が聞こえてきた。刑事を何年やっても、永遠に慣れる事はないだろう、とアーネットは思う。現場の刑事の、最も辛いところである。

「奇妙ですね」

「そうだ、奇妙だ」

 二人が唸っている所へ、若い刑事が入ってきた。

「警部、わかりました」

「うむ」

「ここの被害者イーモン・ヒース氏65歳も、引退した煙突掃除夫だったようです」

「なんだと?」

 デイモン警部とアーネットは、怪訝そうに顔を見合わせた。

「最初に殺された男と同じとは…」

 デイモン警部は腕組みして、下を向いて唸った。

「なんだか、見えてきた部分もありますね。これが偶然とは思えません」

 アーネットの言う事はもっともだった。煙突掃除夫が二回も続けて、煙突に詰め込まれて殺されているなど、誰が考えても何らかの明確な動機が感じられる。

「よし、殺された2名に何か関係がないか調べろ。何か過去にトラブルになっている、共通する人物関係などもだ」

「了解しました!」

 デイモン刑事の指示に若い刑事はサッと敬礼し、足早にその場を駆け去った。陰鬱な現場に、若者の快活さは頼もしい。

「しかし、煙突掃除夫に恨みを持つというのは…」

 どういう事なのだろう、とアーネット達が考え込んでいる所へ、全く意外な人間が意見を述べた。


「あたしの生まれ育った貧民街に、煙突掃除やらされてた子供たち、たくさんいたよ」


 声の主は、自称魔女探偵ことジリアン・アームストロングであった。

「ジリアンか」とアーネット。

「あたしのファーストネーム覚えてくれたんだ」

 軽口を叩くジリアンの表情に笑みはなかった。

「今は煙突掃除の器具が発達したし、悪質な児童労働を防ぐ法律もようやく制定されたけど。まだまだ、危険な仕事を子供に押し付ける風習は、なくなっちゃいない。あたしの育った街にも、それで死んだ奴が何人もいた」

 吐き捨てるようにジリアンは言った。これがジリアンの素顔なのか、とアーネットは思った。

「そうだな。特に、産業革命が起きてからのそれは顕著になった。この社会は様々な技術で発展してきた。しかし、その背後には過酷な境遇を強いられる、無数の労働者がいるのだ。かくいうわし自身、子供の頃には炭鉱で働いていたからな」

 デイモン警部の言葉に、ジリアンは驚きの目を向けた。

「わしの身の上話などしても仕方ない。炭鉱で働いていた少年が、どうやって警官になれたのか、などな。今我々が取り組んでいるのは、目の前で起きている事件だ」

 そう言うと、警部はジリアンに向き直った。

「なるほど。君の意見はとても参考になる」

「どの辺が?」

「子供の煙突掃除夫を雇って仕事を教えるのは、大人の煙突掃除夫だ。中には、劣悪な待遇で子供を死なせる者もたくさんいた。いや、今でもいるだろう」

 そこまで聞いて、アーネットは「なるほど」と呟いた。

「まだ裏は取れていないが…ひょっとしたら、殺された元煙突掃除夫の所にも、そういう子供がいたのではないか。そう言いたいんだな、ジリアン?」

 アーネットの言葉に、ジリアンはしばし黙ってから口を開いた。

「さあね。私は新米探偵だから何とも言えない。これは可能性のひとつを示したに過ぎないよ。犯人像のね。これが一足飛びに真実を照らし出す、魔法の杖だなんて思わないでね」

 それまでの飄々としたジリアンはそこには居らず、居るのは何年も探偵をやってきたかのような風格さえ見せる、一人の女性であった。

「君はいったい何者だ?」

 デイモンは訊ねた。ジリアンは不意に元のジリアンに戻り、胸を張ってこう言った。


「ジリアン・アームストロング。探偵よ」


 

 デイモン警部らが話している間、ナタリーはブルーに「あたし調べ物するから出かけるね。あとよろしく」とだけ言い残して居なくなり、居間に残されたブルーは、一人で死体とにらめっこしていたのであった。

「なかなか恐ろしい状況だな」

 そんな軽口でも呟かないと、平静ではいられないのだが、今のブルーには恐怖よりも、死体を煙突に詰め込む謎の方が気になるのだった。

「焚き口の周辺に、死体を煙突に詰め込むような作業をした跡が全く見られない。これは謎だ」

 死体が目の前にある恐怖をごまかすために、ブルーは思っている事を言葉に発する事にした。アーネット達はやく戻ってきてくれないかな、検死の死体回収班まだ来ないかな、などと思いながら。

「ただ、これは奥さんが何も気付かなかった事と奇妙に符号してもいる。仮に奥さんが居間にいなかった…例えば台所にいたとすれば、物音がしなければ居間で起きている事に気付くはずもない。つまり犯人は、何らかの方法で…物音を消す、あるいは一連の作業を目撃させない、何らかの手段を用いている可能性もある」

「なるほど」

 すぐ横で突然ジリアンが呟いて、ブルーは心臓が飛び出すかと思った。

「うわあ!!!」

 驚いて横を向くと、至近距離にジリアンの顔があった。突然人の顔が現れた衝撃と、女の子の顔が接近してきた事への衝撃とで、ブルーは顔を引きつらせながらも赤面してしまう。

「顔赤いよ。女の子が接近して赤面したの?」

 ジリアンは例によって、言って欲しくない事を悠然と言ってのけた。

「ししししてないよ!!」

「どうかなー」

「きき気のせい!気のせい!」

 冗談ではない、と心の底からブルーは思った。殺人事件の現場、しかも死体の前で女の子にドキドキするなんて、情緒もへったくれもない。あるいは吊り橋効果ならぬ、殺人現場効果というものもあるのだろうか。

「君、何なのさ!」

「さて、何でしょうね。それより推理、なかなかじゃない?」

 ジリアンはブルーの目を真っ直ぐに見て言った。

「うん。君の推理、かなりいい線行ってると思う。魔法が使えるだけじゃないね」

 褒められているのか。あるいは、上から言われているのか。そもそも、ジリアン自身の推理能力はどの程度なのか。さっきアーネットにあしらわれていたような気もするが。

「つまり君の推理だと、犯人は『三つのプロセス』を踏んでる事になるよね」

 ジリアンは少し真面目な顔で言った。

「三つのプロセス?」

「そう。ひとつはもちろん、被害者の殺害。二つ目は、煙突にその死体を詰め込む作業。三つめは、その作業を周囲に気付かせない、何らかの対策」

 順を追って犯人の行動を推測する、ジリアンもなかなかのものだとブルーは思った。

「なるほど。けど多分、アーネットはその辺もすでに考えてると思う」

 ブルーは緊張をほぐすように、深呼吸して背伸びをした。隣には美少女、目の前にはまだ死体がある。

「僕が考える推理の先を常に行ってるのがアーネット。敵わないよ」

「あのさ、君、自分がまだ13歳って事自覚してないよね」

 ジリアンは言った。

「それを言うなら、ジリアンはどうなのさ。僕より二つ上なだけじゃん」

「それもそうか」

 ブルーは、何となくだがこの少女とは気が合うかも知れない、と思っていた。目の前に死体がなければ、いい雰囲気である。死体がなければ。


 そんなやり取りをしているうちに、ようやく検死チームの回収班が来て、暖炉の中にぎっちり詰まった死体を取り出すために奮闘を開始したのだった。

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