(4)魔法のペン

「このペンが流通しているだって?」

 デイモン警部は自分の手にそれを取ると、まじまじと見た。胴体は樹脂か何かだろう。ペン先は普通の金属製だ。つまり、単なる万年筆だ。

「その証拠は掴んでいるのか?」

「出どころ、流通の拠点は全くわかりません。ですが捜査の中で今の所、4本見つかっています。このペンの仕組み、使い方を解き明かしたのはブルーです」

「これがあれば、素人でも魔法が使えるというのか!?」

 警部はブルーの方を向いた。13歳で首都の警視庁庁舎に通勤する、この奇妙な少年は何なのか。

「そう。自分の名前を物体に記すことで魔法が発動する」

「なぜ、名前を?」

「固定された名前というのは、その人が思っている以上に強い意味を持ってるんだ。どう説明すればいいのかな…そう、『宇宙』に向かって『今、この私の名において魔法を発動するよう命じる』っていう感じかな」

 ブルーの説明は素人のデイモンには全く意味不明だったが、少なくともこのペンの存在がどういう意味を持つのかはデイモン警部にはわかった。

「魔法の原理などわしにはわからん。だが、魔法が実在するとして、それを素人が使えるとして、問題は」

 警部はアーネットの方に向き直って言った。

「証拠が残らない、という点だ」

 アーネットは無言で頷いたが、

「警部。それは正確じゃありません」

 と付け加えた。

「証拠がない事件など存在しない、見つからないとすればこちらが見つける能力を欠いているだけだ。そう教えて下さったのは、アストンマーティン警部です」

 アーネットは、世間で親しみを込めてファーストネームで呼ばれる警部に対して、ファミリーネームで敬意をこめてそう読んだ。

「魔法犯罪だって証拠はいくらでも探せます。要するに、犯人がどんな魔法を、いつどこでどういう目的で、どのように用いたかを解明すればいいのです。普通の犯罪捜査と、その点においては全く同じです。ただ、使われた魔法から証拠を導き出すのがいくらか困難なだけです」

「どういう意味だ?魔法から証拠を導き出す、とは」

「これ以上は、我々の専門領域になります」

 アーネットは、魔法犯罪を専門に捜査する部署の人間としてきっぱりと言った。

「警部にお願いしたいのは、我々の現場への立ち入り許可です。そちらの捜査の邪魔はしません」

「まるでわしがここに来るのを予期していたかのようだな。来なければ直接現場に来るつもりだったろう」

「恐れ入ります」

 アーネットはそういう刑事だと、デイモン警部はよく知っていた。

「いいだろう。そのように通達しておく。上の方にもな」

「感謝します。こちらが得た情報は、警部に必ず報告いたします。その内容を受け入れるかどうかは、警部しだいですが。それでいいですか」

 目上の者に物怖じしない男だ、とデイモンは思った。だが、なかなか得難い資質であると同時に、こうした組織では欠点にもなりうる。

「わかった。だが、説明はできるだけ、わしらにもわかるよう頼む」

「努力します」

 デイモン警部は一礼すると、再びハットを深く被って地下室をあとにした。足音が遠ざかるのを待って、アーネットは椅子に深く座り直した。

「さて。どうするね諸君」

「どうするも何も、私はあなたに依頼された件を調べるわ。でも、不審な警察官って言われてもね」

「ナタリー、君がさっき調べてたリスト、あれは何だい?」

 ナタリーはバインダーを取り出して、ペラペラとめくった。

「政治思想関連で、デモとか暴動を起こしたり、政治家に対して脅迫状を送ったり、だとかの問題を起こした人間のリストよ」

「ローバー氏に関するケースはある?」

「あると言えばある」

 ナタリーが取り出した一枚のレポートには、5年前ジミー・ローバー議員の自宅の門に、赤いペンキで「人種差別撤廃法案潰す」と書いて逮捕された、当時17歳の男性の事件の顛末が記されていた。結局その法案は、有耶無耶のままであった。

「学校で成績が悪い不満を発散した類のようね。実際、特にこれといった思想の持ち主ではなく、単にどこかの運動家に扇動された若者の手合いよ」

「そいつは今どこにいる?」

「さあ。調べればいい?」

 アーネットは少しだけ考えて、

「いや、やっぱりいい」

 とだけ言った。

「拳銃を使ってるという事から、警察とか軍隊の人間の可能性を考えてるんだが。前科一犯じゃ警察官にはなれない」

「民間人だって拳銃くらい手に入るでしょう?その気になれば」

「民間人なら、もっと入手しやすいものを使うさ。極端な話、魔法で飛ばせて殺傷能力を持つ物体なら何だって良かったはずだ。時速80kmでレンガが側頭部を直撃すれば、たいがいの人間なら死ぬだろう。それをわざわざ拳銃を使った、この意味は何だ?」

 アーネットの疑問はもっともだった。

「ま、何も出て来ないと君が判断したなら、そこで切り上げていいさ。ブルー、ともかく現場に行くぞ」

「やっと地下室から出られる!」

 バタバタと出て行く二人の背中に、ナタリーの「不謹慎!」という叱責が聞こえた。


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