邂逅

闇雲ねね

邂逅

 ぼくは深夜、バルコニーから外を見るくせがある。マンションのぼくの個室からは、そばの公園が見下ろせる。そして空を見上げれば、晴れた日にはそこそこに星が見える。素敵だ。

 ある夜、公園を眺めるとブランコのそばの大木に登っている男がいた。え、気持ちわるい。そう思った。大人の男の人が風船や猫を助けるため以外で木に登っているのなんて、はじめて見た。しかも翌日も見た。翌々日も見た。ますます気持ちわるい。いい大人の男が、共に夜を過ごす家族も仲間内での飲み会もなく、人のいない深夜の公園で木に登っているのなんて、正直言って気が違えている。見ちゃいけない人かもと思いながらも、ぼくはなんだか毎晩その男を見届けてしまっていた。意気揚々と登るというより、なんだかじっとりと悲しそうに登るように見えた。毎晩登っているにもかかわらず、木登りのスピードには上達が見えない。いったい何のために登っているんだろう。気になってきた好奇心旺盛なぼくはこっそり家を抜け出して、木登り男に会いにいってみた。

「ねえ、おじさん。」

 そのとき、おじさんは泣いていた。びっくりした。泣いていたことにではなく、ゴリラにものすごく似ていたからだ。ゴリラ似というより、もはやこいつゴリラだ。少しひょろめの。ひるんだぼくは言葉を失ってしまった。

「おれのことが見えるのか。」

 ゴリラはそう話した。こりゃあ困ったぞ。

「見えるよ。毎晩見てたよ。おじさんの木登り。」

「それなら早く会いにきてよ。」

 気持ちわるいゴリラだ。おじさんになっても気持ちわるいなんて、もう救いがない。

「いや、会いにきたじゃん。今日。」

「ずっと待っていたのに。おれが見える人を。」

 ふーん。こいつ冗談みたいなゴリラだな。

「おれは十日ほど前、ここに下りてきた。下ろされたと言えばいいか。それなのに誰もおれを認識しない。こんな素っ裸で公園の木に毎晩登っていても、通報すらされない。誰にもおれが見えないんだと失望していたよ。」

 めそめそ話すゴリラ。

「でもさ。ぼくにはなんにもできないよ。おじさんの助けにはなれない。見えるだけ。」

「見えるならさわれるだろう。さわれるのに意味があるんだ。」

 なに言ってんだか。勝手にぼくを巻き込むなよ。って、無視しなかったぼくもぼくか。ぼくには変にやさしいところがある。この前だって、、

「聞いているのか坊や。」

「あ、ごめん。おじさんにさわれたらどうかするんですか?」

「まずはおれとハグだ。それが第一歩だ。」

 気持ちわるい言葉をためらわないゴリラを潔いとすら思った。よろしい。

「ほら。しなよ、ハグ。」

 するとゴリラは木からふわりと飛び降り、ぼくを抱き締めた。抱き締められたぼくは、生まれて初めての快感を得た。き、気持ちいい!!!!今年覚えた射精の、さらに何十倍もの気持ちよさが、身体全身を駆け巡った!

「はあああん!!」

 ぼくは変な声を出していた。

「うおおおお!!」

 ゴリラも勇ましい雄叫びを上げている。

「坊や、これならいけるぞ!準備はいいか!?」

 返事を待たずして、ゴリラは本気を出した。

「ぬおおおおん!!!!」

 ゴリラとぼくはロケットみたいに勢い良く地上から発射された。大気圏を一瞬で抜けて、宇宙空間、ゴリラに抱き締められながら突き進む。ゴリラと宇宙デートだ。ぼくは、このゴリラがどうやら好きみたい。

「坊や、おれの星の王様にならないか。」

 返事をしなかったが、快感に身をゆだねていたせいで、ゴリラには肯定ととられた。

「坊や、答えは分かったよ。ありがとう。」


 ぼくはその夜から、ずっとゴリラの星で王様をしている。ゴリラの作るごはんはとにかく旨い。ゴリラは皆ほんとうにやさしい。ゴリラに抱き締められるとめちゃくちゃ気持ちいい。ゴリラによっていろんな良さがある。ぼくは勉強もしなくていい。エキサイティングなスポーツをやる。観る。夢中でやめられないゲームがある。ゲームは次々と開発される。刺激的なゴリラ星でのライフ。


 でもね。ぼくは何故か、自分の意思で身体を動かせなくなってしまっていた。ぼくは座ってるのだと思うけれど、その自分の身体すら目で見れない。頭では分かるよ。楽しいし、旨いし、気持ちいい。脳に快楽が注入されるよう。。

 なんだか…。ぼくは泣いた。あのときのあいつみたいにめそめそ泣いた。脳で泣いて、それをゴリラたちになだめられて、忘れたふりをして眠る。起きた翌日も快感がひたすらぼくを襲う。感じながら泣くぼく。そしてゴリラたちがなだめる、、

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邂逅 闇雲ねね @nee839m

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