第5話 泣きっ面に蜂~クラス内も敵ばかり~

修学旅行の第一日目早々、もっとも楽しみにしていたディズニーランドで他校の不良少年たちにカツアゲされて金を巻き上げられた私は放心状態でランド内を歩き回っていた。


集合時間までまだ時間があったが、ショックのあまりとてもじゃないが他のアトラクションを楽しもうという気にはなれない。


そしてもうランド内にいたくなかった。


私は集合場所であるバス駐車場に向かおうと出口を目指した。


誰でもいいから自分の学校、O市立北中学校の面々に早く会いたかった。


たった一人で他の学校のおっかない奴らに囲まれて恐ろしい目に遭わされたばかりで、その恐怖が生々しく残っていた私は見知った顔と一緒になれば多少安心できるような気がしたからだ。


何よりさっきの不良たちもまだその辺にいるかもしれず、それが一番怖かった。


だが、カツアゲされたことだけは絶対に黙っておこうと心に決めていた。


私にだってプライドはある。


恰好悪すぎるし、教師や親、同級生に何やかやと思い出したくないことを聞かれたりして面倒なことになるのはわかりきっていたからだ。


そのように出口目指してとぼとぼ歩いていた私の後ろから聞き覚えのある甲高い怒声が飛んできた。


「コラ!オメーどこ行っとったー!!」


私が本来一緒に行動しなければいけなかった班の長である岡睦子だ。


班員の大西康太や芝谷清美も一緒にいる。


さっきまで自分の学校の面子に会ってほっとしたいと思っていたが、実際に会ったのがよりによってこいつらだとよけい気分が滅入ってしまった。


そんな私の気も知らないで岡は鬼の形相でなおも私に罵声を浴びせてくる。


「勝手にどっか行くなて先生に言われとったがや!もういっぺんどっか行ってみい!先生に言いつけたるだでな!!」


「わかったて、もうどっこも行かへんて…」


女子とはいえ柔道部所属で170センチ近い長身、横幅もそれなりにある大女の岡はさっきのヤンキーに負けず劣らす迫力がある。


一方で中学三年生男子のわりにまだ身長が150センチ程度で貧相な体格だった当時の私は思わずひるんで岡に服従した。


しかし何で再び脅されねばならんのか。


もうバスに戻りたかったのに、岡たちはまだランド内から出ようとせず私を引っ張りまわした。


それも、お土産を買うとか言ってショップのはしごだ。


岡も芝谷もああ見えて一応女子なので買い物にかける時間が異様に長く、ショップに入るとなかなか出てこない。


有り金全部とられて何も買えない私には苦痛極まりない時間であるが、班を離れるなと厳命されているので外でおとなしく待っていた。


男子の大西は早くも買い物を済ませたらしく、商品の入った袋を両手に外へ出てきて「女ども長げえな、早よ済ませろて」とぶつぶつ言っている。


私もお土産を買う必要があるがもう金は一銭もない。


それにひきかえ、大西はお菓子だのディズニーのキャラクターグッズだのずいぶんいろいろ買ってうらやましい限りだ。


「えらいぎょうさん買ったな、金もう無いんとちゃうか?」


ムカつくので少々皮肉っぽいことを言ってやったら、大西は自慢げに答えた。


「俺まだ1万円以上残っとるんだわ」


何?1万円だと?


今回の修学旅行では持ってくるお小遣いは学校側から7千円までというレギュレーションがかかっており、私はそれを律義に守っていた。


だが、大西はそれを大幅に超える金額を持参してきていたということだ。


畜生、私も律義に7千円枠を守るんじゃなかった。


いや、それならそれでさっきのカツアゲで全部とられていただろうが。


「そりゃそうと、おめえは何も買わんのかて?」


「いや、俺は…」


カツアゲされて金がないとは、口が裂けても言えない。


そうだ、大西から金を借りられないだろうか?こいつとはあまり話したことがないが、金を落としてしまったとか事情を話せば千円くらい都合つけてくれるかもしれない。


何だかんだ言っても同じクラスだし、同じ班なんだ。


「あのさ、俺、財布落としてまってよ…金ないんだわ」


「アホやな」


「そいでさ、千円でええから…貸してくれへんか?」


「嫌や」


にべもなかった。


1万以上持ってるなら千円くらいよいではないか!


「頼むて。何も買えへんのだわ」


「嫌やて、何で俺が貸さなあかんのだ?おめえが悪いんだがや、知るかて」


普段交流があまりないとはいえ、大西の野郎は想像以上に冷たい奴だった。


頼むんじゃなかった。


結局ぎりぎりまで女子の買い物に付き合わされたが、集合時間前にはディズニーランドのゲートを出て、我々は時間通りバスの停まっている集合地点までたどり着いた。


他の面々は皆充実した時間を過ごせたらしく、買ってきたお土産片手にあそこがよかったとかあのアトラクションが最高だったとか盛り上がっている。


「もう一回行きたい」とか話し合っており、「もう永久に行くものか」と唇をかんでいるのは私だけのようだ。


そんな一人で悲嘆にくれる私に更なる追い打ちがかけられた。


「おい!お前単独行動したってな!?」


私のクラスの担任教師である矢田谷が、私をいきなり大声で怒鳴りつけてきたのだ。


話に花を咲かせている生徒たちの話が止まり、好奇の視線がこちらに注がれる。


どうやら岡から私が班行動をしなかったことを聞いたらしく、完全に怒りモードだ。


この矢田谷は陰険な性格の体育教師で、一年生の時からずっと体育の授業はこいつの担当だったが、私のような運動神経の鈍い生徒を目の敵にして人間扱いしない傾向があり、これまでも何かと厳しい態度に出てくることが多かった。


そんな馬鹿が不幸にも私のクラス担任になっていたのだ。


「いや、俺だけじゃないですよ、俺以外にも勝手に班を離れた人間は他にも…」


「先生は今、お前に言っとるんだ!言い訳するなて!!」


クラス一同の前でねちねちと怒鳴られた。


なぜ私ばかり?私以外にも班行動しなかった者はいたのに!


私は再び涙目になった。


神も仏もないのか。


どうして立て続けに嫌な目に遭い続けなければならないのか?


私は今晩の宿に向かうバス内でわが身の不運に打ちひしがれていた。


通路を挟んで斜め向かい席では、元々一緒に行動しようと思っていた中基と難波がまだディズニーランドの話を続けている。


彼らは一緒に行動してたようだ、私を置いてけぼりにして…。


そして頼むから「カリブの海賊」の話はやめて欲しい、こっちはリアルな賊にやられたばかりで心の傷がちくちくするのだ。


「おい、お前どうかしたんか?」


私の横にクラスメイトの小阪雄二が来た。


一番後ろの席に座っていたのに私のいる真ん中の席まで来るとは、どうやら私が落ち込み続けている様子に気付いていたらしい。


だが、私は十分すぎるほど知っている。


こいつは私の身を案じているのではなく、その逆であることを。


それが証拠にニヤニヤと何かを期待しているような、いつものムカつく顔をしている。


二年生から同じクラスの小阪は他人の災難、特に私の災難を見てその後の経過観察をするのを生きがいにしているとしか思えない奴だ。


私が今回のようにこっぴどく先生に怒られたり、誰かに殴られたりした後などは真っ先に近寄ってきて、実に幸福そうな顔で「今の気分はどうだ?」だの「あれをやられた時どう思った?」などと蒸し返してきたりと、ヒトの傷に塩を塗りたくるクズ野郎なのだ。


「別に何でもないて!」


「何やと、心配したっとんのによ!」


嘘つけ!ヒトが怒鳴られて落ち込んでいる顔を拝みに来てるのはわかってるんだ!


しかし、奴の関心は別のところにあった。


「お前、財布落として金ないって?」


「何で知っとるんだ?関係ないがや!」


大西の野郎がしゃべりやがったんだな!


隣に座る大西は小阪と以前から仲が良く、私を見て口角を吊り上げている。


同じ班なのでバスの席も近くにされており、前の座席には岡と芝谷も座っている。


「お前、ホントはカツアゲされたやろ?」


「!!」


「おお、こいつえらい深刻な顔しとったでな。ビクビクしとったしよ」


大西も加わってきた。


気付いていたのか?


「ナニ?ナニ?おめえカツアゲされとったの?」


前の席の岡と芝谷までもが興味津々とばかりに身を乗り出してくる。


やばい、ばれてる!ここはシラを切りとおさねばならない!


カツアゲされたことがみんなに知られていいことなど一つもない。


修学旅行でカツアゲされた奴だと、卒業してからも伝説として語り継がれるのは必定。


それに、こいつらを喜ばせる話題を提供するのは最高にシャクだ!


被害に遭った後で被害者が更に好奇の視線にさらされるなんて、まるでセカンドなんとかそのものじゃないか!


「されとらんて!落としたんだって!」


「ホントのこと言えや。おーいみんな!こいつカツアゲされたってよ」


「されてないっちゅうねん!」


「先生に知らせたろか?ふふふ」


小阪らの慰め風尋問及び口撃は、バスが今晩の宿に到着するまで続いた。


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