第4話 ヤンキーの罠にはまった私
「このウンコ野郎、やっと出てきやがったか」
そう言って剣呑な目つきで出入り口をふさいでいたのは、典型的なヤンキー中学生七人。
さっきの連中であろうことは間違いないが、剃りこみ頭や染めた髪で、変形学生服を着た本格的な奴らだった。
どういうことだ?キャストに追っ払われたんじゃなかったのか?
私は一瞬キツネにつつまれたようにあ然とした。
「ダメダメ!トイレの中へ戻ってください!」
ヤンキーたちの中の一人、眉なしのデブがおどけて言ったその声も口調も、あの恩人だったはずのキャストそのもの。
「オメー、バカじゃねえの?フツーひっかかるか?」
茶髪のヤンキーの一言で、私は彼らの打った猿芝居に見事に騙されたことを知った。
「そりゃそうとオメーよ、俺らにずいぶんナメたマネしてくれたな」
と、同じ中学生、いや同じ人間とは思えないくらい凶悪な人相のヤンキーたちが私を囲む。
恐怖のあまり穿いていたブリーフの前面が用を足した直後にもかかわらず、尿でじわじわと濡れてきたその時の感覚を今でも覚えている。
震えあがった私は「え、俺知らないよ」と苦しい嘘をついたが、「オメ―しかいなかっただろう!」と一喝され、トイレの中に連れ込まれた。
二人くらいが、見張りのためか出口を固める。
悪夢の本番が始まった。
床に土下座させられた私は、ヤンキーどもに脅されながら小突き回され、頭を踏まれ、手数料だとか迷惑料だとかわけのわからない面目で金を巻き上げられた。
旅行先でのカツアゲに備えて靴下の下に紙幣を隠すなどの危機管理を行う修学旅行生もいるようだが、当時の私にとってそんなものは想定外であり、財布の中に全ての金があったために有り金全てを強奪された。
私の金を奪った後も彼らは「殺されてえのか」だの「まだ終わったと思うなよ」などと、私の髪の毛を引っ張ったり胸ぐらをつかんだりして執拗に脅し続け、その時間は個室に籠城していたよりも確実に長かった気がする。
生徒手帳まで奪われた私は「テメーの住所と学校はわかった。チクったら殺しに行くぞ」と脅迫された。
ヤンキーどもは「そこで正座したまま400まで数えたら出ていい」と命じ、最後に「東京に来るなんて百年早えぞ、田舎者!」と捨て台詞を吐いて、私の頭をかわるがわる小突いたり蹴りを入れてきたりして立ち去って行った。
奴らだってどっかの田舎から来た修学旅行生だろうが。
こうしてヤンキーたちはいなくなったが、恐怖がまだ残っている私は律儀に正座して数を数えていた。
さっきのようにまだ外にいるかもしれなかったからだ。
400まで数えてからおっかなびっくり外に出た時には、私はすっかり涙目になり、日もだいぶ傾いていた。
ヤンキーたちは自分たちの犯行が露見するのを恐れてたらしく、あまりこっぴどい暴行を加えてこなかったが、私の受けた精神的な打撃及び苦痛は甚大だった。
私はまごうことなきカツアゲに遭ったのだ。
カツアゲされた気分は、実際にやられた人間にしかわからないと今でも断言できる。
おっかない奴に脅され、さんざん小突かれて金品を奪われる恐怖と屈辱は笑い事では済まないくらいの災難なのだ。
しかも私の場合小学校の時から楽しみにしていた修学旅行でそれが起こり、一番楽しいはずの夢の国ディズニーランドで自分だけが悪夢の真っただ中だったからなおさらである。
信じたくはなかったがそれは事実以外の何物でもなかった。
こんな目に遭うなんて誰が思うだろう?
はしゃぐのは許されざる罪だとでもいうのか?
予測できなかった当時の私を誰が責められよう。
ランド内で目に入る客たちは誰も彼も楽しそうにしているため、私は余計に前を見ていられず下ばかり見て歩いていた。
地面がさっきより暗く見えたのは日が落ちてきたからばかりではない。
私は半泣きだったため視界が時々グニャリとゆがむ。
私は修学旅行への期待に胸膨らませていた小学六年生からこれまでの三年近くの年月ばかりか、中学校生活そのものが崩れ去ったように感じていた。
もう何も考えたくなかった。
こんな不幸に遭うことはなかなかないはずだ。
これに匹敵する不愉快がその後も立て続けに起こることは普通ありえない。
だが信じられないことに私の災難はこれで終わらなかったのだ!
それもこの直後の、この日のうちにだ!
神が私に与えた試練?いや、天罰か。
いやいや、嫌がらせとしか思えない。
試練にしては明確に害意を感じるし、ここまで罰されなければいけないことをした覚えもない。
私がどの神の機嫌を、いつどのように損ねたんだろうか?
その神による嫌がらせ第二段の開始時刻が刻々と迫っていることに、この時の私はまだ気づかなかった。
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