第2話

 人生を振り返ってみるが、特に明るい部分はない。薄暗い状態でずっと続いてきた道は、長いトンネルの中のようだ。

 自分の役割は終わった。だから後は消えるだけ。自殺というと富士の樹海のイメージが浮かぶくるみだが、そこまで行く交通費がもったいないとか、トンチンカンな心配をしてしまう。

 今からいなくなるなら、なにもかも放棄していいのか、やり残したことはないのか、自問を繰り返しながら歩く。そうしているうちに、先ほどとはずいぶん変わった場所に来ていた。

 一軒家やカフェなど、背の低い建物が並ぶ、綺麗に整備された街。ビルがひしめき合うコンクリートジャングルとは違って、人通りも多くなく落ち着いた趣がある。

 そんな歩道を俯いた状態で進んでいたくるみは、ふと視界に入る白い明かりに気がついた。歩道の際ギリギリに、丸く広がったレンガ調のタイル。白い地面に同色の光が当たる様は、夜を照らす道標のようだ。

 くるみは引き寄せられるように視線を上げ、同時に顔を傾けた。

 白い縁に囲まれたガラス張りの扉、その上部に並んだ小さなランタン型の蛍光灯、パステルピンクのオーニングには、流れるような字体でDouxTonと書かれている。

 ――ドウエックス、トン……?

 黒いアルファベットを追いかけ、心の中で声にする。ホワイトチョコにいちごミルクをかけたような、美味しそうで可愛らしい建物。すっかり目を奪われたくるみは、いつの間にか店の前で立ち止まっていた。

 黒やグレー、セピア色など、モダンでシンプルな建物が多い街並みで、明るく甘い色味の外観は引き立つ。

 夜に浮かび上がるように、キラキラ輝くショーケース。透明な隔たりの向こうを、くるみはゴクリと生唾を飲み込んで見つめた。

 普段は絶対に来ない街、寄らない店、買わないもの。自分には縁がない、手が届かない贅沢品。今までは、例え間違って目に入っても、通り過ぎるしかなかったが――。

 ――一回くらい、いい、よね……?

 人生の最期くらい、美味しいものを食べたい。今ある全財産使って、我慢せずにお腹を満たしたい。

 そう考えたくるみは、体も店の方へ向け、キュッと唇に力を入れてから手を伸ばした。

 チョコブラウンのドアノブを握り、胸元に寄せるように引く。するとカランカランと、レトロな喫茶店の鈴のような音が鳴り、店内の様子が明らかになる。

 くるみは震える足で一歩踏み込むと、キョロキョロと辺りを見回した。

 壁や床、天井まで内装はすべて白地にピンクの小花模様。ショーケースやその脇に見える、テーブルや椅子、焼き菓子が置かれた棚も白で統一されている。

 華やかながらも品があり、貴族の美少女のアフタヌーンティーに相応しそうな雰囲気だ。

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