第3話 合図は出された

「……い、先輩、鳴海先輩!! 起きてください!!」

「!」

 その声に鳴海は飛び起きる。辺りを見回し、すぐにそこがどこか路上の上だと察した。

 目の前には後輩の安心しきったような顔。その顔に、鳴海も安心してしまうのが事実だった。

「あの男は……?」

「俺が爆発させました!!」

「え!?」

「とりあえず、USBも無事です。……それで、その」

 麻生は鳴海を安心させる意味も込め、彼女に教授のUSBを見せる。そしてそれを強く握り、遠慮気味に口を開いた。

「どうして……こんなことに……?」

「……麻生くん、ここまで付いて来てくれたからね……」

 話すよ、と、鳴海は微笑んだ。そこに先ほどまでの荒々しさは無く、いつもの、サークルの時に見せてくれたような、妖艶でしかし無垢な、そんな笑みで。


 そして鳴海が話したのは。

 自分はこの国のスパイであること。他国のスパイ容疑がかかっているあの教授を見張るために大学に入学。そして教授が他国のスパイである証拠を掴んだものの、上層部への報告のすんでのところでその証拠を奪われてしまったこと。それどころか、隙を突かれて辱めを受け、その写真や映像データで脅されてしまったこと。どうするかと悩んでいたところ、麻生がたまたまその全ての情報が入ったUSBを入手。これ幸いと麻生ごと上層部に持って行ってしまおうと思ったこと。


「貴方みたいな一般人を巻き込んで、申し訳ないと思ってる……でもついて来てくれて、ありがとう」

「いやぁ……そんな先輩、顔上げてくださいよ……」

 そう笑いつつも、麻生はこう思っていた。


(やっぱドッキリかな……)


 普段勉学に励んでいるわけでもない。特別頭も良くない、そんな男のキャパシティなどたかが知れている。彼はそれを現実だと受け止められず、現実逃避の様にそう思っていた。

 ……銃撃戦などを考えると、ここで「彼女の言っていることは本当だ」と考える方が、よっぽど賢いのだが。

「……とりあえず、警察まで急ぎましょうか……あ、先輩、怪我とか大丈夫ですか」

「大丈夫だよ、ありがとう」

 麻生は鳴海の手を引き、急いで走った。



 教授──いや、他国のスパイである男は一人、コンテナヤードを彷徨っていた。

 麻生と鳴海がここら辺にいることは、近くに停められていたモーターボートから分かっている。もうそれで逃げられぬよう、エンジンは破壊済みだ。先程麻生が男にしたように。その時のことを思い出し、男は一人歯ぎしりをした。エンジンが爆発したせいでアフロになってしまった頭皮を掻きながら。

 一人は一般人、もう一人は傷を負っている。見つけさえすれば、こちらが有利だ。早急に二人とも処理をしなければ。特に同じくあのスパイの女。屈辱を味あわせた上で泳がせていたが、あの時に処理をしていけば良かった。そうは思うが、過去を悔やんでも仕方がない。男はそう判断し、拳銃に弾を詰めながら、足音を一切立てることなく進んでいく。

 するとそこで、ガタン!! と一つのコンテナの中から音が響き渡った。男はすぐさまそこに向かう。少し開いた扉から慎重に中を伺って……。

「──ッ!!」

「!」

 男の脳天に鉄パイプを振り下げる人の姿があった。しかし男はそんな攻撃は予測済み。すぐさまその人物──扉のすぐ横で待ち伏せをしていた麻生の鳩尾に、鋭い拳を放つ。特に武道に精通しているわけでもない麻生は、簡単に崩れ落ちた。

「……鳴海!! 居るんだろう!! 後輩が大事だったら姿を現せ!!」

 そして男は勝利を確信する。鳴海は優秀なスパイだが、人を大事にする者だ。それが一般人だったらなおさら。……だから鳴海は必ず姿を現すと。

 その予測通り、鳴海は暗闇から姿を現した。

「大方、あのUSBはお前が持っているんだろう。それを渡せ。そうすれば、この男は見逃してやってもいい」

「……ッ、鳴海、先輩ッ……駄目ですっ……」

「麻生くん……」

 鳴海は拳銃を突き付けられ、それでも先輩の身を案じる麻生を、眉をひそめながら見つめた。そして……静かに笑ってから、すぐに凛々しい表情に戻った。

「……分かったわ」

 そして鳴海はポケットからUSBを取り出した。それを見て男は笑い、麻生は青ざめる。

「その前に麻生くんを解放しなさい」

「いや、USBが先だ」

「いいえ、麻生くんが先よ」

「……いいだろう」

 そこで男は麻生の首根っこを掴む。そして拳銃を突き付けながら鳴海に近づき。

 互いの手の及ぶ範囲で止まると、麻生を差し出しつつ言った。

「さあ、それをこちらに渡せ」

 鳴海は生唾をじっくり飲み込む。男を睨み、ゆっくり、そのUSBを持つ手を挙げ……。

 ……麻生は、鳴海の告げたことを、思い出していた。


『麻生くん。一瞬で良い。私が合図をしたら、あの男の気を何とかして逸らして』


 そして、生唾は飲まれた合図は出された


「あーーーーッ!!!! UFO!!!!」


 麻生は何もないところを勢いよく指差しながら、全力でそう叫んだ。

 ……もちろんここはコンテナの中であるため、室内である。

「何を……ッ、しまっ……」

 男は麻生に対し、何一つ警戒をしていなかった。そのため、その行動の意味を図ることが出来なかった。だがそれを後悔してももう遅い。その一瞬の隙を見逃さなかった鳴海の足が、男の顎にクリーンヒット。思いっきり脳を揺さぶられた人間は、例えどんなに屈強な人間でも、耐えるのは困難である。

 男は意識を失い、地面に倒れた。

「……上手く……行きましたか……?」

「……。……ええ。麻生くん、お手柄よ」

「へへっ……」

 男の意識がないことを手早く確認した鳴海に褒められ、麻生は照れたように締まりのない顔で笑った。

 二人の作戦はこうだった。まず意図的に麻生が捕まり、わざと危機的状況に陥る。そこで男を油断させ、そこに更に麻生が隙を作る。その隙に一気に形勢逆転をする。

「にしても麻生くん、まさかUFOだなんて……」

「う、小学校の時、よくこう言って皆を驚かせてたなーって、ふと思い出して……」

「確かに、まさか室内でUFOだなんて思わなかったよ」

「……忘れてください」

 いつまでも鳴海に笑われ、麻生は恥ずかしそうに頬を染めた。確かにもっとあったのではないか。そう思っても、もう一生挽回のチャンスは来ないし、来なくていい。切実に。

「じゃ、行こっか。警察署まで」

「……はいっ!!」

 そうして二人はコンテナヤードを後にする。USB

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