第2話 俺、SUGEEEEEE!!!!

 予想外だったことは。


「待てクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 普段堅物みたいな雰囲気ですましながら授業をしていたあの教授が、普段からは想像もつかない言葉づかいで追ってきたことだった。

「えっ!? 何あの人!? こわ!?」

「あ、麻生くんっ!!」

「あっ鳴海先輩すみません!! 俺のせいでなんか一緒に走らせちゃって……!!」

「それはいいっ……それより!! それ!! あの人から盗んだ物なの!?」

「そ、それ!?」

「〜〜〜〜ッ、そのUSB!!」

 いちいち主語言わないと伝わらない!? と怒鳴られ、すみませんっ!! と麻生は叫んだ。

 そしてようやく彼の中で話が繋がってくる。つまり先程から彼女は、USBのことを言っていたわけで……。

 そうなると不思議になってくる。何故鳴海がこれが麻生の物ではなく、あの教授の物だと判断できたのか。そして、このUSBと鳴海に、一体何の関係があるのか……。

「ちょっと!! 質問に答えて!!」

「はいっ!! すみませんそうです!!」

 質問の意図が分からなく、疑問が尽きないが、もう頷くしかなかった。彼に出来るのはそれだけだった。

「そう……じゃあ、ここから一番近い警察署まで走って!!」

「ええええ!? ……よくわかんないけど、分かりましたぁ!!!!」

 鳴海に命じられるまま、麻生は走る。鳴海の手を引きながら。

 こちらは健康体成人男性、しかし向こうはそれなりに年を食ったおっさん。この鬼ごっこ、時間が経つほどこちらが有利!! と麻生は思っていたが……。

「あのおっさん体力えぐくね!?」

「当たり前でしょう……彼はとても優秀な……。……」

「ちょ、先輩!? 何ですか!? 今何か大事そうなこと言いかけて止めましたよね!?」

 優秀な何!? と彼は叫ぶが、誰も答えてはくれない。

 だから麻生はただ走る。走るしかない。この手の先の彼女を守る(?)ため──!!

 と思ったのも束の間。

「麻生!! 右に曲がれ!!」

「え!?」

 突然呼び捨てにされた。やだ、キュン……となっている暇は無い。麻生は言われるまま、右に旋回。すると目の前に広がっているのは。

「川ッ!?」

「飛べ!!」

 鳴海の声に反射的に体は応え、大きく地面を蹴る。柵を飛び越え、着地したのは……モーターボートの上。

「麻生!! 操縦は頼んだ!!」

「は、はい!?」

 返事はした。返事はしたが、彼はボートの操縦方法など知らない。だが鳴海は何故か手慣れた感じでそのエンジンを点けてしまった。だから彼はもう「操縦する」以外に選択肢は無かった。

 人間よりも何倍も早く走り出すモーターボート。これで引き離したか? という考えは……少し振り返り、あっという間に掻き消された。

 猛スピードで、大波を立てながら、同じくモーターボートで、教授が追って来ていた。その執念に彼はゾッとする。この手の中のUSBに、一体どれだけの価値があるのか。

(そんなに教授は課題を渡したくなくて、先輩は課題が見たいのか……!?)

 恐らく見当違いのことを考えながら、彼はヤケクソでモーターボートを進める。次は右、左、左、右、と鳴海の的確な指示に従っていった。

「っ、麻生!! 避けろ!!」

「何からぁ!?」

 慌てて彼はモーターボートの向きを少し調整し、方向転換する。……すると何かがモーターボートのボディに聞いたこともないような音を立て、当たった。

「……え、今の何……」

「銃弾だ。……あの男、手段を選ばなくなってきたな……」

「銃弾!?!?!?」

(この課題YABEEEEE!!!!)

 持ち去ると銃弾の出てくる課題なぞ聞いたこともないしあるはずもないのだが、よくわからんがアドレナリンが出ている麻生には、その簡単な思考にいたることは不可能だった。

「麻生、伏せていろ!!」

 そう言われ、麻生は伏せながらモーターボートを何とか操縦する。そしてチラッと後ろを見て。

「わああああ先輩かっけぇぇぇぇ」

「麻生!! 前に集中しろ!!」

「スミマセンッ」

 そこでは鳴海も同じく、どこから出したのか拳銃を構えていた。普通の大学生が拳銃を持っているはずが無く、カッコイイなどと言っている場合ではないのだが、やはり彼はそこまでの思考に至らなかった。というかもはや頭が理解を拒んでいた。

 街中、背後で行われる銃撃戦。こんなの映画でしか見たことが無かったのに。しかもやっているのはあの美人な鳴海先輩。ああ、これ映画の撮影かな……それともドッキリかな……俺何かしたっけ……。うっかり正気に戻りかけた麻生は青ざめていたが。

「きゃっ!!」

「! 鳴海せんぱっ……」

 後ろから悲鳴が聞こえて振り返ると、目の前が真っ暗になった。どうやら鳴海がこちらに倒れこんできたらしい。いい香りがすることにクラクラしたが、拳銃から漂う煙にすぐに正気を取り戻す。今、ピンチだ。麻生は本能で理解した。

 麻生は鳴海の使っていた拳銃を持つ。そしてこちらに突進してくる教授を目掛け……目を閉じ、発砲。

 しかしそれは無情にも、教授に当たらなかった。掠りもしなかった。

「はは!! どこを狙って……!!」

 素人が、と教授は麻生を馬鹿にしたように笑う。しかしその笑顔は、すぐに見えなくなる。

 幸か不幸か、その銃弾は教授ではなく……教授の乗るモーターボートの、エンジン部分にクリティカルヒットしたのだった。

 ばごーん、と爆発。麻生はそれを呆然と眺め。

「……俺、SUGEEEEEE!!!!」

 そして慌てて旋回すると、燃え盛るモーターボートを放っておき、再び逃げ出すのだった。

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