第2話 悪どい上司にざまぁする

 俺は力を使いまくった。

 どうやら制限はないらしい。

 特に疲れるとか、回数があるとかはないようだ。


 レアリティアップ。星1個。


 そう念じるだけで、紙屑が10万円で売れた。


 でも、これって他人から金を搾取しているだけのような気がする……。


 どうしても気が引けるので、ゴミを売るのは悪そうな人を厳選することにした。


 明らかに他人から搾取してそうな金持ち。


 あーー。よくよく考えたら俺の上司か。

 俺を低賃金で働かして自分は至福を肥やす。

 

 俺は会社に辞表を出した。

 この能力があれば、真面目に働くなんて馬鹿らしいからな。


 社長は首を傾げる。


「君みたいに能力の低い人間がうちの会社を辞めてどうするんだい? せっかく使ってやっていたのにさ」


 やれやれ。

 酷いいわれようだな。


「そもそも、君が急に辞めるなんてどういつつもりだい? それって会社に迷惑がかかるんだよ? 裁判で決着をつけるかい?」


「いや……。そんなつもりはありません」


「そうかい。だったら、退職金は無しでいいよね。会社は君に振り回されて多大なる被害を被ったのだからね。そもそも、君を雇ってやっていたのはこっちなんだ。こういうのをなんていうか知っているかい? 恩知らずというんだよ。君は恩を仇で返すタイプだ。はっきりいって人間のクズだね」


 ふむ。

 ここまでいわれたんじゃやるしかないな。


 俺はおもむろにティッシュで鼻をかんだ。


「チーーーーーーーーーン!!」


 さて、このゴミを……。


 あ、そうだ。

 初めてだけどやってみるか。

 レアリティは星の数で効果を設定できるんだ。今までは星1個でやっていた。

 星2の効果。

 ちょっと怖いからやらなかったんだけどな。

 社長ならいいだろう。


 レアリティアップ。星2。


 すると、


「き、き、君ぃいいい……!! そ、そのティッシュは!?」


「え? 僕が鼻をかんだゴミですが……?」


「そ、そうだよね。君が鼻をかんだゴミだよね」


「ええそうです」


「それは……その……。ど、どうだろうか? 昔、上司だったよしみでそれを私に売ってくれないかい?」


「え、こんなゴミをですか?」


「ああ……。そのティッシュがどうしても欲しいんだ」


「でも、鼻をかんだだけのゴミですよ」


「それはわかってはいるがね……。君はピカソの絵が上手いと思うかい?」


「ああ。下手ですね。特に晩年のピカソは小学生の落書きみたいです」


「そうだろう。芸術とはそういうもんさ」


 なるほど。

 このティッシュに芸術的価値を見出したのか。


「じゃあ、これにピカソほどの価値があると?」


「そ、それは……。ははは。まいったな」


 そういって汗を飛散させる。


 さては金額の交渉にビビってんだな。


「もしもですよ。社長がこのティッシュにピカソの絵画ほどの価値を見出したのなら、売値はそれ相応となってしまいますよね?」


「は、ははは……。君もたちが悪いなぁ……」


「そうですね。すいません。僕が悪かったです。それじゃあ失礼しますね」


「ままま、待ちたまえ!! そうすぐに帰ることもないだろう!」


「しかし……。生意気な発言をしてしまいましたし」


 社長はなにかに気がついたように笑った。


「そ、そうだぞ! 君の発言は生意気すぎるぞ! 会社にも多大なる迷惑をかけたしな! これは由々しき事態だ」


「はぁ」


「そ、それでだな……。君の失態をチャラにするにもだなぁ……」


 と、俺の顔色をチラチラとうかがう。


「もしかして、このティッシュを売って欲しいのですか? 俺が鼻をかんだだけのティッシュを?」


「ははは……。お見通しか。まいったね」


「はい。困ります」


 なにせ、捨てるつもりだったからな。


「君の言い分もわかるよ。そのティッシュなら国宝レベルだ」


「はぁ?」


 ゴミだぞ?


「し、しかし、君はその……。私に不義理を働いた! 私の恩義に反する行動をしてきたんだ!!」


「ほぉ……。つまり、その清算をしろと?」


「ははは……。人としては当然だろう」


「では、どうしろと?」


 社長はティッシュに釘付け。

 もう目が地走っている。


「そ、そ、そのティッシュをだなぁ……」


「売れと?」


「は、ははは……! わかっているよ! 君が鼻をかんだティッシュだからね。手放したくないのはわかる」


 いや、捨てるゴミだってば。


「しかし、君は私に対してとんでもない失態をしたんだぞ!?」


 普通に働いてただけだ。 

 安い賃金でさ。サービス残業だって多かった。

 特に失敗もないしな。失態といわれても納得はできないよ。


「き、君には謝罪の気持ちはないのかね!?」


「はぁ……」


 そんな気持ちは微塵もないけどさ。

 まぁ、そこまでいうなら仕方ない。


「このティッシュを売れば失態をチャラにできるんですか?」


「当然だろう! そんなに価値のある物を手放すんだ。君は痛手だとは思うけどね」


 いや、まったく痛くない。

 こんなゴミクズ。


「わかりました。そこまでいうなら売るしか方法がなさそうですね」


「なに、売ってくれるか! うは!! 君はなんていいやつなんだ!!」


「ただ値段が……」


 ゴミクズだからな。

 1円でも買わないよ。


「わ、わかっているよ。それほどの代物だ。……さ、さ、3千万とか……どうだろうか?」


 おいおい。

 こんなゴミにそんな大金って正気か?


 社長は俺の顔色をずっとうかがっていた。

 その全身からは滝のように汗を流す。


「わ、わかっているジョークだよジョーク……。ははは。当然だよな。よ、4千万。いや、5千万ならどうだ!?」


 さては、この俺が鼻をかんだだけのゴミクズティッシュに億以上の価値を見出しているな。

 ちょっと確かめてみるか。


「このティッシュ……。数億円の価値がありますよね?」


「ぬぐぅうううううううううう!! ははは……。まいったなぁ」


 やはりそうか。

 億の価値がわかっていたから5千万も出せるんだ。


 星1個は100万円程度の価値だったけどさ。

 星2個になると億の価値を付与できるんだな。


 それにしても億の価値を半値で買おうってんだから悪どいよなぁ。


「し、し、しかしだねぇ! 君には恩義があるはずだよ!? 私は君にしてあげたんだからね!!」


 やれやれ。

 恩義恩義ってうるさいなぁ。


「わかりました。そこまでいわれたら仕方ありません。5千万円で売りましょう」


「うはーーーーーーーーーーーーー!! 言ったぞ!! 言ったからな!! 口頭であろうと約束は成立するからなぁあああああああ!!」


 んな、飛び跳ねて叫ぶことかよ。


「でも、このティッシュを渡すのは僕の口座に入金が確認できてからですよ」


「そ、そんなことは当然さ。き、君も入金の確認ができたら、絶対に渡すんだぞ! 絶対にそのティッシュはもらう。もう私の物だ! 逃げるんじゃないぞ!!」


 逃げねぇよ。


 それにしても気になることがある。


「社長は5千万の貯金があるんですか?」


「そんな大金持っているわけがないだろ」


 だよな。

 いくら社長でも小さな会社だ。そんな大金はないだろう。

 それなりの一軒家に住んで、いい車に乗っている人だからな。

 ローンは10年以上も残っていると聞いたことがあった。

 貯金なんてそんなにないはずなんだ。


「じゃあ、5千万円はどうやって工面するんですか?」


「2千万は貯金があるからね。残りの3千万円は会社の口座から借りるよ」


「それって窃盗では?」


「会社の貯金から借りるだけさ。会社の資金はゼロになってしまうが銀行から借りればなんとかなるだろう」


 弱小企業が3千万の出費か。

 買い取るのは、なんの使い道もないティッシュだからな。

 こりゃ倒産するな。


 社長は誓約書を作った。

 ご丁寧に返品不可の条文を赤文字で書いて強調してある。


「へへへ。返せといっても返さないからなぁああああ!!」


 いや、完全に不利になってますがな。


 俺は誓約書にサインをした。

 携帯の画面で5千万円の入金を確認する。


 よし。んじゃあ、


「このティッシュは社長の物です」


「わはーーーーーー!! やった、やったーーーーーー!!」


 あ、そうそう。

 俺の力を色々と試していてわかったんだけどさ。

 どうやら、その効果は1日しかもたないようなんだわ。


 だから、そのティッシュは転売ができない。

 しかも、レアリティアップの効果は1回の付与につき1人だけにしか効果がないんだ。

 つまり、そのティッシュに億の価値を見てるのは、この世界で社長だけなんだよな。


「君は最高の部下だったよ!! ありがとう!! 君は最高にいい人間だ!!」


 まぁ、喜んでるからいっか。

 しかも、本人の強い希望で売ったんだからな。

 強制的に売りつけたわけじゃないからいっか。きっと、1日だけはすごく得した気分で夢心地だろうさ。


 さて、次は応用してみようかな。

 この能力。俺の体に付与したらどうなるんだ?

 

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