第7話「音」

―私は、父を捨て、軽くなった台車を押して、家を目指した。

ちょうど太陽が真上に上っていた。昼だ。

かなり疲れていて、体が重い。父が乗った台車を二、三時間押し続けていたからなのだろう。


「これでまた、一歩進んだ。もうアイツとも、おさらばだ。」


―そう呟くと、それに答えるかのように、後ろの方から、風で木の葉がかすれ、「さわさわさわ」という音が聞こえた。


だが、それに交じって、私は”イヤな音”を聞いてしまった。


「メキ・・・メキメキ・・・・メキメキメキ!!」


最初は、風で木の幹が擦り合い、”この音”が出ているのかと思った。

だが、違う。


本能が全力で拒絶反応を示している。

体が震え、頭が真っ白になる。まるで、猫に怯えているネズミのようだ。


「メキメキ!!メキメキメキ!!!」


木の枝を折ったときのような音だった。

「木の幹が折れているのかなぁ?」

そうも思ったが、そうではない。その音は、どこか動物のようで、植物のようでもあった。


そして、しばらくその音が鳴り続けると、いきなり音が鳴らなくなった。


―少し安心した。だが、まだ震えは止まらない。

今すぐに台車を置いて、走って逃げたかったが、手足がしびれて、そうもできなかった。


足音がした。

大きな足音だ。

まるで、巨人が歩いているかのようだ。


「こっちに向かってくる。」


―本能がそう感じた。私は、手足がしびれてようと、震えてようと、全力で逃げた。

台車なんかは置いて行って、とにかく走った。

だが、確実に音が大きくなってくている。このままだと、追い抜かれる。


―後ろを振り返ったが、道は狭くくねくねしていて、背の高い木がたくさん生えていたため、5m先も見えなかった。

もうそろそろ限界だ。逃げられない。


「私には、罰が当たったんだ。」


そう思い、逃げるのをやめた。


―この世に自由なんてない。

仮に自由だと思っていたとしても、結局は何かに怯え、また自由を求めることになる。

「結局は、行く先は決まってるのだ。」

そう思った。


―ただ、私はさっきから、もう一つ、こっちに向かってくる足音が聞こえることに気づいていた。

この足音が、私の味方であってほしい。

これが、私の最後の希望だ。

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