第3話「反抗一週間前」

―私は、今日もいつも通り家事を一通り終わらせ、父に部屋へと連れていかれ、灯りの無い部屋で座り込んでいた。


―「考えても無駄だ・・・。何も考えてはいけない。」


―自分にそう言い聞かせ、硬い床に寝そべった。

すると、私の頭の下の床板が、軋み音を立てて、少し揺れた。その時、私は初めて、床板を外せるということに気づいた。この部屋には愛着がなく、部屋の構造も、表面的な部分しか知らなかった。


―私は、この家に床下があるのではないかと思い、床板の一部を外そうとした。

だがその時、どこかから視線を感じた。

「父だ・・・。」

そう呟き、歯を食いしばった。


-ただ、いつまでたっても、父は私の部屋に来なかった。

そして私は、直ぐに悟った。

―父は、床下のことなどとっくに知っていて、それを知ったうえで、そこからは逃げられないと思っているのだろう。


―「この部屋の”内側”からは、絶対に抜け出せない。」


改めて、そう確信した。



―ただ私は今日の深夜、父が寝静まったころに、床下へ行ってみることにした。あきらめきれなかったのだ。

もちろん、多少は暗かったが、月明かりのおかげで、ある程度は見ることができた。


―床板は、意外と簡単に外すことができた。床板を外すと、下は土だった。

掘ろうとも思ったが、土は固く、掘るには数日かかるだろう。その間に父に気づかれるに決まっている。


―だがその時、私は、床板の裏に、何か手紙のようなものが、のりではりつけられていることに気づいた。のりは多分、お米から作られたものであろう。

そして私は、父のいびきを確認した後、手紙のようなものを、床板から破れないように慎重にはがし、少しでも読めるように、月明かりが入ってきている小さな窓のそばに行った。

すると手紙には、次のように書いてあった。



沙美へ


 沙美がこれを読んでいるということは、恐らく倉庫に閉じ込められているのでしょう。ずっと前から、いずれこうなってしまうことは分かっていました。そして、私は今、この世にはいないはずです。

 もし、天国があったとするならば、私は、ずっと沙美のそばで見守っています。

これを書いている今、私には時間がありません。そんな私が、今、沙美にしてあげられることは、一つしかないと思います。私は、沙美の父である武男と結婚する前、「合気道」という護身術を習っていました。ですが、もし私が父に抵抗すれば、沙美の命は危険にさらされます。

 だから私は、沙美にこの護身術を使って、沙美だけは助かってほしいと思い、この手紙を残しました。どうか、無事に脱獄し、楽しい人生を歩んでください。


美緒より



この手紙には、もう一つかみが入っており、そこには、「合気道」の基本的な動作と技が書いてあった。

―いまさら、涙は出なかった。ほとんど覚えていない母に対して、感情など生まれない。だが、自分が母の人生を背負っていると感じると、なんだか変な感覚になった。


「今は、脱獄のことだけを考えよう。自殺なんて、考えるべきじゃない。」


そしてそれから、私は夜になると、「合気道」の練習をしていた。幸い、父にはばれることなく、私は”その日”を待った。

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