第38話 秋音君はお嬢様! 後編

黒川智也には使命がある。

それは、仕える者として早乙女秋音を幸せに導くこと。


不幸なことに苛まれる事無く、幸せに溢れた人生を。

全てを捧げると誓った主人に、実りある学院生活を。


そのために、彼は秋音に関わる人間を精査する。


「……あの、その、なんだか照れるというか」

舐めまわすような視線を向けられる七海はタジタジになり、何もしていないのに悪い事をしたような気持ちにさせられる。

髪の毛一本一本から足のつま先まで観察をして、黒川は「ふむ」と喉を鳴らすばかりだ。


性格、家庭環境、将来性。

あらゆる側面から人間性を洗い出し、精査し、友人を選別する。


過去、秋音はトラブルによく巻き込まれていた。


家柄によるもの。

性格によるもの。

そして、男の娘になる際に生じた色んな衝突に。


そんな光景を影ながら見守っていた黒川は、秋音が高等部に進級したのと同時に友人を選別することを始めた。

秋音が身の回りにいる人物を徹底的に調べ、彼独自のボーダーラインを満たす人間にしか関わりを持たせない。


誰にも気づかれることなく密かに、そして迅速に。

あらゆる手段を用いて秋音との距離を置かせる。


「黒川さん、そろそろ勘弁してやってくれ」

フォローを入れる為に割って入ろうとする裕作に対し、

「裕作様、もう少々お待ちを」

一蹴するような態度を取っては、七海の観察を止めることは無かった。


七海の方も、怒られると勘違いしているのか両手をグッと硬く握り絞め、体を強張らせている。

ほんの数秒の出来事のはずなのに、何十分も同じことを繰り返している錯覚に陥る。


もし、彼の判断により相応しくない人物と判定された場合、今後一切秋音に近づくことを禁じられる。

その場合は問わず、交渉、脅迫、時には実力行使も厭わない。

例えこの行動が秋音にバレてしまい、嫌われるようなことが起きたとしても。

彼……黒川智也は構わないと思っている。


全ては主人の幸せの為。


それが、執事としての責務であると彼は信じているのだから。


「……さて」

刺すような視線で見つめるのを止めて、目を閉じ、深々と息を吸い込む。

眉間にしわを寄せた硬い顔つきのまま、言葉を紡ぐようにゆっくりと話し始める。


「新海七海様、やはりあなたは……」


重くるしい雰囲気のまま、黒川が最終判断を下した。


「――


「へ?」

険しい表情から言い放たれた言葉は、意外なものだった。


「艶のある綺麗な青い髪! 健康的で張りの肌! そして真っすぐで澄み渡った瞳! 全てが、まさに! !!!」

目をカッと大きく見開いて、張り詰めたような雰囲気をぶち壊すように大きな声を上げて黒川は天を仰ぐ。


そう、彼の精査には重大な欠陥がある。


それは、男の娘であれば無条件で合格というものである。


「秋音様、そして沙癒様! こんなにも魅力的な男の娘がいる中でも輝く個性! 世はまさに、大! 男の娘! 時代!」


先ほどまでの堅苦しい態度とは一変、拳を硬く握り両手を天高く上げて喜びを全身で表している。

まるで何かに優勝したかのような興奮の仕方をしており、当事者である七海は勿論、その周りで固唾を呑んで見守っていた下校中の学生もポカンと口を開いて呆れていた。


「まさかここまで可愛らしいとは――私は驚きましたぞ」

綺麗に着用していたスーツは乱闘騒ぎが起きた後の様に着崩れているが、そんなことはお構いないしに全身を使って喜びを表現している。


「これで私の野望が現実味を帯びてきました……!」

「は、はぁ」

「是非とも……ふふ、今後とも秋音様をよろしくお願い致します」


立派に生やした髭を摩りながら、ニヤニヤと頬をゆがませる黒川。

裕作と同じ言葉を投げかけたにもかかわらず、傍から見ても邪な考えを抱いてるのが丸わかりだった。

もはや何をしていたのすら忘れてしまいそうになった直後、黒川の背後から「早く車出しなさいよーー!!!」と秋音の甲高い声が飛んでくる。


「おやおや、私としたことが。新たな男の娘に現を抜かし、最推しである秋音様を放置してしまいました」

形が崩れたネクタイを締めなおし、ゴホンとわざとらしい咳ばらいをする。


「それではお三方、あちらの車にお乗りくださいませ」

綺麗にお辞儀をした後、黒川は何事もなかったかのようにカツカツと靴底を鳴らし秋音の方へ向かって歩き始めた。


その凛々しくも逞しさすら感じる黒川の背中を眺めつつ、七海は言葉が漏れだすように「……なんだったんですか、あの人」とつぶやいた。


そんな彼……未だに状況の整理が出来ていない七海を横目に見ながら、裕作は引きつった笑いを浮かべる事しかなかった。

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