第2話 攻略対象外のはずの親友、この物語では恋愛対象のようです。 後半
「はぁ、どうしてこんなことに」
深々とため息を吐くと、まるで穴が開いた風船のように口から覇気を漏れ出して、ガタイの良い大きな体がどんどんしぼんでいく。
本当に落ち込んでいるのを目の前で確認した秋音は、さらにきつい言葉を――。
「なによ。ほんとに困ってるならそう言いなさいよ」
「……?」
小さな声でよく聞こえなかった裕作を他所に、秋音は手持無沙汰からか、髪の先を指先でくるくると弄り始める。
少しして、秋音は先ほどまでの冷たい口調とは打って変わり照れくさそうな表情を見せる。
「べつに、心配してるとかそんなんじゃないけど、そんなに落ち込まなくていいわよ。失敗は誰にでもあるし、あ、あたしもいるし? ほんと昔からあんたたち兄弟はドジなんだから。親友であるあたしも苦労するわ、困ってることあったら何でもいいなさい、ばか」
生意気な態度は照れくささのオブラート。
秋音は少々口が悪いだけで、根はとても良いやつなのだ。
本当は落ち込んでいる友人に訳を聞いて力になりたい。
だが、面と向かって相談に乗るは恥ずかしい。だから、ちょっと馬鹿にして探りを入れようとしただけなのである。
そのことに気が付いた裕作は、我ながらいい親友を持ったとしみじみ思う今日この頃であった。
「なんでもいいのか?」
「まぁ、あんたなら何でも……って、ヤラシイことはなしよ!」
何を想像したのか、秋音は少し顔を赤くして威嚇をする。
ちらりと横目で秋音の表情を確認しようとするが、腕を組み顔を逸らしている為、その表情までは確認出来ない。
かわりに、まとめた髪が可愛らしく揺れてウサギのように跳ねていた。少なからず、嫌な反応ではないようだ。
秋音は裕作の事をちょっと煽ったりするが、心の底から軽蔑をすることは決してない。
助けが必要な時は手を貸してくれたり、冗談や馬鹿みたいな話に付き合ってくれる秋音は唯一無二の親友だ。
同じ年の好みとして、これ以上に頼りになる存在はいない。
「だったらさ」
裕作は少し考えた末、秋音が言ってくれた言葉に甘えることにした。
「今日、お前の家に泊まってもいいか?」
その言葉を言った瞬間、裕作達がいる二年A組の教室がざわめき始めた。
学院内のアイドル、その家に男が泊まりこみ。
その事実はこの学院では事件になりうる事態だった。クラス中の人間が勿論、廊下にいた人間が伝言ゲームのように噂を広げ、一瞬のうちに学院中に駆け巡った。
遂には裏で稼働している学院の非公式SNSにも拡散され、人が雪崩れ込むように次々とこの教室に人間が集まってくる。
男子達の目は嫉妬に狂った鋭い眼光を照らし、女子達は何かを期待する視線を送っていた。
「あああ、あんた本気!?」
溢れんばかりの人混みを見せるこの状況。そんな状況を他所に秋音は大きな声を上げて、思わずその場で振り向いた。
大きな目を限界まで見開いて口をあんぐりと開けて驚きを見せている。
「……ダメか?」
問いかけに対し、秋音は答えない。
もじもじと指を交差させて視線を床に落として何かを考えている様子で、顔は耳の先まで赤くなる。
普段では絶対に見せない秋音の表情、その事実は周りにいる人間の感情を奮い立たせた。
秋音はこの学院において絶大な人気を獲得している。
廊下の窓から覗き込む人間は学年を問わず、いや、中には教職員の姿も見せるこの状況は、まるで人気アイドルのライブのようだった。
希望、嫉妬、憤怒、渇望。
あらゆる感情がうごめくこの教室。
その雰囲気は異質で、この光景を知らない新入生にとって刺激的な光景になっているかもしれない。
しかし、秋音が多くの人に囲まれてること自体は珍しくない。
むしろ、学園内にいれば必ずと言ってもいいほど視線を集める。
親友として何年も一緒に過ごしていると、裕作の感覚が麻痺してきており、今の光景を見ても驚かないようになってしまっていた。
秋音はモテる。それも、ある時期を境に急激に意識をされるようになった。
故に、親友の裕作は色んなトラブルに見舞われる。
毎日のように秋音の連絡先を聞かれたり、裕作を利用して秋音に近づこうとする人間もいる。中でも最近、秋音のファンから脅迫状が届いたこともあり、挙げ始めるとキリがない。
だが、裕作はこの関係を、他人の関与で消してしまうつもりはない。
子供の頃からの付き合いだ、裕作は何があろうとも秋音の親友を辞める気はない。
「その、今日に限って誰もいないし……そういうのはまだ早いというか……」
歯切れの悪い言葉を聞いた裕作は、何かを察したのか小さく笑ってみせた。
「無理なら大丈夫だよ、ごめんな」
秋音の家には何度も遊びに行っており、徹夜でゲームなどで遊ぼうと思っていた。しかし、秋音がそれを快く思っていないのであれば無理強いは良くない。
泊れないのは残念ではあるが、きっと秋音にも事情があるのだと思い、潔く諦めることにした。
感づかれないように裕作は努力はしたが、少し残念な表情が顔に出てしまっている。
不器用ながらも誤魔化すが、彼の顔はまるで捨てられた犬のような悲しげな表情をしていた。
その顔を見た秋音は、たまらず唸り声をあげて両手を頭の上に乗せて何かと葛藤している。
「~~ッ! いいわよ! 泊っていきなさい!」
「いいのか?」
「しゃーなしよ、まったく。……ただ、変なこと、しないって約束出来るなら」
徐々に小さくなっていく声ではあったが、秋音は家に泊めることを許可してくれた。
これで裕作は野宿の心配がなくなり身の安全も保障され、悩みの種が丸々無くなった。
晴れ晴れとした気持ちでいっぱいになる反面、秋音が言っていたある言葉に疑問が残る。
「変なこと?」
とても照れくさそうに鼻を掻いていた秋音だが、裕作には心当たりがなかった。
「あ、もしかしてあの事か?」
いや、一つだけ心辺りがあった。
それは、先日秋音の家に遊びに行ったときのこと。
二人で今流行っている対人格闘ゲームをプレイしている時、裕作は対戦中ムキになりボタンを少し強く押してしまい、借りたゲームコントローラーを壊してしまった。
弁償するといい何度も謝った裕作に対し、使い古してもう寿命だったからと気にしないでいいと言ってくれた秋音。
話し合った結果、二人で代金を折半して新しい物を購入した。
それ以降秋音の家にお邪魔していないから、きっとそのことを気にしているのではと裕作は考え付いた。
ゲーム機のコントローラーは普通の力で扱えば早々壊れる代物ではない。
裕作はそのことを反省し、今度は力を入れすぎずに触れようと心の中で思ったのである。
「この前は悪かったよ、今度は優しくするからさ」
その結果、言葉足らずで勘違いを起こす発言をする。
周りは騒ぎ立て、秋音の頭部から蒸気が噴き出た。
「優しくって! あたしと何する気よ!」
「何って、前も一緒にしたじゃないか」
立て続けに、勘違いを起こす発言をした。
「今日こそお前に負けないぜ、今夜は眠れると思うなよ!」
そして、もう取り返しがつかない発言をした。
数々の意味深発言、ざわめく観衆、限界に達しようとする秋音。
どんな弁解をしても聞き入れるものはいないだろう。
何より、一番勘違いをしているのは秋音本人だった。
「ゆ、裕作の馬鹿! エッチ!」
大げさに声を荒げた秋音は、脱兎のごとく背を向け逃げるように走り出した。
周りで二人を観察していた大勢の人間は、綺麗に秋音を避け道を譲る。
アイドルの行く道を妨げてはいけない。
これはファンとしては当然の行為であると認識されており、秋音の道となることを何よりの喜びだと彼らは感じている。
廊下に連なる人間はみな綺麗に道を開け、一瞬たりともその行動を邪魔することはない。
そして、そのまま秋音はノンストップで教室を飛び出し、どこかへ走り去ってしまった。
「……なにか、勘違いをしているような?」
勘違いを生み出した本人にその自覚はなく、どうして逃げたかの見当がついてない。
裕作は秋音の背中をただ眺める事しか出来なかった。
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