第2話 攻略対象外のはずの親友は、この物語では恋愛対象のようです。 前編
四月の中旬、入学式やクラス替えなどの大型イベントが一段落した時期。
新入部員の勧誘に奮闘する者は早々に教室を出ていき、教室に残る者はたわいのない雑談に興じている。
学校生活を謳歌するクラスメイトを他所に、
「……ない」
自宅の鍵がどこにも無いのだ。
鞄、ズボンのポケット、財布。学生服をひっくり返してまで調べたが、何も見つからない。
戸締りをしっかりした所までは覚えているが、肝心の鍵をどうしたか覚えていない。
「朝走ってきたから、どっかに落としたのか?」
今日の裕作は寝坊をしてしまい、遅刻ギリギリだった。
その為、家から飛び出して無我夢中で登校した。
滑り込むように教室に到着したまではよいが、道中鍵をどこかへ落としてしまったようだ。
「沙癒たちは……旅行だよなぁ」
この学院には様々な特殊校則がある。
例えば、服装完全自由化。
これは、文字通り早乙女学院へ登校する際の服装が自由という校則になる。
入学式や卒業式などの通例行事を除き、通常授業の際は私服で登校しても良いことになっている。よって、ほとんどの学生は私服を着て登校している。
それ自体は他校でも行なっているところがあるが、この校則の真価は次にある。
それは、指定の学生服を自由に選択出来る事にある。男子がスカートを、女子が学ランを指定することが出来、通常登校の際はそれらを身につけても良いと言うことになる。
この校則は中高一貫で共通のものとなっており、本年度から同じ学校の高等部に通う裕作の弟である
そして、特殊校則の一つに出席休暇というものがある。
これは、社会人が使う有給休暇と同じで事前に申請さえすればその日全ての授業を出席扱いにして学校を休めると言うものになる。
数は限られているがこの校則により、自由度の高い学校生活を送ることができる。
「どどど、どうしよう」
現在、沙癒はその出席休暇を使い両親と三人で旅行に出掛けている。
明日には帰ってくると言われ、送り届けたのが今朝の出来事。
つまり、今日家には誰も帰ってこない。
散々注意を受けていたにも関わらずこの始末、我ながら恥ずかしいと思い動揺を隠せない。
何かあったら連絡するようにと言われており、親に連絡して帰ってきてもらうのも考えた。
しかし、何日も前から楽しみにしていた三人の旅行を中止にしたくない。
「……野宿か」
小さく独り言をぼやいて、机に体を突っ伏して裕作は大きなため息を吐く。
考えた末、最悪を想定する必要もあるだろう。
鍵を探す過程で財布の中を確認したが、小遣い程度しか入っていない。
親に使いなさいと言われ渡されたクレジットカードは家の中へ置き忘れてしまった。
今なら遠足前の買い出しに出かける小学生といい勝負が出来る。
そして最大の問題は寝泊りだ。春とはいえまだまだ夜は冷える時期、いくら体格に恵まれた裕作でも流石に厳しい。
他にも寝泊りしても迷惑にならない場所や風呂の問題もある。男とはいえ犯罪に巻き込まれる可能性の事も考えると、問題が山積みだ。
「はぁ、どうすっかなぁ」
体中から気力が抜けて顔を上げることすら面倒になってきた。
このまま目を閉じて、眠ってしまおうかと思った矢先、
「……あんた、何してるの?」
頭上から可愛らしい声が聞こえた。
裕作がゆっくり顔を上げると、高そうで派手なブラウスにフリフリのミニスカートを履いた人物がこちらを見ていた。
「なんだ
「なんだとは何よ、バカ」
こちらを覗き込むように見つめるその顔は、漫画に出てくる美少女のように可愛らしいものだった。
平均よりもやや低い身長に、肩まで伸びたブロンドヘアー。
紅く火が灯ったような深紅の瞳、毛先まで手入れが行き届いている綺麗な髪。
ピンク色のふわふわなシュシュで髪を左の方に集めて、サイドテールにしている。
目立たないうっすらと施された化粧でも美しさが際立っており、一目見たら誰もが「可愛い」と感じてしまうだろう。
「いっつも変な顔してるのに、今日は一段と可愛くない顔してるわね。ふふっ」
そんな可愛らしい顔つきから、にわかに信じがたいような口調で秋音は話しかける。
ただでさえ気分が落ち込んでいるのに、それを逆なでするような言葉に思わず裕作は「なんだとッ」と短い言葉で噛みついた。
「怒った? あんたのことだから、またくだらないことで悩んでるんでしょ?」
「くだらないって。こっちは一大事なんだよ」
早乙女秋音はいつもそうだった。子供のころから裕作に対しバカにするような態度を取る。
特に、小学校の高学年になる頃からそれが顕著に表れており、今もその態度が続いている。
おしゃれに気を使う今時の女子高生にも、運動部に所属している活発的な男子にも、アニメやゲームが好きなオタクな方々にも。
秋音は誰に対しても変わらず優しく振る舞う八方美人。
しかし、裕作だけはその対象ではない。
それを特別視して羨ましがっている男子は数多く存在しており、「秋音にバカにされたい」、「煽られたい」、「耳元で囁いてほしい」などの妬みがなぜか裕作に飛んでくる。
しかし、裕作本人は何がそんなに魅力的なのかイマイチ理解をしていない。
「何かあったの? ふふん、しょうがないから聞くだけ聞いてあげるわ」
やけに自慢げに鼻を鳴らし、顔をにんまりと歪ませている。今の状態を面白がっている様子で、聞く耳を立てているのがこちらにまで伝わってくる。
「……それが、家の鍵を無くしてさ」
裕作は照れくささを紛らわすように頭を掻くと、秋音は腕を組みながら「それで?」と相槌を打つ。
「家に誰もいないし、どうしようもない」
「あれ? 誰かは家にいるんじゃないの」
「沙癒も両親も、みんな旅行に行ってるから家に誰もいない」
「そんな大事な日に鍵を無くして帰れない、と」
「はい、そうなります」
裕作が正直に答えると、秋音が今まで笑いを堪えていたのか、口を開けて大げさにも見えるくらい大きな声で笑った。
「あはは、ほんとバカね! そんな大事な日に家に帰れないって、あーおなか痛い」
「クソ、こうなるから言いたくなかったんだ」
わざとらしくお腹を抱えた秋音を他所に、ため息を吐く裕作。
甲高くも綺麗で活気のあるその声が教室中に響き渡ると、クラスメイトが裕作達を様子を見るようになった。
男女どちらも、どこか羨ましそうな目線を向けており、秋音と仲良さそうに会話をしている裕作を嫉妬の眼差しで見つめている。同い年であんなに可愛い人間がいたら、誰だってそうなってしまう。
秋音はこの学校のアイドルのような存在だ。偏見を持たず誰とでも打ち解け溶ける社交性を持ち、その場にいるだけで世界に光が灯る様な輝かしい人物。
同級生は勿論、上級生や卒業生にもファンが存在し、中には秋音のためにこの学院を受験した学生もいる。
その影響もあり、秋音は自分が思っている以上に周りから視線を集めている。
今この時もクラス中から視線を集めながら、二人の会話続けられていた。
「あーあ、今日あんたの家に遊びに行こうと思ってたのになー」
両手を頭の上にあげて大げさに残念な態度を見せているが、裕作の目にはちっともそんな様子には見えない。
「もういっそのこと、今から家のドアでも破壊したら? ゴリラの怪力ならいけるかもね」
「ドアを……壊す?」
「あは、馬鹿ね! そんなんできるわけないのにね! いくらあんたが脳筋だからって――」
調子に乗った秋音は再びクスクスとバカにするような口調で煽ると、いつになく真剣な顔でこちらを見つめてくる。
裕作はひらめいてしまったのだ、鍵が無くても家に帰宅する方法を。
それは、筋肉!
「その手があったか……!」
突然、裕作は何かを閃いたようにハッと大きく目を見開いた。
鍵が開かないのであれば、壊してしまえ。
その力が自分にはあるではないか、と。裕作は本気でそんな馬鹿げた考えに辿り着いてしまった。
「え、ごめん冗談。本気にしないで」
「え? 秋音は俺の筋肉見たいって? しょうがないなぁ」
「何も言って無いんだけど」
もう彼の耳には秋音の言葉など聞こえていない。
――筋肉、そう全て筋肉で解決すればいい。
独り言のようにつぶやくと、裕作はその場で上半身に力を籠める。
すると、筋肉で学生服が急激に膨張を始め、あっという間に限界まで膨れ上がった。
胸元まで止めていたボタンがはじけそうになっているのを見た秋音は、どこか遠い目をしていた。
趣味は筋トレ、好きなものは筋肉、特技はサイドチェストと自称する裕作は全身硬い筋肉に覆われた大男なのである。
長袖の服を着れば恐ろしく着やせをするので、外見だけを見れば普通の青年。
だがしかし、ひとたび力を込めれば内に秘めたるパワーが大爆発。
ナイスな上腕二頭筋に岩盤のように固く巨大な胸板、丸太のように太くキレた足。そして肩に鬼神が宿る背中ユーラシア大陸。現役ボティビルダーも思わず歓声を上げてしまうような逞しい筋肉に仕上げている。
高校生とは思えない肉体美に他の筋トレ仲間は勿論、自分さえも魅了している。
「パワー! 力! パワー!」
しかし、筋肉を見せびらかす裕作は思考が筋肉に占領され、普段と比べて著しく知能指数が低下する。
脳細胞が筋肉に捕食され、いわゆる「脳まで筋肉」という状態になる。
冷静に物事を考える思考が食い尽くされ、何もかも力で解決しようとする馬鹿になっており、それを真近で見る秋音の目はとても冷たく呆れ切っていた。
「どうだこの筋肉! 本気を出せば何もかもぶち壊せると思うが、その姿を見たいか? ん?」
「暑苦しいから止めて、後煽ってごめんなさい」
普通に謝る秋音を見た裕作は、少し残念そうな顔をして肩の力を抜いた。
すると、筋肉で腫れあがった体が嘘のように小さくなり、気が付けば元の体に戻っていた。
冗談のつもりで話を振った秋音だが、このまま乗せておくと本当にドアを破壊して帰宅してしまうと察したので流石に止めた。
何より、秋音はミチミチと今にも弾けて飛びそうな制服のボタンが可愛そうになっていた。
「筋肉にも頼れないとなると、もう俺には何もない」
ショックを受けているのか、裕作は鼻声で弱音を吐く。
「あんたって、たまに変な方向に考えが行きつくよね」
金もない、鍵もない、筋肉も使えない。その事実は裕作を落ち込ませるのに十分な材料だった。
※後半に続きます
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