第15話四章 ヘタレ魔王と裏切りの聖女②


「レオン! 大丈夫か!? お父さんだぞー」

「うふふ。うちの子ったら純情ねぇ。可愛いわー、あ、ピュアちゃんこんにちはーお母さんもいるわよー」

「使用人もいますよー」


 ワーワー叫んでいると全員きた。あっという間に来た。早すぎるよねってレベルなんだけど……もしかして。


「私とレオンを監視してましたね!?」

「「「もちろん」」」


 即答する皆。満面の笑みはやめてほしい。逆に怖い。

 サーっと血の気がひく私。さすがにそれは恥ずか死ぬ。真面目に死ぬ。


 本当、みんなは何を考えて……ん? 考えて?? あれ??



「あの、私、なんだか周りの人の心の声が聞こえなくなってるような」


 気のせいかな? いつもはやかましいアーサーの心の声すらも聞こえない。


「だってそれが狙いだもの、ピュアちゃんの心の声って、運命の人を探すための力だから、運命の相手と結ばれると消えるのよ」

「えーー!?」


 おばあちゃんのあの言葉は真実だったんだ!?


 ビックリする私を無視して王妃は続ける。若干不満そうな表情も美しいのがムカつく。


「だからてっきり初夜の後消えるのかと思ったけれど、深いキスでもいいのね。ロマンティックー」

「なんで言ってくれないんですか! 王妃様」

「だって、夢がないじゃない。絶対雰囲気冷めるわよ」


 ケロリという王妃は後ろめたい事なんかひとつもないって顔で堂々と言う。


「そ、それはそうですけど! って、あ、レオン!」


 慌てて私は後ろのベッドを見る。

 あああああああ!?

 レオン、気絶したまんまじゃん!


 そのまま放置はさすがに可哀想すぎる。


「使用人、レオンを処置室の後精力剤を」

「はっ!!」


 頭を下げて動こうとする使用人を止める私。何をする気だ何を。


「余計な事はやめてください! 王妃様」


 そんな事されてしまったらレオンが皆の笑い物&晒し者になりながら大変な状況にさせられる!


「ボクもほしいなー王族御用達の精力剤」


 さりげなく一緒にいたアーサー。何で!? 他の部屋にいたんじゃないの!?

 どさくさにアーサーにまで見られたの……もうやだ。


「意味わかってる!? アーサー!?」


 それだけはややこしい事態になるからやめてよね!?

 本当天然なアーサーに眩暈がする。


「とりあえず、レオンは処置室ね。ピュアちゃんには大人の指導をわたしがするわ」

「拒否権はありますか王妃様」

「あるわけないじゃないの。国の後継問題よ? レオンの方はもっと厳しく指導が入りそうだけれど……女の子に免疫なさすぎるのよ、本当」

「デスヨネ」


 私はカタコトになりながら遠い目をした。はあ。でも、私が頑張らないとね、そういうのは。レオンは世間知らずだし。そこがまた可愛いんだけれど。

 ところで一体レオンは何をされるんだろう。考えたくない。


「とりあえずピュアちゃんは自分磨きと大人の指導いくわよ」

「いつの間にか自分磨きまで増えてる!?」

「そりゃそうよ、ピュアちゃんって可愛いけれど村娘な見た目すぎるし。せっかくレオンが寝てるんだから垢抜けましょうよ。オシャレ、好き?」

「好きです!!」


 え、うそ、憧れの王国のドレスとか着れるの!? かーなーり嬉しいんだけど!

 レオンのところに行くときにドレスっぽいものはもらったけれど、やっぱり女の子だもん。

 かわいい本格派ドレスに誰だって憧れるよね!! 

 今王妃が着てる妖精のような綺麗なドレスも可愛いし、王様の服もカッコいいし、かなりこの王族のセンスには期待できる。

 はあああん!! どんなドレスが待ってるんだろう。超楽しみ!!

 着たいドレスが脳内にいっぱいある。


「うふふ。ピュアちゃん。レオンをメロメロにさらにしちゃいましょう!」

「おー!! 王妃様、私、絶対絶対レオンのために頑張ります!!」


***




「うわああああ!? ピュア!? なんでそんな格好をして!? まるでお姫様みたいだ!!」

「もう私はこの国のお姫様になるんだけどね、レオン」


 ピンク色の繊細な生地に白いパールをふんだんに使ったり宝石を縫い付けたりしたドレスを着てレオンを起こしに行った朝。

 レオンは感激で涙をながしながら叫んだ。それはもう、パールより大きな涙の粒を流して。


「レオンに喜んでもらえるように王妃様が色々綺麗にしてくれたの」


 お化粧に香水にドレスに靴にアクセサリー。どれも上品でゴージャスな私には見たことのないぐらいの素敵なものを沢山いただいた。

 豪華絢爛ってこういう時に使う単語なんだなってすっごく感じた。

 金銀だけじゃない、宝石も山盛りいただいた。ただの村娘出身の私には釣り合わないぐらいの量を。


「すごいな? へぇ……キラキラしてる」


 しげしげと私を見るレオンは何か言いたそうだ。


「あのね、レオン。話があって」


 私はまっすぐレオンを見た。


「? 何だ?」

「私、心の声が読めなくなったの」


 私の言葉にレオンはにっこり笑う。


「え。じゃあ俺もっと素直にならないとな」

「最近だいぶ素直よ。自覚ないの?」

「本当か? つい、ピュアの前だと言いたいことを隠せずに口走ってしまうんだ。これからは周りにも意識意して素直で正直に振る舞うことにする」


 レオンの真面目な表情はカッコいい。


「ピュア。好きだ。愛してる。この服も世界で一番似合ってる」

「レオン」

「お前がいなかったらこうやって素直になれる事も王子に戻れることもなかっただろう。ほんと感謝している、ありがとう。ピュア」


 深々と頭を下げるレオン。

 私は一瞬困ったけれど、レオンの真剣な気持ちを受け入れてこちらも深々と頭を下げた。


「これからは俺は第一王子になる、それでもピュアに永遠にそばにいてもらえるよう頑張る」

「わ、私も一生懸命いい王妃様になれるに努力するわ」

「そうだな。一緒に支えあっていこう」

「ええ!」


 レオンに差し出された手を受け入れる私。そしてそのまま私達は優しく抱きしめ合う。

 そして私が顔を上げるとレオンは嬉しそうに微笑んでいた。

 当然、私も微笑む。ああ、何て幸せなんだろう。生まれてきてよかったと思う。


 ずっとずっと現実に絶望して生きてきた。けれど、命を諦めなくてよかった。

 どんなにツラいことがあってもいつかは幸せになれるんだよ、と昔の私には言いたい。


 レオンに出会えてよかった。本当に魔王の花嫁に立候補してよかった。

 いろんな想いが溢れ出して、止まらない。

 レオンの部屋にゆっくりと入る。レオンに誘われるがままに窓際に進むと。


「綺麗! 国中が見渡せそう! しかもいい空気ね」

「そうだろう、俺もこの風景を見て感動したんだ」

「この国の、王妃に私はなるのね」

「俺も、この国を守るんだなって思うと緊張する。あの村含めな」

「私達で、あの村をまともに変えていけばいいのだけれどね?」

「本当に」


 はあ、とふたりため息をつく。この国についても詳しくならなきゃいけない。頑張ろう。

 私達の国作りを。そりゃあ、まだすぐレオンが王様にはならないだろうけれど……

 でも、レオンみたいな王様がいれば、絶対国は平和なままなはずだ。争いのない、穏やかな国になるに決まってる。

 気が付けば、私達は手を握り合ってた。レオンの大きな掌の温もりが心まで温めていく。

 どこかの村で子供たちが駆けていくのが見える。嬉しそうな笑顔に、楽しそうな笑い声。

 あ、アーサーが子供たちに混ざってる。って!? え!? アーサー!? 相変わらず何してるの!? 

 本当、アーサーの行動パターンは予想できない。


「プハッ」

「あはっ」


 思わずレオンと笑いを堪える私。だって、ねえ。無理でしょ。これ、笑わないほうがおかしい。

 アーサーと私が目が合うと、アーサーはピースをしてきた。

 とりあえずピースをし返す私とレオン。アーサーはニコニコしているので、つられる私達。

 私達も、落ち着いたら出身村じゃないところに顔を出したりしたなあ。

 色々なお祭りとか、そういうのも楽しんでみたい。


「聖女様―! いや、新しいお姫様―! 万歳!」

「そして新しい王子様―! 頑張ってー」


 子供達が私達を呼ぶ。手をヒラヒラと振り返す私達。すると。


「頑張って下さい!」

「応援してますー! あのやばい村の人に負けないで下さい!」


 別の村人達が私たちに応援の言葉をくれた。丁寧に私は頭を下げる。

 あのやばい村扱いされた出身村については、私が来る頃には色々問題のある村として話題になっているらしい。今の処分が終わったら、村長達はきっと叩かれ

るんだろうなあ。可哀想だけれどさすがに被害が大き過ぎて同情できない。きっと周りから見ても自業自得なんだよねえ。


 本当は村の人々が優しければ、と何度も思うけれどあの場所で努力をしなかったのも私だから。今なら、アコで心を開いてれば違う人生もあったのかなって思う。そ

りゃ、性格悪く見える人は多かったけれど、ひとりひとりと向き合えば多少は気が合う人もアーサー以外にも見つけられたのかもしれない。

 そう思えるのは、きっとレオンのおかげだ。


 人間をその他大勢ではなくひとりの個体として見て、それも私側だけじゃなくお互いに見つめあって行くという事はとても大切な事だと思った。そりゃね。村人全員とは無理だけれど。両親とか、家族とか。よく考えればそれを初めてできたのはおばあちゃん相手だった気がするし。


「頑張ろうね、レオン!」

「ああ。ピュア!」


 お互いを尊重する、しっかり受け入れ合う。それって本当に大事。


「俺はとりあえず、この国について学ぶ、ピュアも大変かもしれないがここに馴染むだめにツラいかもだが頑張ってくれ」

「レオン」

「いつだって俺はピュアの味方だから」


 少し早口にレオンは言った。まだ、ストレートな物言いは慣れていないのだろう。なんだか可愛い。和む。


「私も、レオンの味方よ。当然じゃない」

「どこにいてもピュアのことを一番に考えてるからな」

「嬉しい。私もよ。世界で一番レオンが好き」

「俺もだ」


 耳までとにかく赤いレオン。私はウフフと笑う。

 それを見て村人達が楽しそうに笑ってる。ああああ、恥ずかしい!! 見せ物じゃん。

でも隠れちゃダメ。堂々としないと。そう思い村人に愛想を振りまく。


 綺麗な青空に、ピカピカの太陽。照らされる私達は、国の代表になるのだから、みんなの見本であらねばいけない、頑張ろう。

特に小さな子供達にはまっすぐ生きることの大切さを伝えていきたい。

心の中の汚い気持ちも受け入れて、それでも綺麗な心を忘れない。そんな生き方を子供達に伝えていければ……。


ううん。汚さがあるからこそ綺麗な部分が輝くのかもしれない。実際私は、そうレオンについてはそう感じれたし。


「レオン、ピュアちゃん、ご飯よ」

「あ、王妃様。わざわざ迎えにきてくれたんですか」

「使用人に呼ばせるのもアレかなって思ったのよ、ふたりの甘い雰囲気を壊しにくくて」

「! なっ、それは恥ずかしいからやめろよ、母さん!」

「あら、レオン! わたしを母さんって呼んでくれるの!?」

「……だってそうなんだろう? 母さん」


 プイッとそっぽを向く照れ屋なレオン。

 それを見て微笑ましそうに笑う王妃。私もほのぼのする。


「そう、だけど。嬉しいわあ、ああああん。感動! ねぇ、あなたぁ」

「父さんを呼ぶな母さん!」

「お! レオン、わしの事も父さんと」

「こっちに父さんも来るのかよ! 食事なんだろう!? 俺が自分から行くから、先に行ってろ」

「あはは、微笑ましい」


 いかにも家族って感じがする。

 何かいいなあ。


「ピュア! お前も父さん母さんを呼んでみろよ」

「え。あ。お父様お母様、あたらめてよろしくお願いします」

「すんなり呼べるのかよ!?」

 私がふたりをサラリと呼んだことに驚くレオン。

多分レオン本人は父さん母さんと呼べるようになるまで沢山練習をしたに違いない。

なんだかそれって心温まる感じがする、ほのぼの。可愛い。


「はい、ピュアちゃん、お母様ですよ」

「お父様ですよー、こちらこそよろしくお願いします」

「特にうちのレオンを好きになってくれてありがとう。わたし達は何もできなかったけれど、おかげでレオンが立派になったわ」


 嬉しそうに王と王妃。フレンドリーだなぁ。


「いえいえ、そんな」

「そんな事はある」


 私の否定にレオンが言い切った。

 顔はすごく真顔だし、私はちょっとビックリする。


「レオン!」

「ピュアがいなければ、俺の心は折れていた。もしかしたら、魔王としてもっと過激に荒れていたかもしれない。だから、ピュアには本当に感謝している。心あらありがとう」


 レオンが深々と頭を下げる。

 私は驚いてアワアワするも、レオンは頭を上げない。

 そして。


「え!?」


 王と王妃も頭を下げる。


「王として、うちの息子と国をよろしくお願いする。」

「わたしも王妃として協力して行くから、どうかよろしくね。ピュアちゃん」

「はわわ。顔を上げて下さい、私なんかに……申し訳ないですよお父様お母様」

「けれど、この国はピュアちゃんにかかってるようなものだからな」

「ええ……?」


 王の言葉に惑う私。


「まあ、レオンが支えないといけないんだけどな」

「そうだな、父様」


 レオンがすごく大人びた表情で言った。

 いつもの気弱で泣き虫な雰囲気はまるでそこになかった。

 むしろそこにいたのは、一つの国をまとめる王の顔をしたひとりの男性そのものだった。私は、そんな彼についていきたいと心から思った。


 私はレオンを支える強い王妃になって素敵な国を作る手助けをしたい。

 昔の私みたいに困っていたり絶望寸前の人がいれば助けてあげたい。


 そんなことを最近強く思う。


「俺は、変わりたいと思う」

「レオン」

「ヘタレな自分を切り捨てて、でも優しさはちゃんと持てるような心の広い王になりたい。そりゃ、即位はすぐではないだろうけれど」

「そうだな。当分わしが王だな。でもいつ何があるかわからないからな。

戦争はしないけれど、わしの体調が悪い時はレオンに代わりに前に立ってもらわなければいけないかもしれない」 

「なるほど。その時は腹を括り頑張ります」

「頑張れよ、レオン」

「はい、父様。それより朝の食事は?」


 レオンがお腹抑えて言った。

 そういえば! 私もお腹が減った……!


 とっくにご飯が冷めちゃってるじゃん!?

 あわわわ。シェフご立腹!? 急いで準備しないと。お腹も空いたし。今日の朝ごはんは何かな?


 王族のご飯って本当美味しいんだよね。さすが国一番のシェフが作った料理なだけある。

 初めて食べた日は感動でほっぺたが落ちるかと思ったし。


「ああ。そうだな。食事へ行くぞ、皆」

「「「はーい」」」


 王の一言でみんなが部屋を出た。使用人がほっとした顔をしてため息をつく。

本当ごめん……シェフも顔を覗かせていたし。さすがにですよねって感じ。

 これからは村にいる時とはまた違う大変なことが待ち受けているのかもしれない。

けれど、私はひとりじゃない。レオン達がいる、だからきっと頑張って行けるのだろう。

 いいや、頑張って行くのだ。絶対に。私は何があっても自分に負けない強い王妃になって見せる!


 私は、ずっとレオンの側にいられるよう生きて行くのだ。

 可愛いお嫁さんになって、素敵な王妃様になって。

 幸せな家庭と国を築くのだ。


 そう、思っていたのに。


 朝の食事を食べた後、レオンは姿を消してしまったのだ。






 




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