第14話四章 ヘタレ魔王と裏切りの聖女①


 頭が痛い、熱もあるのかな。でも風邪ってレベルじゃない。

 身体中が変色してピンク色だ。体温のせいじゃない、何かのアザのようだ。怖い、と思う。

 でもレオンに見られたくなくて私はベッドから動けずにいた。

 何度も何度も大きな鏡を見てため息をついて私は抱える。


「どうしよう、これ、何なの」


 これじゃあレオンに私が病気だってひと目でバレるよ。

 奇妙な症状の恥ずかしさとあんな事件の後にレオンに面倒なことを背負わせたくない気持ちが溢れた。ううう。でも、視界がグラグラする。

 お腹も減ったし喉も乾いた。どうしよう、どうしよう、つらい。苦しい。

 そう思った時部屋の扉が開いた。


「ピュア、起きろ。朝食ができてるぞ?」


(妙に起きてくるのが遅いな。何でだ?)


 レオンが不思議そうな顔をして、朝食を持って現れた。美味しそうなパンは多分レオンがわざわざ手作りしたものだろう。

 スクランブルエッグも美味しそうだ。でも今は……。


「! レオン」


 お腹が空いてたまらないので一瞬そのまま起きていたけれど、ダメだ。


 レオンに今の姿を見られたらいけない。そう思い、私がとっさに隠れようとすると……。


「ピュア、やっぱりこうなったか。大丈夫か?」


(アザ、うっすらだけれど痛々しいな。息遣いも苦しそうだ)


 しげしげと私の体を見ないでくれるかな、レオン。って。え?


「え? やっぱりって? 何か知ってるの? レオン」

「人間が長期間、魔都にいると必ずなる奇病があると聞いて、そろそろだと思っていた。命には絶対関わらない病気だ。見た目は派手だけれどな」


 派手ってレベルじゃないよ。レオン。


「!? 知ってたの!? これ、消せるのよね?」


 レオンがニッコリ笑う。ホッ、よかった。消えなかったらもう死んじゃうレベルだった。


「ああ。すぐに治るしな」


(簡単すぎるぐらいすぐに治るには治るが、うーん……これは言っていいものか……)


 なんだ。心配して損した。

 でもレオンが浮かない顔だ。


「本当!? どうやって治るの!?」


 私はレオンにグイッと接近する。


 だけれど、レオンは悲しそうにため息をついて言ったのだ。


「自分が生まれた村に行って、そこの清らかな水を飲むしかないと」



***


 心から村なんか行きたくない、と思いつつ私はレオンと荷造りをしていた。

 革のポシェットに最低限の荷物と、キャリーケースにふたりの着替え一式。それを持って転送魔法を開始する。

 レオンと手を握り合って、ドキドキしながら目を開ける。すると当然、前いた時そのままの村があって。村人と当然目もあって。


「聖女と魔王だ! ひっとらえろ!!」


(金だ! 金が手に入るぞ!)


 心の声にうんざりしながら私は村人から逃げてレオンにしがみつく。


「待て! 俺たちは逃げない。素直に従う。村長を読んでくれないか」


(なんだ、金を見る目でピュアを見るなよ。村人ども。ピュアは人権のある大切な個人だぞ)


「私からもお願い、皆! 私、ちょっと具合が悪いのよ」

「聖女が? なんでだ?」


 村人が私に尋ねる。


「風土病みたいな、やつらしいんだけど。水が欲しいの、村にある清らかな水で治るのよ」

「飲んだら逃げるんじゃないのか」


 嫌そうな顔をする村人。


「帰りはするけど」


 困惑気味に私は言う。


「だめだ。水は与えない。元気になって逃げるかもだからな」

(聖女は村の金ヅルだ! 渡すもんか!)


「おい!? 何をするんだ!?」

(なんでいきなり手錠!?)


 突然私とレオンが村人によって手錠を掛けられた。きっと逃さないためだろう。最悪だ。

 この村人たち腐り切っている。最低すぎる。はあ。助けてくれると思った私が馬鹿だった。


 まさかの展開に私はポカンとする。そしてそのまま木にロープで縛られてしまうレオンと私。

 なにこれ、私たち犯人か何か悪い事した人みたいじゃん!!

 私は苛立ちながら村人を睨む。そんな時だった。


「ピュアに水をくれれば俺は残る。頼むからそうしてくれ。じゃないと暴れるぞ」


(この村ごとぶち壊してやる)


 普段のレオンにはない迫力のありすぎる心の声に私はギョッとした。


 レオンの顔つきが本気すぎて私は慌てる。


「!? レオン、私は」


 一体なにを言い出すの!? レオン。


「黙ってろ、お前は黙って俺に守られてればいい」


(何があってもピュアだけは守る!)


 まるでライオンのように凄んだ顔で村人を睨むレオン。私までゾクリとする。


「レオン……」


 私はレオンを見つめて固まる。すると村人は怯え切った声で言った。


「わかった。水だけは飲ませよう。おい、水を持ってこい」

「はっ」


 言われるがまま村人のひとりが水を持ってきて私に飲ませた。本当は拒絶したかったけれど、意識が限界だった。水分も取らず、体調も悪かったので本当に助かった。はあ。


「さあ、約束だ。ピュアを解放しろ」

「わかった」


(聖女はどうせな魔力がない、遠くに逃げないだろう)


 まあ、それはそうなんだけれど……大人しいふりでもするか。そうじゃないとレオンが動き出すし。他の場所へ連れてかれたらどうしよう。レオンと離れ離れになるのは嫌だなぁ。


「おい、聖女。お前の能力は何なんだ。何で聖女と呼ばれてるんだ」


(魔王にとって大切な存在なのは間違いなさそうだが、何でこんな娘が聖女なんだ? 顔は可愛いがそれだけじゃないか)


「知らないわよ。アザのせいじゃないの?」

「不老不死になれる血と言う噂もあるが」


(実験台がいないんだよなぁ、はあ)


「血ぐらいあげるけど、試してみる? 副作用で死んでも知らないけれど」

「い、いい。断る」


(何やばい事を口走ってるんだこの女)


 村人が明らかに嫌な顔をした。私は威嚇する代わりに笑う。

 けれど、どんどん村人が集まってくる。レオンのそばに村一番の力自慢が寄ってきた。


「俺は村一番の力自慢。何かすればどちら殺す」


(何だ魔王ってこんなひ弱そうなのか。色も白いし、顔も女みたいじゃないか)


「なあ、村長。この魔王無害そうだし売ってしまわないか? 貴族なら愛玩用に欲しがるだろうし、そうだな。王族だって欲しがるだろう」

「!? そんな」


 私は思わず叫ぶ。レオンは呆然としている。そりゃレオンの容姿はお金に化けるだろうけれど。

 レオンは威嚇しようとするも、私を見てそれを止める。

 きっと私がいなければさすがに暴れていたかもしれないけれど、私がいる限りレオンはおとなしいままだろう。


「村人達。話があるわ」

「何だ聖女、俺たちは魔王の美貌と魔力を奪うのに忙しいんだ!」


(金金金金!)


 あいかわらず村人達の思考回路はゲスイ。

 一部の村人の女はレオンに目がハートで思考もそんな感じだ。なんかムカつく。私のレオンなのに。まあそんな事思ってる場合じゃないけれど。


「そんな事は許さないわよ。もし、レオンに手を出せば私は舌を噛んで自殺するわ」


「は!?」


(何を言ってるんだピュア!)


 レオンが叫ぶ。まあ、この場合はそれもスルー。


「そして私の能力もわからないまま終わるのよ。いい?」


 気弱なレオンじゃこの状況では戦えないし、私が動くしかない。

 脅しぐらい、私にでもできる。むしろやらなくちゃ。私がこの状況を変えてみせる。


「それでいいの? 嫌ならレオンと私に食事を持ってきなさい」

「! わかった。食事ぐらいならばさせてやろう」

「きちんとした食事よ? まずいご飯は却下」


 レオンがビックリした顔で私見ている。

 自分でも少し恥ずかしい気はするけれど、しのごの言ってられない。とにかく舐められたら負けだ。


「お前立場がわかってるのか」

(すごく気の強い女だな。聖女のイメージとはまるで正反対だ)


「私の立場? 聖女様?」

「…………」


(すごく度胸のある聖女だな。村にいた頃はこんな感じじゃなかったような)


 それは愛する人ができたからよ。バカね。

 しばらくして、私たちの前に村にしては豪華な料理が運ばれていたきた。

 それをそれぞれ別の村人が口に運んで食べさせてく。美味しい味のはずなのに、正直味がわからない。


 でもされるがままにまずいご飯を食べて野垂れ死はしたくない。まあ、その前に逃げるか勝ってみせるけれど。


 空は青くいい天気だ。せめて曇ってくれれば村人達も減るだろうに。

 村長はニヤニヤしながら遠くから私達を見てる。ムカつく。レオンはご飯を食べきっと私ばかり見ている。


「大体、私たちが何をしたっていうの」


 私が不満を申し出る。


「存在自体が悪なんだから仕方がないだろう、お前達は」


(魔王と裏切りの聖女なんだからな)


「何、それ、酷い」


 決めつけだけで悪役? 相変わらずな村だ。


「お前の両親からは許可ももらってるぞ、聖女」


 村人が両親を指差すと、両親が頭を下げた。どうせまたお金で買われたんだろうなあ。

 はあ。ダメだこりゃ。なんか両親の服が豪華になってる気がするのはきっと気のせいではないだろう。


「自首する気はないんだな、聖女。魔王」

「ないわ」

  

 だって私悪くないし。レオンも悪くないし。


「俺もない」


(そもそも何で困っている元村の仲間のピュアに対してこんな残忍な事ができるんだ、この村人は。血が通ってないのか? 怖いな)


 レオンは村人に怯えながら村人を睨みつける、


「そういえばアーサーは?」


 どこにも見当たらない気がするけれど。この村にまだ住んでるのよね?


「邪魔になるから村の外にお使いに行かせておいた。数日は帰らないだろう。なぁに、安全なお使いだ」


 ふふふと村人は怪しげに笑う。


「無事なのね?」


 一体何のお使いなの。


「ああ」

(アーサーは天然の割に、妙に勘が良くて困る。今回も何かを疑っていたけれど、護衛もつけたし戻れるまい)


 ならよかったけれど……。アーサーが巻き込まれても困る上にレオンと同じく戦力外な気もする。

 アーサーが帰ってくるまでに話をおさめてしまいたいところだ。


「どこへ行ったの」


「城の周辺だ。ここからはかなり遠い」

(用事がなくなれば更に用事を作るよう言いつけておいたが)


 悪質すぎない? それ。まあ、アーサーがいて欲しくないのは私も同じだけれど。

 絶対渦中に入ってくるしこの揉め事もさらに大ごとになる。想像すらしたくないレベル。



「そうね、遠いわね……」


 お城とこの村はかなり遠くて、王族も滅多にこの村に来ないレベルなのよね。

 結婚パレートで国中回った時ぐらいはくるけれど、そんなレベル。私も見てみたいんだけれどね、


 お城。すごく白くて綺麗で大きいらしい。

 まあ、それは置いといて、私たちはこのままどうなるのだろうか。

 屋根のない木にくくりつけられて二時間はたったんじゃないかな。時計はないけれど。


「どうでもいいから、こんな場所に縛り付けないで欲しいんだけど。話し合いしましょうよ」

「そうだ。俺も話し合いが一番だと思う」


(ピュアにばかり村人の相手をさせている気がするが、話し合いなら俺も参加できると思うしな)


 どうだろうか……。


「お前達を信用できないから、無理だな」


(特に魔王は何をするかわからない。魔力タンク持ちだし、大人しいフリをしているだけだろう)


 村人が真顔で言った。


「なっ」


 失礼な! まあそれはお互い様なんだろうけれど……。


「とりあえず、ちょっと待ってろ。魔王、聖女」


 村人達は円陣を組んで何かを話し合っている。


「聖女が……」

「でもそれだと魔王は……」

「どっちみちそれだとな……」


 早口にそれぞれ何かを言っているが。遠くにすぎて心の声すら聞き取れない。

 わかるのは、私達が話題の中心だという事だけ。

 チラチラと見るのはレオンじゃなく私の方だ。何? 私に何かついてる?


 私とレオンが顔を見合わせて首を傾げる。

 そして、村人が数人飛び出してきた。そして私に対して指を刺して言った。


「おい!! そもそも聖女!! お前は一体何者なんだ」

「え? 元村娘のピュアよ」


 何を今更。あなた達と一緒に育ってきたピュアに決まってるじゃないの。


「そうじゃない! 何か力があるとだけ文献にあるが、本当に能力なんかあるのか!」


(ただの女に文献に書いてあるアザをつけただけなんじゃないだろうな。それなら殺すべきだ)


 と村人のひとりが私に噛み付いてきた。そしてとっさにマッチに火をつけていった。


「言わなければお前らふたりに火をつける」

(ただの人間でも魔王の妻なら、魔王を殺すのには役立つだろう。魔王は正直高値で売りたいけれどな)


「!」


 私の、能力……ずっと隠してきた、私の最大の秘密。


 言いたくない。だけども絶対に燃やされたくない。

 だから私は嫌だけれど言ったのだ。レオンがじっと見ている中で。


「私の能力は心読み。貴方達の心が全部読める能力者よ」

と。


***


 言ってしまった、言ってしまった。レオンの前で言ってしまった。

 私の、ずっと抱えてた秘密の能力を。


 ドクンドクンと心臓の音だけが耳に響く。


「嘘だろ、心読みってことは今わし達が考えてることが筒抜けなのか!?」


(最悪だ、こっそり何かを計画もできないなんて)


「なんてひどい能力だ」


(オレの秘密も筒抜けだって事かよ!?)


 村人達が動揺した様子を見せる。

 そんな中レオンは無言で堂々としていた。

 しばらく黙ったレオンはそして、言った。


「俺はそんな気はしてた」

「! レオン」



(気付いてた。でも考えないようにしていた。あまりにも思っていることが筒抜けすぎて、ピュアとだけ上手くコミニュケーションが取れすぎるから)


「ピュアはこの能力を悪用はしない。それは俺が保証する。ただお前らが俺達を襲うなら、ピュアはお前達の秘密を全て暴くかもしれない」


(頼む、嫌かもしれないがこの手に乗ってくれ、ピュア。オレは暴力や魔法攻撃は無理なんだ)


 あ、そうか。その勝ち方があったか! 卑怯かもだけど、相手を物理的に傷つけないで勝つにはその方法が一番だ。よしっ!!


「そうよ。私はそのつもりよ。いいの!?」


 ざわつく私の種編。嫌だよね。そりゃね。絶対嫌に決まってる。


「例えば村長、あなた去年の村の祭りのお金ねこばばしたわよね」

「!? 知ってたのか!?」

「もちろん、毎年してるの知ってたわよ」


 ざわ、ざわ……。みんなが村長を見つめる。

 逃げるように走り去る村長。こんなの緩いものだ。


「さあ、自首して私とレオンを助ければ秘密を暴露しないよー?」


 ニヤつきながら私は言った。全員私たちを助けようと迫ってくる。

 自分のことしか見えていないのか、互いに押し退け合い、殴り合っている。

 見ているだけで頭が痛くなる自己中さ。はあ、人間って汚いな、と思ってしまう。

 

 だけれど、だからこそ自分だけを愛してはいけないと彼らを見て学んだとも思う。

 村の人々は完全に反面教師でしかない。

 お父さんもお母さんも、なりたくない夫婦の失敗例代表だし。

 こんな成長の仕方は嬉しくないけれど、だからこそ、私は言いたい。


「村のみんな、ちょっと待って」

「ピュア?」


 レオンが止めに入った私を見て首を傾げる。

「私はこの村で生まれ育ったわ。それはみんなも知ってるわよね。で」

「で?」

(何をいう気だピュア)


「心の中の下心や悪意を沢山見て育ってきたけれど、誰もが本音を口にしないで生きてるなって思ってたの。

 そりゃね。愛情や友情も見たけれど、それってみんながお互いに感謝したりしないせいもあるかなって思ってて」


「何を言いたいんだピュア」


「だから、せめて私から言う。この村で育ててくれてありがとう、皆。私はみんなが嫌いだけれど、あなた達がいたから今があるとは思うし、感謝もしてる。美味しいご飯に遊び場に、作ってくれたのは皆だから。私は魔王の花嫁として村から消えるけれど、その前に改めてお礼だけは言いたかったのよ」


「ピュア……」


(なんていい子なんだ、ピュア)


「聖女……」


(そういえば誰にもお礼も感謝もしてなかった気がするな)


「特に、お父さんお母さん。産んでくれてありがとう。おかげでレオンと出会えたわ」


 ふたりが子供を作らなければ、こんな恋愛もできなかったわけで。

 そこは素直に感謝感謝大感謝。


「あ、ああ」

(当然だよな!)


「そうよね。お母さんのおかげよね!」

(当たり前よ!!)


「縁は切れるかもしれないけれど、お元気で」

「「1?」」


(何故!?)

(どうしてさようならなのよ! ピュア)


 驚く両親。なんで驚くの。まさか仲直りか嫌われてないとでも思ったのかな。

 いや、村人と一緒にこの前私を殺そうとしてきた両親だよ。

 それと仲睦まじくなんて無理でしょ。何考えてたの、このふたり。図々しいなあ。


 私はため息をついてレオンを見る。頭を抱えたそうなレオン。そこに、いつもの猫がやってきた。


「にゃああん」


(わたしの心、読めるかしら)

「!?」


 猫の心の声が急に聞こえた。しかも人間の声で。


(しばらく聞こえないふりをしてね、ピュアちゃん)


「にゃああん、にゃあん」

「なんだこの猫」

「どっか行けよ」


(とにかく助けてやらないと秘密をバラされる!)

(邪魔だ、猫!)


 猫をいじめようとする村人。

 そこに。


「どっか行くのは村の皆の方だよ」

「アーサー!? なんでここに!?」


 現れたのはアーサーだった。


「ピュアちゃん達が困ってると思って、王都で助けを求めてきたんだ」

「嘘! ありがとうアーサー。で、この猫は何者?」

「王妃様だよ」

「「「!?」」」


‘ その場の全員が固まる。猫をいじめようしていた村人は腰を抜かす。

 猫はキラキラと白く光、ドレスを着た人間への姿を変えていく。


 プラチナブロンドの綺麗な長い巻き髪。ピンク色の宝石のような大きな瞳。スタイルのいい凹凸のある身体。

 それは昔のパレートで見た王妃様そのものだった。首には、猫の首輪と同じアクセサリーがつけられている。


 そういえば、うちの国の魔力ランキングって二位は王妃様なんだっけ。一位はレオンこと魔王だけど。


 周りが騒然とする中、王妃様はレオンの方へ歩み寄る。そして鎖などを解いた。私のもあっさり紐を解くように外していく。

 呆気にとられる村人。私とレオンは近くに歩みより、王妃様に頭を下げた。


「ありがとうございます、王妃様、私はピュアと言います」

「俺もありがとうございます。魔王のレオンと言います」


 深々と頭を私達が下げると、アーサーや村人もどんどん下げていく。当然だ。

 すると、王妃様はおもしろそうに笑った。ふんわりお花のような香水のいい香りがした。


「そんなのとっくに猫のふりしていた時に知っていてよ」


(さあて、私の心の声を閉じますかね。頑張りなさいね、ピュアちゃん)


 フフンと鼻で笑う王妃様。流し目が色っぽくて、どこかレオンの寝ぼけた顔を思い出す。背も高いし、どこかふたりは雰囲気が似てる気がした。


「! そうですよね。でも、なんで猫のフリなんか」

「調べごとにはあの姿が便利だからに決まってるじゃないの。お馬鹿さん」

「え? 調べ物?」

「まあ、それは物事が落ち着いてから言うわ。それより村のもの!」

「「「はいっ」」」


 王妃の一声にさすがに村長も慌てて飛んでくる。全員顔が真っ青だ。


 皆正座して縮こまって怯えている、自業自得だけどちょっと可哀想。


「なんでこんな意地悪な生き方をした。偽の勇者まで作って。わたしや王は誰もも魔王を殺せと言ってなかった。しかも、殺したと言う事実まで隠蔽していたな!? 最低すぎるだろうお前達は」

「でも、魔王って存在が悪ですし」

「やかましい!! 村長!!」

「ヒッ」

「立場や役職で命の価値を決めるとは何事か! 魔王という響きだけで悪い奴と思い込むなんて、馬鹿の極みだ!!」


 本当にそうだよ……レオンの両親は優しかったのに。

 レオンだって平和が大好きなおとなしい性分なのに。


 そっと生かしておけば、皆も魔族も幸せだったんじゃないのかな?


「すみません!! 反省してます!!」

「説得力がない。信用できない。嘘くさい」



 王妃様、全部ほぼ同じ意味です。


「この村への支援を減らそうと思う。いいよな! 皆」

「そんなぁ」

「嫌だぁ」


 村長や村人が文句を言い出す。


「ゼロにして欲しいのか!」


 王女様の声が響き渡り、木の葉っぱさえ揺れた。やばい。なんという爆声。まるで風魔法のような威力。怖すぎる。


「すみません、減るだけでいいです」

「ごめんなさい!!」


 慌ててヘコヘコする村の皆はすごく小物っぽかった。

 レオンはひきつり笑いをして困っている。私はもう目を瞑って現実逃避をしたい気持ちだ。我が育った村だけど、やっぱアレすぎるよね……。


「大丈夫? ピュアちゃん」

(ふわああ、眠いなぁ)


「アーサー、本当気を利かせてくれてありがとう」

「気づいたら迷子になって皆とはぐれてたんだけど、それならと自力で王都に向かったんだよね」

(ピュアちゃんが無事でよかった。間に合わないんじゃないかって不安だった。レオンさんもブチ切れてなくてよかった。はあ。お腹すいた)


 さすがアーサー。いかにもなエピソードすぎる。

 そうだよね。最初はお付きのものがいたはずだもんね。今頃彼らはどこにいるんだろう、まあ、考えなくていいや。

 というかお腹すいたってなに、アーサー。

 こんな状況でその心の声は大物すぎるよ。さっきも眠そうだったし。


「ピュアちゃんとレオンに手を出したらわたしと国が許さない」

「「王女様」」


 私とレオンが同時に言う。あれ? おかしいな。私がちゃん付けなのに、なんで魔王で旦那のレオンだけ呼び捨てなんだろうか。魔王なんだけど、謎。


「この村は全部の貿易をしばらく止めさせてもらう。しばらくひもじい思いをしろ」

「は、はい」


 村長はもう反抗しないようだった。


「アーサー君も、ふたりを助けてくれた善良な村人なので連れていく。君、王子の友達になる気はないか」


 急にアーサーに話を振る王妃はアーサーに手を差し出す。アーサーは不思議そうに手を取り握手する、うわ、すごい。アーサー全く動じてない。キョトンとしてるだけだ。周囲がアーサーの堂々としすぎな態度に呆然としてる。そりゃそうだ。


「いいですけど、友達になれる家柄でもないですよ、ボク」

「家柄よりもその根性が気に入った。どうか頼む」


 あれ? でも王子様って確か五歳ぐらいでは?

 アーサー世話係な感じかな。まあ、似合うといえば似合うけれど。アーサー温厚だし、子供好きだし。

 何よりアーサーの人の良さは折り紙付きだし。

 でも、友達ならアーサーよりレオンに声をかけ他方がいいのでは?

 王族同士だし、でもまあ、レオンは素直じゃないところもあるか……?

 最近はだいぶマシになってると思うけれどなあ、うーん。謎。相性は別のところで決めたのかな?


「私はどうですか、王子様の友達」

「なにを言ってるのピュアちゃん。あなた自分の立場わかってないの?」

「?」


 なんで眉間に皺を寄せて呆れた顔をするんです? 王妃様は。

 私何か失言した? すごく普通の質問したよね。勇気出してみたんだけど。

 だってアーサーひとりじゃ荷が重いじゃん。アーサーってめちゃくちゃドジだし。サポート係いないと怖いじゃん?


「まあ、いいわ。とりあえず三人、荷造りしてちょうだい」


 王妃が腕を組み色っぽい唸り声をあげて言った。 

 え? 荷造り? 私達三人どこに行くの?


 でも、村を出れるならそれはそれで最高だけれど、魔都は? どうするの?


「まだわかってないの? 皆」

「は、はあ」


 レオンが困ったように王妃を見る。私も頭を下げる。アーサーはあくびをしている。ちょっと待て。なにしてるのアーサー……。


「三人ともわたしに連れられてお城に行くのよ。もちろん魔法で秒でね」

「は!?」


 レオンが呆然とする。


「嘘ぉ!?」


 私が驚く。


「へ?」


 アーサーが二度目のあくびをやめる。本当何やってるのアーサー。自由すぎるよアーサー。

 王妃様をアーサーを見て笑いを堪えてるよ……もう。


「村に皆は話し合いなりして反省文を提出しなさい。それがない限りご飯の配給もしません!」


 ビシッと村長に指を差す王妃様は迫力満点だ。


「「「ははーっ」」」

(((王妃様怖い)))


 皆がビクビクしている中、王妃さは得意気にレオンの方を抱いている。え? なんで? 意味がわかんないんだけれど……。

「レオン、ピュアちゃんとアーサー君と手を繋いで」

「は、はあ。こうですか」

「タメ口でいいのよ? ほら、しゃべって見るのよ。レオン」

「? 無理ですね」


 そりゃそうだ。レオンの反応に不満そう王妃様はレオンを睨みつける。


 え? 何で、王妃様相手だから普通では? と思っていると。


「黙ってタメ口にしろや!レオン!」


 いきなり低い声で王妃様は言う。

 ビクリと肩を怯ませるレオン。


「はい!!」


 王妃様……。冷や汗をかく私。


 恐怖政治じゃないんだからさあ……。

 完全に涙目のレオンの手を握る私。めちゃくちゃ小刻みに震えているレオン。

 私も正直怖い。今いる人間で王妃様を怖がってないのはアーサーだけだろうな。


「行くわよ!!」


 十二色の光が周囲を照らす。ギュルンギュルンと竜巻ように私達を巡り、次第に私達の体は薄れていく。

魔法を見慣れていない村人達が呆気に取られた顔が見える中、私は目を瞑り光の流れに全てを任せた。

 そして、気がつけば私達はお城の庭に立っていた。***


 白い煉瓦造りの豪華なお城は薔薇に囲まれて綺麗だった。

 そしてその薔薇かからは王妃様と同じ匂いがした。そこらじゅうに騎士団だの兵士だのが見える。

 使用人の姿も見える。ああ、ここはお城なんだと全てが黙って主張してくる。


「さあ、中に入るのよ」


 王妃様は言った。


「こちらです」

 呆然としていると使用人達に中に招待されて私達はされるがままに従う。

 やけに広いお城の中は、見ているだけで大混乱する。大きな肖像画に、謎のオブジェに壺に石膏像。

 何でもありだ。それでも全部上品で、統一感はある。すごくセンスがいい感じがする。

 使用人も無の心で接してくれて、心の声が読めない。仕事に集中しているからだろう。雑念がないのだ。


「さあ、どんどん前に進むのです。王が待っていますよ」 


 さっきまでのキャラはどこへやら王妃様は上品な口調に戻っていた。ご機嫌全開で王妃はどんどん前へ進む。

 豪華になっていく廊下に呆気にとられながらいると、大きな扉の前に王妃はとまった。

     

「貴方、レオン達が来てくれたわよ」


 王妃の言葉に、その扉はギギギと開く。そしてレオンめがけて飛んできたのは……。


「会いたかったぞレオン!」


 国王その人だった。

 エメラルドグリーンの髪の毛を短く切り上げて、燃えるような赤い目をしているその人は泣きじゃくりながらレオンを抱きしめていた。


 そして、気づいた事がある。レオンの両親と、王様は似ているのだ。いやむしろ、国王の方がレオンに似ているかもしれない。


 いや、まさか。そんな。


 ありえない。そんなはずがない。これじゃあまるで……。


「国王様がレオンの実の父親みたいじゃない」

「そうよ、前の魔王は遠い親戚で、実の両親はわたしとあの人よ」

「王妃様!?」

「レオンは、奇妙なツノと魔力のせいで攫われてしまったの。

 すぐさま見つけて、確保したけれど、国について知っておくために魔王の息子として適当な場所にすませたのよ」

「そんな」


 いくらなんでもやりすぎなんじゃ、それ。

 そのせいで色々大変な事になっちゃったわけで……!


「結果、親戚は殺されるし村の汚さが見えちゃうし最低よ。心から反省しているわ」


 王妃様は失望したという表情で言った。

 そりゃそうだろう。自分の親戚を殺されて、我が息子も殺されかけて喜べる馬鹿がいるわけがない。


「こんな実験しなければよかったわ。ねぇ、貴方」


 はあ、とため息をつく王妃。


「そうだな。レオンが無事だからよかったものの。それも都合がいいか。怖い思いをさせて済まなかった、レオン」


 レオンにほっぺを擦り付けながらいうおうさま


「あなた達が本当のお父様、お母様!?」


(嘘だろ!? 俺王子様って事じゃないのか、それだと)


 うん。私もずっとそれ思ってた。そりゃ、レオンより年下の王子様はいるけれどさ……レオンってつまりは第一王子じゃん。

 ビックリだよ。私の立場も……。魔王の花嫁じゃなく次期王妃になってしまうわけで。

 正直かなり困惑してしまう。でもレオンの花嫁は、私だけでいたい。

 レオンを誰かに取られたくはない。それは絶対に嫌だ。


「ええ、そうよレオン。酷い目に合わせてごめんなさいね」

「あの、お父様お母様は」

「実はもともと長生きができない体だったのよ。あの人達は」

「え?」


 王妃の言葉にレオンが首を傾げる。


「生まれつき病を患っていたの。魔力はあったけれどそれで遠くで療養する必要があった。それに実はふたりとも夫婦じゃなく、双子よ。レオンのために演技をしていただけで」

「!? 嘘だろう」

「本当。子供なんて作れない身体だったのよ、どちらも。 勇者に倒される数ヶ月後が寿命だったんだけど、迎えに行こうか迷ってるうちにああなったから、一か八かレオンをしばらく魔王として生かせることにしたの。自己中だとはわかっていても、この国は巨大だし。ツノのある貴方はここにいると危険なのよ」

「そんな」

「だから、レオンを育てられて幸せだったと思うわ」

「ちなみに、何で俺のツノが危ないんだ」


 それ、私も気になる。

 第一レオンのツノって何で生えてるてをの?

 人間なんだよね? レオンって。


「十八になるまでそのツノが魔力タンクだからよ、レオン、もしかして大切なこと忘れてない?」

「?」



「貴方、今日で十八歳よレオン」


 そういえば、レオンから年齢を正確に聞いたことなかったなあ。

 ちなみに私は十六歳。二つ上だったんだね。


「!? 知らなかった。自分の誕生日すら」


「教えてなかったのね、あの人達。体が成熟したから、もう魔力は体に移動したわ。ツノにはなにも入ってないわよ」


 少し呆れ顔の王妃。


「なる、ほど?」


 レオンが首を傾げてツノを触る。何だかカタツムリを撫でてるみたいだ。

 和むし可愛いなあ。


「ちなみにツノは取ろうと思えば取れるけど、取るのは多分すごく痛いわよ?レオン。ちなみに耳が尖ってるのは皮膚だから魔法で治せるわ。きっと耳の形が魔力に引っ張られたのね」

「ひっ。いい、つけたままでいい!!」


 不思議な話題に、私はすごく緊張する。

 私もそこそこハードな人生だけれど、レオンってば半端なくハードな人生を歩んでるなと思う。本当脱帽レベル。


 王様はレオンを相変わらず撫で続けている。まあ、気持ちはわかる。もう十何年会えてなかった我が子だから。

 レオンも抵抗せずにされるがままになっている。アーサーは既に寝ている。


 この会話に飽きたらしい。でも、アーサーが王子様の友達候補なのはだからだったんだなあ。

 だって、王子様はレオンだもん。本人が友達になれるわけないし、アーサーで妥当だよ。


「まあ、それでも。あの人達を殺してレオンを怖がらせた村人は許せないけれど……勇者騒動はさすがに終わるまで知らなかったし、王国側は」

「あの、王妃様」


 私はおずおずと手をあげる。王妃様たちが皆で私を一斉に見る。ひえ。


「何、ピュアちゃん」

「私は今どうすれば」


 自分の立場は大体把握したつもりだけれど、こんなところでのんびりしてる場合じゃないのでは? 色々やるべき事は想像つくけれど。


「初夜を今すぐ行いなさい。交わりなさい。愛しあいなさい!!」

「は?」 


 今なんと??


「だから、レオンと初夜を行いなさい。まだなんでしょう?」

「どうしてわかって」

「わかるわよ。だから、早めにしなさい」

「……えっと」


 私は困ってレオンを見る。するとレオンが真っ赤な顔でそっぽを向いた。私だってそうしたい。


「レオンが王子だというお披露目や説明は後からするわ。だから、早く」


 なぜか怖い顔をする王妃。もしかして何か大変な意味があるのだろうか。

 私達はふたり困ったように見つめあう。ど、どうしよう。困る。恥ずかしい。

 でもいつかはやらなきゃ行けない、夫婦だもん。後継産まないといけない立場だもん。でも、でも。


「行為をするまで部屋から出しませんからね」

「「へ!?」」


 王妃の言葉にわっせわっせと運ばれていく私達。ええええええ!?

 そして広い部屋に投げ入れられる。そこにあるのは大きなベッド、ただそれのみ。ひええ、もう逃げられない。


 力が抜けて私はその場から動けない。それを、レオンが困ったようにお姫様抱っこをして持ち上げる。


「大丈夫か、ピュア」

(俺の方も大丈夫じゃない、ドキドキで死にそうだ)


 レオンの足取りも重い。そりゃそうだろう。


 ゆっくりとレオンは私をベッドに座らせる。レオンも真似るように座る。

足が小刻みに震えているレオンは、私の方に手を伸ばす。指の一本一本をゆっくり私の頬に沿わせて、私の方をじっと見つめる。


「レオン……」

「ピュア……」


 ゆっくり互いの名前を呼び合いながら熱く見つめあって、柔らかなキスをする。

 そこから少し甘えるように唇を私は重ねて、レオンはそれを受け入れていく。

 次第に舌を絡めあい、慣れないふたりで甘い声をあげていく。

 体を引き寄せ、強く抱きしめ、あちこちにキスを繰り返す。

 そこまではロマンティックでよかった。問題なかった。しかし。


「ん、レオン……」

「ピュ、ピュア、好きだ、大好きだ」

「私も大好きだよ、レオン」

「……んっ、ピュア愛してる」

「見て、レオン」

「わ!?」


 完全に困惑状態のレオンの上に、私はまたがる。ええい。女は度胸だ。そう思ってシャツワンピースのボタンをスローモーションで外して行った、その時。


「無、無理……ブハッ」


 レオンが鼻を押さえてうずくまる。

 え? 何? そう思った時。


「きゃあああ! レオン!?」


 ブシュウウウウウウウ……。

 ドサッ。


「レオン!? 大丈夫!?」

「ん、ん……ピュア、ごめん、ピュア」


 レオンが泣きながら大量の鼻血を吹いて倒れた。

 慌ててレオンに抱きつくと、私の胸元があいているせいか鼻血はどんどん悪化する。

 これでは諸親どころじゃない。しかもレオンの心の声も聞こえないし、不安で不安で仕方がない私。どうしよう、どうしよう。そう思っていると。


「離してくれ、ピュア」

「あああ!! ごめん!! レオン」


 力一杯抱きしめすぎた!? 最悪!! レオンの顔が真っ青だよ。あわわわ。


「きゅう……」

「わあ! レオンが気絶しちゃった! 王妃様―!! 王様――!! ダメならせめて使用人でいいから!!」


 助けて! 誰か! お願い!!

 このままじゃレオンが出血多量で死ぬ!!

 あああああ!! どんどんシーツが血の海に……ヒエ。

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