第11話三章 ピュアとレオンと×××②
***
ある日の朝。私はなんとなくクッキーを焼いていた。もちろん誰のためってレオンのために。
「できたー! うん、美味しい」
無事紅茶味の美味しいクッキーができてご機嫌な私。ココア味とプレーンも作った。レオンとの紅茶タイムに一緒にいただくつもりで。
でも、正直ちょっと作りすぎたかもしれない。ある程度保存効くし、いいかなって思っていると来客のチャイムがなった。ソファに座っていたレオンが立ち上がったので私もついていく事にする。一体誰だろう? こんな朝っぱらから。そして、そこにいたのは。
「誰だ」
「こんにちは。ピュアちゃんの幼馴染のアーサーです。ピュアに色々荷物を届けにきました」
「アーサー! 久しぶりじゃないの!」
私の唯一の話し相手だった幼馴染、赤毛にそばかすの小柄な男の子、可愛い可愛いアーサーだった。
「ピュアちゃん元気だった?」
(何この大きい人! デカいってもんじゃないし何故か怯えてるしよくわからない。威圧感ないけどこの人が魔王かな?)
正解だよ、アーサー。だからアーサーも怯えなくていいんだよ。怖くない、怖くないよー。おいでー。というお互いに警戒しすぎだよ、アーサーもレオンも。そんなにお互いに離れてどうするの。会話しにくいでしょうが。
「うん。元気。あ、この大きい人が私の旦那様で魔王のレオン。優しいんだよ」
「俺は優しくなんかしてない!」
(誰だこいつ誰だこいつ、ピュアを連れ戻しにきたなら帰ってくれ)
珍しく攻撃的な心の声に私は笑いそうになる。可愛いなあ、レオンったらヤキモチじゃん。嬉しいー!!
「ピュアちゃんったらデレデレしちゃって」
「だって、レオンのことが大好きなんだもん」
「でも、生贄でしょ。本当は……」
(食べたりするんじゃないの? それに先にボクの方がピュアちゃんを好きなのに)
心の声が聞こえる私は当然アーサーの気持ちを知っている。だから、いつかはここに来ると思ってたんだよ、アーサー。
「そんな事ないよ。愛してもらってるよ」
「別に俺は」
(めちゃくちゃピュアを慕ってるし愛してるけれど! 恥ずかしくて言えない!)
「レオンは黙ってて」
事態がややこしくなるだけだから。うん。
「はい」
(ああ、でも何も言わないとますます俺怖がれるんじゃ。威圧感あるし、怖い顔してるし)
威圧感ないし緊張してなければ結構甘ったるい顔立ちです。自己認識がズレてますね、レオン。はあ。可愛い。
「村のみんなも心配してるよ」
(正直可哀想なぐらい誰もピュアちゃんを心配してないけれど、連れ戻そうとしてるんだよね、聖女として)
だろうね。してたらもっと好意的な来客があるよ。両親とかね。便りの一つも出さない家族、どうしてるかなぁ。はあ。
「で、アーサーはなんの用事なの」
「ボクと一緒に、村とかから逃げようって言いにきたんだけど魔王様が目の前にいて困惑してる」
(マナーとして挨拶してからって思ってたけれどそれじゃ実行不可能じゃん! 何してるのボクのポンコツ! バカ! のろま!)
そりゃこんな正面切って訪問すればそうなるよね。アーサーって素直なバカだから。いい意味で。だから私も仲良くできたんだけれどね。そんなに自分を責めないでよ、アーサー。
「私的にはどうせならアーサー泊まってけばって思うけれど、レオンはどう?」
「え」
レオンがキョトンとする。
「駄目?」
「別にいいが」
(ピュアが喜ぶなら……無害そうな丸腰の少年だし、魔力も全く感じないしな)
そうなのよね。アーサーってば武器も一つも持ってないんだよね。やばいでしょ、色んな意味で。一応魔王の家に行くっていうのに……警戒心ないにも程があるよ。レオンが悪人だったらどうするの。
第一帰りが夜になったら、襲われて死んだ利するかもしれないし、明らかに疲れ気味のアーサーをそのまま返すのは罪悪感がやばい。罪悪感ってレベルじゃない。
帰りは護衛に何かを持たせよう。絶対。ただでさえモヤシ体型で女の子みたいなんだから、ちょっとは警戒してほしい。はあ。
そんなんだから、私はアーサーを弟としてしか見られなかったんだよね。守ってあげなくちゃって思うことしか一緒にいてもなくて……多分見た目が美男子でも無理だったんじゃないかな。このドジっ子属性は。
性格は優しくていい子だから、どこかで幸せになってほしいんだけれど……あの村では雑用係を頻繁に押し付けられて、大変そうだったのをよく見かけたっけ。大変そうな人を見るとつい手が出るらしく。本当、損な子なんだよね、アーサーって。
「いいんですか、魔王様。ボクを泊めてくれるんですか?」
(意外と優しいって本当なのかも。そもそもピュアちゃんの肌艶もいいし元気そうだし、危害を加えた形跡はないし……何よりなんか気弱そう)
にじり寄りながら言うアーサー。ごめん、その歩み寄り方ちょっと怖い。
「ああ。一泊ぐらいなら」
(ピュアがクッキーを焼いていたし折角だからくつろいで貰えればいいか)
さすが優しいレオン! もちろん私もそのつもりだよ。
「ありがとうございます、魔王様!」
(あ、笑ったらすごい可愛いな。魔王様って品のある超絶美形。絵画にでも出てくるんじゃないってレベル)
でしょう、でしょうー!! アーサーよくわかってる。レオンは自分のルックスについて何もわかってないけれどね……。自分ではよく怖い顔って悩んでるのを心の声で聞くもの。あり得ないわ。ナイナイ。
「レオンでいい」
(魔王様って呼ばれ方はなんか虫唾が走る。嫌いだ……それに、年の近い男の子と会話するのは初めてだから、親しくしたい)
でしょうね……。私もふたりが仲良くしてくれるのを祈ってるわ。おとなしいふたり同士、気が合うんじゃないかな。
「はい、レオンさん!」
(ふわぁあああ。レオンさんって優しいいい声で喋るなあ。魔王様ってより王子様みたい)
うふふふ。そんなレオンが私の旦那様なんだよ、レオン。
(でも、ボクのピュアちゃんへの気持ちも本気だからね) ……知ってる。小さい頃から一途なアーサーの気持ち、即座にはさすがに折れないよね。無理だよね。でもね、アーサーには別の可愛い村以外にいる女の子と幸せになってほしいと前から願ってるんだよね。
だってアーサーって文武両道だし、そばかす以外は綺麗な顔をしているし。身長も徐々に伸びていってるし、何より性格が人当たり良くて可愛らしいから。
家柄の問題とか色々あるかもだけれど、本当勿体無い! あの村にいるべきではない人材だと思うわ。
「さあ、上がって。私の焼いたクッキーがあるのよ、アーサー」
「お邪魔します」
(ピュアちゃんの美味しい手作りクッキー!! 久しぶりだあぁ!! 嬉しいなぁ)
ピョコピョコと跳ねるように歩くアーサーは何もないところで転びかける。ああ、ひとりで帰宅させるのが今から凄く不安だ……レオンに魔法で村まで運んでもらいたいレベルだ。駄目かな?
「さあ、たんと食べてね。ふたりとも」
「いただきます!」
(わーいわーいピュアちゃんのクッキー! あー美味しい。程よい甘さ! ピュアちゃん昔からお菓子作り得意なんだよねぇーいい花嫁さんしてるなぁ、はあ。切ない)
アーサーが小さな口でもぐもぐとクッキーを噛み締めている。
「もらう」
(お客様のアーサーに多めに食べてもらおう)
一方レオン、あえてゆっくりクッキーを食べている。気遣い優しい。さすが。本当こういう面って上品さを感じるよね。レオンは。
私もレオンの横に座り、紅茶とクッキーをいただく。うん、よかった、どれも美味しい。するとレオンが私の方に少し近づいてきた。
「ついてる」
「!?」
いきなり顔のクッキーを取っていくレオンに私はビックリする。顔、近すぎる。まつ毛長過ぎ、肌綺麗,男の子なのに……美しい顔のドアップに私は放心状態になってしまう。
「……はっ!?」
急に我に帰った顔をするレオン。一瞬で真っ赤になる。
(つい、反射的に動いてやり過ぎてしまったか? 俺、何して……ピュアの唇を触ったぞ俺! 最低だぞ俺!)
青ざめるレオン。なの私は。
「レオンもついてるよ」
クスクスと笑ってレオンの口元にあるクッキーを取った。
「うわっ!?」
大きく仰反るレオン。目が回ってるようにさえ見える。
(大胆すぎないかピュア、というか恥ずかしい。無理。死ぬ)
バタバタと足を動かすレオンとそれを微笑ましく見つめる私。と、それをジト目で見るアーサー。ごめんなさい、見せつけちゃって。えへへっ。
私はウットリした顔でレオンをさらに見つめる。すると、レオンは恥ずかしそうに目を逸らした。
(ピュアちゃんってレオンさんの事本当に好きなんだなぁ。レオンさんも、ピュアちゃんが大切に見える。ボクじゃ何も太刀打ちできないよ……見せつけられすぎにも程があるもん、これじゃあ)
ごめんね、アーサー。だって大好きなんだもん。アーサーに説明してもわかんないこの関係、見せつけるしか方法がなくって傷つけてごめんね。
アーサーが嫌いなわけじゃないの、むしろ人間的には大好き。アーサーがいたから、村にとどまれたレベル。貴方は私にとっての唯一の村の良心だもん。遊びに来てくれてありがとう、アーサー。
「アーサー、飲み物おかわりいる?」
「いいよ、ピュアちゃん。お邪魔しすぎてるよね、ボク。ゴホゴホ」
(むしろ見ていて喉が渇いたけれど)
だろうね。ごめんね、アーサー。
「ほら、喉乾いてむせちゃってるじゃん」
「ごめん何かもらう」
「アーサーの好きなパインジュースもあるよー。自分達で絞っているんだよね。レオンの魔力でクイクイって軽くできるから」
本当は魔力温存したいけれど、魔力が減らないレベルで気軽にできるからたまにレオンにやってもらうんだよね。手作りのフルーツや野菜のジュース作り。これがまた絶品で。砂糖不使用だからこその美味しさがあるの!
「! 覚えていてくれたんだ! ありがとう! ピュアちゃん!」
(嬉しい、ピュアちゃん!) それぐらい、覚えているよ。だって、アーサーは幼馴染で親友だもの。どう頑張っても私には異性には見えないけれど、友達の中で一番大切な人だもの。
って、言葉にしたいけれど、恥ずかしいからアーサー宛に私からいつかお手紙しようと思う、
しばらくして、アーサーにパインジュースを渡すと彼は美味しそうに飲み干して言った。
「僕! 帰ります! そして、また遊びに来ます! ふたりとずっと仲良くしたいから……」
(村の皆がなんて言おうとボクはピュアちゃんとレオンさんの味方でいるから! どう見ても魔王様って感じじゃない無害そうなレオンさんに何かするのもボクの正義が許さないし、ピュアちゃんを不幸になんかしたくない!)
アーサーの心の声に感動する私。さすがアーサー。レオンの性格もわかってくれるんだね! 私達は一晩を待たずにアーサーを返す事にした。もちろんレオンの転移魔法を使って安全に……。
キラキラ輝く光に包まれて消えていくアーサーは感動した顔をして嬉しそうだった。そういえば、アーサーは小さな頃から夢見がちなところがあって、すごく魔法に憧れてたもんね。口だけ動かしてありがとう、と伝えてくれたアーサー。こちらこそありがとうだよ。まったく、いい子だなぁ。
アーサーが使ったコップを洗いながら私は上機嫌で鼻歌を歌う。今日はクッキー作った甲斐があったなぁ。うふふ。水を出してピカピカになったコップを持ち上げると、どこか不貞腐れた顔のレオンがうつった。
「レオン? どうしたの?」
「別に」
プイッとそっぽを向くレオン。私はお皿洗いの手を止める。
(もっと俺だけ構って欲しかった)
か、可愛い。レオン。拗ねてる。子供みたい。
「洗い物が終わったら一緒にクッキーの残りを食べましょうね。レオン」
確かまだ結構な量が残っていたはずだから……アーサーが気を遣って残していったのよね。あの子も甘いものが好きなはずなのに。本当、優しい子だよね。
「本当か!?」
(いいのか!? いいのか!? やったあ!! ピュアを独り占め!!)
可愛い。本当にかわいいなあ。心がゆったり和むレベル。
(あああ、でも、さっきのアーサーの前での方が俺の前よりリラックスした顔してた気がするし、ううう)
それは単に異性として見てないからだよ、レオン。やきもちまで焼いちゃって、可愛いなあ。もう、私はレオンしか見てないってば。
「もちろんだよ、レオン。私は貴方とふたりきりが一番なんでも美味しいから」
私はそう言って、レオンにウィンクした。
***
あれから。
「ピュアちゃん、遊びに来たよー! こんにちはー!
これ、差し入れ。どうか食べて欲しいな!」
「あら、また来たの? アーサー」
昨日の今日でまた遊びに来たアーサー。手には野菜と果物を持っている。ありがたいけれど、さすがにビックリ。
(迷惑だったかな? 長居はしないつもりだけれど……ボクそういう空気読めないから心配だなぁ)
ちょっと不安げなアーサー。まあ、長居しないならアリかな。差し入れ最高に嬉しいしね。
コウモリ便には限界があるし。レオンや私が村に行ける雰囲気じゃないし。新鮮な食べ物があるないでは料理の栄養バランスが全然違ってくる。
育ち盛りのレオンと私にとって、そういう気遣いは本当にありがたい。
そんな時、後ろからレオンがやってきた。
「あ、あの、その」
(アーサー、ありがとう。本当に嬉しい)
レオンはお礼を言えずにモジモジしていると、アーサーが首を傾げてレオンを見上げた。
「? どうかしました? レオンさん」
(なんでそんなにボクを見つめてるんだろう、レオンさん)
「あり、がとう!! アーサー!!」
(言えた!!)
力みながら叫んだレオンの声は裏返っていた。キョトンとするアーサー。でも、アーサーは優しいの全てを理解した顔で笑顔でレオンを見つめていた。
「いえいえ、喜んでもらえてよかったです、レオンさん」
(シャイな人だなぁ、レオンさん)
ニコニコしてるアーサーはなんだか微笑ましいものを見る目でレオンを見ていた。レオンはそれがなぜか分からず不思議そうな顔を私に向けている。
「ん、助かる」
(これでスープでも作ろう。きっとピュアが喜ぶ)
目を細めて嬉しそうな顔をするレオンは可愛い。
「ありがとうね。アーサー。お茶でも飲んでく?」
「いいの? お邪魔じゃない?」
(喉乾いてたんだよね! 助かる!)
まさかアーサー水分とか持ってこなかったんじゃ。あり得る。アーサーだしね。前、ピクニックの時にもアーサーは何も持ってこないままやってきたっけな。ドジなんだよね、本当。
「お茶ぐらいなら全然問題ないけど」
「お、俺も」
(俺も、友達が欲しいから、一緒にお茶を飲みたい)
「いいですよ、レオンさんも是非一緒に飲みましょう」
(村の同年代は気が合わないし、レオンさんと仲良くしたいなあ)
ふむふむ。仲良くしたい願望が一致してる感じだなぁ。よかった。
どっちも小さな頃同性の友達がいなかっただろうし、寂しい思いをしただろうなぁ。
このふたりは本当に仲良くしてほしい。もちろん私も混ぜて欲しい。そこ重要。
「はいはい、ふたりとも座ってて」
私はそう言って紅茶を淹れに消える。隙間からふたりの様子を覗くと、ふたり見つめ愛にっこりとアーサーは笑う。
レオンはおっかなびっくりではあるけれど、照れるように笑った。
今日の紅茶はベリー系の紅茶にした。一緒に手作りのシフォンケーキを添える。そこに生クリームを絞って完成。
そしてふたりのところへ戻ってみると。
「…………」
思わず無言に笑顔をふたりにソッと向ける私。
ふたりは何も進行せず見つめ合っていた。あらら。
「レオン、アーサー。ケーキと紅茶持ってきたよ。ゆっくり味わって食べてね」
私はソーサーをテーブルに置いて自分はレオンのとこに座る。するとふたりがじっと私を見てくる。顔が助けてと主張している。
「ふたり、自己紹介でもしたら?」
なんだか微笑ましくて笑い出す私。
「あ、ん。ボクはアーサー。ピュアちゃんの幼馴染。年齢はピュアちゃん同じ歳。魔法は使えないけど勉強と運動は得意だから、一緒に遊んだりしてくれると嬉しいです。レオンさん」
(魔王様に対してこんなにラフでいいのかな。あーあ。緊張した)
少し困惑したまま、アーサーは私をみる。次はレオンって意味だろうか。
私はレオンを見る。するとレオンは露骨な深呼吸を始めた。可愛い。アーサーの方は紅茶をゆっくり飲み下す。緊張してたのか少し頬も赤い。
「え、えっと俺はレオン!!!」
「声がでかいわよレオン」
「魔王ではあるけれど別に悪さはしないから、仲良くしてほしい。歳はピュアのふたつ上だが、あの、そのこんな奴だから気にしないでほしい!!」
「はい、レオン。よく出来ました」
「ふぅ……」
(緊張で死ぬかと思った)
死にかけたら私が蘇生するよ、レオン。私の熱い熱―い口づけでね。えへへ。
ちなみにレオンも紅茶を一気飲みする。そして大きくむせる。
私は慌ててレオンの背中をさする。ヨシヨシ。頑張った頑張った。
「そう言えば、アーサー」
レオンが私にくっついているのでとりあえずアーサーに話題を回す。
「何? ピュアちゃん」
アーサーがシフォンケーキを食べながら答える。
「アーサーとは色々思い出あるよね。本当」
「そうだね。ピュアちゃん。昔から一緒だったし。川遊びとか木登りとか山登りだとか」
(心の支えだったなぁ、ピュアちゃんの存在は)
私もだったよ! アーサー!
「うんうん。川に私の服が流された時はショックだった」
「ボクの方がびっくりしたよ。最後にはピュアちゃんまで流されて」
(ピュアちゃんってば、お転婆すぎて頻繁に下着が丸見えて子供なりに困惑したっけ)
ごめんなさい、アーサー。今知りました。大反省! 気づかなくてごめんね!
結構子供時代走り回ってたんだよね。私って。
村にいたくなくて、アーサーと村から離れた場所にばかりいた。
そこにおばあちゃんがお菓子とか持ってきてくれたっけ。懐かしいなぁ。
「ごめんってば、アーサーはよく犬に食われてたよね」
「うう。尻尾を踏んじゃう私がいけないんだよ」
「何回踏んだの? アーサー」
「数えきれないぐらいかな? ピュアちゃんは猫なつかれやすいよね。昔から」
(猫と戯れあってるピュアちゃんいつも可愛かったなーボクも犬は好きなのに、なんで好かれないんだろう)
ある意味好かれた上で仲間だと思われてるんじゃないな。アーサーってすごく犬みたいなところあるし。品はいいけどドジな子犬って感じがする。
「私は猫が好きだから嬉しいけどねー? そう言えばレオンとの出会いも猫絡みだったしね」
なんて、私とアーサーが話していると、すごい目力で燃えるようにレオンがアーサーを睨みつけていた。私がレオンを見るとレオンが慌てて目を逸らす。私はとりあえず、空気を読んで気づかないふりをしてあげることにする。
「一緒に水浴びもしたよね。水着を着て。どちらが早くゴールまで泳げるか競争したりさ」
「したけど、ピュアちゃんもそこそこ運動神経いいから地味に負けかけたよね」
(あんまり本人には自覚ないけれど、ピュアちゃんって素早いんだよね)
そう、かなぁ。比例する友達がアーサーしかいなかったから今気づいたよ。アーサーは学校に通ってたもんね。私の家は、お金を渋っていかせなかったよ。
でもアーサーのおかげで読み書きも計算もできるんだけれどね。本当にアーサーに感謝だよ。そのおかげで読書が大好きになれた。手紙のやりとりだって、それなかったら出来なかったしね。かなり不自由な生活をここで過ごす羽目になったんだろうなあ。はあ。
もともと私の両親は学がなかったから……勉強させようって発想がなかったんだろうけれど。学校へ行ってたら、世界が変わってたかもしれないなあ。でも、結局心の声で行きたくなくなってそう。
(何か持って行って話に入りたいんだが、俺は何を持ってけば良いんだ)
背後から聞こえる、台所でいろいろ物を漁るレオンの心の声にほんわかする。やきもちと構ってほしい気持ちが露骨に伝わってくる。
(そういえば……もうすぐ……かもだな。十年ぶりの日か。怖いな、不安だな、どうしようか)
レオンの唐突な心の声の悩みに私は顔を上げる。レオンは頭を抱えてジュースを準備していた。
(ああ、でも村の皆もあれに飲まれてしまったら怖いな)
「レオン? 大丈夫?」
「わ!」
(いつの間にジュースが!?)
ジュースを溢れんばかり入れていたレオンに私は声をかける。結果さらに溢れて慌ててタオルを渡して、こぼれたジュースを拭き取る私。それをアーサーのいるテーブルに置いて、さらにこぼれていた分を拭く。うん、これで汚れたところはもうないはず。
(やってしまった)
ションボリしているレオンを見て、私はレオンの肩を撫でる。
「気にしないの、レオン」
それぐらい、誰でもやらかすミスだもの。ジュースだって、沢山あるしね。
「ううう」
怒られた子供のように凹んだ顔のレオン。すっかり半泣きになっている。
(だって、ふたりを見ていたくなかったんだ)
なんて可愛い悩み事なの。レオンってば。今すぐ抱きしめてあげたい。ラブリーレオン。
「ありがとう、レオンさん。ジュース美味しいです」
(ミックスジュースなのかな。手作りっぽくてすごい美味しい)
そうなのよ! アーサー。レオンが自分で作ったのよ、これ! エッヘン。妻として私が威張ります。
「アーサー君、あ、あ、あありがとう」
「はい、レオンったらお礼を言えていい子いい子」
私は手を伸ばしてレオンを撫でる。
「やめろぉ撫でるなぁ」
(!? ピュア!? なんで俺を撫でるんだ!?)
「ぎゅー」
レオン可愛い!!
「抱きしめるなぁ」
(恥ずか死ぬぞ!ピュア! ああ。どうかあの出来事が何事もなく終わりますようにと心から祈る)
だから、あの出来事ってなんなの、レオン。一体もうすぐ何があるっていうの?
気になるけどレオンの顔色が悪すぎて、聞くに聞けないんだよなぁ。青通り越して紫だよ、顔色。
そんな私達をアーサーが遠い目をして見ていた。なんていうか、おばあちゃんの視線にも近いものを感じる。
「ラブラブだねぇ、さすがは夫婦だねぇ」
ジュースを飲み干した後、呑気に鼻歌まで歌うアーサー。やめてよね、恥ずかしいじゃん。
(もう敵う気がしないや。レオンさん、いい人っぽいしピュアちゃんとお幸せに)
「えへへ。ありがとう、アーサー。アーサーも知らない誰かとお幸せに」
「誰か紹介してくれるの?」
(当分いらないけど。ピュアちゃんのことまだ好きだし)
ありがとうアーサー! 気持ちは嬉しいよ!
「しないけれど」
そもそもふたり以外親しい人いないし。うん。我ながら寂しいな、それも。まあ人間関係って量より質っていうじゃんね! うんうん。
「……ですよね」
(いいけれどさ。末長くお幸せにいてよね。なんか村の方が落ち着かない様子なんだからさ)
「え? 村が?」
「? 何? ピュアちゃん」
(気のせいだよね? 心の中読まれたような)
ひっ、やらかした。
「あ、なんでもない」
やばい、アーサーの心の声に返事しちゃった。アーサーは素直だからなるほどという顔でソファに寄りかかっている。レオンに至ってはキョトンとしたまま空っぽの食器などを集めている。
外を見ればまあまあ暗くなっている、まあまだ帰るには危なくない時間かな。
「アーサー、そろそろ帰ったら?」
「はいはい。ピュアちゃん達ラブラブ夫婦の邪魔だよね」
「うん、邪魔」
レオンが明らかに拗ねてるしね。私もそんなレオンをもっと構いたいのが本音。でも、アーサーの前でかまうとレオンは拗ねるし。
「そこは認めるんだね!?」
(もう存在が惚気ってレベルじゃないよ! 眩しいよ!! ああああ!! 羨ましい。僕もレオンさんと変わりたい)
変わらせないけれどね。私はレオンが大好きでレオン以外興味ないもの。うふふっ。また惚気ちゃった! 私は心と全身でレオンにいつだって好き好きビーム出しまくりなの! えへへ。レオンだって無意識にそうだし、いつだって両思いなんだから!
「じゃあ、行くよ。ボクは」
(見てられない! もうっ、バカップルめ)
「うん、さようならアーサー気をつけて」
(よかった、これでピュアが独り占めできる)
それは私も同じ気持ちだよ! レオン!
「気をつけて、アーサー君」
(出来ればしばらく来ないで欲しいな、アーサー君)
心の声にも同意するよ! レオン!
「また来るよ。では」
手をぶんぶんと振るアーサーを見送って私達は城に入った。
そして見つめ合い、どちらとでもなく抱きつく。
「お疲れ、レオン。頑張ったね」
「……ああ。でも、なんか嫌な予感がするんだ」
「? 何が? アーサー?」
「いや、アーサー君ではない。なんか別の嫌な予感が」
(やっぱり十年後だからか? この不吉な感じは)
レオン? 私は無言でレオンを揺すった。
「ピュアは知らないのか。紅月の夜を」
「紅月の夜? 何それ」
「皆が月の魔力の源である、悪意に飲まれるそんな夜だ」
初耳だ。私そう言う魔法とかオカルト詳しくないんだよね。
自分が心読みのくせに。
すると、レオンが悲しそうな顔をして重苦しい口調で言った。
「十年前の紅月の夜ーーそれは俺の両親が殺された、その日だ」
と。
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