第9話二章 愛され聖女はヘタレ魔王様に守られる④

***


 それはとある日の午後。なぜか酷く風が強いその日は、レオンの様子がおかしくて。

 それが気になる私は朝からずっとソワソワしていた。なぜか部屋に篭り気味のレオンの表情は暗いし、雰囲気も重い。

 しかも何も考えていないのか、心も読めない。うーん、これは困った。


「レーオン、何してるの?」


 部屋を勝手に開けてみると、レオンは見慣れない女性服を握りしめていた。え? 

 レオンって女装趣味なんかあったの!? と一瞬思ったけれど、それは明らかにサイズがレオンではなくって。

 男性服もそばにあるし、どういう事なのかよくわからずに私は首を傾げる。


「レオンってば」


 私はレオンの肩をツンと突く。すると涙目のレオンが振り返った。目の下がすごく真っ赤だしこすった後もひどい。


「あ」


(お父様達の遺品の整理そろそろしないとと持ち込んでボーッとしてしまった。もうあの日から何年も経つのに)


 なるほど。ご両親の服だったのね。納得。それにしても男性服大きいなぁ。

 女性服は私より小さいぐらいで、凸凹夫婦だったのね。私とレオンもそうだけれど。なんとなく、嬉しい私。


 だけれど、喜んでる場合じゃないよね。レオンの様子が変。


「どうして泣いてるの? レオン」

「別に! 墓参りが怖いとか思ってない!」


 怖いのね。どういう意味でだろう。


(墓に行けば両親が死んだことを認めて受け入れる事になる、墓を作るだけでも怖かったし辛かったんだから、もう痛い思いはもう嫌だ!)


 レオンの悲痛な心の声に私はレオンをソッとなでる。


「何、し」

「私もご両親のお墓に行くわ。だって私たち夫婦だもん」

「え」


(魔力で遠くから掃除はしてるし綺麗だけれど虫だらけだし、何より魔獣やコウモリだらけでピュアは墓が怖くないのか?)


 怖くないよ、と返事をしたくなる私。だって、もう慣れたもん。

 それに人間よりは怖くないよ、魔獣って。特に害がない、それだけで私にとってはいい生き物。

 外の天気もまあ落ち着いてきたし、お墓参りに行っても問題はないだろう。


「私、黒いワンピースに着替えてくるね」


 確かお嫁入りする時にもらった中にぴったりなワンピースと靴があったはずだ。

 実は嫁入りのお洋服は何故だか百着ぐらいあるから、毎日違う服を着れている。


「え、あ、ああ」


 困惑した顔でレオンは私と服を交互に見る。(でも、両親に改めてピュアを紹介するのか? めちゃくちゃドキドキするぞ、緊張ではクラクラするぞ)

「レオンも黒い服に着替えるんだよ」

「あ、ああ」

 不安げなレオンを見た後すぐに私は部屋を出た。

 さあて。お腹が空いた時のために一応はスムージーもつくて行くかな。

 お墓の周りでご飯を食べるわけにはいかないしね。


 そしてしばらくして。


「レオンの黒い服似合う! 可愛い! カッコいい!」

「可愛いとは何だ!?」


(お前の方が強烈に可愛いぞピュア! 落ち着いた雰囲気も似合うぞピュア! 可憐で上品で最高だ!)


「あはっ」


「ムー」


 そんな不満そうに触れないでよ。可愛すぎるんだから。


「レオンは何着ても似合うなぁ。舞台の人みたい」

「ぐぬぬぬ、舞台とは何だ。何の人なんだ」


(知らない単語だ)


 あ、なるほど。魔城に引きこもってたレオンが知るわけない職種だよね。


「えへへ。みんなの前で踊ったり歌う人だよ。世界で一番美形なレオンは舞台に上がってくれればいいのにー!」 そしたら眼福なのに! 絶対衣装映えするし、声もいい声してるし最高だと思うんだけれどダメだよねぇ。

 あがり症な予感がすごいするし。


「俺はそんなことはしない!」


(出来るわけないだろう)


 ごめんごめん、本能が口から出た。ごめんなさい。

 本当にごめんなさい、本音なんで抑えきれませんでした、ペコリー。

 妄想のせいでにやつきながら私はレオンとお城をでる。

 手には麦でできたバスケット。中身の食べ物はスムージのみだけど、お供えするお花もある。

 私が育てた花壇の中の一番綺麗で可憐なお花だ。


「あー、いい天気になったね。レオン」

「ん、ああ」


(なんだか意識しすぎてピュアが近づくだけで心臓が持たない)


 耳まで赤いまま出発したレオンはなんだかモジモジしている。

 あ、なるほど。私に手を繋ごうとしては引っ込めてるのか。よーし。


「1?」


(ピュアにいきなり手を繋がれた!?)


 諤々と身体を揺らせながら全身が真っ赤になるレオン。湯気まで出てきそうで凄く可愛い。

 私は長く手を繋ぎたいので、わざとゆっくり歩いてレオンの後をついていく。

 森林の道をくぐり抜け、川を渡り、人気が魔城以上にない場所に、そのお墓はポツンとあった。

 ただ石を並べただけどの、シンプルで簡略的なお墓だった。「これを作ったときはまだ子供だったんだが、また手を合わせにこれるとは思わなかったな」


(墓を作ることで、死体をどうにか見なくて済むようにした。

 そしてどこかで両親は生きてると信じようとしてた。馬鹿だよな、俺)


「レオン」


 お墓の方を見つめて静かに切ない顔をしたレオンの横顔は、かなり哀愁が漂っていた。

 私は無言で彼とお墓を見つめる。

 私はおばあちゃんしかまだ亡くしてない。けれど、気持ちはわかる。

 いきなりこの世から消えて、実感がなくて、探してもいなくて。

 認めたくなくて受け入れたくなくて、会えないと体感したときようやくおばあちゃんにはもう二度と会えないのだと体感して絶望したっけな。


 死ぬって、自分には遠い世界のように思えるけれど、生きてるからにはいつかは絶対訪れるもので。

 誰がいつ死ぬかはわからないし、明日があるかもわからない。

 だからこそ、本来は生きるのを頑張らないといけないのだけれど、日常は流動的に流れるから、そんな当たり前を忘れてしまいがちなんだよね。


 でも、レオンはそうじゃないのかもしれない。

 優しくて真面目で、毎日を懸命に生きるレオン。

 そんなレオンが私は大好きだ。

 愛してる。


 だからこそ。


「一緒に祈ろう。レオン。ご両親と来世も一緒にいられるように。今度こそ幸せな世界で一緒に生きれるように、祈ろう?」

「ピュア」

(俺の両親のことなんか、何も関係ないはずなのにそんな風に言ってくれるんなんて、なんて優しい女の子なんだ、ピュア)


 関係ないわけない、だって。


「レオンのような優しくて素敵な男の子を産み育ててくださりありがとうございました。

 これからは私がレオンを大切にして、守っていきます。もちろん、守られることもありますが私ができる全てをレオンに捧げます」


「!」


(そんな風に俺の事を思ってくれるのか、ピュア……よかった。生まれて本当によかった。

 ずっと孤独な思いばかりしてきて、両親を亡くしてからは絶望していたけれど、ピュアが生まれてくれて、育ってくれて、本当に俺もよかったと思う。ありがとう、神様、ピュアのご両親)


「俺も、生んでくれてありがとうお父様お母様、その、え、と」


(ああああああ! 何で俺もピュアについての俺の妻だっていう紹介や惚気ができないんだ! ダメ男! ヘタレ夫!)


 レオンだからだよ。と心の声に心の声で突っ込む私。

 照れ屋だからなぁ、レオンは。素直に言える性格じゃないし、もう慣れたし仕方がないよ。

 なんて、言ってあげれないのよねぇ。心の声ってそういう所がめんどくさい!


「だ、大好きだ! お父様、お母様!」


(ちーがーうー! ピュアも含めて大好きなんだろう俺、あああああああ! めんどくさい性格だな俺!! ううううう)


 レオンがたどたどしく両親への愛を叫ぶ中、私も自分の両親との思い出を思い出して見ようとしていたけれど……特になかった。


 一緒にご飯やお風呂とか、それぐらいだった。

 そもそも私の両親はそんな素敵な両親じゃないけれど……

 でも、確かに生んでくれて衣食住を与えてくれたからここにいるのだ。

 私の村はとにかく、田舎に行けば食べることすら苦しい子だっていたはずだし、虐待にあってる子もいたかもしれない。

 そう思えば私だって、両親に生かされてきたのかもしれない。

 認めたくはないけれど、感謝せざる得ない。


 だって、それぐらいレオンが素直でいい子で、レオンに会えたことが私にとってすごい幸せだから。

 ひねくれた私の心が、レオンの心の声で浄化されていく気がする。


「これ、私からです。お花です、受け取ってください」


 綺麗だけどどこか可愛いらしい花束は、実はレオンのイメージで花束を作った。

 白とピンクが多めの純粋無垢なイメージだ。そこに私のイメージでオレンジ色の小花を混ぜ込んでみた。我ながらロマンチックな花束をうまく作れたと思う。


「ピュアが育ててくれた花なんだお父様、お母様。どうか、安らかに」


 二人で目を瞑り手を合わせる。どうか、来世もレオンの両親に生まれてきてください。

 そして私は近所の子供になりたいです、なんて我儘を祈ったりして。えへ。

 暖かな柔らかい風が私達ふたりの間を通り抜ける。空の向こうで、レオンの両親が笑っている気がした。


「ふうスムージー美味しいー」

「ん」

(程よい甘さにクリーム感、美味しい。でも、俺のためにピュアが作ったものなら何でも美味しし最高だ。ご馳走様、ピュア)


「急がずゆっく帰ろうね、レオン」

「ああ。疲れたら魔法で飛ぶから教えてくれ」

「いいよ。魔力無駄遣いしないで」

「無駄じゃないしんだが」


(ピュアが疲れてればいくらでも魔力使いたいんだけどな。俺の魔力なんか、気にしなくていいのに、優しいな。ピュアは)


 帰り道。切り株の上に座って休む私達。


 気がつけばふたり手を重ねて空を見上げていた。いつか私達も天国に行けるのかな。

 そしたら、四人で楽しくお茶会がしたいと私は思う。


 私お手製のお菓子と、レオンの淹れた紅茶でのんびり笑い合いたい。レオンは泣くかな?

 絶対嬉しくて泣くよね。

 この青い空の下と上だけれど、私たちのいる場所は繋がっているんだから、心配かけないように元気に生きていかなきゃね? レオン。


 横を見るとレオンと目があった。なので私は顔をクシャクシャにして笑う。

 レオンは一瞬驚いて、真似するように笑った。私たちは今を生きている。

 けれど今は過去によって作られている。だから、前だけを向いて歩くのは、私はちょっと違うと思うんだ。


 大好きな思い出、辛いトラウマ、全部が全部自分のもので、今を作るものだから……

 自分で自分に折り合いをつけて受け入れれる分は受け入れて生きていきたい。

 なくてよかった過去はないと、思えるようになりたい。

 そんな綺麗事って昔なら思ってたかもれしれないけれど、私には今レオンがいるから。


 出会ってくれてありがとう、レオン。本当にありがとう。

 私が見てきた絶望色の世界は今、レオンのおかげでキラキラした虹色をしているよ。


「ねぇレオン」

「なんだ?」

「来世も一緒だよ」

「!」


 私はレオンに投げキッスをする。当然いつも通り真っ赤になるレオン。


「離さないから」


 力強くハッキリ言い切る私は、ニンマリ笑う。

 最初の方はレオンを取られたらとか気にしまくったけれど、今はそんなのもやめた。

 私がレオンを渡さなければいいんだ。だって私はレオンのもの、レオンは私のものだから。

 相手がどこぞの大国の姫でも誰でも、渡すわけないじゃん。こんな可愛い旦那様。絶対に、渡さない。


「っ!?」


 レオンがオドオドしていたので私は勢いよく抱きつく。


(あわ、あわわわ)


「帰りも手を繋いでいこうね、レオン」

「ううう」


(嫌って言えない、でも嬉しい、でも恥ずかしい。あああああ、どうしたらいいんだー!! ピュアがいるとすぐいっぱいいっぱいになる。

 何もかもが溢れ出しそうな感じだ)


 レオンの心の声に私も深くうなずきたくなる。わかる。色々溢れるよね! 


 私は言葉も出ない様子の赤いレオンで和みながら、私達はのんびりと魔城を目指した。

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