第8話二章 愛され聖女はヘタレ魔王様に守られる③

***


 体が熱い。視界が眩しくてクラクラする、これ恋、そうこれは恋、風邪なんかじゃない。

 絶対に違う。そう思いたいのに、総力説もしたのに。

 私は今、レオンによってベッドに寝かされている、ぐぬぬ。せっせと私の汗をタオルで拭うレオンの大きな手も緊張してるのかすごく汗だくだ。

 しかも明らかに震えている。レオンってば本当可愛い。すごく可愛い。めっちゃ胸キュン。


(ピュアに触れすぎて死にそう。恥ずか死ぬ。ああ、もうピュアの可愛さで俺は百回ぐらい死んだかもしれないな。

 それなのに声に出して好きだとか可愛いとか言えない俺も違う意味で恥ずか死ぬと思うけれどな……)


「はあ……」


 レオンは深いため息をついた。お願い。どうかあまり落ち込まないでよレオン。

 私はレオンがそばにいるだけで気持ちが明るくなれるんだからね?

  でもそう言えばレオンは絶対困惑するから、言わないでおくんだ。


 私はうっすらとした意識の中、レオンを見上げる。背の高いレオンは猫背になって私を甲斐甲斐しく世話してくれる。

 おかゆだって、さすが一人で暮らしてきたからかすんなりと作ってきてくれた。

 ただ、アーンは恥ずかしすぎてすぐに手を引っ込めてやめちゃったけれど。初々しいなぁ、もう。

 レオンと私はもう立派な夫婦なんだからもっと強引に攻めてもいいんだからね! レオン!

 そのうち私側が襲っちゃうよ? がおー!! なぁんて。えへへ。


「どうだ、まだ食べるか」


 眉間に皺を寄せてレオンは私に不安そうに尋ねた。(お粥を食べるペースが遅い。不安だ。まずいのか?)


「幸せすぎてなかなか食が進まないの。レオンも食べなよ」

「いい。俺は全然足りないから別に作る」


 ぐうぅーギュー、キュルルル。レオンのお腹が盛大になった。


「食べてきて、レオンの視線があるから食べられないのよ」

「!? どういう事だ」

「とにかくご飯食べてきて! レオン!」

「あ? ああ」


(一体どういう事だ? ピュア)


 うん、レオンは相変わらず鈍い。レオンの綺麗な顔と甘い視線が恥ずかしいのよ! わかってよ! 無理だろうけれど!

 私だって具合悪いのに心臓の音が過激になってさらに苦しくて堪らなくてつらいの。このままじゃ熱が上がりそうだよ。

 このお城にはそこまで医療道具あるわけないし、悪化して村に連れ戻されたら嫌だよ。最悪だよ。 私の村は医療だけは発達しまくっているから、色々な病気を見る事が出来る。

 けれど、だからこそ病気の人は差別を受けたりもしていた。でも村の医者はお金が欲しいから受け入れる。

 国も、医療に関してはあまり場所を変えるのは良くないからか村の医者には何も指導しないのだ。病気になりたくてなる人はいないのに、エグい話だ。


「はあ。ごちそうさまでした」


 食べ終わったレオン作の美味しいお粥のお皿を見てニマニマする私。

 卵とお味噌のお粥の控えめな塩味が、レオンっぽくて美味しかった。

 飲みやすいスムージーも一緒に置いてくれて、本当気遣いありがとうって感じ。


「具合は悪くなってないか!?」

「あ、レオン、おかえり。十分も経ってないけれど。早いね」


(心配だったんだから仕方がないだろ!)


「ちゃんとパンをいっぱい食べたからいいだろ!」


(心配で心配で料理なんかできなかったんだ! 察してくれ、ピュア!

 食べる時も喉をつっかえるかと思ったんだぞ! ったく、本当は少しでも具合の悪いピュアを見守っていたいのに!)


「ううう」


 歯を食いしばって軽く涙目になるレオン。可愛い。

 うん。恥ずかしいけれど察したよ。レオン。

 私のことが大好きなんだね。本当天使かな? レオンは。魔王だけれど。


「他に欲しいものはあるか! 持ってくる! じゃないと俺まで風邪をひくだろうしな!」


(ごめんな、こういう言い方しかできなくて。

 俺の風邪をうつしたくせにって思ってるんだろうな、ピュアは。ああああああ。俺って最低のクズチキン男!)


 レオンったらそんなに自分を罵らなくても。魅力的で優しいいい男の子だよ?

 自分で思うよりレオンはずっと素敵だよ? もっと自信を持ってよ、レオン。


 そう思いつつ私もよく卑屈になるから、気持ちはわかる。

 ずっとレオンみたいな人に出会うまで、私は馴染めない自分を責めて生きてきた。

 他の人の心の声みたいな思考をできなくて、他人のそれを共感できない自分はいい子ぶりっ子で歪んだやつだと本気で思っていたもん。

 みんなに染まれない、異端者な自分が大意嫌いだったよ。


 今でももし、心の声が聞こえなかったら皆の気持ちに賛同できたら、気持ちよく村の中で生きれたのかなって思う時はあるの。 けれどね。レオンを見るとそんな悩みどこかへとサッっと飛んでいくの。

 レオンの心の声で癒されるの。


「別に何もしなくてもいいよ。レオン。私は寝てれば治るし、レオンは自分のことをしてて」


 私は呆れ半分ときめき半分で言った。途端レオンが泣きそうな顔をする。

 まるで親に叱られた子供のようだ。


「そんなわけないだろ!? 何かないのか!?」


(俺じゃ力不足ってことか!? ウザいのか!? あああああああ!! 俺が空気が読めるようなもっと有能な男だったら!!)


 違うのよ。レオンがそばにずっといると色々落ち着かなくて困るのよ。


 レオンならその気持ちわかると思うけれど、立場が逆になると心配でそれがわからなくなるんだよね、多分。

 私もそうだったし。


「あるのよ。ああ、じゃあ明日もスムージー飲みたいな」

「わかった! 百リットル作っとく」


(新鮮なフルーツいっぱいで甘いスムージー、ピュアに気に入ってもらえてよかった。

 美肌効果とかビタミンとか、女の子が喜ぶ栄養があるものを沢山入れたんだ)


「さすがにそんなにいらないけど!?」


 そりゃ美味しかったけれど、そんな大量だったら飲み終わる前に腐るよ、それ。


「一応室温は魔法で調整しておいた」

「そういえばレオンが来てからこの部屋が心地よい感じ」


「俺は魔王だからな。魔力はまだまだある」


(だから頼ってくれよ、ピュア)


 そんな飼い主に命令を望む子犬のような顔で見ないでよ。レオン。

 正直レオンが凄く眠そうに見えるけれど、自分の部屋で早く寝てくれないかなぁ。

 レオンの寝ている姿本当に可愛いんだから。側にいたら落ち着かないよ。

 ますます体温が上がる感じがすごくして、私はため息を小さく漏らした。


 だから、私はレオンの上でを引っ張った。


「大丈夫よレオン。私は大丈夫「でも」


(人間は脆いって言うし、不安だ。 ピュアは華奢だし)


「大丈夫だから」


 手を強く握りしめて私はレオンに言い切る。私は見た目ほど弱くないよ。

 レオン。ずっと見てきたでしょ。

 でも、レオンの気持ちは私もわからなくもない。

 大事な人だからこそ、ふと目の前から消えて帰ってこないんじゃないかって言う意味不明な妄想に飲まれそうになるんだよね。

 一番大好きだからこそ、この世の全てだからこそ。

 たまに自分で壊して終わりたくなる。

 そうしてしまえば別れへの恐怖は消えていくから。自分自身に言い訳をして向き合わなかった事から理由をつけて逃げるのだ。


 ねえ、おばあちゃん。私はお父さんお母さんを好きだった時期もあったんだよ。

 本当に小さい頃は大好きだったよ。それなのに、心が読めるせいでどんどん嫌いになっていったんだ……だから私は、両親も村の人も、最初から悪いようにしてレオンのところへ逃げたんだ。


「はあ……」


 わかってる。心の声を塞ぐ努力をすればよかったとか、色々あったくせに。

 どこかで私は聞こえなくなる事でのみんなの気持ちがわからない怖さに怯えて能力を維持した。

 自分でその道を選んだはずなのに、それで苦しんで。馬鹿でしかないのだろうけれど、

 それでも私はいつかお父さんとお母さんが心から私を見てくれるんじゃないかって縋ってた。


 そして幻滅して理想の両親じゃないからって、そして理想の村じゃないからって、私は皆が嫌いで。

 誰だって個人であって誰かの理想になることなんかありえないのに、レオンが私の理想すぎるから怖くなる。

 私の中に風邪だからか、そんなグチャグチャな思考が頭を攻めてくる。

 頑張って考えれば両親のいいところも見つけられたのかなとか、よくわからない思いまで溢れてきて泣きそうになる。


「ピュア、泣くな!」


(無言でさっきからポロポロ泣いて、ピュアがすごく辛そうだ。顔も赤いし)


「ごめ、レ……オン」

「ピュア?」


(あわわ。お願いだから泣かないでくれ。俺まで泣きそうになる)


 どこかで気づいてた。本当は村の皆と仲良くやりたかったのだと。

でも、私が欲しい村人はどこにもいなくて。せいぜい幼馴染ぐらいだろうか。

 悲しかった、苦しかった。私の帰る場所はどこなのか、わからなかった。


 おばあちゃんがいる頃は、まだよかった。おばあちゃんを信じて甘えて生きれた。

 それにおばあちゃんは血のつながりがあるし、見捨てられる怖さもなかった。


 けれど、レオンは違う。他人だ。異性だ。

 私みたいな村娘、聖女であっても釣り合わないのではないかとさえ思う。


「うー」

「ピュア?」


(急に唸ってどうしたんだ?)


 もっと魅惑的で綺麗な大人の女の人の方がレオンにはお似合いなんじゃないのかな。

 レオンは女の子を知らないから私が好きなだけなんじゃないかな。他の可愛い女の子に出会ったらレオンはそちらに流れるんじゃないのかな。

 はあ。

 マイナス思考は風邪のせいだと思いたいけど、考えてることは全部事実だ。


「レオン、他の女の子を好きになっちゃ嫌よぉ」


 ぐずるように思わず声に出してしまった私。そのままレオンに抱きついていく。


「うわああああ!? って、はあ!?」

(何を今更!? ああ。俺がうまく立ち回れないから気持ちを疑われてるのか。ぐぬぬ)


「ならねぇよ。俺とピュアは夫婦だからな」


(嫌だ! ピュアを離したくはない! って叫べればいいのに)


 レオンまでポロポロと大粒の涙を流している。無自覚だろうなあ。


「形だけじゃん。結ばれてもないもの。私だけが好きなんじゃないかって不安いなる」


 心の声でいくら愛されてても幻聴なんじゃって思う時もあるし。

 やっぱり結婚してるのに未だにちゃんとしたキスもしてないのはおかしいと思う。


「むっ!?」


(む、む、結ばれる!? だと!? それってピュアとって意味だよな!? う、あ、い。ま、まだ早いだろそれは!!)


 もう新婚ですらなくなりそうなのに、早くはないだろうけれど。


「私なんかをレオンが好きになる理由がないもん」

「俺がお前を好きだから好きなんだ! あっ」


(言ってしまった、言ってしまった、言ってしまったあああ!!)


「! レオン」


 レオンが私に好きと叫んだ!? 真っ赤になるレオンは口を開けっ放しで固まってしまった。私は涙を止めレオンを見上げる。


 私をじっと見ながらレオンは私を引き寄せた。


「行くな、どんな理由があってもどこに行くな。俺のそばにいてくれ、ピュア」

(言えた。やっと言えた。俺の本当の気持ち)


 あたたかな涙を流して私を抱きしめるレオン。

 私の胸の奥深くが締め付けられる気がした。


「はい、私だけの素敵な旦那様」

「だっ!? わーーっ!?」


(ピュアは一体何を口走ってるんだ!?)


「今日はもう休みたいから、眠らせてもらっていい? レオン」

「……ああ」


 動揺し気味にレオンは部屋を出ていってくれた。

 私を気を使って振り返ることも得ずに、音を立てずに扉を閉めて去っていった。


「なんだか私まで眠くなってきちゃった。寝ようかな」


 部屋の明かりを消した私は柔らかな枕に顔を埋めて夢を見る。


 それは村の夢だった。子供の頃の私とおばあちゃんと、家族。あと幼馴染がいる。

 みんな当たり前のように笑い合っている。けれど。


「ピュアや。人間いい面悪い面両方あるもんだよ。それに、合わない人がいてもおかしくない。

 価値観は百人百通り。家族だからで無理矢理繋がる絆はおかしいんだからね。嫌ならおばあちゃんとも縁を切ってもいいだからね」


 とおばあちゃんが言ったのを思い出したからか、夢のおばあちゃんも笑顔でそう言ってくれた。

 無理矢理繋がる縁は必要ない。そう。私は村の人たちが合わなかった。

 村の人たち同士でそうじゃない。ただシンプルにそうなのだ。 誰も全ては悪くない。そう。完全善人な人だっていない代わりに完全悪人な人もいないのだ。

 だから。好きなところも嫌いなと心も両方あって、それが当たり前なんだから、好き嫌いに仕分ける必要もないのだ。

 そんな大事なこと、どうしてわからなくなっていたのだろう。

 

 けれど、その中で好きにしか仕分けられない人がいたら。


 それは、運命の人だということなのだろうね?

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