第7話二章 愛され聖女はヘタレ魔王様に守られる②

***


 ウンタラカンタラ、ウンタラカンタラ。魔城の中の一室のソファの上に座ってソラはひとりで私達に語り続ける。

 外の天気は大嵐。ガタガタ揺れる魔城の中、それ以上にうるさいソラを呆れた顔で私は見ている。


「だから、魔王ってだけで既に魔王様や魔族は存在悪だとボクは思うんですよね。生きる価値がないっていうか。殺す価値すらないのかもしれないけれど、だから、一緒に出頭しませんか? ボクが魔王様を捕まえたってことにして」

「はあ?」

 レオンは呆れた顔でソラを見ている。もうとっくに一時間以上前から目が死んでいるレベルに呆れている。

 ソラはと言うとさっきの魔法を全国に適用し、使ってしまったため魔力がなくてぐったりソファに座り込んでいた。

 小出しに魔力を使えばいいのに、ただのバカである。お間抜けである。



「魔族や魔王が存在悪な理由はなんだ、お前」

 レオンが淡々と訪ねた。

「貴方が魔王だから。シンプルにそれですね。魔王は極悪非道の悪役だって古来から決まってるじゃないですかぁー」

「はあ? 意味がわからないんだが」


(何もしてないものが悪役なわけないだろう。そりゃ怖がられるのは仕方がないけれど殺される理由にはならないはずだ)


 もっともな過ぎる事をレオンが心で思う。言えばいいのに。


「それに選ばれし存在の聖女を花嫁にするのもゲスです。ゲスの極みです」

「なんでゲスなんだ? 花嫁として持ってきたのは村側だぞ、知らないのか」


「知ってますよ、それぐらい。でもゲスです。なぜならボクが単純にそう思うからですね」


(バカなのか、こいつは)


 ごめんレオン、私も思う。感情論で語り続けるソラは、全然怖くない自称勇者だった。

 むしろ可哀想な人を見るような目で見てしまい、後ろめたさで紅茶まで出してしまった。


「なんでその……特にお前に危害を与えていないはずの俺達の命を狙う? ピュアを含めて。お前は勇者ですらないんだろう」

「全世界の人にひたすらチヤホヤされたいからですね。勇者になって楽したいんで、そのためにゲスな魔王達には犠牲になって貰えばゲス以外はハッピーかなって」


(意味がわからない思考回路だ)


 うん。私もわからない。自己愛しかないな、このソラって人の頭の中。キショイ。本当マグマの中に生きたまま投げ入れたい。


「そもそも魔王という肩書きがなきゃただの生きる生ゴミじゃないですか。魔王様って。

 ろくに労働もせず村で交流も取らず。まさに生ゴミでしかないそれを処分して何が悪いんです?

 むしろ自分から死ぬべきですらあると思うんですよねぇ本来は。それを手伝ってあげるボクってやっぱ聖人だなぁって思いますよぉ?」


「うるさいな。余計なお世話だ。俺が何かすれば村人が嫌がるだろうが」


(俺だって本当は生まれつき皆と対等に笑って暮らしたいに決まってるだろう。

 はあ。なんなんだこいつの理論は。他人を生きた対象として考えてない、自己中心的で嫌な気持ちになる) 本当にね。私は思わず小さくため息をつく。


「魔力を捨てて人間になればいいじゃないですか。魔力を使えばできるでしょう」


 ニタァ、と笑うソラ。


「その難しさも知ってるだろう。魔力があるなら」


「もちろん。知ってますけれど、邪魔者にはその苦労ぐらいしてもらいたいんですよ。

 善人であるボクとしては。魔王様ってだけで、楽に結婚して隠居してムカつくんですよ。本当に」

「知るかよ」


(十分こいつ悪人だろ。善人ではないだろうよ)


 同じ気持ちです、レオン。

 そして私の方にはソラの心の声も聞こえていた。


(早くこの魔王様説得していい人生受けてこの微妙な顔の三つ編み聖女とチートライフ過ごしたいんだけど。

 まあ、顔は魔法でいじればいいよね。僕美形だしこんな王子様みたいな顔の勇者(仮)のボクの花嫁になれば文句もないよね。

 バツイチなのが気に食わないけれど)


 うわ、クソ野郎すぎる。


(それにこの魔王様ってヤバいレベルで顔がいいのもムカつくんだよね。

 絵画かってレベル。陰気で引きこもりのダメ人間のくせに、穏やかで、なんだかおっとりしてる。

 口調はそんな綺麗じゃないけれど品があって腹が立つ)


 ソラのイライラしながらやたら偉そうな表情が私にはすごく癇に障る。

 レオンは真面目にソラの顔を見つめて話を聞いているのに、ソラは明後日の方向を向いてよくフンフンと鼻を鳴らして嫌味な感じ。


「顔のいいボクがヒーローになれば、グッズもできるし、村おこしにもなるし、最高に国は盛り上がるでしょう。

 世界中が沸きますよ。ソラフィーバーに。みんなが毎日幸せにボクの名前を呼んで祈るでしょう。

 今の平和はボクのおかげであると。新しい神様はボクだと」

「そうか。独りよがりな妄想は楽しいか?」


 真顔で言い切るレオン。ちょ、さすがに吹き出しちゃったよ。私、その後笑いを堪えるのに必死。

 天然って最高だよレオン……それに対してソラは猿みたいに顔を真っ赤にして立ち上がる。


「ファ!? なっ!? 何をいうんだよ!! これは正論かつ真面目な理論から導き出した未来の話ですけど!?」

「俺はそれよりひっそり生きたい、知らない誰かにちやほやされるより大事な誰かとそばにいたい」


(主にピュアとな)


 私もよレオン。


「はあ!? 嘘をつくな! そんな綺麗事思うやつ言うわけないだろう?

 なあ!? お前だってモテたいだろう!? チヤホヤされてハーレム作りたいだろうよ!?」


(もう綺麗な口調作ってらんねぇえええ!! 腹たつ!! 綺麗事をそのままに生きていられるやつって大嫌いなんだよ。

 本当は心の中で計算ずくで、汚らしく雄臭いことばかり考えているんだろう? 

 どうせ聖女に媚びるためのキャラ作りなんだろ? くっそ腹たつこの魔王!! あああああああああ!! 死ね!!)


「危ない、レオン!」

「!?」


 唐突にソラは剣を持ち立ち上がる。私がレオンを突き飛ばしたため、レオンは無傷ですんだけれどビックリした。

 もちろん私も無傷。はあはあと荒い息を上げながらソラは歩み寄る。


「!! ピュア!?」


(嘘だ、そんな! ピュアが!) レオンが口を大きく開けて固まった。

 私も呆然として叫ぶことすらできない。嘘、でしょ!?


「ふふふ。せめてこの聖女だけでもボクが持って帰ってやる!! フハハハハ!!」


 もう自称勇者どころか完全に悪役の顔をしたソラが叫ぶ。怖い。


(そして、名声を手に入れるんだ! ボクが最強だってこの魔王様にも届けば魔王様も言いなりだろうしね!)


 私の首軽く絞めながら剣を私に向けるソラ。むせそうになりながら私はなんとか呼吸をする。やだ、死にたくない。 


「離せっ!! おい!! やめろ!! ソラ!!」


(ピュア! ピュア!! お願いだから死ぬな!!)


「やだね。こんな暗いお城は嫌だよねぇ。聖女ちゃん。さあ帰ろう? ボクと一緒に極限までにハッピーな世界を生きよう?」


(いい体つきをしている。うん、夜だけは満足できそうだ)


 うえええ。最低な妄想してるし。死ね。

 ゲラゲラと笑うソラはとても下品だった。私は足でソラの足を踏みつけるけれど、ビクともしない。

 ぐぬぬぬ。厚い靴を履いてるみたいで、腹たつ! しかもなんか高級そうだし。お金持ちなんだろうなあ。

 馬を持ってるぐらいだしね。なんか鼻につく男!! 絶対好きになれない!!


「私はレオンと一緒にいたいわ。アンタなんか大嫌いよ。ソラ」


 怯えながらも私は強く言い捨てる。泣きそうだ。つらい。


「おい! ピュアを返せ! 俺の花嫁を返すんだ!」

「フン、やだね。魔王様がボクについてくるだけじゃこの子は返さないよ。だって魔王様は魔力が強すぎて信用ならないからね」


(このデカすぎる身長に強過ぎる魔力、正直男として叶うスペックじゃないんだよなあ。魔王様って。

 まあスペックだけ無駄遣いの生ゴミ魔王様なんだけど、羨ましいよねえーできれば魔力吸えればいいんだけど、生贄に聖女を使わないといけないんだよね。

 それはそれで問題だしぃ……はあーどうしよぉー)


 舌打ちを露骨にするソラ。こっちの方が腹たつよ! クソー!! レオンを困らせないでくれないかな。ううう。


「は!? 俺と交換じゃダメなのか!?」


(最悪な状況じゃないか! どうする、俺。考えるんだ、どうにかしてピュアを無事に助け出さないと……

 普通の攻撃なんかしたらみんなが傷つく。こいつだって人間だ。いたい思いはさせたくないし、でも、でも)


 髪の毛をぐしゃりとするレオンは相当プレッシャーになっているのだろう。無理もない、私へ向かう剣は徐々に近づいていっているのだから。


「さあ! ボクに聖女を渡すと誓ってくださいよぉー魔王様ぁー」


 ネチャネチャと口の中で音を立てるソラは不愉快そのものだ。不気味な笑顔はソラが一応は美形という事実が逆効果になってる。

 オエッ。ちょっと視線を動かしたら口から涎が見えた。気持ち悪くて吐きそう。


「嫌だ! それは絶対に絶対に嫌だ!! 何があっても世界が滅んでもお前になんか大切なピュアを渡すものか!!」


 レオン! さりげなく私のことを大切って叫んだ!! キャアアア!! 照れるー!! そんな場合じゃないけれどテンション爆上げ。


「だぁってぇーボクの方がぁー聖女ちゃんを幸せにできますよぉ。絶対に。なぜなら魔王様。だってボク達は選ばれし人間のトップ同士、対等ですからね。魔王様は、ま・ぞ・く。生きる生ゴミ界トップの生き物! ボクと真逆の存在!! だってボクは超お金持ちだからー!!」

「俺の仲間を馬鹿にするな! 魔族だって生きてるんだ!」


 レオン……もしかして、レオン以外の魔族って昔滅ぼされたか移住したのかな。

 きっと私の知らないところで思い出があるんだろうなあ。切ない。


「フン、しーらないっ。ボク人間だし」「ピュアを離せ!!」

「こんなブス好みじゃないですよ。ああぁー、ごめん本音がついっ……て、うわああああ!?」


 その瞬間ソラの周りに光が溢れる。まるで涙のように水色の、粒々の光だった。そして。

 光終わるとそこには赤ちゃんに近い男の子が裸で座り込んでいた。あれ? ソラは?? ソラはどこに行ったの??


「ボクが赤ちゃんになっちゃった!?」


 え、ソラがレオンに魔法で子供にされちゃったの!? そんな魔法、予想外だよレオン。

 確かにこれなら何もソラは攻撃できない。レオンどころか私を倒すことすら無謀だ。


「ソラ。お前の全魔力とほとんどの体内の時間を吸った。もう二度と元の姿には戻れない」


 鬼のような形相でレオンはスパンと言い切った。涙を流しながら茫然とするソラ。「他人を馬鹿にしたり命を狙うのはもう二度とやめろよ、ソラ。それと」


 マジギレモードのレオンの魔力の強さに恐怖を感じる私。


「今度こそはちゃんとした教育を受けて真っ当に育つといいな。ソラ」


(やり直しができればいいな。誰でも間違いはあるからな)


 レオン、善人すぎる。どっちが魔王でどっちが勇者かわからない思考回路だなあ。

 はあ。これだから、善人を名乗る人は苦手だ。


「ううう。なんで、なんでこんなに強く美しくなったのにうまく行かないんだ」


(せっかくパパとママに土下座して借金ができるぐらいい顔や能力にお金をかけてもらったのに……ううううう)


「それにしても、顔、全然昔は違うんだな、ソラ。小動物みたいで可愛い顔をしている」

「!! う、うるさい馬鹿魔王!! バカ魔王の美形――!!」


(どうせボクは整形だよ! クソッ!! 天然美形は皆死ね!!)


「は? 俺は美形じゃない!」


 自分の美貌を理解していないレオン。そして泣きじゃくるソラを見て私は思い出す。

 村の人でこんなに美形な男の子はいれば私でもさすがに知ってるはずなのにおかしいなあとは思っていたけれど。


「あー! この顔知ってる! 村の奥に住んでる引きこもりの太った男の子の顔だ! 魔法で整形してたんだ!!」


「いうな!! 馬鹿ブス聖女!!」

「ピュアに暴言を吐いたな。よし、コウモリ。こいつを村に連れて帰れ」


(ピュアは可愛い! バカでもない! いい子だ!)


 すごく険しい顔でレオンはコウモリに命令をした。ソラが唖然とした顔をしたままコウモリにつまみ上げられる。

 うああ、首をつまむの!? 痛そう!!


「うわああああ!? 本気で戻す気がないのかよー!」

「ああ。当然だ。じゃあな。元気で」

「元気で、じゃないだろぉ」


 ギャンギャンうるさいソラは本当にそのまま裸の状態で窓からコウモリに運ばれて消えて行ってしまった。

 やばい、レオンって怒らせたらヤバいんだ。今度からも気をつけよう。そもそも怒らせる気は元々ないけれどね。

 でも。


 正直怒ったレオンのキリリとした表情は……かっこよくて惚れ直しちゃったな! なぁんてね!


***


 ソラが村に戻ってから数日。平穏な魔都は今日も私とレオンしかいない。

 魔獣はそこらへんウロウロしているし、コウモリから村の話はよく入ってくるけれど……

 平和って幸せ! 最高! 平穏ブラボー!

 庭掃除をやっているとレオンがひょこっとやってくる。


「おい! お前! ここは俺の庭だ。俺に掃除させろ!」


(こんな広い庭可愛いピュアだけにやらせれるわけないだろ!? 

女の子は部屋で休んでればいいのに、ピュアは働き者だから)


「はいはい、レオン。一緒にやろうね」


 どんどん強がり方が下手になるレオンが可愛い。「魔法で一発だ!」

「ダメダメ。魔力を無駄に使わない。いつ何があるかわからないんだから」

「ソラはもう帰ったが」


(あれ以降手紙も来ないし、村がソラを送り込んだに違いないな)


 だろうとは思ったけれどさ。なんて言うか、最低な村だよ。

 本当に、あんなところに生まれたのが嫌なぐらい。でもそのおかげで、レオンに出会えたんだけどね。えへへ。私って前向き。


「そうだけど、村関係だけじゃなくて、一緒に住むこの場所ぐらいどうにかしたいもん。花壇だけじゃなんか、他が荒れててバランス悪いし」

「……わかった。うわあ、嬉しいピュアとふたりで掃き掃除」


 レオン、本音が口に出てますよ。聞こえなかったふりしとこう。やばい。

 からすやコウモリが空を飛び回る。そんな中で私たちは掃き掃除をした。

 本当広い魔城だなあ。自然はいっぱいだし、昔はきっと他の魔族もいたんだろうなあ。

 すると、何か小さなものが前をよぎった。


「あ! いつもの猫ちゃん!」「にゃあ」


 トトトと前に進んでいく猫。そしてそのまま城の扉の入り口の隙間に入り込むんでレオンにもらっていた鍵で扉を開ける私。


「ちょ、勝手に中に入らないで! 待って待って」

「! おい、お前、掃除は」


 私に気づいたレオンが手を止めてこっちを見る。


(疲れたのか? 掃除をせずに休んでくれるのか? ピュア)


 レオンが慌てて私の後ろに飛んでくる。猫を追っかけた私たちは掃除を途中にして城の中に上がった。すると、外が大雨になった。


「教えてくれたのかな? 猫ちゃん」

「にゃあああん」


 褒めろと言わんばかりに鳴く猫。


「ありがとうね、猫ちゃん」


 ご機嫌な猫は尻尾を振る。撫でてやるとゴロゴロと大きな目を細めて鳴いた。可愛い。

 なので私はソファに座りその猫を膝に乗せた。レオンは外を見て驚いた顔をして猫を見ている。(その猫、予知能力でもあるのか? まあ、濡れなくて助かったが)


 レオンは猫に近づこうとしないままあったかい紅茶を私に入れてくれた。

 当然レオンの分もあるけれど、レオンは実は紅茶じゃなくハチミツの入ったホットミルク派なのだ。


 いつも自分の分を入れる時だけ、ホットミルクなので見ていて気づいた。

 紅茶の好きな私にいつも合わせるために飲んでいるのだ、と思うとほのぼのする。

 今度私からレオン宛にホットミルクを入れてあげたいな。なんてね。喜ぶかなぁ。レオンってば驚いて慌ててこぼしそうで不安だなぁ。

 そう考え事をしていると、


「きゃあ!」


 私のお腹に猫が入り込んだ。レオンがポカンとしている。


「コチョコチョしないでよ、猫ちゃんってば。あはははは」


 もう、イタズラ猫なんだから。そう思っていると猫がぐいぐい前に進もうとする。

 当然私の身体もひっぱられるわけで。転びそうになりながら猫の重力に従う私。

 気づいたら私はレオンの前にいた。そして。


「うわああああ!?」

「レオン!?」


 猫にレオンが襲われた。(かわいい猫だと思っていたが、何だ!? 変なところ入るな、やめろ)


「うわ、助け、いや、やめろ」


 猫がレオンの服に入り込み走り回っているのが見える。


 ぐるぐるぐるぐる。ヒョコ、シュン! ペロッ! チュッ!

 何だこりゃ。顔、上半身、下半身。どこに行ってるのかわからないぐらい素早い。


「あ、ああっ……んっ」


 悩ましい声をあげ始めるレオンに頭を抱えそうになる鼻血未遂の私。何これ、色っぽい。年齢制限つきそうな感じがする、やばい色気だよ……やばいよレオン。


(助け、いや助けるな触るな!ピュア!)


「はあっ……はあっはあ」


(でも、ピュアが同じ目に合わなくてよかった。色んな意味で耐えられない)


 それは私もそう思うけど。レオンの今の状態が刺激的すぎて私も結構つらいんだよね。

 ううう。この状態を何かで画像や絵に保存できればいいのに。

 だってすごい尊いじゃん。最高じゃん。


「にゃああん」


 猫が私においでおいでをする。


「来るなああ」


 真っ赤な顔でレオンが叫ぶ。


(無理、無理、無理)


 ブンブンと子供のように首を横に振るレオンは可愛い。


(体が、熱い)


「レオン、水持ってくるからね」

「あ、ああ」

「お待たせ、ってキャアアア! 猫ちゃんのせいでひっくり返ったじゃん!」

「……っ」


 物の見事に服が透け透けになったレオンの出来上がり。

 うわ、色気でこの世界を破壊できそうな感じになっちゃったよ!?


「やめ、見るなぁ。っておい、猫、動くな!」

「にゃ、にゃ、にゃにゃにゃ」


 楽しそうだね、猫。私もレオンのをタオルで拭きたい。けど、悲鳴を上げられそうなので我慢。

 タオルだけは持ってこよう。よし、持ってきた。ふわふわのピンクのタオル! レオンにふんわりとタオルを投げつける。


「レオン、はい!」

「にゃ!」


 すると、レオンが振り向く前に猫に突っ返された。この猫、何者。まるで人間か魔法使いみたいね。そんなのあり得ないけれど。


(何だ? この猫、普通じゃなくないか? 少し怖いぞ)


 それは私も思うよレオン。頭がいい猫っぽいけれど、ちょっと何がしたいのか不明で怖い。

 深く考えてないだけなのかもしれないけれど。猫だしね。

 

 と、その時。


「うわあああ!?」

(滑る滑る滑る!! このままじゃピュアにぶつかる!! ひいいい)

「きゃああああ!?」


 レオンが落ちているタオルを踏んで私にのしかかってきた。顔が違い。顔が良い。

 いやそれは前からか。下手すればキスする寸前で止まってホッとする私達。

 さすがにこのままキスしてたら歯が折れてた。それは困る。


「にゃあああ」


 なぜか嬉しそうな猫の鳴き声に私たちは同時に猫を強く睨む。


「猫!」

「猫ちゃん!」

「にゃあーん!」


 私たちが再度睨みつけた瞬間猫はシュンと消えた。足早! 

 もう見えないところまでいっちゃったよ。もうっ。いたずら猫め。


「あ、逃げた! 逃げたよレオン」

「もう構うな。面倒だ。それよりどけ!」


(胸があたってる! いい香りがする! 無理!)


「レオンが上なんだから退けないよ」


 体格差を考えてよ、レオンってば。身長差五十センチぐらいあるんだよ?

 しかも男女だし。まあテンパってるんだろうけれどさ。可愛いな。レオンは。


「腰が抜けてるんだ! 察しろ!」


(うううう、情けない)


 いや可愛いよ! レオン。レオンらしいよ。なんて声に出したら怒られることを考える私。


(すごく心臓の音が激しい、死にそうだ。無理、無理無理無理)


 レオンのドキドキというハッキリとした心臓の音が聞こえる。

 ああ。愛しいレオンの鼓動の音ってこんな感じなんだ。

 きっと私の方の音もバッチリとドキドキが聞こえてるよね。恥ずかしいな。

 窓から晴れあがった空の光が入ってくる。ああ。よかった。晴れたんだね。

 後で掃除の続きでもしよう。そう思っていると。

 バタンとレオンが倒れた。


「ちょ、重い、重いよレオン。ってあっつい!! 熱あるじゃんレオン!!」


(死ぬ、頭がポカポカする。のぼせてる感じがする)


「魔法で……ベッドに……俺は飛ぶ」


(すまないピュア、驚かせてしまって。魔力を掃除に使わなくてよかった。お前のおかげだ)


「わっ、消えた」


 私が驚いた後、冷静になりレオンの部屋に向かう事にする。

 濡れタオルとかを用意してレオンのヘアをノックする。返事はない。


「入るよ、レオン」

「う……」


(嫌だ。風邪をうつしたくない。来るな)


 そう言われても、私だって心配だし。来ちゃうよ。好きだもん。

 びしょ濡れの格好のレオンを放置できるわけがないよ。恥ずかしいけど着替えさせちゃうよ?


「レオン、水。タオル。ほら、せめて上半身だけでも着替えて」

「俺は何でもひとりで魔法で、できる」

「元気ない時に魔力減らさない」

「……っ」


(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい)


 その気持ちはわかるけれど!


「ずっと、そうしてきた。独りで生きて来たから、平気だ」

(どんどん好きになって裏切られて傷つくのは嫌だ)


「私がいる! これからはずっと私がいる」

「殺されるかもしれないぞ」


(お父様とお母様みたいに、俺を庇って死んでいったら嫌だ。耐えられない、無理だ、無理すぎる)


「私殺されない! 負けないし、レオンに守ってもらうし私だって強くなる位だもん!

 ずっと寿命までレオンと二人で生きてく。でしょう? 大好きな旦那様」


「ピュア……でも、俺は誰を倒したこともない、弱虫の魔王だ」


 レオンの言葉に弱音が混じる。


(お飾りの肩書きと無意味な魔力のせいでこの世界では弾かれてきた俺が、聖女なんかと夫婦でいいわけがない。

釣り合わなすぎる。世界が俺を恨むんじゃないのか? ごめんなさい、ごめんなさい)


「大丈夫だってば、レオン」


 私は熱いレオンの頭をそっと撫でた。大きく頭に生えたツノがしょんぼりして見えるのは、気のせいじゃないとおもう。


「ピュア、どこにも行くな」

(でも、ピュアと離れ離れにはもうなりたくない。

ピュアがいれば、他は我慢出来るけれど、逆にピュアがいないと無理だ。

また俺の世界は暗闇に落ちる、大好きだ、ピュア、口で言えなくてごめんな)


「行かないわよ!」 ハッキリと私はさけんだ。レオンが目を見張る。


「ピュア……ピュ、ア」

(ひとりぼっちはもう嫌だ。お別れは怖い、怖い、怖いよピュア)


 空な目で私を見るレオンは、捨てられるのを怖がる子犬のようだった、


「大丈夫だから、着替えておやすみなさい」


 珍しく私の名前を沢山呼ぶレオン。熱で虚勢が張れないのかもしれない。目が潤んで、顔も赤い。

 息も荒くて、さっきの色気はそのせいもあったのかもしれない。

 うつらうつらするレオンの服を恥ずかしさを割り切り着替えさせる。程よく引き締まった体には切り刻まれた傷跡が沢山見えた。

 きっと村人か勇者のつけた傷だろう。可哀想に……。


「すぅぅ……んー……」


(ピュア、大好き……ずーっと俺のそばにいて)


「……レオン」


 きゅん……! 可愛い!!


(いなくなちゃ嫌だぞ、絶対嫌だぞピュア。俺頑張るから、何でもするから)


 小さな寝息を立てたレオンから、可愛らしい心の声が聞こえて私の口角が上がる。

 はあ。なんでこんな魔王を魔王の子供ってだけで襲ったんだろうか。本当に人間って自己中で強烈にエグい。 自分達だけが幸せなら他の種族の気持ちも考えない。魔族だって生きてる、って考えないんだろうなあ。

 他の村の人達はどうかしらないけれど、国で一番でかい村だから人数だけは多い私の村。

 だから大体が私の村が多数決では有利で主導権を握っていくあたり本当に多数決って腐っていて面倒だなって思う。


 そんなのが普通になっている世界で、魔族なんて超マイノリティな立場じゃ辛いに決まってる。

 でも、私はその奥様。王女。ううん、たとえそうじゃなくても私はレオンが大好きだから味方になるよ。

 決まってるじゃん。だから私はここに来たの。


 レオンの横に私はそっと寄り添う。塞がれた瞼の隙間から涙が一筋、レオンから流れる。

 大丈夫。レオンはひとりぼっちじゃない。絶対に私がひとりぼっちになんかさせない。

 なんだか私まで頬が熱くなって来て、眠くなる。


 だから私はレオンの大きな手を握り締め、微笑んだ。


「レオン、大好き、ずっと好き」

「俺も……ピュアが好き。大好き」


(……絶対に先に死ぬなよピュア。俺が最後まで見守ってやるからな。ピュアに俺のような寂しい思いは絶対にさせないんだ)


「私は世界一大好きだよ、レオン」

「俺も、俺も……んー……好き、大好き」


 寝言だとわかっていながらも嬉しくて私はニコニコする。


「おやすみなさい。大好きな旦那様のレオン」


 私はボソリと呟いて目を閉じる。

 そして、崩れ落ちるように私は夢に落ちた。

 夢の中での私は、いつもより素直に喋れるようになった大人のレオンといた。

 そしてそのレオンとの間に沢山の子供をもうけて、幸せそうに青空の下で皆で沢山笑っていた。

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