第6話二章 愛され聖女はヘタレ魔王様に守られる①

「ピュアの両親がピュアの個人情報を全てあちこちに流したと言う情報が入った」


 カレーを食べながら、レオンが冷たい声で言った。


「え……? お父さん達が?」


 嘘、そこまで腐り切ってたの? クズだとは思っていたけれど。


「幼馴染が止めたそうだが、無理だったそうだ。以上これは偵察のコウモリ情報だ」

「嘘」


(かわいそうなピュア。俺がそばにいるからな)


 口では嘘を言いつつ、どこか納得する私がいた。どうせお金をちらつかされたのだろう。

 そうだとしたら納得だ。昔から愛よりお金の家族だったから。はあ。


「なお、国は個人情報の受け取り行為自体を拒否したみたいだけれどな。そう言う行為は最低だから、と」


 なるほど。国はまだまともでよかった。確か前魔王を殺したのも国とは無関係の村の独断で揉めたとは聞いたっけな。


「そうなんだ、レオン」

「ああ。国は村を怪しんでいた」


(村人は隠蔽工作がうまいらしい。最低だな)


 うん、知ってる。あの人たち腹黒いから、そういうの上手いよレオン。


「どうにかしてくれないかなぁ」


 思わず本音が漏れる私。慌てて口を抑えるも間に合わず。


「無理だろうな。この国は大きすぎる」


 よかった、レオンが俺がやるとか言い出さないで。

 村との戦いは正直無謀すぎる。人数があまりにも違うし、勝っても国から恨みをかって追い出されかねないからだ。

 結局こっち側は魔族だし、人間じゃないしね。


 この国はどの村も戦争はしていない平和な国だけれど、それでも広いのよね。

 だから全部の村を敵に回せば、私たちは殺されるだろう。はあ。人間と魔族ってだけで命の重みに変わりはないのになあ。理不尽だ。

 人類皆平等なんて嘘っぱちだ。正直は美徳だって嘘だ。本当、疲れるこの世界にレオンがいてくれてよかった


「はあ」


 つい、私はため息をつく。あ、やばい。レオンと目があった。


(ピュアもう俺が嫌になったのか? 疲れたのか? 何か癒されるスープでも作るか)


 やっぱりな展開に心が和む。ああ、なんて優しい私の旦那様。


「おい! 少し待ってろ! 俺が飲みたいスープは大量に作らないと上手くならないから、消費を手伝え! いいな!」


(確かハーブを煎じたら美味しくて疲れが取れるスープができたはず、あとは魔法をかけて匂いを強めれば……

 ピュア、喜んでくれるといいけれど。ああ。なで素直に飲むかきけないんだろう俺は)


 少し不安そうなレオンに私はニッコリ頷く。


「はいはい。待ってるから作ってね?」

「フンッ」


 そういえばこの前暑い中レオンは薬草だとかハーブを集めていたっけ。

 山盛り持って来てしかも珍しいものだらけでビックリしたけれど、それって私のためでもあったんだなぁ、本当そういう気遣いは嬉しい。

 たまに美肌のスープや紅茶も入れてくれるし。本当レオンって不器用だけれどいい人。そしてとっても可愛い人。


(作り置きに紅茶も作ろう。少しでもピュアがリラックスできる空間を作ってあげないとな) ああ、神様。レオンのご両親様。今日もレオンの心の声は純粋です。癒し癒し。


「絶対にピュアを返しはしない」


 ボソリともれたレオンの独り言にドキリとする。

 その後、あったかいスープをレオンから大量にいただいて、私はお腹いっぱいになって幸せに読書を楽しんだのだった。


***


 食料がそこそこ尽きてきた。コウモリのお使いでは流石に限度がある。

 だってレオンは大食いだし、私もまあ育ち盛りだし。

 衣服とかそういうものも結構くたびれてきて買い替えたいところ。


「パジャマボロボロになっちゃった」


 私はため息をついて鏡の前に立つ。


(あ、ピュアだ。今日も可愛い。けれど、パジャマがくたびれてるな)


「おい、お前、何か欲しいものはないか」

「あ、レオン、おはよう」

「ん、おはよう。俺はそろそろ城にいるのに飽きたから村に降りようと思うのだが」

「!? 危ないよ! やめなよ! レオン! 駄目だよ」

「俺は魔王だ。問題ない」


 いやいやいや。魔王でも拳銃とか色々使われたらヤバイし。


 何よりレオンのビビリさと優しい性格と小心者さで何ができるって言うの? 

 絶対捕まってしまうに決まってる。危ないってば。


「パジャマなんかどうでもいい! 私くたびれたパジャマ大好き! 着易いし」


 私はわざとらしく鼻歌を歌いながら踊った。レオンが目をパクチリさせて私を見る。


「そうか? くたびれた服がいいなんてお前変なやつだな」


(本気で言ってるのか? ピュアは。気を使ってるじゃないのか?)


 嘘だからね! うん! でも気づかないでほしい。それがレオンのためだから。

 レオンが死んだら私、耐えれるわけない! 私だって死んじゃうよ!


「うん。この服以外着たくないー」

「はあ」

「何より、私レオンと離れ離れになりたくないの」

「!? はあ!?」

「お城でふたりのんびり一緒にいられなくちゃ、死んじゃう!」

「はあああ!? なんだ、それ、なんだ」


 大混乱中のレオンは真っ赤だ。可愛い。私はレオンに絡みつくように抱きつく。


「行かないって言うまで離さないからね?」

「っ!? 行かない! 絶対村には行かない!! 約束する! だから!! もう離してくれ!!」


(鼻血が出そうだ、恥ずかしい、ドキドキする。死ぬ! 俺の方がこのままじゃ死ぬ!! 無理!!)


 手足をバタつかせ逃げようとするレオンを私はさらにギュッと抱きしめる。


(胸があたってるーー!! どうにかしてくれ、俺がどうにかなりそうだ)


 恥ずかしいけれどここまでしないとレオンを信用できない。かなり私を疑う目で見ていしパジャマに同情していたし。「拒否。信用できない」


 眉間に皺を寄せレオンを見上げながら睨む私。

 本気を出せばこの体格差だからすぐにレオンが勝つに決まってる。男女だし。

 それでもレオンは女の子に本気の力を出すことはまずない気がするけれど。


「はあ!? 何でだよ!! 離せーー!!」


(あわわわわ!! キリッとした顔のピュアもかっこよくて可愛いな)


 騒がしいレオンの唇を塞ぎたい衝動に駆られるけれど、我慢。さすがにそれはやあい。私も鼻血を噴き出すレベルだ。


「一緒におしゃべりしましょ。レオン」

「ううううう」

「そういえば、コウモリからの伝言ってこの前のだけ?」

「今のところは怪しい動きはいっぱいあるとしか」

「いっぱいって! なんで詳しく調べられないの!?」

「魔法で心の声は読めないからな」

「うっ」


 その言葉、私にはすごく痛い。私が村へ行けば一発で心読みの力を使って全てを探れるんだけれど……

 そんなのレオンが許すわけないし。でも、レオンを守りたいよ、私。

 ザザザと森の木々が揺れる音がした。不穏な雲の動きに、大量のコウモリたちが一斉に飛び立つ。嫌な予感しかしない。


「コウモリが、誰かがやってくると言っている」

「え、嘘、レオン」

「嘘じゃない。急げ、隠れろピュア」

「隠れないわよ! レオンの側にいる」

「!? 危ないだろ! 俺じゃお前を守り切れる自信がない!」

「いいから! レオンが側にさえいてくれれば私は幸せだし、満足だから!」

「噛み合ってないぞその返答1」


 わかってる。レオンもめちゃくちゃにテンパっていて心の声が聞こえないぐらいに焦ってるし。雷の音がドオオンと響いた。

 ああ。来る。絶対もうすぐやってくる。嫌な来客が。私は慌ててレオンの手をギュッと握った。

 震える大きな掌に、願いを込める。どうか、ふたりとも無事ですみますように。

 ガランガランと門をくぐる音がここまで聞こえるのは、バリアの力のおかげだろう。

 それ以上中には入れないはず、なのだけれど……レオンが魔法を使い、外の様子を探る。


「知らない空色の髪の毛に桃色の瞳を持つ若い男がひとり、馬に乗っている。ピュアの知り合いか?」

「そんな知り合いいないわ。何者かしら」

「金の細い怪しげな冠をつけていて、ゴツい剣を持っているし、勇者じゃないか。多分こいつは魔法も使えるだろう。魔力を感じる」


 勇者。そのフレーズだけでレオンはビクリと怯みながら言った。

 無理もない、両親を殺したのも別の勇者だ。嫌な思い出しかないだろう。


「追い返そうにも魔力が強過ぎて風で飛ばしたりはできないようだ」

「嘘、そんなに魔力強いの!? その勇者は」

「人間にしては相当な数値だな。小さな村ひとつぐらいならばその魔力で簡単に破壊できるだろう」

「レオンの魔力よりは低いのね。よかった」

「よくない。お前は無力だ」


(俺はピュアを守ることしかできない。戦いは未経験だし血を見るのも嫌だ)


 予想通りのレオンの心の声に、不安になる。これって最低最悪の事態なんじゃないのかな。

 勇者がひとりで乗り込んできただけマシか。仲間がいればもっとやばかっただろうし。

 「ただ、勇者が出たって話は聞いてない」

「え? そうなのレオン」

「ああ。多分自ら名乗り出たのだろうな、この勇者っぽい奴は」


 ぽい、と言う表現に少しホッとする私。なるほど、こいつは本当の勇者ではなくて自称勇者か。

 しかも何かレオンが見せてくれる映像を見ると何度も鏡ばかり見てるし、この自称勇者、ナルシストバカなんじゃないのか? 

 まあ、ナルシストさと実力は別物だろうけれど。身長はまあまあ大きいが正直男性にしては華奢だし。だんだんこっちも力が抜けてきた。すると。


『我が名はソラ。新しき勇者。中に入れてくれないか、魔王』


 突然大きな声が空から降ってくる。なるほど、これもソラと言う自称勇者の魔法だろう。私とレオンは顔を見つめ合い頷く。


「とりあえず話し合いできるか入れてみよう、レオン」

「ああ」


(なんだか不安さが抜けてきた。ピュアがいれば、もしかしたらうまくソラってやつを無傷で帰せるかもしれない)


 優しいレオンの想いに癒されながら私はため息をついた。


「行くぞ、転移魔法を使うからお前は下がってろよ」

「うん、レオン」


 レオンが大きな魔法を使う。ギュン、と言う音に眩い紫の光に目を細める。よし、何かが見えた。そろそろソラが飛んでくる。


 けれど。

 物事はそんなにうまく行かないのである。当然といえば当然なのだけれど。

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