第5話一章 偽りの少女と臆病な魔王の不思議な出会い⑤

***


 目が覚めた。私は裸でレオン抱きしめられていた。私は死んだ。

 ……え? あれ? 夢じゃないの? これ、夢じゃないの!?


「きゃああああああ!?」


(起きた! よかった、ピュアは意識を取り戻した)


「え?」


 パチクリと目を開く私の前には真っ青な顔のレオンの顔のドアップがあって。

 完全にギャン泣きである。大号泣で見てる私の方がビックリである。


「ピュア! お前、湯煎でのぼせて」

(ドキドキして裸なんか意識してられない。でも、胸元のアザは怪我なのか、それだけが気になる。ハートの天使の羽のようなアザ)


 大混乱のレオンは私をお姫様抱っこし始める。そして近くのタオルに私を包んでくれた。

 そういえば、ここ浴場だ。着替えもあっちに置いたままだから、早く着てあげないと純情なレオンが大変な事に……。


(頭は打ってないようだったから、大丈夫だとは思うが。今度は冷えてしまわないか不安だな)


「……え? レオン、私のぼせてたの?」

「ああ。のぼせてた! 別に! 俺はお前なんかの裸を見たくて飛んでいったわけじゃないんだからな!」

(死んじゃうかと思って不安だったんだ。ごめんなピュア)


 私は立ち上がれる様子だったのでタオルを持って立ち上がり慌てて着替え始まる。

 いつもの部屋着のワンピースに着替えてため息をつく。そういえばレオン、胸元がどうとか言ってたなぁ。

 そしてさっき、どこからかネットリとした視線を感じた。怖い感じの視線だった。村からの観察者かな。そう思うとゾッとする。


「このアザ、ねぇ」


 鏡に映る私を見て私はつぶやく。おばあちゃんが何度もこのアザは隠すべきだと私に言い続けたアザだ。

 私は可愛くて綺麗だと思ってるんだけれど、なんか危ない意味を持つらしい。


(ピュア、もう着替えたかな。俺も早く出たい)


「レオン、もういいよー」

「ん、ああ」


 レオンが私の胸元をチラチラ見る。ああ、なるほど。「私のこの天使の羽みたいな胸のアザについて、レオンは何か知ってるの?」

「ああ。文献で読んだことがある」

「文献?」


 私は首を傾げてレオンに近づく。レオンが明らかに怯む。


(うわっ、ピュアが近い。いい匂いがする)


「両親と読んだ、不思議な能力のある人間達の文献に、このアザも載っていたんだ」


(ピュアと初めてこんなに長く話した気がするぞ。緊張して毒を吐かないか不安だ)


「このアザが? 魔王がなんでそんな文献持ってるの?」

「お父様の趣味が人間を知る事だったんだ。いつか仲良くしたかったんだろうな。そう思うと切ない」

「そうね。私もそれは悲しいと思う」


 お父様の書庫には、人間関係の本がいっぱいあった。それは古い文献から最新の学書もあったしどれもしっかり読み込まれくたびれていた。「俺は別に、人間なんか興味なかったけどな! フンッ」

(だってみんなが石を投げたりするから怖かったんだ。仲良くしたいって歩み寄れば怪我しそうだったし)

「まあ、それはどうでもいいのよ」


 そっけなく私は言い捨てる。レオンが凹む話題はなるべく避けたい。


「いいのか」

(よかった。話題が変わった)


 あ。やっぱりレオン、話題変えて欲しかったのね。


「文献に寄れば、私のような存在の血を飲むと永遠の命が手に入るとか……

生まれつき不思議な能力もあるとか。私にはそんなのはないけれど。数百年に一度生まれるっていう伝説の存在だって。大袈裟だよ。私は絶対にそんな存在じゃないよ」


 やばい。私の心の声について文献では触れてなくてよかった。

 もしバレたら一大事だったし。レオンと離れ離れ大決定な事態になるには絶対に嫌だからね。

 レオンと紅茶を飲みに部屋を移動する。

 文献を私は手にしたままだ。レオンが丁寧に紅茶を淹れてくれるのを待つ。いい香りが漂ってくれて癒されてくる。

 あんまり能力について考えないようにしよう。考えすぎると嫌な将来を塑像して怖くなってくるし。


 そう思った時。カタン、と何かが落ちる音した。

「手紙かな」


 私がそうつぶやくと魔法で手紙をレオンが呼び寄せた。


(何か、俺宛に村長から手紙が来た……嫌な予感しかしない)


 ブルルと小刻みに震えるレオン。そして勢いよくそのまま手紙を握りつぶす。


「何も来てない」

「いや、嘘つかないでレオン。抱きつくわよ」

「手紙が来てた。俺にピュアを返せと」


 引き裂いた手紙が風に飛んでいく。レオンの瞳は怒りに満ちていた。


「は? 何で?」


 私だって納得がいかなくて首を傾げる。


「あちらも文献を見つけて、ピュアの正体に気が付いたらしい」


(だからって今更、自分の利用価値を見つけたからってピュアを悪用する気だろう!? 最低な奴らだ)


「今更そんなご都合主義な理由で帰るわけがないじゃん。私、レオンのそばにいるわ」

「帰れ。お前の居場所はあっちだろう」


 突き放すようにレオンは強く言った。いつもとは違う鋭い目つきで私を睨みつけている。怖い。


(きっと俺は殺されてしまうし、ピュアも危ない目に遭うだろうから早く平穏な村に帰るべきだ。そして皆と仲良くできるならして、人間の素敵な旦那さんと再婚するべきだ)


 レオンは私と目を合わさない。


(昔みたいに、人間の輪に入ろうとすれば、俺は迫害されるんだ。

素直に褒めれば魔法がこんなこと言うわけがないって笑うんだ。

それに村にピュアを返せばピュアが傷つくこともわかってる、けれど、けれど! 

人間に魔族との結婚は苦痛に決まってる。それよりはきっとマシなはずで……!)


 大混乱のレオンの頭の中に私も困惑する。レオン的には私が帰りたくないのも帰らない方がいい状況なのもわかっているのだろう。

 けれど、強がりと恐怖で私を返そうとしてしまうのだ。


「レオン、私は帰りたくないんだけど」


 私の部屋にズカズカと向かうレオンは、私がこの魔城に連れられてきた時に荷物を入れてきた大きなカバンを持っていた。

 ああ。無理矢理にでも私を村に戻らせる気なのだろう。


「私はレオンのそばにいたいの! お願い! 側にいさせてよ……」


(あり得ない。そんな俺の理想通りな展開、都合が良すぎる。俺なんかが幸せになってはいけないはずだ。全て魔王に生まれた俺が悪いんだ。だから、今までこんなに不幸だったんだろう?)


「嘘をつくな! 俺なんかとお前がそばにいたいわけないだろう!?」


(嫌気がする。人間に何か期待をして裏切られるのも、傷ついていくのももう嫌だ。

俺はもう、あんな思いはしたくない。だから本音も言わない。言えない。無理だ、俺には皆みたいな生き方はできない。)


「ピュア」


 震える声で、レオンは私を呼んだ。


(人間じゃない、魔王に生まれてしまったから……幸せが怖いんだ。こう言う時いつも幸せと恐怖で頭がパニックになる)


「本当にお前はここにいたいのか。俺のそばが苦痛じゃないのか」

(ごめんな。素直になれなくて本当にごめんな、ピュア)


 レオンの声が裏返っている。涙も瞼に溜まっている。


「私は! 村が嫌なの! 貴方の方が好きなの! わかってよ! レオン! 

 私は村に戻りません。だから、レオン、私を村人から守ってください!!」

「お前を、俺が守るのか」

「ええ。だって花嫁でしょう? 私」

「それは、そうかもしれないが」


 口の中をモゴモゴさせるレオン。(ピュアが望むなら……俺は何としてでもピュアを守る)


 ギュルルルルル。何か凄まじい異音がした。レオンの目が黄金に光っている。

 背後には、闇を背負って激しい勢いでどんどん威圧感を放っている。

 その闇は、私とレオンを優しく照らす。

 闇なのに、優しいと言う表現は普通ではしないと思うのだけれど、私には優しいとしか表現できなかった。


 体の中が温かくなる感覚がする。周りにコウモリが集まってくる。


「お前には護衛のコウモリをつける。何かあれば、すぐに伝達するか叫ぶように。そうだな。この魔石を渡す。だから下手に動くな迷惑だから」

「この宝石は……ルビー……? にしては赤くて黒い、変な色をしているけれど」


 ギラギラして、飲まれそうな魅力的な光り方をした宝石に、私はため息をついた。ペンダントになっていて、つけるととてもヒンヤリしている。「違う。ルビーに似た別のものだろうな。故人の血液と涙を固めてできるんだが、捨てたりするなよ?」

 ヒッと叫びかける私。やばい、さすが魔王が差し出すアイテム。禍々しいたらありゃしない。

周りはきっと金だろうと思われる。

 ギラリと光って重圧感のあるデザインで、王族が持つにふさわしい感じだ。

(お父様とお母様が残した俺の未来へのお守りだ。どこかの王族に仕えるものからもらったとかどうとか。

 きっとピュアを守ってくれるだろう。それに、俺がピュアを絶対に守る。言えないけれど。本当にひどく情けないな俺)

 唇をかみしめて俯くレオンは儚げでとても美しかった。

 

 レオンは悪くない、と言いたいけれど、それを言ってしまえば心の声が聞こえる事がバレてしまうため、私は押し黙る。

 外を見ればまたあの猫がやってきていた。「にゃあ」

「こんにちは、猫ちゃん」

「にゃああん」


 猫が口に何かを加えているので見てみると、手紙だった。


「拾ってくれたの? ありがとう。嬉しいわ」


 嫌な予感しかしないその手紙を私は受け取る。


「にゃん!」

「あ。行っちゃった」


 ピョンと跳ねてどこかへ消える猫を見送って私はため息をついた。

 そして手紙を不安になりながらビリビリと開封していく。


 その中身は。


「私を絶対取り返すから覚悟しろ? 魔王を殺してでも? はい? 今更何都合のいい事を言ってるの?? ねぇ。レオン」「…………」

「レオン?」

「あ? ああ」


(最低な村人達だな。ピュアを人間として見てはいない。完全に都合のいい道具じゃないか。

許せない。絶対に許さない!! ピュアは絶対に俺が守る。だから安心しろ、なんて言えないぐらい俺は弱虫だけれど……あんな村滅びてしまえばいいのに!!)


 レオンの心の声に完全に同意。両親がいるとは言え、あの村の汚い雰囲気はもう関わりたくもない。

 昔勇者を輩出したと言う、その過去への奢りだろうか…幼馴染ぐらいは助け出したいものだけれど……。


 あの子はそこまで心がドロドロしきってはなかった。

 むしろ村に馴染めてなかったレベルだ。だから私はあの子のそばにいたがったわけで。 あの子は今どうしているだろう。引き抜いてくればよかった。執事が欲しいだの、適当な言い訳をつけてでも。


 かわいそうなあの子。あの極悪非道な村の中で、真面目に働き続けているのだろう。

 魔力のあるものしか、学校には行けないから私やあの子は年齢が上がればすぐに働かなければいけない。

 一応図書館はあるし家庭教師を雇えるものはそうするけれど、私もあの子も平民の中の平民だったし。

 そんな裕福な家庭みたいなことはできるはずもない。


 ここにきてから、私はレオンの書庫で頭は少し良くなったとは思うけれど。

 まあ、それは置いといてだ。粗悪な学習状況の村ではバカが量産されている。

 そして親の思想が当たり前に広まっていく。最悪な負の連鎖が行われているのだ。

 他の村はもっと進んでると聞いたことすらあるのに、怠慢がすぎる。


 過去の栄光に縋り付いて、何もしないで威張ってばかりの村人達。

 本当に最低だ。

 なんだかんだで謙虚なレオンとは対照的すぎる。


 だから、私はレオンが大好きなのだけれどね。「レオン?」

「しばらくお前は外に出るな!」


 私を突き飛ばす勢いでレオン私の肩を叩いた。


「え」

「お前が面倒に巻き込まれたら俺が迷惑だ!」


(嫌だ! 嫌だ! 絶対に嫌だ!!)


「城から絶対に、何があっても出るな!! ピュア!!」


 強く強く血を吐くようにレオンは叫んだ。


(ピュアを失うなんて生きれなくなるに決まってる。絶対無理だ。

 だから、悪いが引きこもっていてくれ。

 どうにかしてピュアを守る方法を模索するから「レオン?」

「しばらくお前は外に出るな!」


 私を突き飛ばす勢いでレオン私の肩を叩いた。


「え」

「お前が面倒に巻き込まれたら俺が迷惑だ!」


(嫌だ! 嫌だ! 絶対に嫌だ!!)


「城から絶対に、何があっても出るな!! ピュア!!」


 強く強く血を吐くようにレオンは叫んだ。


(ピュアを失うなんて生きれなくなるに決まってる。絶対無理だ。

 だから、悪いが引きこもっていてくれ。どうにかしてピュアを守る方法を模索するから)


「あ、うん」


 なるほど。レオンなりに私を守ろうとして大混乱中なのか。キュン。


「大丈夫だよ。私はお城の中でゆっくりしてるから。安心して」

「騒いだりもするなよ!」


(いつ何があるかわからないんだからな! 気楽そうだけれど気をつけろよ! ピュア!)


 私は少し嬉しくて笑いそうになるのを堪えた。


「ええ。もちろんよ。お料理だけはさせてもらうけれど」

「……絶対だぞ」


 怖い声を出しても、レオンの目は涙目で可愛い。

 挙動不審で落ち着かなくて、私の方から抱きしめてあげたいぐらいだ。

 レオンは絶対悲鳴をあげるだろうから、しないけれどね。


「はぁ、どうなるんだか」


 私は思わずつぶやく。レオンは唸りながら頭を抱えている。

 こうして私は、自分の正体を知った。


 そして、ややこしい事態にさらに巻き込まれることになって行くのだった。


 それは好きだからとかじゃなく、人間性の問題からの評価だ。

 他の村の人間はもう少しはマシなんだろうか。ちやほやされ甘やかされた私の村の人々は、特殊なんだろうか。

 そうであって欲しい。


 私はまな板と包丁を出して料理を始める。レオンの城に元からあった大きな鍋は、使い込まれていてどこか哀愁を感じる。

 きっとレオンと家族で美味しい料理を食べるときに作ったんだろうなあ。レオンは大食いだから、昔から沢山作っておかわりしたんだろう。

 私の料理もおかわりしてくれるようになったし。

 心を許してくれた感じがしてすごく嬉しい。ほのぼのする。


 グツグツと音を立ててカレーを煮込みながら味見をする。この身を狙われていながら、呑気な私。だってレオンがそばにいるから、絶対大丈夫って確信があるから。全くもって怖くなんかない。むしろ何だかお姫様みたい。王女なんだけどさ、実際。今だにその実感はないけれど私は魔王のお嫁様なのだ。


「ん、美味しい」

 良い匂いが厨房に立ち込める。アクを取ったりせっせと料理を続ける。すると、窓からレオンが見えた。

「あ……」


 どうやら何かバリアを張ってくれているらしい。険しい顔で魔法をあちこちにかけ続けている。

 絶対この広い魔城にバリアなんかしんどいに決まってるのに、私への愛が溢れてすごくキュンとした。

 心が甘い気持ちでいっぱいになるのがわかる。


「よし、帰ってきたレオンにご馳走を振る舞えるように頑張ろう!」


 だから私もカレーをしっかり美味しく作り、隠し味にチョコレートを入れてニッコリした。

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