第3話一章 偽りの少女と臆病な魔王の不思議な出会い③
***
あれからレオンはずっと悩んでいる。
広い城の中を迷子のように彷徨いながら唸り声を上げては立ち止まり、考え込むのだった。
(別に俺は頼んでいない生贄なんかもらっていいものか……でも、俺はピュアが来てくれて嬉しいし、返したくはないし。ううううう)
こんな心の声がいつだって聞こえてくる。それを聞きながら私はお城のお掃除をしたり、奥様家業に勤めている。
当然、お布団を干したりするためにレオンの部屋にも入らせてもらった。
中は質素で何もなくて逆にビックリした、その代わりに書庫はあって、そこにある本はいつでも読んでいいと言われた。
ひたすら広いお城の中には開けてはいけない部屋があって、そこはレオンの両親の生前の部屋らしかった。
思い出が詰まったままのその部屋を覗いてみると、綺麗に片付いてはいたので、レオンが手入れをしているのだろう。
切なくなりながら、私だけは勝手に消えないでいたいと思う。
「おい! あんまり城を徘徊するな!」
動きやすくて可愛いオレンジ色のワンピースを着て私は城中を自由に徘徊していた。手にはほうきとチリトリを持って。
(そんなに気を使わなくてもいい。ただくつろいでいればいいんだぞ、ピュア。俺は何も恥ずかしくて優しくしてやれないから、こんな場所に飽きてしまったか)
「ごめんなさい、このお城広くて楽しいし、掃除し甲斐があって! 私掃除大好きなの!」
「嘘をつくな!」
心配そうな表情が丸出しにしながらレオンが怒鳴る。全然怖くない。
(なんて優しい女の子なんだ)
レオンの方こそ、と言いたい気持ちを私は抑える。私の名前とレオンの名前を取り替えてあげたいぐらいだ。これじゃあまるでレオンの方がピュアって感じじゃん。私の名前負けっぷりってないよ。はあ。
「余っていたお茶がある! 腐る前に飲め!」
プイッとそっぽを向いているけれど、髪の毛の隙間から見える耳はやっぱり赤いレオンであった。私はニマニマするのを堪えきれないまま掃除の手を止める。
「はーい! ありがとうレオン!」
大きな声で、逃げるように離れていくレオンに向かって私は叫ぶ。
「フンッ」
言われるがままに紅茶を飲んでみる私。うん、上品で癒される香り付きの紅茶は、前はなかった気がする。何処かから手に入れたのか、探してきたのか。いつの間にかカップやソーサー達も新しくなっているし。人間達のいる場所に行くのは怖いだろうしレオンは私のためにひとり隠れて行ったのだろう。レオンが優しすぎて胸がキュンキュンする。ああ、愛しや愛しや。
そういえば、レオン足元ふらついているけれど大丈夫かな。不安になって私はレオンの前に飛び出す。
「うわあ!? な、な、なんだ! お前! 急に俺の前に飛び出てくるな!」
するとレオンの顔が真っ赤になる。けれど、問題はそこじゃない、目の下に明らかなクマがあるのだ。
(ピュアが怪我するところだったじゃないか。ああ、眠い……最近ピュアがいると思うと寝れないんだ)
「! レオン、寝てないの!?」
「なんでわかった!? あ」
慌てて口元を押さえるレオン。いや、目の下のクマを見れば誰でもわかるというレベルなんだけれども。そして崩れ落ちるように倒れ込んだレオンに私は駆け寄る。
「ベッドに行こう。レオン」
「自分で立てる! 手を引っ張るな!」
(俺と体格差を考えろ! ああ、でも眠い)
グラグラと揺れるレオン。とっさに手を強く握り締める私。レオン、悲鳴をあげかけ目を一気に覚ます。
「一緒に部屋まで行ってあげるから、早く行こう」
背中を強く押して、前にレオンを進ませる私。
窓からチュンチュンと鳥がからかうように可愛くさえずっていた。「…………」
(すまない、今の自分じゃ意識が朦朧としすぎてひとりで行ける気がしない)
眠そうなレオンの手を引いて私はレオンの部屋に向かう。生まれたての子鹿のような足取りのレオンは、やっぱり重たい。けれど一生懸命起きていようとするレオンは、なんだか凄く保護欲が湧いてキュンキュンした。守りたい。
「ついたよ、レオン、はい、横になって」
グイグイと手を引っ張りレオンを座らせる。
「ん……」
(ありがとう、ピュア。ああ、でも不安だ。眠るのが怖いんだ。両親の夢を見る日がどんどん増えているんだ)
「大丈夫、そばにいるよレオン」
私はレオンを横に寝かせて、隣にポンと座った。そして手をギュッと握る。暖かくてごついその手は紛れもなく男の人のものだった。
次第にトロンとしてきたレオンの横に、私も眠くなり横たわる。
柔らかなベッドに、手入れされたタオルケットだとか、レオンの几帳面な性格が出ている寝具に包まれて、私は夢を見た。
レオンの横に立って、私は綺麗なドレスを着ている。
レオンは白いタキシードを着て、優しく笑っている。手には赤い薔薇の花束を持ってにっこり笑い合う。
青い空の下で、花だらけの結婚式会場に、レオンの両親らしき人が笑って私を見いている。
レオンによく似た背の高い温厚そうなお父様と、小柄で美形の優しそうなお母様。ゆっくり歩いてきて、私の手をそっと握るふたり。
「君が、レオンの花嫁になってくれるんだね。わたしはレオンの父だ。我が子をよろしく頼む、ピュアさん」
「こんにちは、ピュアさん。あたしはレオンの母親よ。レオンを選んでくれて本当にありがとう。不器用な子だけれどよろしくね」
心の声が聞こえないふたリはどうやら死者に間違いなかった。よく見ればふたりとも身体がうっすら透けている。
「わたし達はレオンを残して殺されてしまった。レオンにはずっと辛い思いを独りきりでさせてしまった。レオンはいい子だから、理解してあげてほしいんだ。君は心の読みの乙女なのだろう?」
「心読みの、乙女?」
お父様の発言に私は首を傾げる。そんな単語、聞いたこともない。
私の能力についてはおばあちゃんからしか何も聞かされていないし、謎に溢れている。
こんな呪いみたいな能力、情報があれば知りたいのだけれど。
私のいた村は、大きいだけで大して学ぶ場所のない村だったから。本とかそういう資料はほとんどない。
「……なんでもない。それはピュアさんがのちに自分で知るだろうから」
「はあ」
「きっとあの子は怖がりだから男としてガッカリするかもしれない。けれど、きっとピュアさんを大切にするだろうから。レオンはそういう子だから」
お父様は頼み込むように強く言い切った。どこか寂しげなその表情は、本当はレオンに会いたくて仕方がないのだろう。
そりゃそうだ。大切な息子なのだから。私の両親とは違って優しそうな両親だから……こんな両親と離れ離れになるなんて、レオンはかなり辛かったんだろうなぁ。私ならもっとグレる。魔王の力を使って国を壊してるかもしれない。
それもしない、何もしないで真っ直ぐひっそり生きるレオンはやっぱり優しいし、人として魅力的だと思う。
魔力がないわけでもないのに、悪用もしない澄んだ心の持ち主であるレオンだから、私も好きになったのだけれど。
「はい! わかってます。心はとってもピュアで綺麗な人ですよね、レオン」
「あたし達もそろそろそばにはいられないのよ。結局レオンにはあたし達はまるっきり見えないし、声も聞こえないのだけれどね」
「それは寂しいですねお母様」
レオンみたいな可愛い息子、離れるのは相当つらいし寂しい。私が親だったらかなり未練が残るに決まってる。無理。成仏とか絶対に無理。
「ええ。いずれ貴女達の子供に転生するしかないわね」
クスクスと可憐に笑うお母様に、私は思わず手を顔に当てて照れる。
「! そんな! 気が早い!」
「じゃあ、頼んだわよ。ピュアさん」
「レオンをよろしくな。ずっと幸せにな」
「はい、お父様お母様」
レオンは気が付けばその場にいなかった。スゥーとふたりはそのまま霧になって消えていく。そして、雲に向かって上に上にと去っていった。呆然と私はしていると隣にはレオンがいた。そして私の手を握って微笑んでいた。
そこで目が覚めた、現実のレオンはスヤスヤと私の側で可愛らしく眠っていた。モニャモニャと口を動かして悲しそうにうなされている。
「レーオン」
私はレオンのほっぺたをそっとつつく。窓を見上げてれば、もう朝だ。よかった。私達は朝までぐっすり眠っていたのだ。
(お父様、お母様……)
どうやら両親の夢を見ているのか、レオンのまつ毛の長い目のキワに涙が溜まっている。
「レオン、お父様とお母様はレオンをずっと見守っててくれたんだよ」
「さようなら、お父様、お母様」
震える声でレオンはつぶやいて、一筋の涙を流した。私はレオンの涙の方にチュッと口付ける。
冷静になって恥ずかしくなるものの、レオンが愛おしくてたまらなくて胸が締め付けられた。
「俺、頑張るから……」
(ピュアを、俺が絶対に幸せにできるように頑張るから)
甘い心の声に私は興奮気味にレオンの髪を撫でた。シャツのボタンが外れて胸板が丸出しになっている。
その結果、意外としっかり分厚い胸板が露出して見ていてドキドキする。
大きな喉仏も、なんとなくセクシーな感じがする。
それにレオンの低めの色っぽい声を聞いていると全てを捧げたくなる。胸も苦しくなる。
「好きだ、ピュア」
寝ぼけて告白するレオンに、私は胸が抉られるような気持ちになる。恥ずかしいけれど、嬉しくてほっぺが落ちそうだ。
「だから、早くこの場所から逃げてくれ、俺のそばにいるな」
「え? レオン?」
一体急にどう言うこと?
(俺なんかと一緒にいたら、不幸になる。ピュアまで殺されてしまうかもしれない)
「レオン……」
やっぱり、お父様お母様のことが相当なトラウマなんだね。当然だけれど。
「大丈夫だからね、レオン」
私はあんな村の皆の元へなんか帰りたくない。両親だってクズだし関わりたくない。
だから、どんな手を使ってもこの魔都にいる。絶対帰らない。
村の人なんて人間なのに、いや人間だからか性根が腐った人ばかりで嫌だった。
レオンみたいに純粋じゃなかった。もう、あんな場所には行きたくない!!
嫌だ!!
そう思っていると。
「ん……眩しい……もう朝?」
レオンがベッドからのっそりと起きてきた。大きなあくびをした後、眠そうに目を擦り私を見て……。
「うわあああああ!? お前、なんでここに」
「朝だから起こしにきたのよ」
「そうか、誰かが添い寝してる気がしたけれど気のせいか」
遠い目をするレオン。私は笑いを堪える。
「気のせいだよ。私は自室で寝たもん」
レオンに本当の事を言うと大変なことになるから言わないでおく。さっき以上の絶叫騒ぎになりそうだし、それは困る。耳が死ぬ。レオンは声がよく響くから。
「そうか。部屋に戻れ。邪魔だ」
(恥ずかしいから早く俺の側から離れてくれ。寝起きの姿なんか見れたものじゃないだろ)
「えへへ。レオン何食べたい?」
そういえば私もお腹減ってきたなぁ。
「何でもいい! だから出てけって言ってるだろう!」
うつむきがちに寝起きの顔を隠すレオン。少女か。
(ピュアの作った料理が食べられるだけで俺は相当な果報者だ)「うん。じゃあお楽しみにするね! 三十分ぐらいで出来るから後で食べに来てね」
レオンは私がどんな料理を作っても美味しい美味しいって心では言ってくれるし、手も止めないで食べるから作りがいがあるんだよね。
どうしようかなあ。今日の朝ご飯、ちょっと凝ったものにしようっと。
「ああ。早く行け」
私は手を振ってレオンの側から離れた。
(なんか幸せな夢を見ていた気がする。お父様とお母様とピュアのいる、素敵な夢)
ホワホワとした雰囲気でほっぺをピンクにしているレオンは純情感溢れて可愛い。見ていて癒される。きっと夢のことを考えているのだろうけれど。
「よかったね、レオン」
会えてよかったね。本当に。本当によかった。
「何がだ?」
私が心の声を読めることを知らないレオンは当然不思議そうな顔をする。
「ううん。何でもないよ。じゃあね!」
「はあ?」
(皆笑顔で嬉しかった。もっと長く見たかったな、夢……でも起きたらピュアがいたから、それはそれで幸せでいいか)
「うふふ」
レオンの心の声に微笑ましく思いながら、私は浮き足で部屋を出た。
窓から眩しい光が入って、私たちの新しい生活を歓迎しているように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます