第2話一章 偽りの少女と臆病な魔王の不思議な出会い②


***


「現魔王の姿を村の近くで見たやつがいるんだってよ」

「あいつもお年頃だろう。生贄に同じ年頃の花嫁でもやれば大人しくなるだろう」

「そうだな。可愛い村娘を差し出せばワシたちは平和に暮らせるだろう。グハハハハハ」


 酔っ払った村長たちがワイワイとゲスな事を騒ぐのを、私は黙って白い目で見ていた。


「さあて、どの娘をやるか!」


 話がどんどん具体的になってきた時、私はスッと手を上げて中に入る。


「あの。それ、私がやります」

「ピュア! この話を聞いて……」


「誰にも言いませんよ。私。でも、私が生贄になるので他の女の子を推薦するのはやめてください」

「は、はあ」

「村のためですから、私は喜んで行きます」


 嘘だけれど。ただ単に、レオンに会いに行ける口実が欲しいだけなんだけれど。


「ピュア、お前はいい娘だな」

「末長く魔王の機嫌をとって、幸せに暮らすんだぞ」

「はい、村長」

「お前の家族には褒美をやらす! なんて村思いの娘だ!」


 こんな村に永住するなんて、こちらから願い下げだ!


 何があったか知らないけれど、前の魔王達を殺してレオンを傷つけておいて、何もしていないレオンにまで何かしようとするクズ達。噂を漁っても、前の魔王が悪行を行った形跡なんかなかった。もしかしたら、魔王だからってだけで殺されたのかもしれない。だとしたら、そんなことをする自称正義の村人達と仲良くなんか私はできない。


「まあ、頑張れよピュア」


(しめしめ、これで魔王とはもう一生関わらずに済む。あとは上手くやってくれよ、顔はいいんだからな、ピュアは)


「はい! 頑張ります。皆もお元気で」 村長の不思議そうな顔に私は笑顔で答える。

 事情を知ったら、大人も子供も私の行動を恋する少女の暴走だと笑われるかもしれないけれど、それでも私はあの優しいレオンの力になれるなら何でもしたかった。馬鹿にしか周りには見えないのだろうけれど、生まれて初めてだった。あんなにも心が素直で綺麗な人にでったのは本当に初めてだったから。……好きになるしか、なかった。どうしても一緒にいたいと思った。


 この広い村に生まれて、育って。いつだって孤独だった。表向き誰と笑っていても癒されることはなくて、それは両親も同じだった。怖かった。異質な自分を理解してくれない皆が、世界が、怖くてつらくて独りで沢山泣いた。


 それでも、今回ばかりは心を読む能力があって初めてよかったと思えた。こん何素敵なレオンは、周りから見れば口の悪い魔王でしかないのだから。彼の優しいところを知っているのは、私ひとりだけなのだから。不思議な独占力と達成感に私は溢れて仕方がなかった。


「とりあえず話は進めておく。心の準備をしておくようにな、ピュア」

「はい! 楽しみです!」


 思わず口に出る私の本音。


「は??」

(何を言ってるんだこの娘は。馬鹿なのか? 頭が悪かった記憶はないが)


 すっとんきょんな顔をする村長達。私は笑顔を崩さない。


「では、さようなら!」


 もう戻ってこなくてすみますように。

 そして、レオンと無事に結ばれますように。


 なんて、ね?

***


 村長が唐突にレオンに手紙を出した。

 今から花嫁を連れて向かう、と。そして現在、返事を待たないまま私は今魔都に向かって馬車で運ばれている。

 どんどん森の深いとこに向かうと、薄暗い霧がかかってくる。コウモリが昼間なのにいっぱいいて怖い。怪しい動物がいっぱいいるけれど、魔獣だろうか。

ドロドロとした紫の空に黄色の雲が不気味な感じを出している。雷の音もするし、ちょっと怖い。


「道ガタガタ……酔いそう。せっかく綺麗な花嫁ドレスなのに」


 私は白い花嫁衣装に着替えさせられて生まれて初めてのお化粧を施され、出発した。ある程度の豪奢な着替えと宝石も持たされた。食糧だって大量にある。言えば定期的に届けるとは言うけれど、きっと口だけだろう。どっちみち食べ物は極力自分選ぶ方がいいので、気持ちだけでいいと断っておいた。


「やっと私は自由になれるんだ」


 両親は心で大喜びしながら、涙を流していた。いつもうちの両親はそんな感じで、表向きいい親なくせに中身は結構えげつない。夫婦喧嘩をするたびに子供を産んで気をひいた母親とそんな出来損ないなところに惹かれた、自分より下のランクの女しか好きになれないマウント取りたがりの父親だ。


 子供であれど、小さな頃から心の声を聞いてれば両親の本質はすぐわかる。大好き、と言っておきながらどっちも大嫌いだった。好きだったのは、心の声と言葉が一致した父方のおばあちゃんだった。本当に、珍しいくらい真っ直ぐな思考の持ち主だった。けれど、高齢だったので小さな頃に寿命で亡くなってしまった。


 小柄で、私によく似たおばあちゃん。私を大切にして、裸を絶対に周りに見せるなとか、お箸の持ち方とか、挨拶の仕方とか色々マナー的な事をいっぱい教えてくれたっけ。懐かしいなぁ。はあ。


「あ、真っ暗になってきた。もう夜かぁ」


 気がつけば日が落ちてきた。すると大きな魔城が見え始めた。古くてボロいけれど、かなりデカい。

 バラとツタのツルがみっちり絡み合って迫力のあるお城に私は正直ビビる。これから私はここで生活するのだ。


「おい! 人間! 何で来た!」


 暗い馬車の中で花嫁を私だと気がつかないレオンが言った。私は慌てて馬車を飛び降りる。


「あ、レオンだ。おーいレオン、私だよ!」


 笑顔で手を振る私。


「!? お前は確かこの前の」


 一瞬で顔を赤くするレオン。私はなんとなく満足な気持ち。


「うん、ピュアだよ」

(何で! 何であの子がこんな所に!? 花嫁を連れてくるってまさかピュアって子なのか!? 嘘だろ!? 嬉しいけれど、生贄って書いてあったぞ!? 俺は何にこの子を使うんだ!? 無理矢理連れてこられたにしては嬉しそうだし、どういう事なんだ!?)


 戸惑いまくりのレオンに私はニッと笑う。気がつけば馬車の姿はもうなかった。なので、私は本音を言うことにする。


「村が嫌で自分から立候補したの。レオン、貴方に会いたくて」

「はあ!?」


(俺に!? 何で、こんな口の悪い愛想も良くないデカいだけの魔王に!?)


 真っ赤な顔をのレオンに、私は花嫁姿で近づく。


「私の全てをもらってレオン」

「はあああ!?」


 あ。鼻血出てる。かわいいなぁ、レオン。


(無理、無理無理無理無理)


 涙目で首をブンブン横に振るレオン。純情すぎるその姿に胸がときめく私は意地悪なのかもしれない。大混乱のままギュンと逃げようとしたレオンの腕をガッとつかむ私。レオン、超涙目。


「離せ! クソ!」


 レオンがそう叫ぶと、レオンのお腹も叫んだ。


「お腹空いてるの? 何か作ろうか? 材料もあるし」

「!」

(助かる。何事か不安で三日も何も食べてないんだ、俺)

「勝手に調理場借りるから場所だけ教えて」

「あっちだ! バーカ」


 レオンが北の方を指さした。


(いいのか? 誰かの手料理なんか生まれてから両親以外食べたことないし、それも両親が死んだ頃俺は小さすぎてもう味は思い出せない。だからすごく嬉しい。ありがとう、ピュア)


 目を潤ませるレオンに私は微笑むと、プイッと慌ててそっぽを向かれた。かわいいなあ、レオンは。私は案内された方向に向かい、調理場に着く。薄汚れてるかと思えば、綺麗に手入れされていた。ただし冷蔵庫の中身は何もない。

 私は持たされてきた食糧をまず冷蔵庫に入れて、美味しそうなサラダとスープ、ピザを作ることにした。私は結構料理が得意で、ピザも生地から作ることができるのが自慢だ。具材にできるサラミもあるしコーンもある。うん、美味しいピザになりそう。


「何だこの匂いは!」

(いい匂いだな! 美味しそうだ。いいのか、俺にわざわざこんな料理を)


「ちょっと待ってね。もうすぐできるから」

「フンッ。待ってない!」

(急いでやけどするなよ! それに、来たばかりで疲れてるだろう。休んでもいいのに、俺の腹の虫のせいで……ごめんな、ピュア)

 どこか困惑気味のレオンは悲しそうな顔をしていた。


「私、こんなふうに好きに振る舞えて嬉しい! 村は窮屈だったの」

 あえてわざとらしくアピールする私。


(どうせ気を遣ってるんだろう。ピュアは。いい子だな、ごめんな、全部俺のせいだ)


 かなりどんよりした表情のレオンを、早く元気にしてあげたくてお肉がいっぱいのスープを次は作る。クルトンも入れた。うん、美味しくできた。サラダは村の野菜詰め合わせをふんだんに使って作って、美味しいドレッシングで味付けた。元からあったお皿を借りて盛り付けると、これで完成だ。


「よし、できたよ! レオン。食べて!」


「フン、俺はいらない、お前だけで食べろ」

(食材には限りがあるんだから、俺なんかが食べない方がいい。また買いに行くのも大変だしな)


「一緒じゃないと嫌!」


 駄々をこねる私に汗だくのレオンは、私がきっと近くにいるだけで緊張するのかもしれない。


「あーんするよ!?」

「はあ!?」


 さらに涙目になるレオン。


「こんなに私は食べきれないよ。捨てろっていうの?」

「そう言うわけじゃ」

「じゃあ、レオンも食べて!」

(くそ、うまく振る舞えない)


 レオンを強引に私は椅子に座らせてグイッとピザを口に押し付ける。一瞬ん真っ赤になって嫌そうな顔をしたけれど、レオンは口を開けてくれた。「……まずい。だから後はお前が食え」

(うまい、ありえないぐらいうまいんだが!? なんだこれは一流料理人の料理か!? ピュアは何者なのんだ!? 料理人の家庭の子だったりするのか!?)


 残念、ただのどこにでもいる平民育ちの村娘です。ただ料理が趣味なだけで。


「お皿とか洗っておくから食べたら休んでね、レオン。目の下にクマがあるし」

「読書しすぎただけだ! ほっとけ!」


 ゆでダコになって叫ぶレオンに私はふふふと笑う。お皿はもう、ほぼまっさらな状態になってる。今度はもっと多めに作ろう。レオンは大きいし、バクバクと元気よく食べてくれるから見ていて気持ちがいい。


「はいはい」


(緊張して寝れなかったんだ。村のものが来るとか、怖すぎて。女の子も来るって言うし、もしかしてって妄想はしたけれど、本当にピュアが来てくれるとは思わなくて……多分今日も寝れないんだろうな。俺。こんなかわいい子が同じ城にいるとか無理、絶対無理)


 泡を吹きそうなぐらいに青い顔でレオンがぐるぐるしている。それを微笑ましく見る私。何気にお皿を流し台にキチンと持ってきてくれたのは好感度上がった。そう言う気遣いできるの、いいなぁ。



「風呂は一階の東の方にあるからな!」

「はーい、借ります」

(広い風呂だから喜んでくれると嬉しいが……小洒落たものは何もない城で、退屈になって帰ってしまわないだろうか)


 そして、私は思い出す。とあるものを渡していないと。


「レオン、待って!」

「あ?」

(一体何なんだ。早く離れたい。恥ずかしい。このままじゃ俺が恥ずかしさで燃えてしまいそうだ)


 心の声通り真っ赤なレオンが振り返る。私は慌ててそこに飛んでいく。そして、とある箱を渡した。


「これ、結婚指輪。村のみんなからお祝い。怪しいものじゃないから受け取ってほしい。指、出して」

「なんで男の俺がはめられる側なんだ」

「逆がいい?」

「…………」


 無言で指輪をもぎ取って私の指に嵌めるレオン。やっぱり不満だった模様。


「無くして責められたくないから、さっさと俺の指にもはめろ」

「はいはい」


(本当に、俺とピュアは結婚するんだな。嬉しい。感激で泣きそうだけれど、我慢だ。泣き虫なのがバレてしまうからな)


 とっくに私にはバレているけれどね。レオン既に目がウルルンだし。涙堪えてしゃくり上げてるし。手のひらを空に向けて指輪を見つめるレオンは、少し嬉しそうだった。シンプルな金に赤い石の指輪は、当然ふたりお揃いだ。レオンの指のサイズが不明だったので不安だったけれど、無事ピッタリサイズでよかった。

「これからよろしくね。旦那様」

「だっ!? だだだだだだ!?」

(ピュア、可愛すぎないか!? ウィンクまでしたぞ!?)


 呆然と立ち尽くすレオン。


「あはは、レオン、面白い」


 私はお腹を抱えて笑う。するとそれがレオンは不満なようで、ほっぺを膨らませて反論する。


「うるさい!」

(旦那様だなんて、俺が!? この俺が!? こんなに可愛い花嫁をもらっていいのか!?)


 パクパクと金魚のように口を開けるレオンを見て私はえへへと笑う。


 これで私はレオンのお嫁さんだ。そりゃ、式は上げてないし指輪だけの関係だけれど……これからずーっと一緒にいて、私がレオンを幸せにしてあげるんだから! もう、怖い思いはさせないからね。まだあんまりレオンの事知らないけれど、もうレオンに夢中なんだから。


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