心読みの花嫁と孤独な魔王

花野 有里 (はなの あいり)

第1話一章 偽りの少女と臆病な魔王の不思議な出会い①

 ピュアが心が読めるのは神様からのプレゼントだけれど、誰にも話さないで隠していろって。そうすれば、きっと幸せが掴めるから、って。


 だけれど、私疲れたよ。だって村の皆の心は下品な感情に塗れて汚いもの。悪意に下心、絶望。たまに見える綺麗な言葉すら嘘くさい。力の事なんて悪用されると困るから絶対に誰かに相談も出来ないし、生きづらいったりゃありゃしなのに。どうして、私だけこんなスペックに生まれちゃったんだろう。はあ。そう思いながら空を見上げる。フワフワの木々。ああ、いい天気。そう思い癒されていると、どこかから誰かの心の声がした。


(助けて、助けて、このままじゃ溺れて死んじゃう)


「! 川の方から声が聞こえる」


 慌ててその方角に飛んでいく私。すると、白い猫が川で溺れていた。動物の心の声には聞こえなかったけれど、人はそこにいない。でもその猫しか川にはいないし、実際猫は溺れているし。うん、迷っている場合ではない。いけ! 当然私は反射的に川に飛び込む。しかし。


「きゃああ!」


 ありえないぐらい深い川で、私はすぐに溺れた。そんな時だった。私を助けてくれたのはーー。


「おい、何やってんだ! 危ないだろうが!!」

(何してるんだ、死ぬとこだったんだぞ。大丈夫か聞け、俺。怪我がないか聞くんだ俺!)

「!?」

「にゃあああん」


 猫と私を軽々とキャッチしながら川から上がる魔王だった。私をまさかのお姫様抱っこをしてくれて、そのまま川の外にソッと置いてくれた。


 なんで魔王かとわかったかというと、噂で聞いたヘドロ色の腰までの凄く長い髪に、金色の瞳を持っていたから。それに、間違えるわけもない、人間には生えてないはずの巻いた大きなツノを生やしていたから。それに耳も少しだけど尖っているし。服装は普通のものだったけれど、これは魔王に違いない。意外に美形で正直表情は怒っているからか怖いけれど優しそうな顔立ちをしている。そこにすごく私はビックリ。


 魔王って言えば、もっと吊り目で意地悪そうで、迫力満点なイメージなんだけれど。あ、でも身長は多分かなり大きい。二メートルぐらいはあるんじゃないかな。村娘として平均的な身長の私から見るとだいぶ大きい。


「フンッ! 誰だテメェ! こんな所で遊んでいたら危ないだろう!」


(猫大丈夫かな。痛くなかったかな。というか誰だ? この飴色の髪の毛の小柄で可愛い女の子。怖がられないかな)




 なんだ? これ。明らかに魔王の心の声が聞こえるけれど、魔王って感じの心の声じゃない。すごく素直で純粋な可愛い心の声に、私はキュンとした。しかも低くて甘い優しい声に、すごくドキドキした。


「あの、大丈夫ですか?」


 私は慌てて魔王に駆け寄る。そして手をそっと伸ばすとすごいスピードで払われてしまった。しかも魔王の顔は真っ赤だ。


「ウルセェ! どっか行け!」


 ドスの効いた声は、森の中でよく響いた。耳が少し痛くなるレベル。

 でも、明らかに体が震えて後ろに下がっていってる。怯えられているらしい。顔を見れば強がっていても明らかに涙目である。


「え」


 私は予想外の事態に動揺する。すると


(ごめん、やっぱ人間怖い。どうしていいかわからない。あああああ! どうやったら素直にありがとうって言えるんだ!? 恥ずかしい、こんなに好みで可愛い女の子なんか生まれて初めて見た)


 濡れた服のまま真顔で考え込む魔王。シュールな姿である、


「!」


 そういえば、今の魔王の両親は村の勇者達が殺したって言ってた。私が小さな頃で記憶にはないけれど、それで今の村は栄える事になったらしい。そりゃあ、そんな過去があれば人間嫌いにも魔王もなるよね……。両親が殺されるなんて、かわいそう。魔王の年齢はあまり離れていないように見えるのに。多分少し年上かどうかって所かな。


(俺は大丈夫だから。何も怪我なんかしてないから! また変なこと言っちゃう前に何処かに行ってくれーー!)



「……クスッ」

「なんで笑う!?」

(みんな俺を見ると泣いて逃げるのに!?)

「あ、ごめんなさい。何でもないです」


 だって、ねぇ。これは微笑ましくて笑うでしょう。和んじゃうよ。

 今まで見た心の声は、いつでも荒んでいて汚いものだった。けれど彼の心の声は、一味違う。リアルに発する声と心の声がみんなとは逆のようだと思う。


 風が吹く。

葉っぱ達がそこら中に巻い広がる。泣きそうに潤んだ魔王の目がキラキラ光って、宝石のように輝いて綺麗に見えた。


「猫ちゃん、大丈夫かな? って、キャアア!」


 私は少しでもその場にいたくて、子猫に歩み寄る。するとスカートがフワッと広がる。


「!? うわああああ!?」


(下着! 女の子の下着が見えた!)


 バタン、と勢いよく倒れる魔王。慌てて私は駆け寄る。なんかもう、そのまま鼻血まで吹き出しそうな顔の赤さ。どうやらこの魔王は女の子に全く免疫がないらしい。


「こっち来るなああああ!」

 さらに勢いよく後退し木にぶつかりかける魔王。危ないよ。そんな魔王に声子はずっとじゃれついていて、見ていてすごく面白い。


(やめろ! 恥ずかしい! 触られたらますます赤くなるじゃないか! それに今日は暑いから早く帰れ! 熱中症になってしまうだろう!? 倒れても俺はお前を運べないんだからな!?)


「くるなぁ! うわああああ!」


(意識しすぎて目を見れない! 無理!!)


「大丈夫だってば、ごめんね。ビックリさせて」


(嫌だ、恥ずかしい、恥ずかしいところ見られて嫌だったよな、この女の子も……ああああ。忘れたいのに目に焼き付いて……記憶を消せばお互いに楽になるけれどその魔法は禁句だし)


 魔法の事が心の声に入り、ああ、やっぱこの人は魔王なんだなぁと思う。人の記憶をいじる魔法なんか、村人が何人集まっても絶対に使えない。そもそも、村人に魔力は基本存在しない。私ももちろん魔力は一つもない。ただの人間そのものだ。


(さっきのでどこか怪我してないか、聞け。俺。ああああ。何で聞けないんだ!)


 なんかすごい心配性らしくこんな状況でも私を思ってくれてすごく癒される。普通、こういう時はエロいこと考えたりしそうなものなのに、そういう気配もない。本当に純粋なのだろう。そう思うと、ますます私の中の大きな胸の高鳴りは強くなっていた。私。この魔王の事好きになっちゃった……。だって、村の皆なんかより全然優しくていい人なんだもん!! もし村人同士だったらアタックしちゃうぐらいに。もう、すっかり惚れちゃった!

「あのね、魔王さん?」


 私は少しモジモジしながら魔王に近づいていく。魔王の長い髪が風に揺れる。色はヘドロだけれど、長くて綺麗な髪だ。


「何で俺の事が魔王だってわかった!? 名乗ってないぞ」


(やっぱり俺の悪い噂ばかりが国中に流れているのかな、そんなの嫌だな……俺だって皆と仲良くしたいのに)


「見た目で魔王だって勝手に判断したけど違った?」

「魔王であっているが。一体それが何なんだ」


(やっぱりこのツノのついた怖い見た目でわかってしまったのか? 怯えさせてしまったのか?)


 魔王は後ろめたそうな顔で私を見つめる。


「私の名前はピュア。村娘のピュア・ルージュ」

「俺は現魔王のレオン・ソルト……だけれど、なぜ名乗るんだ、おれを両親のように殺すつもりか!?」


 なるほど、やはり先代の魔王の息子で間違いないらしい。前の魔王も何とかソルトと名乗っていたと聞いた事がある。


「そんなこと私は絶対にしないわ。私にそんな意志も力もないし、私はあなたと仲良くなりたいから」


 私はレオンに手をそっと差し出す。けれど、それをレオンは受け入れない。


「!? はあ!? 人間なんかと絶対に仲良くなんかしねぇよ!!」


(嘘だろ!? 俺なんかと、こんなに可愛い子が!? 人間が、俺なんかと!? 罠か、罠なのか?)

 明らかに不安そうなレオン。過去が過去なだけに、そう思うのも無理もないけれど……。レオンは私の手を取らずにうつむく。すると猫がレオンに歩み寄り、涙を舐めた。微笑ましい光景に、私は思わず笑顔になる。


(動物のように素直になれればいいのにな。俺だって、友達が欲しい、独りはもう寂しくて死にそうだ……)


「にゃあああん」


 猫がレオンの顔を舐め続けているあたり、レオンは泣いているのかもしれなかった。すると、天気が怪しくなってきた。雨雲が見える。そういえば私は森に薬草を取りに来ていたのだ。薬草は既に取り終えたし、両親も心配するから早めに村に戻らないといけない。正直魔王と離れたくはないけれど……もっと長く、楽しく会話してみたい。ずっと魔王の傍にいたい。


 村に帰りたくない、と強く思いはするけれど、私はまだ十四歳だ。ひとりきりでは生きていけない。心が読めるだけで稼ぐための能力は皆無だし、両親はピュアをかわいがってくれている。村人も、前の魔王を倒してからはみんなが仲がいい。すごく仲の良い大事な幼馴染だっている。けれども。


「もう、疲れちゃったな」

「あ?」

 思わず私は本音を溢す。どんな心から聞こえる汚い言葉も聞こえないふりをして、みんなの前で笑っているのもすごく苦しい事だし、胃が痛くなることもある。それでもいつかは素敵な恋愛をして花嫁さんに、なんて夢見てきた。本の中に出て来るような恋がしたかった。物語の中では絶対に真っ直ぐ生きてきた努力は報われるから。


 だから、私も悪どいことには絶対力を使わないようにしてきた。ずっと怖かった。誰かにバレて、実験台にされることが。みんなに捨てられる事が。レオンにもきっとこの秘密を言うことはないだろう。きっと死ぬまで墓に持って行く秘密だ。ねぇ、おばあちゃん。いつになれば私は楽になれますか?


 ずっと普通になりたかった。取り立てて特徴のない人間なら何でも努力でどうにかなるのに、この能力のせいで生きているだけで辛い時もあった。だけれど、負けたくなかった。


(顔色が悪い、大丈夫か?)


 私を望みこむレオンの顔には眉間に皺が刻まれていた。


「邪魔だ、さっさと帰れ」


 そう言って私はレオンに引っ張られた。そして。

 ……ギュンとレオンは空を飛んだ。羽もないのに軽やかに、広い空にレオンと私は浮いたのだった。国中が見渡せそうな景色にビクリとなりながら声を失う私。すごい、私達空を飛んでる!?


「お前、家はどこだ。どの村だ」


(早く帰ってもらわないと暗くなる。変質者にだって合うかもしれない。こんなに可愛いんだから心配だ) 


 一方レオンは慣れているのか涼しい顔で私を抱きしめる。あいかわらず私を触る手は震えてるけれど。

「あっちだよ! ここからすぐ西の方」


 めちゃくちゃ近い顔と体の距離に、私は死にそうなぐらい恥ずかしくなる。


(体がくっついて申し訳ない。でも雨に女の子が濡れるのはみてられないんだ。風邪は苦しいからな……独りきりで城で風邪をひいた時、どれだけ心細かったか)


 どうやらレオンはお城に独りきりで住んでいるらしい。魔獣などもいないのだろうか。


(こんな魔法を急に使われて怖くないだろうか……ごめんな、俺の直感ではすぐに雨が降るから)


 すごい勢いでレオンは飛んでいく。風を切る感覚が気持ちいい。ちなみに猫は森に置いてきた。ギュンギュン進んでいくその感覚はまるで魔法使いになった気分だった。憧れの魔法のほうきにまたがったみたいで最高に気持ちいい。


「ついた、ここか」

(急に飛んでしまって大丈夫だっただろうか。魔法にびっくりしなかっただろうか。酔わなかっただろうか、勢いないと抱きしめられないから、説明できなくてごめんな)


 言葉の上ではそっけないのに、視線と心の声は優しいレオンに私は噴き出しかけならレオンから離れる。人気のない場所を狙ったあたり、やっぱりレオンは人間が苦手らしかった。


「うん。ここで大丈夫。ありがとう、レオン。またね」

「フンッ!」

(……どうせもう二度とピュアと会うこともないだろうけどな。俺なんかに気を遣って社交辞令言うなよ)


 悲しいレオンの心の声に、私の気持ちは沈む。


「絶対に、会おうね! レオン!」


 だから私は強く叫んでそう言った。レオンは信じない、と言う表情でそっぽを向いた。とっさに笑顔を作り私は手を振る。片手には薬草を持っていたので。それを少しレオンに渡した。


「擦り傷。レオンにあるから使って。よく効く薬草よ」


 木に登るときついたのか、レオンの腕には複数の傷があった。


「いらない」


(ピュアのものだろう? 薬草なんてとるのに手間だし高いものだし俺が使ったらピュアとその仲間が困る)


 不安そうに、悲しそうにレオンが首をするので私は薬草を無理やりレオンに押し付ける。結構な量だし、そこそこレアな薬草だから両親に文句を言われそうだけれど気にしない。


「レオンが薬草をもらわないと帰らない」

「あ!? わかった、お前なんかともう一緒にいたくないし。今すぐ帰りたいから貰う」(いいのか!? ずっと怪我が痛かったんだ。助かる。本当に助かる。ごめんな、ピュア。本当に優しくしてくれてありがとうな)


「じゃあな!」


(本当は俺だって絶対にまた会いたい。仲良くしたい、俺が魔王じゃなければよかったのな。同じ村人なら……)


 私と同じ事をレオンも思うらしく私は微笑ましくなる。


「バイバイ、レオン」

(でも俺は……)


「フンッ!」


 レオンは耳まで赤くして空に飛んでいってしまった。


「えへへ。じゃあね。レオン」


 聞こえないとわかっていても、私はニコニコとそう言う。

 

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