1-4 黒い煙

「失礼します」


 信と礼央は社務所に入った。社務所内は、簡単な応接室になっており、受付スペースもあった。

 

 受付スペースの奥の扉から霧子と神職の装束を着た男性の神主が出てきた。装束の袴は紫色で、うっすらと白い八藤丸やとうまるの模様が入っている。



「信くんはじめまして、礼央の父親の高橋いさむと申します」

 勇は信に向かって笑顔で挨拶をする。信も笑顔で挨拶を返した。


「勇は私の義弟なのよ」

 霧子はにこりと笑った。


「あっ、そういうことやったんですか」


「私の妹が、この人と結婚したの。礼央君は二人の息子でね。まさか信くんと同級生とは知らなかったわ」


「俺も、霧ちゃんと信が知り合いとは思いもせんかったわ」


「まあ、霧子さんも二人もそこに座って。ちょっと希ちゃんの件を聞かせてくれへんかな?」



 信は詳しく話していないのにも関わらず、希の話を話すことが前提になっていることに驚いた。おそらく霧子が信が体験したことを見抜いたのだろう。



 四人はソファに腰を下ろし、信は、自らが体験したことをすべて事細やかに話した。



「いけないわ。それ、狙われている」

 霧子が深刻な表情でぼそりとつぶやいた。



「僕が狙われているんですか?」


「希もやろなぁ」

 礼央は、霧子と勇を交互に見て答えた。


「信くん、ちょっと聞きたいことがあるんやけどな」

 勇は、神妙な面持ちで信に問いかける。


「君のその、異様な力はなんや?」


 信は首を傾げる。


「異様な力?」



「その何とも言えない異様な力や。言語化しにくい。僕は君のような存在に出会ったことが一度もない。そうやな、それは――」



 勇が何かを口に出そうとしたとき、霧子が咄嗟に勇の胸をぐっと手で押さえつけた。



「ダメ。それ以上は」

 霧子の額を汗が伝う。鋭い目つきで勇を見ている。




「どうしてだ?」

「ダメなの。約束だから」

「約束? 意味が分からない」

「意味が分からない方がいいのよ、これは本人が解決しないとダメなのよ。とにかく関わっちゃいけないの」



「あの、僕って何かヤバいんですか?」

 信は不安げな表情で霧子と勇に話かける。



「信くん、それはね、自分で知るしかないのよ。今回のことも少し関係しているかもしれないけどね、もうすぐ分かるわ。それはずっとあなたの中にあるものよ」


「僕の中にあるもの?」


「ええ、今はそこまでしか言えない。あなたのその部分に関することを言うと、関わってしまうことになる。それってねどういう意味かというと、関係者になってしまうのよ。それはダメなのよ私たちには」


 霧子は荒々しい呼吸をしつつ信に説明をした。礼央と勇は霧子の必死さに驚いていた。


「勇さんと礼央ちゃんは、どうしても私とは種類の異なった強さを持っているから、あなたのものを感じ取るのが、大まかになってしまうの。私は比較的あなたに近い質だからまだ詳細に感じ取れる。でもそれでもあなたに伝えられる情報は制限しなきゃいけない」



「わかりました……」



「勇さんも、ね?」

 勇は黙って頷いた。



「それで霧ちゃん、この先、信と希はどうしたらええん?」

 礼央が真剣な眼差しで霧子に話しかける。




「答えはシンプル。関わらないこと」



「えっ、でもそれって」

 信が立ち上がって声をあげた。



「信くん、彼女はもうダメよ。巻き込まれる。希ちゃんはしばらくピアノ教室を休んで、あなたも近づかないことね」


「解決しないんですか?」


「解決?」

 霧子がため息をついた。



「あのね、彼女はもう手遅れ。何かしらの邪気に取り憑かれている。あなたはそれに狙われているのよ。関わらないほうがいいに決まっている。そして、他人の運命に関与しないこと。さっきも言ったでしょ? 私たちは信くんについて関係者になれないのと同じで、信くんも彼女の関係者になってはいけないの。もしかして、彼女を救おうとでも思っているの?」



「救いたいですよ、そんな状況なら」

「傲慢よ」

「傲慢?」

 霧子は立ち上がり、壁に飾ってある日本画を指さす。




「信くん、あの絵が邪気に満ちていたら祓える?」




「えっ」




 信は霧子を見る。霧子は鋭い目で信を見つめていた。



「ね? 出来ないでしょ? なぜなら信くんは『祓う』ことが出来ないのよ」


「他の方法を考えます」


「無理よ、止めなさい。救いたいだなんて傲慢だわ。とにかく信くんについた邪気を祓うから、それが終わったらこのことは忘れること。いいわね?」


「信、霧ちゃんの言うとおりやで」


「……分かりました」


 勇と霧子に邪気祓いを受けた信は、寄り道をせずに帰路についた。

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