1-3 黒い煙
「高橋くん、ちょっと待って」
校門から立ち去る礼央に、信は走りながら必死に呼びかける。礼央はピタリと止まり、信の方へ振り返った。
「来ると思っとったわ」
「え?」
信はぽかんとして、立ち止まった。
「俺、希のこともお前のことも知っとうからな」
「知っとうって?」
「とぼけんなや、分かっとるぞ」
礼央は眉間に皺を寄せて、信をにらみつける。
「とぼけたつもりはないけど、色んなものが視えること?」
「それしかないやろが」
「高橋くんは、どうして怒っとるん?」
礼央はため息をついた。
「お前を警戒してるんや」
「何で警戒するん?」
「お前は、俺らみたいな祓うことができんクセに、周りを巻き込むからや」
信は〔祓う〕という言葉に反応した。教室のドアを礼央が開けた途端に身体が軽くなったのは、礼央のおかげだと確信した。
「さっき、身体が軽くなったのって、やっぱり高橋くんのおかげだったんだね」
嬉しそうに話しかける信に、礼央はまた舌打ちをした。
「何を笑てんねん、ほんま腹立つで。希も変なもんに憑かれとうし、呆れるわ」
「高橋くんも視えるん?」
「俺は視えるというより感じるほうやな。それよりまだあの醜悪な気配がする。あかん、お前ちょっと今から俺の家に連れて行くわ」
礼央は信の腕を掴み、早歩きで前進する。信は特に抵抗することもなく、そのままついて行くことにした。
「高橋くんの家って、そういえば知らんな。小学三年の時だけ同じクラスやったくらいやし」
「この状況でも、のんきやなぁ。まぁ知らんはずや、誰も家に呼んだこともないし、知らしたこともない。知って欲しくなかったしな。ほんで山下、俺のことは高橋って呼ばんでええ。礼央って呼んでくれ」
「じゃあ僕のことも信って呼んでよ」
「ん、そうさせてもらうわ。それにしても信は、三年の時から相変わらずぼうっとして何を考えているか分からん顔しとるな」
信は「そんなにぼうっとしとるかな?」と首を傾げて呟いた。
「俺の家は、学校から少し離れた山の麓のほうや」
礼央は学校の北側の山を指さす。
「あそこらへんって、確か神社しかないよね?」
「その神社が俺の家や」
「えっ家、神社なん?」
「あかんか?」
「あかんことないけど、驚いてん」
「だから言いたくないんよな。いちいち過剰な反応するから。まぁ別にいいけど。とりあえず、境内の中に入るだけでもマシになるやろ」
礼央は信の腕を放し、黙ったまま信の前を歩いた。信は礼央の前に出ないように慎重に歩いた。大通りから抜け、車道から外れた石道の小道へ入っていくと、古民家が軒を連ねていた。信は中学校よりも南側に住んでおり、参拝する氏神はさらに南側に位置しているため、北側地域は未知であった。珍しい古民家を眺めては時折、礼央の後ろ姿を見つめていた。
「そんなにジロジロ見んなよな」
礼央は前を向いたまま信に話しかけた。
「何で分かったん? 後ろに目がついているん?」
「信には視えへん目がついとるねん、怖いやろ」
礼央は振り返り、信に向かってニヤリと笑った。
「怖くないよ。最高の目だ」
信はにっこりと笑った。
しばらく歩いていると、石造の鳥居と石段が見えてきた。
「高橋神社って書いてあるね」
信が鳥居の右隣にある石柱を指さして言った。
「俺の一族が代々神職やってんねん。社家ってやつ」
「シャケ? 魚みたい」
「言うと思ったわ。社会の
「それで社家って言うんや!」
「まぁあんま言わんわな。ちなみにこの石柱は
「へぇ、社号標って響き、なんか格好良いな」
「格好良いなんて初めて言われたわ。そんなことよりほら、一礼してから入るで」
「うん!」
二人は石段を上がり鳥居の前に並んだ。鳥居の先には参道が続き、左右には木が生い茂っている。礼央はバックパックを下ろし、しゃんと立った。信の様子をちらりと横目で確認している。信は視線に気づいて、礼央と同じようにバックパックを下し、背筋を伸ばして立った。
礼央は目線を信から戻して、深々と一礼した。
信は礼央の美しい一礼につい見入ってしまい、一礼するのを忘れていた。礼央が「ほら早く」と囁いた途端、我に返り、慌てて一礼をするも、あまりのぎこちなさに信は恥ずかしさを覚えた。
鳥居をくぐると、二人の間を風が吹き抜けた。
「わっ、びっくりした」
信は肩をさすりながら驚いていた。風は、境内の木々の葉をさらさらとすりあわせている。
「良かったな。歓迎されとって」
「歓迎?」
「神様に歓迎されているねん。まぁ、嫌われていたら普通はここにはたどり着けへんからな」
礼央はバックパックを手に持ち、ニヤニヤしながら信を見ている。
信は「それは良かった」と呟いた。
参道の右側に寄って歩き、本殿の手前で礼央が立ち止まる。
「ほら、こっち。手水くらいは知っとるやろ?」
「知っているけど、礼央くんにちゃんと教えてもらおうかな」
「しゃあないなぁ」
礼央は手水舎まで信を案内していると、本殿に向かって左側にある社務所から女性が現れた。深緑のウェーブがかった短髪に、紅い唇が印象的な女性だ。
「霧ちゃんじゃん。ちわーっす」
礼央は女性に向かって軽く手を振った。
「こんにちは、礼央ちゃん」
女性は二人の元へゆっくりと近づく。
「あら、もしかして信くんじゃない?」
礼央は驚いて女性と信を交互に見る。
「えっ、二人って知り合いなん?」
信は礼央を見て首を横に振り、霧子に慌てて問いかける。
「あの、僕どこかでお会いしたことありましたか?」
「あー覚えてないか。無理もないわね。私と信くんが初めて会ったのは、信くんが三歳の時だもんね」
「僕が三歳の時、もしかして……」
霧子は持っていたミニバッグから名刺を取り出した。
「
名刺には名前の横に連絡先と〔絵画修復堂・霊媒師〕と書かれていた。霧子から名刺を受け取ろうとした時、霧子が囁く。
「名刺に触れたら思い出すわ」
信は半信半疑のまま、名刺に触れると、頭の中で霧子と初対面した時の記憶が鮮明に頭の中で蘇った。
「あの観覧車の時の、そうか……。霧子さんが僕が視えること、母に説明してくださったんですね」
「さすが信くんね。すぐに全て思い出せるなんて」
「なぁ、俺にも分かるように話してくれや。なんで霧ちゃんと信が知り合いなん?」
礼央は困惑したまま霧子に話す。
「信くんが三歳の時に、交通事故で亡くなった女の子の幽霊が、色々あって遊園地のゴンドラに取り残されたままだったの。それをまだ三歳だった信くんが私に教えてくれて、そのことを信くんのお母さんに説明したの。そしたらいつの間にか二人が協力して、その女の子を成仏させたのよ」
霧子は当時の状況を簡潔に話しているが、礼央は霧子が頭の中でイメージしている情報を瞬時に全て感じ取り、信のほうを見て感心していた。
「
詳細に話していないのにも関わらず、礼央が女の子の名前を言い当てたことに信は驚いていた。
「礼央くんすごいね、今の霧子さんの話で全部理解したの?」
「わかるに決まってるやん。霧ちゃんは俺に頭の中で全部説明してくれたからな」
霧子は微笑んで礼央の頭を撫でた。
「礼央ちゃんはね、他人のはある程度までしか感じれないんだけど、私の妹の子供だから血が近いのもあって、何を感じて何を考えているかお互いに視ることができるのよ」
「頭撫でるのやめろって」
照れくさそうにうつむく礼央に、霧子は微笑んだ。
「信くんを助けるためにここに連れてきたのね。本当にちょっと不器用なんだから。信くん、お参りした後、社務所に来なさい。私が祓ってあげるわ。ここに寄らないといけない気がしてたのは貴方のためだったわけね……」
信は礼央に境内を案内され、手水舎と本殿を参拝した後、社務所へと向かった。
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