夜の部 四杯目

       夜の部 四杯目

   

   

 今日の夜の部は普段よりさらに混んでいた。先日の「二杯目まで無料にした」というのが、どういうわけか「二杯目まで無料キャンペーン中」と噂になり、お客が集まったのだ。駆はそんなお客様方に毎度説明するのに難儀していた。ジョン一空、次に会ったら容赦しないと心に誓った。

 

 そんな勘違い客たちを捌ききったころ、エドが来店してきた。

 エドはいつもの通りにカウンター席の真ん中に座り、「裏メニュー恋愛相談」を注文した。今日のオーダーはトマトジュースとナポリタンだ。

 

「夕飯も一緒か、珍しいな」

 

「今日はここで相談して決めたいことがあるので長期戦のつもりです」

 

エドは答えながらスマートフォンでしきりに何か調べていた。

 駆は翼とバトンタッチだ、と言わんばかりに入れ替わりでキッチンに入っていく。カウンターに立った翼はさっそく相談を開始した。

 

「へえ、調べもの?」

 

「そうなんです、勝負をかけようかと」

 

 

 どうやらエドは美玲とのデートの約束を取り付けたらしい。先日の「小ヤンキー騒動」のお詫びという口実にしたようだ。

 

「みなとみらいの方に行ってショッピングとランチをすることになったんですが、どうしようかと思いまして」

 

「デートなんでしょ?」

 

「はい、僕にとっては」

 

「なら気合い入れないと!」

 

翼は自らのスマートフォンを取り出してしばらく操作すると、その画面をエドに見せた。そこには“初デートで上手くいくために”というタイトルのインターネットのページが表示されていた。

 

「ここにも書いてあるんだけど、やっぱり男の方がお店を予約した方が良いみたいよ。ファミレスとファストフードは絶対ダメ」

 

「でも美玲はいつもお金なんてかけなくて良いよって言うんです」

 


「そりゃ、お前に遠慮してんだよ」

 

駆がそう答えつつ、用意したトマトジュースとナポリタンをエドに提供した。真っ赤な料理たちはエドの食欲を刺激する。すぐにいただきます、と手を合わせた。

 エドが美味しそうにナポリタンを頬張っているうちに、翼は駆に向かって舌を出すのだった。

 

「うわあ、生意気。カケルに女心が分かるわけ?」

 

「じゃあお前はどう思うんだよ」

 

 駆にそう言い返され、翼は腰に手をあてて数秒間だけ宙を眺めた。そして思いついたように言うのだった。

 

「ううん、そうだね。彼氏に申し訳なくなるから安いお店で良いよって言うけど──……。良いお店ならそれは普通に嬉しいかな」


「俺のと同じじゃねえか」

 

「どこがよ、全っ然違うでしょ」

 

 駆と翼が言い合いをしている間に、エドは一度フォークを置いてナプキンで口を拭き、メモを取った。

 

『ランチはいつもより高級な感じで(レストランとかカフェとか?)』

 

 書き終えるとエドは再びフォークを持った。

 そういえばと、ナポリタンを口に運んだところでふと気がついた。宇蘭さんはどこにいったのだろう。店内に宇蘭の姿が見当たらなかった。

 

 

 

 


          ◯

        

 街にはいくつかの商業ビルが点在しているが、宇蘭はその内の一つ、適当なビルの屋上に降り立った。

 既に夜も更けているものの、さすがに駅前は田舎と言えど灯りが灯っている。宇蘭はその夜の街の光と人々の営みに耳を澄ましながら「待っていた」。

 

 実際に待っていたのはほんの数分のことだ。宇蘭が夜の街を眺めて見回していると、背後から声をかけてくる者があった。

 

「あの“宇蘭”に呼ばれるとは、こりゃ光栄ねや」

 

振り返ると、あの怪僧退魔師、ジョン一空がカッカッカッと笑いながら、夜の闇の中より光の当たる位置、宇蘭の方へ向かって来るところだった。

 

「そこで止まりなさい。妙な真似をしたらこっちも容赦しないわ」

 

一空の姿を確実に目視できる位置まで誘導したところで、宇蘭は彼の動きを止めさせた。一空も素直に従ってその場で静止する。 


「買い被りぜよ」

 

「いいえ、私は油断しないだけ」

 

 二人の間に緊張が走る。

 そんなしばらくの睨み合いの後、最初に口を開いたのは一空の方だった。

 

「何の用やか?」

 

一空は被っている傘のツバを指先でひょいと上げて宇蘭を見下ろした。しかしその挑発的な態度に対し、宇蘭は何の感情も見せない。あくまで用を済ますだけだ。

 

「あなたは吸血鬼を退治しにこの街に来たのよね」

 

「そうちや」

 

一空は錫杖で地面を突き、シャン、とわざと威嚇とも取れるような音を鳴らした。

 構わず宇蘭は言葉を続ける。

 

「それを辞めてこの街を出なさい。手を引いて、さっさと消えて」

 

宇蘭はその澄んだ美しい声で忽然と言い放つ。

 だが一空はそれを聞き、一瞬驚いて目を丸くしたかと思うとすぐにカッカッカッと高笑いをあげるのだった。

 

「こりゃ一本取られたぜよ。お嬢ちゃんが街の大将気取りかよ、こん街じゃ宇蘭の許可無しじゃ“妖”退治もせられんのか?」

 

「そうよ」

 

からかうように笑った一空に全く興味がないのか、宇蘭はさらりと短く答えた。

 すると一空の方も笑うのを止め、再び宇蘭を見下ろす。冗談ではないということは分かっている。

 

「それを破ったら?」

 

「さっきも言ったわ、容赦しない」

 

宇蘭は言葉を続ける。

 

「私のお店にはたくさんの異形の怪物たちが来店するわ。みんな“夜の部”を楽しんでいるの。水を差すのは辞めて。彼らは何も悪いことはしてないわ」

 

 再び、宇蘭と一空の睨み合いが始まった。少しずつ一空の錫杖を握る力が強まる。宇蘭にはすぐにそれが分かった。

 

 言って聞かないならば、実力で分からせるしかない。

 仕方ない、と宇蘭が腕を上げようとした時。しかし、一空は急に力を弱めた。

 

「辞めじゃ辞めじゃ、宇蘭とカチ合って無駄に消耗したくない」

 

「手を引くってことかしら」

 

「どうかな」

 

「何でもいいけれど、忠告はしたから」

 

 宇蘭が少しだけ殺気を放って威嚇してみると、一空は愛想笑いだけした。そして宇蘭に背を向けてさっさと屋上を去っていく。果たして本当に手を引くだろうか。

 

 

 吸血鬼狩りなんてされてしまったらエドは真っ先に狙われる。大事なお客様というだけでない、この街の異形共を守るのが自分の使命だ。

 

「いざという時は、仕方ないわね」

 

宇蘭は屋上で一人、ため息をついた。そして軽くジャンプすると屋上を飛び降り、夜の闇の中へ消えた。






──── 夜の部 五杯目に続く。

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