昼の部 五杯目
昼の部 五杯目
太一は「裏メニュー・恋愛相談」のワンドリンクで注文したクリームソーダを一気に飲み干した。グラスの底には氷と混ざったバニラアイスがうっすらと残る。それを意味もなく眺めたあと、ストローから口を離して溜息をつくのだった。数日前、前回の来店時にはあんなに浮かれていたというのに。
太一とカウンターを挟んで向かいに立つ翼は鼻息荒く聞いてみた。
「どうしたの太一さん。例の、ほら、素敵な人と何かあったの?」
翼は「夜の部」での出来事を話に聞いているので、それを思い出して気が気でなかったのだ。
太一の方はちらりと目線を翼に向ける。
「なんつうんすかね、あの子、サキコさん。最近ですよ、最近。突然、あんまり楽しそうじゃなくなっちゃって」
ほらきた! 翼にはこの話の合点がいっていた。
「ならさ、聞いてみれば良いんじゃないですか。サキコさんにどうしたの、って。何か理由があるよ、絶対!」
翼がぱっと声を明るくすると、太一は「いやいやあ」とカウンターにうなだれた。
「それはもうやったんすよ。そしたら、なんでもないです。とか言うんすよ」
「それで引き下がったわけ」
また、いつの間にか宇蘭がカウンターに頬杖をつき、太一の前、翼の隣に立っていた。彼女は目をじっと細めて呆れたように視線を送っていた。太一はぶうぶうと言い返す。
「あ、宇蘭さん。なんか嫌味っぽいっすよ。相手が嫌そうならやめるのが普通でしょ」
太一は起き上がって抗議した。しかし、宇蘭はそのままふん、と鼻を鳴らすのだった。
「馬鹿ね、それは引き下がったら駄目だわ。もっと深く聞き込まないと」
「それで話してくれなかったら?」
「話すまで待つのよ、じっとね。それで相手がその場から離れるなら本当に話したくないこと。離れないなら、本当は話したいこと。いいかしら?」
宇蘭がいかにも偉そうにそういうので、太一も思わず納得しそうになった。まあ、確かに。そういうものかも知れない。
「女を待てない男はモテないわよ」
トドメとばかりにまた得意気に諭してくる宇蘭に対し、子供みたいな見た目のくせに女を語るとは。太一は思わず言い返したくもなったが、やめておいた。前に「駄々っ子」のように騒がれたのを思い出したからだ。宇蘭オーナーは打たれ弱いのだ。
「まあ、はい」
結局、太一はふわっとした返事で落ち着かせることにした。
そんな大人たちのふわっとしたやり取りに痺れを切らし、いつものようにカウンター端で勉強していたトビオが思わず口を挟んできた。
「僕が思うのは」
視線はトビオに注がれる。
「そのお姉さんの気持ちになって考えてみた方がいいと思う」
その一言に、翼は「ほぅ」と感心の息を吐いてしまった。
「太一さんはお姉さんのことをどれだけ知っていますか。僕は知らない、だから想像できない。でも、太一さんならできるんじゃないですか」
少なくても僕より知ってるのだから。そうトビオは話を結んだ。本当に小学生なのか、この子は。太一は話の内容よりも感心が勝ってしまった。
しかし一理ある、とは思えた。たった数日間の間柄とはいえ、サキコのことを全く何も知らないということはあるのか。いや、知らないならば知れば良い。知りたいはずだ。そう思う、なぜならば──。
「そうか、俺はサキコさんのことマジで好きなんだ」
太一は気付けばそう呟いていた。それは自分でも驚いているような、そんな言い方だった。
この気持ちが「好き」なのか、それを客観的に判断するにはあまりに二人の出会いから日が浅すぎる。しかし、知りたいと思うその心に嘘はないだろうと確信は持てた。
太一は椅子から跳び上がり、さぞ嬉しそうにカウンター席の端っこで座るトビオの肩をばしばしと叩いた。
「そうかそうかトビオくん。君はすごい奴だ。俺は分かったよ、俺の心がさ」
「いたい」
太一に叩かれるトビオは眉間に皺を寄せて体を揺らしていた。それもすぐに止むと、太一はぽかんとしている翼に向き直った。
「ありがとうっす、今からサキコさんに連絡とって話してみますよ。翼さん!」
「あ、うん。そうだね、それが良さそうかも?」
「宇蘭さん!」
「人間ってのは、話せば分かるものよ。そうでしょ」
宇蘭にも言葉をもらうと、太一はよし、と気合を入れて代金をカウンターに乗せ、慌てて店を出て行ってしまった。
残された宇蘭、翼、トビオは呆然としてしまう。
「まあ、とにかく。太一さんが前向きに考えてるのなら良いのかな」
翼はやや困ったように宇蘭に視線を投げかけた。宇蘭の方も片方の口の端だけ上げて答える。
「あとは『夜の部』で確認ね。私たちは相談に乗るだけなんだから」
宇蘭は両手を天井に向けて大きく伸びをした。考えているのか、考えていないのか。
宇蘭は「学習」し、蓄積する。
心とはやっぱり面白い。
──昼の部 六杯目に続く
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