第7話 密着!メイド長の朝は早い 二
シルベスター家の皆様の食事の後私達も食事を終え、業務報告書をまとめ終わり、今は本棟のレイドヴィル様のお部屋の掃除をしているところです。
レイドヴィル様のお部屋は何というか……すごく整っている印象ですね。
私達の行っている清掃のルールとは少々異なりますが、自分なりに優先順位を付けて整頓をなさっているようです。
掃除が楽なのはとても良い事ですが、仕事のし甲斐はありませんね。
部屋には勉強の際に使う本や、今はありませんが模擬戦用の剣などが飾られていて、努力家な方だということが一目見てすぐに分かります。
壁にはイザベル様に満点をもらった時のテストなども飾られており、自然と頬が緩んでしまいます。
他の方にも沢山の満点を頂いているでしょうに。
イザベル様は、レイドヴィル様のお気持ちに気づいていらっしゃるのでしょうか。
幸い奥様と旦那様は結婚相手に厳しい条件は求めないおつもりのようですし、やはり大人になられたレイドヴィル様のお気持ち次第、という事なのでしょうか。
初恋の方が身近で勉強を教えている方とは、案外普通なところもあるのですね。
あの方は色々と規格外な方ですから、もっと想像もつかない方なのかと思っておりましたが……そこはやはり子供ですね。
将来どのような方になるのか、生まれた頃から知る私としては今からとても楽しみです。
そうして清掃を終えてレイドヴィル様のお部屋を出ると、もうお昼前。
レイドヴィル様のお部屋のお掃除はすぐに終わりましたから、報告書のまとめに思いのほか時間を取られてしまったようです。
そろそろ昼食の時間ですし、未だ眠っておられるミヤ様のお部屋へ参りましょう。
何も知らずに聞けば不健康な生活ですが、ミヤ様はその特殊な信仰から、多くの人が寝静まる時間に眠ることができないのです。
自身の望んだ信仰ではないと知っているからこそ何とかしたいという気持ちもあるのですが、本人がどうにもならないと仰っている以上、私はメイドとして全力で日々の生活のサポートをするまでです。
具体的には朝?昼?一番の挨拶からにいたしましょう。
「失礼いたします」
軽く二回ノックをしてから、静かにミヤ様のお部屋へと入ります。
ベット、椅子、机、カーテン、間接照明、全て黒で統一されたシンプルなお部屋。
ミア様のお部屋は、シルベスター家の方々の私室には劣りますが不自由の無いようにと配慮され、家具も王都で扱っている平民向けの物の中でも最高級品が用いられています。
特殊ではありますが客人として滞在されている方で、貴族の方を除けば一番の好待遇といってよいでしょう。
私はその境遇を詳しくは知りませんが、奥様はこれくらいのことは当然だ、と仰っていましたね。
昼間でも眠れるようにと特注で作らせた遮光カーテンを開き、ベットに仰向けに寝ているミヤ様を起こします。
静謐という言葉の似合うその寝姿は身じろぎの跡一つなく、二度と起きることはないのではないかと錯覚させます。
しかし少し声をかけるとすっ、と目を覚ます奥様とは真反対の寝起きの良さもあります。
目を覚ましたミヤ様は先程まで寝ていたという事実を感じさせることもなくこちらを見て、
「……お早う御座います…メイド長さん」
「おはようございます、ミヤ様。ただ今の時間は十一時半、もうすぐ昼食の時間でございます。身支度はいつも通りご自分でなさいますか?」
「はい…自分で」
「かしこまりました、ではそのように。お着替え等はそちらの机にご用意しておりますので、そちらをどうぞ。食事は本棟食堂へお越しくださいませ。それでは失礼いたします」
「はい…有難う御座います」
ミヤ様は排他的というほどではありませんが、一から十まで身の回りのお世話をされることを苦手に思っていらっしゃるようですから、ご要望に合わせるのもメイドの務めというもの。
先程用意しておいた着替えを勧め、一礼してからミヤ様の部屋を出ます。
……さて、次はお食事ですね。
本棟の食堂へ向かいながら、ふと窓から外を見ました。
空は青く澄み渡り、雲ひとつない快晴。
この天気なら洗濯日和ですね。
他の棟のメイド達も忙しく動き回っていることでしょう。
そんなことを考えつつ、私は本棟の廊下を歩いていました。
と、もうすぐ曲がり角というところで、向かい側からレイドヴィル様が来られました。
どうやらちょうどレイドヴィル様のお勉強がひと段落したところだったようです。
レイドヴィル様が私の方を見て、小さく頭を下げられました。
私もそれに合わせお辞儀を返します。
「お勉強お疲れ様です、レイドヴィル様」
「ありがとう、メイド長もお疲れ様」
軽く挨拶を交わした後、一緒に本棟の食堂へと向かいます。
私はまだ足の短いレイドヴィル様の歩調に合わせて、ゆっくりと歩きます。
「お勉強の調子はいかがですか?」
「うん、みんな色んな事をいっぱい教えてくれるからついていくので精いっぱいだよ。魔術の制御も全然うまくいかないし……けど、頑張ってついていかなくちゃね」
こちらを見上げながら楽しそうに話すレイドヴィル様。
教わったことの殆どをすぐに吸収してしまうレイドヴィル様にしては珍しく、少しばかりナイーブになっておられるようです。
それほどまでに天がレイドヴィル様に与えた魔術は強力で、制御が難しいのでしょう。
「気にすることはありません。まだまだ六歳と少し、成長の余地は十分にありますとも」
「うん、ありがとうメイド長!」
ニコッと笑みをこちらに浮かべるレイドヴィル様。
レイドヴィル様と私は身長差が五十センチ近くあるため、並んで歩くとどうしても私が見下ろしレイドヴィル様が見上げる形になってしまいます。
しかし最近は徐々に身長が伸びてきておられるようで、時折嬉しそうに報告してくださいます。
やはり男性は上背があった方が見栄えもよいですからね。
貴族の例に違わず……いえ、貴族の中でも特に恵まれた容貌をお持ちのレイドヴィル様は、背丈が伸びれば将来さぞおモテになる事でしょう。
まあ、背を伸ばしたいからと言って調理室に備蓄してある、牛やら馬やらのミルクを何リットルも飲んでしまわれるのは、料理人が涙目になっていたのでやめてあげてほしいのですが……。
「しかし先程の礼はきちんとできていましたよ?礼儀作法は細かいものが多いですからね、それに種類もたくさんですし」
「んー、でも礼儀作法はお手本の通りにすればいいだけでしょ?計算とか戦術とかの方が考えることがいっぱいで難しいよ」
言われたことをすればいいだけ、ですか……そう言うのは簡単だと普通は思うのでしょうが。
それもレイドヴィル様の持つ好奇心と才能の成せる業でしょうね。
しかも言われていないことも自分で考え、模索し、実践する。
今も顎に手をやっているレイドヴィル様は、既にその境地にいらっしゃいます。
貴族の跡継ぎが、レイドヴィル様の様な歳から英才教育を施されるのは珍しいことではありませんが、言われたことを言われたままにするだけの方もまた、珍しくはありません。
その点で言えば、レイドヴィル様はもう立派な貴族……と考えるのはやや身内贔屓が過ぎるでしょうか。
「今日のお昼はご要望通り肉や魚をメインに、体づくりのもとになる食材を多く使っております。この料理を食べれば、きっと身長も伸びますよ」
「本当!?はやく、はやく行こう!」
嬉しそうな表情を顔いっぱいにのせて私の手を引くレイドヴィル様に、こういう所はまだまだ子供っぽいなと思いながら、されるがままに駆け足で食堂へと向かいました。
―――――――――――――――――――――――
「ようこそいらっしゃいました、ボールド・フォン・アージェント様、エミリー・フォン・アージェント様。我ら一同、お二人のご来訪を歓迎いたします」
本棟玄関三時頃、いらっしゃったお客様に対し、私とベルト殿を含めた十数人のメイドと執事が一斉に深いお辞儀を行い出迎えます。
いらっしゃったのはシルベスター家の分家に当たる、主にシルベスターの領地の統治を任されているアージェント家のご当主、ボールド様とそのご息女エミリー様、加えて経営補佐官の方とメイドが一人。
本日この方々は最近行われていなかった、三か月に一度の領地経営の直接報告にいらっしゃたのです。
細く鍛えられている旦那様と正反対に、壁と見まがう大きな体躯ははち切れんばかりに鍛えられ、短く切りそろえられた髪はややくすんだ銀髪。
ボールドウィン様とお会いするのも慣れたものですが、その威圧感だけは未だに慣れることがなさそうです。
普段の報告には補佐官の方と二人でいらっしゃるのですが、今日は可愛らしいお客様もご一緒のようです。
勝気そうな目に固く引き結ばれた口に、お父様よりもやや透き通った銀髪、少しでも立派に見られようと伸ばされた背筋が微笑ましいこの方は、ボールド様が来るたびに自慢なさっていた愛娘のエミリー様です。
普段見えないアージェント家のメイドは、エミリー様専属のお世話のための人員のようですね。
「出迎え感謝する。三日ほど滞在することになるが娘共々世話になる。ほら、エミリーも挨拶しなさい」
「エミリーです。みっかかんほどおせわになります。よろしくおねがいします」
たどたどしくお話しされペコリとお辞儀したエミリー様に、私は緩む頬を抑えながら目線を合わせ、
「はい、何かあればすぐに周りの者に申し付けてくださいね」
「では早速報告をしたいのだが……会談中、エミリーは騎士団の方に預けようと思うんだがよろしいか?」
「かしこまりました、それではエミリー様の方に部下を何人か付けましょう」
「メイド長、其方もエミリーに付いてやってはくれんか。何かと心配でな」
私の提案に対し、私も付いていってほしいと言うボールド様。
貴族の中でも有数の厳重な警備を誇るこのシルベスター邸では、然程危険もないでしょうに。
厳つい顔でおやば――いえ、娘思いの大変良いお父様です。
「承りました。ではボールド様はあちらのメアリーがご案内いたします。奥様と旦那様は部屋でお待ちです」
「うむ、感謝する。ヘクター、姉上達への土産は」
「こちらに」
「よし、では参ろうか」
ボールド様は補佐官の方から奥様と旦那様へのお土産を受け取り、メアリーの先導のもと会談へと向かって行きました。
ボールド様は奥様の弟君にあたるお方で、シルベスター家にいらっしゃる際は奥様へのお土産を絶対に欠かさないのです。
こう言っては心外だと怒られるかもしれませんが、見た目とは違ってマメな方なのでしょう。
「それではエミリー様、私達も参りましょう」
ボールド様達を見送ってからすぐ、私もエミリー様と共に玄関から出て訓練棟へと向かいます。
エミリー様にとって初めての本家は珍しい物ばかりらしく、辺りをきょろきょろと見回して落ち着きがありません。
領地の外に出るのはこれが初めてのようですし、存分に楽しんでいって頂けるよう精一杯もてなさせていただきますとも。
「メイドちょーさん、あれはなに?」
「あれですか?あれはシルベスター家初代当主、レギン・シルバーの功績を称えて作られた銅像です。後世の人間が想像で作ったものではなく、本人が実際に生きていた頃に作られたものだそうですから、かなり似ているはずですよ」
「へぇー、じゃああれは?」
「それは……」
時折元気一杯にあれはなに?これはなに?とお聞きになるエミリー様の質問に答えながら、私達は闘技場に到着しました。
「わたし、きしのかたがたの戦いが見てみたいわ!」
「今日は丁度模擬戦の日のはずですから、きっと見られると思いますよ」
「ホント!?いちど見てみたかったのよ!楽しみだわ!」
瞳を輝かせながら楽しそうに模擬戦に期待を寄せるエミリー様。
しかし残念なことに、エミリー様が楽しみになされていた模擬戦は丁度終わってしまっていたようで、今は模擬戦を行っていた騎士団員達が休憩を行っているところでした。
「むぅ……」
いけません、エミリー様がむくれていらっしゃいます。
私は急いで疲労困憊といったところの騎士の方々にお願いをし、もう一戦してくださるように取り計らいました。
私が心を鬼にしてお願いすると、団員の方々は妙に透き通った表情で快く承諾してくださいました。
……皆さんの視界の端に期待の表情を満面に浮かべたエミリー様が映っていたのは、わざとではありませんからね?
「坊ちゃん!坊ちゃんはどうします?」
やがて騎士の一人が大きな声で人の多い所へ声を掛けると、人込みの中からレイドヴィル様がお見えになりました。
姿が見えないと思っていましたが、あんなところにいらっしゃったのですね。
「僕もやるよ。そっちの子は?」
レイドヴィル様は模擬戦の参加を言った後、エミリー様に誰何を問われました。
すると、エミリー様お付きのメイドの方が目配せをしてきます。
どうやらここは任せろということのようです。
「お初にお目にかかります、レイドヴィル様。こちらはボールド・フォン・アージェント様が娘、エミリー・フォン・アージェント様です。お嬢様はレイドヴィル様の従姉妹にあたります」
「エミリー・フォン・アージェントです。五さいです。いごおみしりおきを」
お洋服の裾を摘み、ちょこんとカーテシー。
その幼いながらも洗礼された所作から、エミリー様の努力が伝わってくるようです。
「なるほど、そうなんですね。申し遅れました。僕はレイドヴィル・フォード・シルベスターと言います。こちらこそよろしくお願いします、エミリーさん」
「あ、あのっ!エミリーで、いいから…」
「じゃあ僕もヴィルでいいよ。親しい人はそうやって呼ぶんだ。よろしく。エミリー」
「…………」
膝を擦り合わせ、下を向いてもじもじ。
胸に手を当て、爽やかな笑みと共に完璧な礼で応じたレイドヴィル様に、エミリー様は顔を赤くしています。
何事にも物怖じせずに突撃していくと聞かされていたエミリー様をここまで……。
この歳で幼いとはいえ女性を惑わすだなんて、ご自分の容姿を分かってわざとやっているのでしょうか。
いえ、無自覚だと分かっているからこそ私も戦慄を隠し切れないのですが。
ふと隣を見ると、アージェント家のメイドの方が能面のような顔の険しい眼差しをレイドヴィル様に送っています。
これはいけません。
「それではエミリー様、ここは危ないですから、どうぞこちらへ」
「あ……ええ」
模擬戦の邪魔になりますからねー、などと言いながら何とか誤魔化し、エミリー様達を二階席の方へと誘導しました。
先程専属のメイドの方が言っていた通り、奥様とボールド様は姉と弟の関係で、そのお子であるレイドヴィル様とエミリー様は従姉妹の関係に当たります。
こうして後ろを付いてくるエミリー様を見ていると、雰囲気がレイドヴィル様と少し似ていることも分かります。
そんなエミリー様が席へ着くと、丁度戦いの準備も終わったのか、対戦する騎士以外が捌けて二人が所定の位置に立ち、向かい合い――
「「『
同時にそう叫ぶと足元の魔術刻印が反応、二人の騎士の輪郭が一瞬、ゆらりと曖昧になりました。
これこそは大昔、時の魔術師ミリジスタが誰一人死ぬことなく決闘ができるように、より安全に魔術の訓練ができるようにと編み出した保護魔術の一種。
術式名は宣誓の言葉通りの『
それは今は亡き主――女神ゼレス様に公正を誓う言葉。
戦闘参加者が同時に詠唱することで魔術が発動、対象の存在を世界から半歩ずらし、代わりに魔力によって体を再構成することにより模擬戦事故の可能性を完全に消すことに成功した、人類史に残る大発明です。
一回一回の発動がやや高価なのが唯一の欠点ですが、発動条件が魔力を持っている事という一つだけで誰でも使用可能であるということ、備え付けられている装置から痛みの度合い等細かい点を調整できることなどがより評価されるポイントでしょう。
肉体の再構成が一瞬で完了し、二人の騎士が激突、激しく斬り合っています。
戦いに詳しい方ではありませんが、どうやら二人の実力は互角のようで先程から拮抗した戦いを繰り広げています。
エミリー様も、へーふーんなどと言いながら戦いを注視していらっしゃいます。
二人の騎士はそのまま数合斬り合った後、こちらから見て奥の方が相手の右腕を撥ね、勝負が決しました。
審判役の騎士が制御装置を操作すると再び二人の輪郭がブレ、斬られた右腕から小さな傷まであらゆるケガが元通りになりました。
それから間髪入れずに次々と模擬戦が行われ、数戦を終えた頃、
「…………」
エミリー様がなんだかそわそわしてらっしゃいます。
その鋭い目を燃やし、模擬戦を見つめるこの表情はまさか――
「お嬢様も参加なさいますか?」
「やるわ」
専属のメイドの方が察したように一言。
それに答えて意気揚々と立ち上がったエミリー様に続くように、後ろのメイドの方がそそくさと準備を始めています。
やはりこうなりますか……。
「エミリー様も参加なされるのですか?」
「ええ、もちろん!」
どうやらエミリー様のご意志は固そうです。
騎士の方々では年齢差がありますし、同じような年齢と言えば自然と――
「それなら僕が相手になるよ」
レイドヴィル様がフィールドの中からこちらへひらひらと手を振っています。
まあ、エミリー様のお相手として、レイドヴィル様以上の適任はいないでしょう。
それを見て、待っていましたと言わんばかりに走って階段を下りて行ったエミリー様。
「わたしはつよいんだから!せーせーどーどー勝負よ!」
「お手柔らかにお願いするよ、エミリー」
やがて然程待つこともなく闘技場の中央に二人が揃い、一言交わしてから装備の確認などを行なっていきます。
まだ魔術の安定していないレイドヴィル様の方は、簡易な防具に片手剣の近接戦スタイル。
対するエミリー様は、十五センチほどの短い魔術杖で魔術戦を得意としているようです。
そのままお二人は獲物を目の前に掲げ、声をそろえて誓います。
「「
輪郭がブレて模擬戦が開始、距離が開くことの不利を理解しているレイドヴィル様が一直線に駆けていきます。
普段から大人の騎士を相手にしているだけあってその身のこなしは鋭く、瞬く間にその距離を縮めていくレイドヴィル様。
すわこのまま決着がつくかと思われた、その時――
「風は此方に、『落葉』!」
突如突風の壁が発生、残り数メートルという所でレイドヴィル様の幼い体躯が浮き、抵抗できず開始地点付近にまで戻されてしまいます。
私は思わず息を呑みました。
驚いたのは私だけではないでしょう。
その威力、発動速度、どれも申し分なく、大人であってもあの威力の風では進むことも困難なほど。
弾き飛ばされたレイドヴィル様は、その威力に驚きつつも意識を切り替えて着地し、今度はジグザグと動きながら接近していきます。
その挙動からも、レイドヴィル様の警戒度合が窺えます。
「『風よ』!『風よ』!『風よ』ッ!」
蛇行しながら接近するレイドヴィル様を捕らえようと、進路を遮るよう風の刃が設置されていきます。
対するレイドヴィルも避ける、避ける、避ける――。
相手も子供とはいえ、魔術は大人顔負けの威力です。
膨大な量の魔術を避けるのは困難と判断したのか、レイドヴィル様は右手の剣を傾け風魔術をいなし始めました。
確かに角度をつけていなすだけならば、子供の身体と筋力でも可能でしょう。
キンキンと硬質な音をたてながら魔術を弾いていくレイドヴィル様ですが、
「!?」
唐突に放たれた風の鞭に対応しきれず足を取られ―――
―――――
「負けてしまいましたね」
「うん、完敗だった。あの年であんなに魔術が使えるなんてね……手も足も出なかったよ」
「そうでしょうか?私はあと少しだったように思いますが」
あの後、足を拘束する鞭を斬りエミリー様を目前にまで捉えたのですが……
「あれだけ精密な制御をしてやられたんだ。気持ちいくらいに負けた」
エミリー様はレイドヴィル様を目前にしても冷静に、自身を中心に大量の魔術を展開。
自分を囮に使った魔術に対応しきれず、勝負はレイドヴィル様の負けに終わってしまいました。
エミリー様のあの嬉しそうなお顔と言ったら……
しかしレイドヴィル様も、ご自分の言葉通りどこか清々しそうなお顔をしていらっしゃいます。
こうした経験も、将来につながる糧となるもの。
どうかこれからも変わらず、成長し続けてほしいと願うばかりです。
さて、時間はもう夕方、旦那様方も会談を終えられたことでしょう。
体を動かしたレイドヴィル様やエミリー様のためにも、おいしいご飯を作らなくてはなりませんね。
……私は調理班ではありませんが。
―――――――――――――――――――――――
「ふぅ、これで終わりです」
暗い部屋の中、わずかな明かりを頼りに私は今日の報告書を書いていました。
声に出して終わりを自覚し、少し伸びをしながら窓の外を覗くと、一面に綺麗な星空が広がっているのが見えます。
今日も大変な仕事量でございました。
すると当然書類に残さねばならない業務内容も、それなりのものになります。
しかし本当に大変なのは明日……例の件の本番当日なのです。
ボールド様とエミリー様が今日いらっしゃった理由は、領地経営の報告もありますが、もう一つ極めて重要な案件があったから。
私達使用人も明日の準備に奔走し、暗躍していました。
これらは全て明日のため、そう、明日は――
「レイドヴィル様の、七歳の誕生日ですからね……」
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