第5話 幼き変化 二
「そうか……報告ご苦労だった。ではヴィル、どんな魔術特性だったか話してくれ」
ジャンドの報告を受け、この場の全員が状況を把握した。
そして本題に入り、部屋の緊迫感が高まっていく。
シルベスターの一人息子であるレイドヴィルの魔術特性、それには本人も両親も、そして騎士達も日頃から関心を寄せていた。
特にアルシリーナは、レイドヴィルを生んだ後母としての力を使い果たしてしまったのか、第二子に恵まれる事が無く、貴族としての責務が十全に果たせない悔しさから、レイドヴィルに一層の期待感を抱いていた。
そしてそんな期待は、寄せられるレイドヴィルもひしひしと感じる所であった。
仮にその特性が見所の無いものであったとしても、誰も落胆など見せないという事は分かっているが、期待には応えなければならない。
その緊張に唇を軽く湿らせてから、レイドヴィルが口を開く。
「はい。まず基本八属性ですが、どれも適正はありませんでした。エクストラです」
「そう、やっぱり私の血筋かしら。それにしても随分と極端に特徴が出たわね」
エクストラとは、基本八属性―火、水、氷、風、土、雷、光、闇―の適性に乏しい、特殊な魔術特性を持つ者の事を指す。
シルベスター家の血筋は、初代当主から極めて高い確率でエクストラが生まれるのが特徴であり、それが複数の代で偉業を成し遂げてきた理由でもある。
その為、レイドヴィルが例に漏れずエクストラである事を予め予想していたアルシリーナとヴェイクには、然程の驚きは存在していなかった。
故に、真に重要なのはここからだ。
「――僕の魔術特性ですが、エネルギー操作という魔術特性でした」
「エネルギー、操作?」
あまりに聞き慣れない単語に、ヴェイクが思わず反芻し聞き返す。
アルシリーナもヴェイクも、レイドヴィルの出生に際していずれ発現するであろう魔術特性である、エクストラについて事前に調べていた。
過去に存在したエクストラの魔術師、その能力についてかなり詳しくなった自負が二人にはあったのだが、寡聞な二人をして未知の魔術特性だったのだ。
「はい。詳しく言えば、運動、位置、重力、魔力などのエネルギーへの干渉と相互変換、指向性の操作ができるみたいです。相互変換に制限はなく、どのエネルギーにも自由に変換が可能です」
「ちょっと!ちょっと、待ってね」
淡々と説明を続けるレイドヴィルに、アルシリーナが思わず手の平を突きつけて待ったを掛ける。
驚きの情報の連続に、脳の処理が追い付かなくなったのだ。
とはいえそれも一時的なもの、驚きが静まり元の冷静な思考が戻れば、レイドヴィルの言葉の内容にも理解が及び始める。
魔術によってエネルギーへ干渉できる、これに関しては見た事も聞いた事も無いが、まあ良しとしよう、エクストラは往々にしてこうした特異な魔術を行使するものだ。
アルシリーナが気になった問題は後者の方、相互変換の内の魔力という部分だ。
エネルギーを魔力に変換できる、それはつまり――
「――魔力が尽きない……魔術を、魔力という制限なく行使出来るという事?」
「一瞬でそれを見抜くとは、さすがは母様です」
「――――」
ニコニコと事実を認めるレイドヴィルに、彼を除いたその場の三人が言葉を失う。
魔術という概念には、一口には語り切れない程実に様々な枷がある。
自身の得意属性や発動条件、魔術出力、有効範囲、有効距離、出力限界などがそれに当たり、その他にも多くの法則に縛られているのが魔術という存在だ。
その中でも、特に魔術と切っても切り離せない絶対の制約が術者の魔力量である。
魔術師というものは皆、如何に魔力を上手く使うかという事に重点を置き、術式に工夫を凝らす。
無論保持魔力量の多い魔術師は気にしない事も多いが、それでもやはり限界というものはある。
故に可能な限り少なく、節約しながら自らの望む結果を求める――それが優れた魔術師というものなのだ。
しかし、魔力という枷から解き放たれているというレイドヴィルだけは違う。
文字通り際限無く、常に100%全力の魔術を、魔力ではなく体力の続く限り行使出来るのだ。
そのような魔術師をアルシリーナは知らない、そのような魔術師をヴェイクは知らない、そのような魔術師をジャンドは知らない。
そのような異質で異常で規格外の魔術特性は、誰も知らない。
やはりこの子は、レイドヴィルはミアの言う通り――
「しかし、まだ魔術が偶然使えただけです。有効範囲も本来なら半径十メートル以上はあるはずなのに一メートル程。今は無詠唱や無詠陣どころか、詠唱込みでも発動に手間取っている段階です。理想は無詠陣なので、これからは魔術に重点を置いた訓練に切り替えてやっていこうと考えています。――ということで父様、母様!これから訓練に付き合ってくれませんか?」
思案に耽るアルシリーナだったが、レイドヴィルの発言で意識が現実へと戻ってくる。
今はまだ、この事をレイドヴィルに伝える段階ではない。
まずはキラキラと期待に目を輝かせてこちらを見る、レイドヴィルに返答するのが先だ。
「ごめんなさいねヴィル。私もヴェイクもこれからまだお仕事があって、明日も朝が早いのよ。今度、必ず時間を取るわ」
「あ……分かり、ました。僕の事は気にせずお仕事、頑張ってください」
「ええ、ごめんなさいね、ありがとう。ヴィルもケガの無いように気を付けて」
「完璧に使いこなして父さん達を驚かせてくれ。ジャンドも、ご苦労だった」
「うん、ありがとう。それじゃあ、失礼しました」
「は、はい!失礼しましたぁ!」
報告を終え、先に執務室を出たレイドヴィルに続き、ジャンドも部屋を出てなるべく音を立てないようにそっと扉を閉め、どこか寂しそうな背中を見せるレイドヴィルへと小走りで追いつく。
窓から覗く外はすでに暗く、僅かに欠けた月が雲の合間から顔を覗かせている。
満月が近いがほんの少し足りないその姿に、ジャンドは少しの寂しさを覚えた。
しかし視線を落とすレイドヴィルを見て、何か言葉を掛けなくてはと考える内にそんな感傷は霧散した。
「ま、まあ仕方ないっすよ。お二人ともお忙しいでしょうし。その分、自分達が全力で特訓に付き合いやすから!」
「うん、ありがとう」
「……あー、にしてもすっげぇ魔術特性っすね!もう可能性しかないじゃないっすか!!エネルギー操作なんて聞いた事も無いっすよ!」
「多分思いついてないだけでもっと色んな使い方があるんだろうね。もっと頑張らないと……これからまたよろしくね」
「も、勿論っすよ。はっはっは、はぁ」
弱々しい笑みを浮かべるレイドヴィルに気づかれないよう、小さな溜息を吐く。
――仕方の無い事ではある。
シルベスターといえば三千年前の英雄、レギン・シルバーという人物から始まった、公爵家に数えられつつも独立した騎士団を持つ事を許された、極めて特殊な立ち位置にある貴族だ。
王国内では王族に並ぶ程の扱いを受けており、政治的な発言力も極めて高い。
それ故の忙中有閑ならぬ忙中無閑といった所か。
騎士団としての任務、一貴族としての会食や面会、シルベスター家としての公務などエトセトラエトセトラ。
同じ他の貴族達であっても、彼らの一日の予定を見ただけで白目を向きたくなるであろう程の多忙さである。
自然、レイドヴィルとのスキンシップの時間を取る事すらもままならない。
最近レイドヴィルが特に懐いているのはミアとイザベルで、随分仲良くやっているようだが、やはり親の代わりにはなり得ないものだ。
先程も魔術の訓練という名目で両親と遊ぼうと画策していたようだが、分厚い予定の壁を超える事は出来なかった。
肉体的、知識的なスッペクだけを見れば同年代のそれを大きく上回っているものの、まだ七歳に満たない子供だと改めて気付かされる。
まだまだ親に甘えたい、遊びたい年頃だろう。
レイドヴィルの落ち込む気持ちは、お世辞にも親との仲が良かったとは言えないジャンドにも分かるというもの。
だが――
(その沈んだ顔、すぐにでもひっくり返してやりますよ……)
レイドヴィルを慕う団員達、現状を憂う侍従達を中心にある壮大な計画が動きだしている事を、レイドヴィルはまだ、知らない。
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