第4話 幼き変化 一


「ふっ――――!」


 鋭い息遣いと共に、まだ幼さの残る鍛えられた腕が、貫手の形で幼くない速度で繰り出される。

 一定以上の腕を持つ者でなければまず受けられないであろう攻撃。

 空間を割くような一撃は、少年の目の前の男の喉笛へと迫り――


「よっと」


 左腕で流すようにいなされる。

 男と少年、その体格差を埋めるように低く放たれた返しの蹴りが、急所を狙って着地する後隙の発生した少年の足元を刈る。

 咄嗟に再び跳ねて中空に逃れた少年に、今度は男の右の中段蹴りが胴を薙ぐように襲い掛かる。

 対する少年は上体を後ろに倒し、腕をバネに地面に付いて後ろに飛び、男と距離を取る。


「いい動きっすよ、その調子その調子」


 乱れた呼吸を落ち着けるために深く息を吐き、少年――レイドヴィルは余裕を見せる男と相対する。

 レイドヴィルは六歳になった。

 以前よりも知識量は増え、肉体的にも精神的にも大きく成長した。

 将来立派に銀翼騎士団シルバーナイツを率いる事が出来るようになる為の成長意欲は留まる所を知らず、むしろその欲はどんどんと増しているように感じられる程だ。

 そうしてもうすぐ七歳になろうかというある日、レイドヴィルにある変化があった。

 それはいつも通りに、容赦の無い騎士団員を相手に模擬戦をしている最中だった。


(なんだろう、この感覚……)


 普段意識しても感じ取る事など出来ない、体中を血液が流れていくような、そんな奇妙な感覚が詳細に感じ取れたのだ。

 勿論、それが本当に血が流れている感覚ではない事は、レイドヴィルにも分かっている。

 より具体的に言うならばそう、これまでは塊のようだった、水溜まりのようだった魔力がかたちを得たかのような――


「よそ見っすよ、っと!」


「ッ!!」


 身体の内側へと意識を潜らせていた結果、レイドヴィルは男の掌打を容易く受けてしまう。

 半ば本能で両腕を滑り込ませはしたものの、体格差と筋肉量の差は歴然、であれば結果も知れるというもの。

 空中へと勢い良く弾き飛ばされるレイドヴィル、だが騎士団員は手の平の手応えに軽く首を傾げる。

 相手が体重の軽い子供だとはいえ、想像していたよりもずっと手応えがなかったからだ。

 しかしそこは子供と大人、そこそこの力を込めた打撃が生む本来の結果は、レイドヴィルの身体を浮かせ、二メートル程吹き飛ばす事だっただろう。

 だが――


「んな!?――ゴハ!!」


 結果は違った。

 レイドヴィルの身体が浮き、吹き飛ばされた所までは男の予想通り。

 しかし吹き飛んだ先で突如魔法陣を展開したレイドヴィルは、その身を反転、相手に向かって突進・反撃してきたではないか。

 レイドヴィルの信じ難い動きに硬直した男は、信じ難い威力の飛び蹴りを胸に受け、一メートル程吹き飛ばされ、バウンドして尻もちを着いた。


「…………」


 遠くから見守っていた他の指導役の騎士団員達も、自分達の目の前で確かに起きた光景に口を閉じる事ができない。

 周囲の注目を集めるレイドヴィルは、自分に起こった現象を確かめるように掌を握り、開き、再度握り開く。

 先程の感覚は、ここまでの人生でまるで覚えが無い感覚だった。

 だがレイドヴィルは無意識の内にそれを使い、更に反撃まで行う事が出来た。

 それは幼い身に起きた成長と変化、そして――


「……魔術特性が、分かった」


 静まり返った訓練場に、レイドヴィルの重く呟く声だけが響く。

 レイドヴィルとその模擬戦相手の騎士団員ジャンドは、揃ってアルシリーナとヴェイクの元へ向かう事になったのだった。


  ―――――


 ――執務室。

 そこはアルシリーナとヴェイクが部下からの報告を聞いたり、銀翼騎士団シルバーナイツの指揮を執ったり、貴族としての政務を行ったりしている、銀翼騎士団シルバーナイツの中核とも言える場所である。

 見た目で見栄を張る事を第一に考える一部の上級貴族達とは違い、実用重視の落ち着いた調度品が揃えられ、執務第一といった様相だ。

 もっとも、それがこの部屋に飾られている調度品の価値を表している訳ではないのだが。


「そう、魔術特性が発現したのね!平均よりも早いけれど、やったじゃない!」


「どんな特性かは聞いてみなければ分からないが、どんなものであれ喜ばしい事だ。私達はそれを馬鹿にしたりはしない。遠慮なく言いなさい」


「はい!!父様、母様!!」


「――――」


 アルシリーナが喜びを満面の笑顔と声色で、ヴェイクが安心させるように声をかけ、レイドヴィルが大きな声で答える。

 暖かい関係、家族水入らずの優しい時間――とはならない理由が一人。

 それはレイドヴィルのやや後ろ、銅像もかくやという程に固まって立っている男が原因だ。

 そう、魔術特性が発現した際にレイドヴィルの模擬戦の相手をしていた人物である。

 ここで少しその人物、ジャンド・アギュラーという男の話をしよう。

 彼はスピアナという辺境の村で生まれた、田舎生まれ田舎育ちの平凡な人間だ。

 特筆すべき事の無い平凡な農家の家庭で育ち、特筆すべき事の無い幼少を過ごす何という事もないジャンド少年。

 その後何事もなく大人になった彼は父親と喧嘩、勘当を言い渡され、無事一人で村を出る事となった。

 無事、そう、無事だ。

 彼は常々村を出たいと考えていた。

 このまま村にいれば、両親の後を継いで農家になる未来は明白。

 大人になったジャンドは、そんな終わりの見える人生を歩む気は毛頭なかった。

 さらに彼には、将来騎士になりたいという夢もあった。

 無論ジャンドとて、父親と喧嘩別れをしたかった訳ではない。

 可能ならば両親の同意と激励の言葉を胸に、笑顔で背を押され村を出たかった。

 ただ些細な言い合いが大喧嘩へと発展、売り言葉に買い言葉で出て行け、出て行くとお決まりの問答を経たジャンドは、その日の内に荷物を纏め、スピアナ村を出たのだった。

 馬車を乗り継ぎ、途中道に迷いながらも首都テルミアまでやってきた彼は宿決めもそこそこに、早速王国正騎士団に入団を申し込んだ。

 未来への希望と、自分を否定した田舎の父親を見返すのだという決心を胸に。

 結果は生憎の不合格、というよりそれ以前の問題、入団試験的すら受けさせてはもらえなかったのだ。

 訪れたのがもう少し後であれば採用もされただろうが時期が悪かった、当時の正騎士団は血統を重視していた為、田舎出身のジャンドは門前払いを食らったのである。

 そんな事を知る由も無く、なけなしの金で酒を呑むジャンド、そこで彼を拾ったのがヴェイクだ。

 ヴェイクはジャンドの肉体が良く鍛えられている事を見抜き、酔った勢いでくだを巻く彼の発言から騎士になりたいという事を知った。

 当時銀翼騎士団シルバーナイツは丁度大規模な魔獣討伐で欠員が出た為、たまたま団員募集の知らせと並行して、副団長自ら新入団員をスカウトしていたのだ。

 正にうってつけのヴェイクの言葉を聞き、ジャンドは一も二もなくその話に飛びついた。

 恥も外聞もなく土下座をして、自分の胸の内にあった憧れと夢を酒の力を借りつつ叫んだ。

 八年前の『災牙討伐』はまだまだ記憶に新しく、未曾有の被害をもたらした魔獣の討伐を主導した銀翼騎士団シルバーナイツは、国民にとって王国を象徴する輝き。

 国民からしてみれば、そんな英雄の家系たるシルベスター健在を示した二人は、生きる英雄も同然である。

 そしてそれはジャンドも例外ではない。

 かくしてジャンドは銀翼騎士団シルバーナイツへと招かれ、そこで一流の騎士となるべく鍛錬に励んだという訳だ。

 閑話休題。

 そんな訳で、英雄二人を前にジャンドは身動き一つ取れない程に緊張していたのだ。


「魔術特性の事を聞く前にヴィルが魔術を発現した時の状況を聞いておきたい。ジャンド、報告してくれ」


「は、はいっす!ええと……」


 ヴェイクからの問いに頭の中身を真っ白にしながらも、ジャンドは訓練中に起こった事の詳細を二人へ報告していくのだった。

 尚、後のジャンドはその際にどんな話し方をしたのか、一切記憶に残っていなかったと証言している。

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