第3話 幼き日常 二


 その後、イザベルと時間一杯までボール遊びをしたレイドヴィルは訓練場へと向かい、騎士団員達に簡単な肉体作りのメニューを受けていた。

 剣術や槍術といった具体的なものではなく、走り込みや筋肉トレーニングなどの基礎能力強化の類いの鍛錬だ。

 将来騎士として剣を振るにしろ魔術を使うにしろ、肉体が鍛えられていて損をする事はまず無い。

 どんな戦い方をしていたとしても、最後にものを言うのは地力の差、即ち肉体と体力だからだ。

 そうしてキツイ肉体作りが終われば、しばらくの休憩の後、またすぐに次の授業である座学が始まる。

 四歳児にはかなり厳しいスケジュールではあるものの、レイドヴィルからしてみれば半ば物心付く前から続けている事な為、本人は特に苦には感じていない。

 幼いながらに聡いレイドヴィルは自分が強く在る必要を感じており、また周囲に期待されている事も分かっていた。

 体を動かす事、学ぶ事は楽しいものだが、同時にやらなければならないものでもあるのだ。

 運動の授業を終えたレイドヴィルは汗や汚れを落とす為の水浴びを終え、メイドからタオルを受け取り、やや行儀は悪いが頭を拭きながら教師の待つ部屋へと向かう。

 レイドヴィルに英才教育を施している者達の殆どは本職が家庭教師ではなく、銀翼騎士団シルバーナイツに所属している騎士だ。

 騎士団としての任務をこなしつつ、空いた時間に自分の教えられる範囲でレイドヴィルの相手をしている。

 教えている内容は、歴史や魔術の仕組みなど基本的な勉学から、一体いつ使うのだと言いたくなるような専門的な知識に、果ては過去に経験した任務の苦労話や冒険譚まで多岐に渡る。

 事情があって屋敷の外に出られないレイドヴィルの為にと、騎士達の外出時には各々土産話を探すのが恒例となっていたりする程だ。

 これから受ける授業の内容は、王国と世界の歴史についてだ。

 一般常識である為教える人間を選ばない授業ではあるが、今日は大規模な魔獣討伐があるせいで、時間のある人は限られている。

 今日の先生は誰かなぁなどと考えながら、レイドヴィルは指定されているいつもの部屋の扉を開ける。

 授業の時間までは、まだもう少し余裕があるはずだが――


「やあ、ヴィルくん。さっきぶりだね」


「!ベル姉!?」


 待っていたのは意外な人物、少し前まで一緒に遊んでいたイザベルだったのだ

 部屋の椅子に座るイザベルは、レイドヴィルを驚かす事が出来てしたり顔である。


「んふふー、今日はこのベルさんが歴史を教えてあげようじゃないか」


「てことは今日はベル姉暇なの!?」


「うぐ」


 サプライズ的に今日の歴史の先生が分かった所で、イザベルの精神がちょっとした軽傷を受けつつも、授業が始まった。

 頭を拭いたタオルを掛け、レイドヴィルが手招きするイザベルの横に座った所で教科書を開く。

 教科書とは言っても、特に学習用に制作されたものでは無く、便宜上そう呼んでいるだけに過ぎない図鑑なのだが。


「今日は確か……七本剣の成り立ちからだったよね?前はどこまでやったの?」


「えっとね、七本剣は世界で最も強いって言われてる剣の事で、その内の氷華剣イーズ、風雅剣ヴィ―ド、剛剣ハート、封刀"影塵"までは習ったよ。どの剣にもきちんとした歴史があって面白いよね」


 学習の進捗状況を問われ、レイドヴィルは思い返すように上を見上げながら、詰まる事無く指折りスラスラと答えてゆく。

 レイドヴィルの凄い所を挙げるのならば、真っ先に出てくるのはその貪欲な知識欲だろう。

 学んだ事を忘れないだけでなく、疑問を疑問で終わらせない向上心。

 ここはこうなの?あれはどうなの?と、一つに付随する関連知識すらもスポンジのように次々と吸収していくのだ。

 ものを教える側としては、正に理想の生徒である。


「おーけーおーけー、しっかり覚えているようだね。それでこそ教え甲斐があるというものだよ」


 イザベルはむにむにと満足そうに口元を動かし、『武具の歴史』を"影塵"の次のページまで開く。

 開いたページには、灰峰剣フラムレイグの挿絵と説明文が載っている。

 柄の半ば程から巻き付くように炎を模した装飾がなされており、刀身の揺らめくような波紋が特徴的な片手直剣だ。

 七本剣は一部を除いて、外見と能力が判明している。

 勿論その剣の全てという訳にはいかないが、大体はこうして本に出来るくらいには情報が出ているのだ。


「――灰峰剣フラムレイグ。語源はゼレス教の経典に載っている神話に登場する、不死鳥フラムレイグからだね。フラムレイグは、どれだけ傷つこうとも傷口が燃え上がり蘇る、神々の眷属の一体で、書かれている通り死なないんだ。けれど神話の最後、魔王との戦いでその眷属の持つ封刀"影塵"の与える概念"死"によって灰へと変えられてしまう。そしてその灰の山から現れたのが灰峰剣。そう、この剣はフラムレイグの骸から生まれた剣なんだよ」


『武具の歴史』の内容を噛み砕きながら、なるべくレイドヴィルにとって分かりやすくなるようにと努めて説明を行っていく。

 レイドヴィルの顔を見ながら、きちんと理解できているか確認しつつ授業を進めていき、理解が不十分そうならばその都度補足していくのだが、様子を見るにどうやら今回も必要なさそうである。


「今灰峰剣は王国の公爵家、レッドテイル家が保有してるの。あ、ちなみに七本剣の内で所在が確認されてるのは五本で、そのうちの二本は王国のレッドテイルと、ここシルベスターが持ってるんだよ」


「知ってる!純剣イージスだよね。最近はあんまり会えてないけど、父様と母様に見せてもらった事あるよ」


 するりとめくった次のページに載っていたのは、清廉を思わせるシンプルな装飾と、鍔に向かうにつれてやや幅広の刀身が伸びた剣だった。

 絵であっても神々しく、自然と畏敬の念を抱いてしまう、そんな剣だった。

 レイドヴィルの頭に知識として定着している事に頷きつつ、イザベルは説明を続ける。


「そそ。知ってるなら早いかな。――純剣イージス。聖楯イージスがもとになった守ることに特化した剣だね。この盾は如何なる攻撃からも持ち主を守り抜く。主神ゼレスはこの効果で自分たちの陣営を守っていたんだけど、戦いの最後、主神ゼレスを除いて神々の陣営は全滅してしまう。守る者の居なくなった主神ゼレスは盾を剣へと変え、魔王と相打ちになった」


 元々知識の収集、収集した情報を語るのが好きなイザベルは滔々と淀みなく話してゆく。

 次々と知識を披露するイザベルの様子は非常に様になっており、イザベルからもう何度も授業を受けているレイドヴィルも、ほあ~と口を開けてイザベルを見上げている。


「ま、まあこんな感じかなぁ。えへへ」


 キラキラとした尊敬と羨望の眼差しを受けたイザベルは、今更ながら恥ずかしそうに目を泳がせながら視線を壁とも天井ともとれない方向へ視線を逸らした。

 普段学者肌の大人とばかり接する機会の多いイザベルは、こうして純粋な期待や尊敬を受ける事に慣れていないのだ。


「ねぇ、じゃあ最後の一本は?」


 物心のつく頃からイザベルと接し、順調にその知的好奇心を受け継ぎつつあるレイドヴィルが、当然の質問をする。

 だが生憎と、その質問にイザベルは答える事ができない。

 それは決して、イザベルが教える内容を忘れたという訳ではない。

 この都市の人間、王国の人間、大陸の人間、世界中誰に聞こうとも答えられる者は一人として存在しない。


「うーん、最後の剣は名前しか判明してないんだよ。姿形どころか、能力も分かってないからね。一応神話にその剣の名前だけは出てくるんだけど、神と魔王、どちらが行使したのかすら分からない。学者とかの中でも存在するかしないかで争われてるくらいだからねぇ。七本剣を作った人もなんでこの剣を入れたんだか」


「そっか……じゃあ名前はなんていうの?」


 重ねて問われるイザベルは、それくらいならと本のページを開き見せながら名前を告げる。

 そのページには挿絵が無く、神話の記述から推測されるこうだろうという曖昧で不確かな文字列しかなかった。

 見開きですらなく、片面にちょこんと書かれている、その剣の銘は、


「――理剣リベリアス」


 その答えを頷きながら聞き、真面目に頭に知識を仕舞って行くレイドヴィル。

 その様子を見て親近感を覚えつつも苦笑し、イザベルは窘める。


「まあ、こんなあるかどうかも分からない剣覚える必要はないからね?テストに出てくるような内容でもないし……」


 苦笑するイザベルに対し、レイドヴィルは心外だという顔を本からイザベルの方に向き直す。


「僕もベル姉みたいになりたいから頑張るよ!」


「―――っ!」


 教え子からそんな言葉を掛けられるなど、正に教師冥利に尽きる幸福だ。

 それが慕ってくれている弟分からであれば尚更の事。

 実際にイザベルの心は、名状しがたい暖かな感情で一杯になった。


「んもう、ヴィルくんは可愛いなぁ!!」


「ちょ、ベル姉やめてよー!」


 感極まったイザベルはレイドヴィルの頭を胸元に抱き寄せ、わしゃわしゃと豪快に撫で始めた。

 冗談として表面上嫌がるレイドヴィルだが、その抵抗が弱いものだという事実がレイドヴィルが懐いてくれている証明にも思えて、イザベルはまた一つ嬉しくなった。


「よし!これからヴィルくんに私の知識の全てを伝授してあげるからね!準備はいい?」


「っ!うん!」


 イザベルの抱擁から解放されたレイドヴィルは、元気よくイザベルに応える。

 そうして続けられた二人の勉強会は夜遅く、メイド長が夕食に呼びに来るまで続いたのだった。

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