小さな贈り物

青樹空良

小さな贈り物

「あ、サンタさんだー!」


 道ゆく子どもが俺のことを指さす。

 俺は、笑顔を張り付けた顔でティッシュを渡す。


「え~、オモチャじゃないの~?」

「ほっほっほ~」


 今日何度目のやりとりだろうか。

 日本語ワカリマセンの雰囲気を醸し出す。

 親も何か言ってくれればいいのに、笑っているだけだ。

 ああ、早くこの白ひげをむしり取りたい。

 今日は天下のクリスマス。

 だけど、俺には関係ない。




 ◇ ◇ ◇




「お疲れ様でした~」


 一日分の給料をもらって、家路につく。

 クリスマスだからって、別に浮かれてもいない。

 そのまま真っ直ぐ家に帰る。

 クリスマスを一緒に過ごす恋人もいないお陰で、クリスマス当日に自給のいいバイトを入れることが出来た。

 なんて思ってみる。

 彼女なんかいたら、高いプレゼントだって用意しなければならないし、いいことなんて一つもない、はずだ。




 ◇ ◇ ◇




 もうすぐ我が家(ボロい1Kのアパート・一人暮らし)、というところで茂みの向こうからがさがさと音がした。

 人通りのない暗い夜道だから、少しビビる。

 茂みの向こう側は公園になっているはずだ。

 ということは、暗闇に紛れて何事かをしているカップルか。

 想像した自分が嫌になって、足早に通り過ぎようとする。

 だが、その時草むらの中から何かがひょっこりと顔を出した。


「にゃ~ん」


 茂みから出てきた猫は細い声で鳴いた。

 やせっぽっちの子猫だった。


「なんだ、猫か」


 自分が呼ばれたとわかったのか、子猫は俺のことを見上げた。

 目が合う。

 どこか悲しげに見える目だった。

 寒いのか小さく震えている。

 周りに他の猫の姿は見えない。


「お前も一人か?」

「にゃ~~~~」


 まるで言葉がわかるかのように、子猫はか細い声で答えた。

 やせた子猫は、何か言いたげに俺のことをじっと見上げている。

 なんだか放っておけなくて、しゃがみ込む。

 子猫は俺の膝にすりすりと体を擦り付けてきた。


「ごめん、何も持ってないんだ」


 食べ物でも請求されているのかと思って、俺は答える。

 再び目が合う。

 その途端、猫はダッと駆け出して、茂みの中に消えてしまった。


「現金なもんだなあ」


 ため息を吐く。

 クリスマスの夜に一人。

 猫にまで逃げられてしまった。

 何も持っていない男なんて、猫にも見向きなんてされないらしい。

 けれど、歩き出そうとしたとき、再び茂みが音を立てて、さっきの子猫が現れた。

 口には何かをくわえている。

 子猫は小さな足で歩いてきて、俺の前にくわえていたものを置いた。

 空になった缶詰の缶だ。


「にゃ~」


 再び何か言いたげに子猫が鳴く。


「だから、何も持ってないって」


 催促しているつもりなんだろうが、持っていないものは持っていないのだからしょうがない。

 子猫はもう一度茂みの向こうに消える。

 そして、すぐに現れた。

 今度は干からびたような小魚を口にくわえている。

 子猫は俺の足元に、そっと小魚を置いた。


「お前、もしかして」


 そこでようやく気付いた。

 空だと思っていた缶の中には、すでに乾いてしまった中身が少し残っている。


「俺に、くれるのか?」

「にゃん!」


 もう一度、子猫のそばにしゃがみ込む。

 そっと撫でると、その体は驚くくらい細かった。


「お前こそ、ほとんど食べてないだろ」


 子猫がそっと俺のそばに座って見上げてくる。


「そんなに、腹が減ってそうに見えたかな……」


 こんな小さな子猫に心配されるくらいに。


「むしろ、さみしそうに見えたのか?」


 ははっと自虐的な笑いが漏れる。

 中身のない缶詰。

 痩せた子猫。


「どう見たって、お前の方が放っておけないだろうが」


 いつからここにいたのだろう。

 きっとクリスマス前に捨てられてしまった子猫。

 視界にひらりと何かが映る。


「雪か」


 ホワイトクリスマスなんて、寒さを増すだけでいいことなんてない。

 こいつは、雪の寒さなんかに耐えられるんだろうか。


「なあ、お前。俺の家に来るか?」

「にゃああ~」


 控えめな声で子猫が鳴く。

 そしておずおずと、膝の上に乗った。

 立ち上がって、懐の中に小さな小さな子猫を入れる。

 子猫はしきりに喉を鳴らす。

 降りしきる雪の中で子猫の体温が、なんだかとても温かかった。

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小さな贈り物 青樹空良 @aoki-akira

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