第10話 山田君と火曜日 五回目②

 肩で風を切り、月読と昴は昇降口へと去って行った。

 とりあえず屋上っていう行為自体を初めて見たが、そのまま指をくわえて放置ってわけにもいかない。


 急いで後を追うが、あいつら足はええ。

 互いにメンチ切り合い、体をぶつけあって移動してるんだが、ガチで追いつけない。あの機体制御技術は人類にとって革新的なものではなかろうか。


 屋上のドアは施錠されていなかった。不幸にも、な。

 ここは巌流島だ。

 宮本武蔵と佐々木小次郎の雌雄を決する場面にも見えるが、二人とも薩摩隼人並みのチェスト脳だってのは知っている。


 ぜひーぜひーと息を切らし、俺は屋上の石畳に膝をつく。

 

 あらやだ!

 月読さん、なんか指ぬきグローブとか嵌めてますよ。

 そこはかとなく中二臭い装備だけど、ちょっとカッコイイと思ってしまった。

 ナックル部分に金属が付いてるんですが、それは大丈夫なんですかね。


「来なさい、チワワ。まずはお座りから教えてあげるわ」

「うっざ……オバサンの出る幕じゃないんですよね」


 昴は足をトントンと地面に当て、軽くステップを踏んでいる。

 この子陸上選手だよな? 動きがボクサーっぽいんだけど。


「数か月先に生まれたくらいで、先輩のカノジョ面しないでくれませんかね」

「決定的な差よ。貴女は下、私は上。これは変わらないの」


 あるある。色々な個人情報を使ってマウント取ろうとする舌戦な。

 まあ本格的に血を見る前に、体を張って止めるしかねえか。


「あー、月読。昴。そこまでにしてくれないかな。朝っぱらからちょいと物騒にすぎるぞ。女の子同士で決闘とか、あんまり推奨できる行為じゃ――」


「タケル……ああ、火曜日もタケルって呼べるのは素敵ね。そう、うん、タケルは静かに待ってて。このバカチワワをすぐに鎮圧するから」

「先輩、心配してくれるなんて感激です。私、何があっても先輩のことを信じてますから!」


 想いが重い。

 この子たちのヘビー級なマインドはどこから発生してるんだろうか。

 

「タケルは!」

「渡さないですよ!!」

「やめーや!」


 三者の声が飛び交い、二人の影が交差する。


 月読の拳は空を切り、昴のハイキックはよけられた。

 ガチぞ。こいつら……マジでタマの取り合いしてんのかい。

 

「おい待て。殴り合いはマジでやめろ! お互い傷つけあっても禍根が残るだけだぞ。それに俺は暴力を振るうやつは嫌いだ!」


 ピタリ。

 昴の鼻先には月読のストレートが。

 月読のボディには昴の掌底が。

 それぞれ必殺の間合いで、身じろぎ一つとらずに制止していた。


「それは……タケル、貴方はどちらが妻だか選べるということよね」

 あっ、やべっ。


「先輩、ちゃんと言ってください! どっちが奥さんなのか、分からせてあげてくださいよ!」

 心臓が、心臓が破裂しそうだ。


「いや……その、な。ま、まだ高校生だからそういうのは早いんじゃ……ないかな」


 そより、と風が頬を撫でていく。

 

「タケル、言いたくはないんだけど? 身をもって知ってるでしょう」

「いや、それはそうなんだが。待て月読、そもそもお前が俺に固執する必要って、もう無くないか? その、月曜日は超えたわけだし」

「あら、言っていいのね」

「それは許して」


 クソ、なんだってんだ。

 月読は月曜日だけが鬼門であって、火曜日以降も自分であり続けるために俺に告白をしようとしていたはずだ。

 何か心境の変化……いや、条件の追加でもあったのか?


「ふーん、隠し事とかあるんですね。そういうの、やだなぁ」

「すまんな昴。俺にも言えないことの一つや二つはあるんだわ。できればこのまま引いてくれると助かる」

「無理ですね。だって私、先輩のこと諦めるなんてできませんから」


 再びファイティングポーズをとる昴の手を押さえ、俺は無理やりにでも体をねじ込む。君たち何かとバイオレンス方面で解決するのはよくないよ。


「あ……先輩、手あったかい」

「いや、そこを感心されても……今そういう状況じゃねえだろ」

 昴の腕から手を放そうとして、俺は投げ飛ばされた。


 背中から石畳に落ち、俺はむせこんでしまう。

「せーんぱい、つーかまえたー」

「ゲホっ、いってぇなおい! 昴、お前何を――むぐっ!」


 べろちゅー------------!!

 アアアウウウンンン!


 気づいたときはもう手遅れだった。

「ぶるああああああっ! おぶっ、ぐぼああああっ!」


 最後に目に残ったのは、爆散して辺りに臓物をまき散らす自分の身体だった。

 昴の頭には俺の大腸が乗っかっている。

 月読の足元にあるのは、俺の背骨だろうか。


 ぐ……意識……が……。


――

 そして雲海送り。

 ぷかぷかと浮かびながら、俺は今回の敗因を探る。


「昴の殺傷力はありえんくらいに高い。さりとてあのストーカーぶりから、避けて通るのは不可能だ。マジで詰んだんじゃねえのか、これ」


 ぶつぶつと考え事を口に出していると、針金のように痩せたシェリエル様が漂ってきた。


「あ、シェリエル様、こんにちは。なんかスレンダーになりましたね」

「ヲヲヲヲヲヲ……ナゼ、オヌシハ……シヌ?」


 アカン。

 極限までエナジーを絞られて、もうカタコトの言語しか操れないようだ。

 天使の世界おっかなすぎだろ。

 それに禅問答のような質問をされても困るってもんだよ。


「あの……できれば一緒に考えてほしかったんですが。あの褐色陸上系ストーカーの撃退法なんですが」

「ワラワ……ワラワハダレ? アンマンタベタイ」

「すいません、お大事に」


 もう駄目だ。

【天使の死んだ火曜日】とかいう、ちょっとロマンチックなネーミングができそうになってる。実際はゴア表現の塊だが、イメージは大切だ。


 ひたすら雲に頭をぶつけているシェリエル様をそっとしておきつつ、俺は一人作戦会議を再開した。


 マジでどうしよう。

 考えることは二つだ。

 月読はなぜ火曜日にも俺にアプローチしてきてるのか。そして昴はなぜ火曜日に襲撃してくるのか。

 

 恐らく……これは妄想に近い想像なんだが、月読も昴も天使に魅入られている……とかな。

 月読はほぼ確定だろう。本人もそんなことを匂わせていたしな。

 問題は昴だ。

 仮に昴が火曜日に成し遂げなくてはいけないことを、クリア条件としよう。

 俺に何を求めているんだ? 単に告るだけだったら、火曜日限定にしないといけない理由でもあるのか。


 月読と違い、他の曜日にも昴は変わった様子はない。

 ループを繰り返す中で、月曜日に昴に会った日もある。そんときも同じワンコ系のまとわりつきをしてきた。


 長谷川昴。こいつは何を隠している。

 そして思いつく。俺は昴の何を知っているのだろうかと。


 あやつは俺の情報を逐一更新しているが、逆に俺は昴の生態を全く知らない。

――情報が要る。

 これから数回死ぬかもしれんが、逆に俺が昴のストーカー癖を真似てみるのはどうだろうか。


 打開策は現地で掴む。死に戻り上等だ。

 そう決心したのは良いが、むしゃむしゃと雲を食べているシェリエル様を見て、良心が痛んだ。


 次に会うときは、シェリエル様は原型を保ってるんだろうか。

 天界のコンプライアンスについて、アンケートがあれば俺も一筆添えておきたくなった。


 体が透けてきた。

 よし、では戦場に戻るか。

 いざ、出陣!

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