第9話 山田君と火曜日 五回目
隊員山田A、報告せよ!
ベッド内クリア! 室内クリア! 階段クリア!
ご苦労、では着替えることにする。
なんて寝言ほほざいてる間にも、地球は回っている。俺にとって都合のよろしくない方向で。
いやしかし、どうするかね。ちょっと被弾率高すぎなんだよなぁ。
恐らく朱里はそこまで脅威ではない。
義妹相手にドスケベな妄想をするほど、俺は節操無しではない。朱里は下品な挑発をしてくるが、しかれば言うことを聞く傾向がある。
問題は昴よ。
ここまで殺害率100%だぞ。あの日焼け娘は要注意だ。こちとら恋愛ルーキーパイロットだ。エース相手に恋の空中戦をするのは自殺行為である。
「おはよう、母さん、朱里」
もはや何度目かわからない、朝食の光景だ。
む、今回は白米だ。おかずは目玉焼きにアジの開き、そして小松菜のおひたしとみそ汁だ。
勝ったな。流石に朱里もアジの開きで下品な真似はできまい。
うむうむ。食事の間は沈黙こそが相応しい。母親が韓ドラを観に席を立つのも予定通り。あとは昴とさえ会わなければ……。
「おにぃ、みてみて」
「なんだよ、ウインナーはないぞ」
「ほらほら、アジの開き!」
「見ればわかるよ。ってかそんな大げさに主張するほどのおかずじゃないと思うんだが。熱いうちに食べないと味が落ちるぞ」
見れば朱里はもう開きを食べ終えている。綺麗に可食部分を取り去り、残ってるのは皮と尻尾だけだ。
「おにぃ、ほら。くぱぁ」
「ごぶっ」
味噌汁がっ!
「中には卵があるよ。そこにおにぃの白いつぶつぶが突撃していくの」
「げほっ、げほっ」
お前は毎日何を考えて生きてるんだね。お兄ちゃん、本気で通院させようかどうか検討中だよ。実は妹型アンドロイド説ないよな。
「食べ物で遊ぶな。早く食え」
「えー。アジの開きの後ろにー、お茶碗に入ったご飯と目玉焼きがあるだけだよぉ。何を想像したの、おにぃ?」
どうしてこんなメスガキに育ったのか。まだ中二だというのに、いたましいことだよ、まったく。
「おにぃ、怒った? ねえ、怒った?」
「怒るぞ、いいのか」
「じゃあ朱里をぶっていいよ! どこがいいかな、ねえ!」
OK、こいつは手遅れだ。すまんが治癒方法が見つかるまで、触れないようにしておこう。お兄ちゃんが異世界で回復魔法覚えるまで待っててくれよな、朱里。
はぁはぁと息を荒げているバカを置き去りにして、俺は靴を持って再びトイレの窓から外に出る。
昴は直球型。必ず玄関にいるはずだ。
多少遠回りになっても、道を変えて通学するのが正解だろう。
「何してんすか、先輩」
「……おぅ」
朱里とは違う意味で、健康的にはぁはぁと息を切らせている昴がいた。
なんでこいつ、我が家のトイレの窓下にいるん?
「ちょっと、今日は趣向を変えて……だな」
「そうなんですか。じゃあ私が抱っこして下ろしてあげますよ!」
それは駄目アルよ。
ええい、見つかってしまったのであれば仕方がない。普通に玄関から出よう。こんな窮屈な出口を無理して通る理由もなくなってしまったからな。
「昴、やっぱ玄関で待ってて。普通に行くわ」
「その方がいいですよ。先輩おっきいからしんどいと思います」
改めて玄関で靴を履き、これから会うであろう後輩をドア越しに見据える。
よし、今日の俺は冷血に行こう。昴には悪いが、何事にもそっけない山田君で生きていく。この体質が治ったら謝るから、許せ後輩よ。
「おはようございます、先輩!」
「おはよ」
「元気ないですね。ほら、じゃあ私が引っ張ってってあげますよ!」
「いい」
しゅんと耳を下げる犬のように、悲しそうな顔をする。
ま、負けないからな。そんな寂しそうにされたって平気なんだからね!
「先輩、怒ってますか?」
「別に」
「やっぱ怒ってます……何か私、変なことしちゃいましたか。先輩に嫌われるのだけは嫌です。教えてください!」
「……気にするな」
耐えろ、俺。
ここで甘やかせば、それすなわち死だぞ。シェリエル様が化石になるほどに水分を絞られてしまう。
「行くぞ」
「…………はい」
とぼとぼ、という擬音がぴったりの歩き方だ。昴は顔を下に向け、俺の袖をつまんで後ろからついてくる。
一度始めたからには貫徹すべし。心を鬼にして進むしかない。
「おはよう、山田君」
校門前で、最後の伏兵が現れた。
そういえばそうでしたね。月読という絶対防衛圏があったね。
「今日は犬の散歩かしら。その子随分としょぼくれてるみたいだけど、山田君に振られたのかしら」
「な、なんてこというんですかっ! 私は別に……そんな!」
「そう、じゃあ離れてくれないかしら。だって私と山田君、付き合ってるから」
「え……、うそ……ですよね、先輩。だって、そんなのおかしいですよ……変ですよ……私頑張って……」
胃が先にぶっ壊れそう。もう校門前で修羅場とかが当たり前になってきてるのが怖いわ。
「月読、わかってるよな」
「心配しないで。言わないから」
よし。月読は月曜日のままだ。意識はちゃんとあるし、内容も通じている。
胸を少しなでおろした時、昴が月読に詰め寄って行った。
「先輩、本当に山田先輩と付き合ってるんですか? そうは見えないんですけど」
「あら、試されてるのかしら。どうしましょう、山田君」
「俺に振るんだ。いい機会だから言っておく。昴、月読が言ってることは事実だ。いろいろあったが、そういう関係なんだ、すまん」
ぼろぼろと大粒の涙が地面を濡らす。
「うえ、えぐ……そんな……そんなこと……嘘です、信じません」
「すまない昴。俺は……」
「いつも一緒に寝てたじゃないですか! 私は先輩と生活を一緒に過ごしてきましたよ! どうして裏切るんですか!?」
「ん、すまん。ちょっと言ってることがわからないというか……」
昴は髪をガシガシとかき、駄々っ子のように地団太を踏んでいる。一体何が起きているのだろうか。昴が一緒に寝る……?
「先輩、いつも朝7:00丁度に起きますよね。私、ちゃんと見てるから知ってるんですよ。そして今日は白米とアジの開きでしたよね、私も白米にしましたよ! あの生意気な妹さんを振って、トイレに行きましたよね。だから今日はあそこで待ってたんですよ!!」
なん……だと。
昴はなんでそこまで知っているんだ。え、まさか。
「私の生活サイクルは全部先輩に合わせてるんです! だって、見てるから!! ずっとずっと、先輩だけを見てるから!!」
「おい、お前俺の部屋に……」
ニマリ、と昴が嗤う。なぁんだ、今気づいたんすか? って感じに。
「いいんですよ、先輩はいつも通りに生活してて。私が勝手に合わせてるだけですから。先輩の邪魔にならないよう、気に入ってもらえるよう、一緒に居てくれるように頑張ってるんですから!」
こいつ、朝走ってたんじゃない……のか。
俺の部屋を、見ていた?
ぞくりと背筋が凍る。目の前にいる子犬は、実はケルベロスだった。
「先輩、ふふ、いつもかっこよくて可愛いです。そんな先輩のこと、私は――」
快音。
気づけば月読が昴を張り飛ばしていた。
「人の夫に何してくれてるの、このチワワ。これ以上あなたの勝手にはさせないわ」
「ったぁ……そっちが素なんですね、月読先輩。私、ほんと気に入らなかったんですよ、先輩の存在。なんで人の旦那にちょっかい出してくれてるんですかね」
どっちも違うからね。
割と心臓が悲鳴を上げて痛んでるから、言葉のドッジボールやめよう?
「久しぶりに切れたわ。屋上にきなさい」
「はん、上等っすよ。ぼっこぼこにしてやりますから」
「ちょっと、そういうのはやめろ。話し合って決着しよう」
全然聞いてない。お互い目を抉りそうな勢いでガンつけあっている。
「山田君、ちょっと待っててね。この雌犬を吊るしてくるから」
「ナマ言ってると後悔しますよ。先輩にはどっちが相応しいか、その身に刻んでやりますから」
颯爽と昇降口に向かう二人。かける声も遠く、決して届かない。
そして取り残された俺。
周囲の「お前ホンマクズだな」っていう視線を一身に受けながら、チャイムの鳴る校門前で立ち尽くすのみであった。
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