第8話 山田君と火曜日 三回目~

「先輩、好きです。その人じゃなくて、私とつきあってください!」

「山田君—―いえ、タケル愛してるわ。18になったら結婚しましょう」


 アアアアウウウン!!

 アアアアウウウン!!


 うお……ダブル烈風拳ってこんな感じなのかな。


 校門前で派手に血柱を吹き上げた。その勢い、間欠泉のごとし。

「せ、せんぱいっ! どうしよう、救急車を……」

「タケル、タケルぅ! しっかりして!」

 視界が狭まる。いつもより破壊力が格段に高い気がした。

 もう指先すら動かせない。ああ、また雲送りか。ちくしょう……。


――

「お主、わざとやってるんじゃなかろうな」

「そう見えますかね。今回はかなり強烈でしたが」

「今のはカウントが二つはいったぞい。野球で言えばゲッツーじゃ」


 すまん、世界の名も知らぬ二組のカップル。同時に言われても無慈悲かつ律儀にラブ破壊になってしまうとは思わなかった。


「はぁ……妾の今月の給与明細、かなり終わってるじゃぞ? 下手したら家賃も払えんかもしれぬ。お主もちっと気合入れて生きんか」

「頑張ってはいるんですけどね……シェリエル様、借家住まいだったんですか」

「もうモヤシはいやなのじゃ……よいか、この一週間死ぬでないぞ! これ以上は妾も精神がもたん!」


 天界にモヤシあるんだ。割とやべえ生活苦がにじみ出てるけど、俺だってガチで戦ってるんだ。ここは一つ苦楽を共にすると言ってほしい。


「火曜日は二人に狙われてるんですよ。殺意高すぎなので、期待はしないでください」

「あああああ、また呼び出しじゃああああ……もういやじゃ、お布団にはいりゅ」

 病んでるなぁ。っと、体がまた透けてきた。

 戻るか、戦場へ。

 

 やることを確認しよう。

①義妹である朱里が布団にいないことを確認する。

②エロ歯磨きを止めさせる。

③昴と通学路で会わない。

④校門前で月読に会わない。


 よし、行くぞ。無理ゲーとかクソゲーとか言うな。人生なんてそんなもんだ!


――

 2023年5月11日 火曜日 三回目 AM7:00


「っしゃおらぁっ!」

 ベッドに朱里がいない。その事実だけでもうクリアのハードルが思い切り下がった。あとは日常風景の中でのセクハラを止めさせるだけだ。

 俺はワイシャツに袖を通しながら、アホ妹を黙らせる方法を模索する。

 

 色々おかしいんだよな。

 火曜日は長谷川昴の日のはずだ。朱里という要素が混じるのが不思議なんだ。

 ゲームじゃないんだから、実兄に恋する妹とか、世界にいていいはずがない。朱里にはちゃんとした人と結婚してもらって、幸福な人生を歩んでほしい。


「おはよう、母さん。朱里」

 食卓に降りてきた俺は、用意してくれた朝食に手を伸ばす。

 そして停止する。


 なぜ、フランクフルト。

 ええ……こんなの朱里が見逃すわけないじゃん。


「おにぃの……おっひい……」

 ほらもう最初っからトップスピードだし。

 母さんは妹の奇行を気にせず、そそくさとリビングへ行ってしまった。朝の韓ドラを見るのが習慣らしいが、ちょっとは子供たちの安息を考えてほしい。


「さきっぽからお汁がぴゅっぴゅって出るの。飲み切れないよぉ」

「それは肉汁だ。はよ食え」

 こういう手合いは気にしたら負けと相場が決まってる。シカトしてれば朱里も空しくなって諦めるだろう。


「朱里、食べ物で遊ぶのはお兄ちゃん、感心しないぞ」

 あれ、いない。

 空になったお皿と、誰も座っていない椅子が残るのみだ。え、我が妹、忍者?


 さわ……さわ……。

「ぬっ!」

 いたよ、テーブルの下に。

 俺の太ももを手で優しくなでている。ピアノでも弾くように、指を順番にくねらせては、徐々に上へと昇ってくる。


「おにぃ……いいよね?」

「おほっ、う……ゴホン。こら朱里、食卓でふざけちゃいけません。食べ終わったら歯磨きに行ってきなさいぃっ↑」

「おにぃ、ここ弱いんだ……くふっ」


 くそ、心臓が破裂しそうだ。割とアウト気味のアウトだと思うぞ、これ以上は。

「朱里……やめ……」

「ふぅーっ、あは、びくんってしてる」

「これ以上は……俺は……」

「しゅりがおにぃのペットになってあげる。しゅりにすきなことしていいんだよぉ」


 言質取ったぞ、小娘。

「オラァッ!」

「きゃんっ!」

 朱里の首根っこをひっ捕まえて、テーブルの下から引きずり出す。おうおう、亀さんみたいに首を伸ばしよってからに。このクソガキが、ただじゃおかんぞ。


「悪い子はお仕置きです。はーっ」

 ペシンっ!

 薄桃色のぱんつが丸見えになっているお尻を、おもいっきり叩く。

 子供のころから、朱里が悪さするたびにこうやって引っぱたいてきたもんだ。懐かしいな。


「おにぃ……らめ……ひゃうっ、んんっ」

「んな声だしても無駄だ。もう逃げられねえぞ」

 ペチンペチン。

 ペチン、ペチャッ。


 ん、ペチャ?

「おにい……もっと、もっとぶって……」

 心なしか手が濡れている。その事実を確認した瞬間、俺は弾かれるように席から立った。こいつ、新属性をつけてきやがった!


「こ、これに懲りたらもういたずらしないように。お兄ちゃん許しません」

「いたずらしたら、またぺちんってしてくれるんだぁ……ふーん」

 駄目だ。俺の妹は日々進歩……あるいは退化している。昨日までの朱里は死んだ。そう思うしかない。


「私もおにぃと歯磨きするー」


 妙に水っぽい声を丸っと無視し、俺はマッハで身支度を整えた。

 こんな家に居られるか、俺は学校に逃げるぞ!

 靴を歩きながら履き、つんのめるようにドアを開ける。リアルホーンテッドマンションはもうたくさんだ。誰かエクソシスト呼んでくれ。


「はあっ、はあっ。おはよーございます、先輩!」

「お、おはよう」


 第二チェックポイント。長谷川昴。

 今日も健康的な小麦色の肌が眩しい。腕で汗をぬぐう姿は健全なスポーツウーマンだが、脇チラ、短パンからの下着チラは許されざる挑発だよ。


「先輩、一緒に学園行きましょう! いっぱい走ったので、ゆっくり歩いて!」

「あ、ああ……」

「元気ないですね? じゃあ私が元気チャージしてあげますっ!」

 そう言って昴は俺に思いっきり抱きついてきた。


 お、おおおおっ! 心臓が、心臓が脈打つ。生きてる? 俺生きてるのか?

 目をうっすらと開けて、背の低い昴を見下ろすと、スポーツウェアの隙間からピンク色の突起物が見えた。


 ぷに、ぷに。

「えへへ、先輩あったかーい。だからちょっとだけ」

 背を伸ばして、首筋にかぷりと噛みつく昴。


 アアアアウウウン!!


「ごほっ! ぐあああっ!」


 お、お前……なんていう真似を……。殺傷力高すぎだぞ。そういうの、うちのシマじゃ禁止だから……。

 抱きついている昴の頭に血を吹きかけてしまった。悪いとは思うが、自分では制御できない。


「うぐ……あああ……」

「せ、先輩!? そんな、しっかりしてください! 先輩、先輩!!」


 薄れゆく意識の中、小麦色のワンコは涙をいっぱいにたたえた瞳で、最後まで俺を気遣ってくれていた。


――

「ブチ転がすぞ、おいガキ」

「シェリエル様、素が出てませんか」

「コホン……なあ、ほんと頼むぞよ。先ほども液体という液体を、絞りに絞られてきたばかりなのじゃよ……。これ以上は妾も指詰めるしか……」


 天使の世界はブラックすぎませんか。

「シェリエル様、こう何か攻略法とかないですかね。三段構えの罠は、常人じゃ回避できませんよ」

「ふむー。ならば月曜日と同じく、隠密に登校してはどうじゃ? いつもと違うパターンを試してみるのもよいじゃろう。例えば朝食には行かない、玄関から出ない、正門から登校しない……とかじゃな」


 それもそうか。

 要は俺という存在がそこにいなければ、ヤンチャする小娘どもも萎れるというものだ。よし、ならば多少の空腹は我慢しよう。次こそは堅牢な城壁を超えてみせる。


「次来たら、お主わかっておろうな」

「保証はできないですが、頑張ります」

「頑張るのは当然じゃ。いいか、世の中は成果主義で――」


 かなり暗黒な教訓をくどくどと叩き込まれた。

 ノルマが、とか、営業の心得、とか。

 げっそりと瘦せこけたシェリエル様のためにも。何よりも自分のためにも、次こそはフラグを爆破してやるぞ!

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