第6話 山田君と月曜日 終

 月読伊緒は自宅に今日帰らないことを連絡した。

 普通突然娘がお泊りするとか、親御さんが鉄パイプを持って殴り込みにきてもおかしくないレベルで危険なのだが、なぜかすんなりとOKが出た。どんなマジックだ?


 決して月読には手を出さない。こんなに綺麗な女子と部屋で二人きりというのは、かなり生殺しに近い状況だ。しかし迂闊な行動は死を招くだろう。


「ねえ月読、頼むから普通に座ってくれんかな。お前も色々追い詰められてるだろ」

「なんのことかしらね」


 俺の方をしっかりと向いて、体育すわりをしている。

 当然、ぱんつがモロに見えるわけだ。

 お互い危ない橋渡ってんだから、安全運転してほしい。けど見ちゃう、悔しい。


「12時過ぎたら……」

「うん?」


 月読の顔が赤い。


「しよっか」


 心臓がズキリと痛む。お前ちょっと自重しろ。あと15分なんだぞ。


「今はやめろ。マジでやめろ。とりあえずデッドラインを超えてから色々話す」

「ふふ、えっちだね」


 うるさい。もう無視だ無視。だが俺は、挑発している月読の体が、かすかにふるえていることに気づいた。こいつはこいつで不安の極地なんだろうな。

 

 あと30秒。29、28……。

 そして秒針が12の数字を過ぎる。


「やった! 超えた! 月読、どうだ? 意識はあるか?」

「うえええ、えぐ、ぐすっ。あるよおおお……」


 よしよしよし、これで月読は自分の意識を火曜日までつなげることができた。

 その後の曜日がどうなるのかはわからないが、生存圏は広げることができたと思う。毎日俺から告白が必要なら、すればいい。月読が一週間を自分の意思で過ごせるのは大切なことだ。


「えぐ、ひぐっ。タケルぅ……タケルぅ……」

「よかったな。とりあえずクリアだ。なんか力が抜けたよ、まったく」

「じゃあタケルとえっちする。タケル……」


 それはアカンよ。ほんと死ぬからやめて。俺はめっちゃおっきしてるけど、必死に我慢してるんだからね。


「月読、こらえろ。ここでコケたら台無しになるかもしれんぞ。おい、脱ぐな! いいから、みせなく……て、ぐ、苦しい……やめ、パンツ脱ぐな……」

「タケルにならいいから……」

「俺が……よく……ねえよ……ゴフっ、うぐぐ」


 その時ドアが勢いよく開いた。


「なぬっ!?」

「おにぃ! 何してるの!」


 ガサ入れか! 

 義妹である山田朱里しゅりの探知能力はパない。部屋にあるエロいものをことごとく没収していき、どこに隠しても必ずサーチしてくる。

 そうだよな、朱里が月読の存在に気づかないわけはないよな。


 グレーのパーカーと赤いプリーツスカート。そして黒のニーソックスといういでたち。家でごろごろする格好でもなく、外出するような服でもない。見張ってたか。


「あーあ、この状況、どう言い訳してくれるの、おにぃ。通報案件かなー」

「いや、未遂だから。ちょっと落ち着いて俺の話を聞いてくれ」

「いやだよ。なんでおにぃをこんな泥棒猫に渡さないといけないわけ? 散々我慢してきたのに、もうめちゃくちゃ」


 泥棒猫って、お前。俺だって健全……ではないが、高校生だぞ。そういう浪漫があってもおかしくないだろうが。


「他のものなら全部譲ってもいいけど、おにぃを獲られるのだけは許せない。おにぃは私だけのおにぃなの!」

「強調しなくても、俺はお前の兄だぞ。ちゃんとお兄ちゃんしてるじゃないか。そのうち俺にも朱里にも彼氏彼女が出来て、結婚して家をでるかもしれないんだぞ」


「おにぃ、知ってる?」

「何をだ」


 ドクン。

 猛烈に嫌な予感がする。


「いとこ同士はカモの味、って言葉。あれって相性いいってことだよね」

「お下品な言葉はめーだぞ。お兄ちゃん悲しい」

 朱里を黙らせないとまずい。

 火曜日はまだ始まったばかりだ。は他にもいるのに!


「なら義兄妹同士は何の味がすると思う?」

「塩味でも醤油味でもいいよ。そうだ夜食にラーメンでも……」


 朱里はにんまりと笑って、いっきに薄黄色のパンツをひざ下まで下ろした。


「おにぃ、大好き。私と赤ちゃんつくろ」


 アアアアウウウン!!


「ちょ、おにぃ? おにぃってば! ああ、血が……!」

「タケル、しっかりして! こんなところで死なないで!」


 もう眼球からもやばい汁が出てるのがわかる。血液どころか脳汁まであふれてるのではなかろうか。

「あ……あ……」

 とんだ伏兵だ。実妹が背中から刺してくるとは……。

 くそ、意識が……もう……。


――

 そして俺は雲の世界に舞い戻る。はあ、どうなるんだ、これ。

 あ、シェリエル様だ。なんか怒ってる。


「お主さぁ。いい加減にせんと妾の自由時間がなくなるんじゃよ。最近いつも残業続きなんじゃから、もちっと労われんかの」

「いや、俺も好きで死んでるわけでは……。それになんで朱里が」


「なんじゃ、気づいておらんかったのか? お主の義妹は物心ついたときから、お主一筋じゃぞ。いつもさりげなく風呂場に下着が置かれてたり、薄着でいたりするじゃろ。完全に発情しておるな」


 大問題じゃねえか。

 流石に義理とはいえ、妹はアカンでしょ。今後どうやって朱里と向き合っていけばいいのかわからなくなる。

 ああ、そういえば色々と密着したがったり、間違えて俺の歯ブラシ使ってたりしてたけど、あれわざとだったんかな。


 確かに朱里は可愛い。

 明るい茶色の地毛は、黒くて太い俺の毛と正反対で柔らかい。ぱっちりとした二重で、鼻梁の形もいい。どこに出しても美人と言われるだろう。


「で、シェリエル様。これどうにかできないですかね。実家が戦場になるのは想定外なんですが」

「これを機に自立でもしたらどうじゃ? あああ、また呼び出しじゃ。お主の今回の死を、上司にクドクド言われる身にもなるがよい」


 シェリエル様の胸についている宝石のようなものが、チカチカと点滅している。相当参っているのか、髪の毛がボサボサになっていた。


「あ、透けてきました。それじゃあ行ってきます」

「もう来るでないぞ。はあ、天使用のエナドリ買わんとなぁ……」

「世知辛いっすね……」


――

 4月11日 火曜日 7:00 1回目


 がばりと身を起こすと、いつも通りの朝だった。

 急いでスマホを確認すると、ちゃんと火曜日になっている。

「ふああああああ、乗り切った! やったぜ!」


 やべー問題は山積みだが、とりあえず魔の月曜日は通り抜けた。

「ふう、今日は暑いな。やけに喉が渇く。汗がすげえし」

 

 待って。

 なに、この布団の盛り上がり。

 そう、まるで誰かが中に入っているような……。


「おはよぅ、おにぃ」

「んー------!!」

 え、え、マジ? 朱里が何でベッドの中に?


「寝顔見てたら眠くなっちゃって。一緒に寝ちゃった」

「朱里、もう中二なんだから一人で寝なさい。お兄ちゃんは抱き枕じゃないぞ」

「えへへ、そういうおにぃ、♪」


 アアアアウウウン!!


 俺はベッドで血塗れになりながら、釣り上げられたマグロのようにビタンビタンと跳ね回る。


 くそ、出待ちどころか起き攻めじゃねえか。

 こんなん……回避できる……か……。


「おにぃ!? おにぃ、死なないで!」


 この地獄、必ず終わらせてみせる。待っててくれ、ひなな。俺は……君に……。

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