第5話 山田君と月曜日 三回目③

 最後の最後で油断をした。あれだけガッツリと食事をしたニンニク姫が、まさか店のすぐ外で待っているなんて思わなかった。


「タケル、あのね……私」

 あ、これは死にますわ。今まで月読に告られること二桁回数。それらの経験が俺の確実な死を予言していた。

 ならば最後の最後まであがく。これ以上好き勝手にはさせんぞ。


「その言葉を言う前に、月読。実は俺好きな人がいるんだ」

「やっぱり……私に隠れて浮気してたんだね。酷いよタケル」


 正確には目線を合わせるだけが精一杯の片思いだ。三条ひななに想いを告げるまでは絶対にあきらめないぞ。


「そもそもだが月読、俺たちってつきあってないよね?」

「そうね」


「え?」

「え?」


 あっさり認めたよ。

 それじゃあ浮気も何も関係ないんじゃないかな。俺が誰にどうしようと自由ではなかろうか。なぜに俺を構うのだろうか。


 割と大きな声で喋っていたせいか、周囲からの視線を多く感じる。


「ここ、目立つから……どこかいこ。学校じゃないところで

「あ、そうだね。じゃあ――」

「タケルの家がいい」

「えぇ……」


 マジで。グレーのコートとハット。男物のスラックスをはいたスパイ女子を、自宅に突入させるの? 母親はともかくとして、妹に見つかったら即開戦になるよ。


 電柱に明かりがつき始める。明日のことを考えれば、早めに用件を終わらせて、月読を家まで送らないといけない。うぐぐ、危険性が増してしまった。


「手早く終わらせられる内容なのか? 流石に夜遅くなるとまずいからな」

「きちんとお話したいの。だからお願い」

「……わかった。じゃあこっちだ」


 自転車を手で押しながら、無言の月読と一緒に帰路につく。すれ違う人たちはみなぎょっとした顔で彼女を見ていたが、一向に本人は気にしていないらしい。

 まるで俺は補導された学生のようだ。まあ、こんな怪しい刑事もいないか。


――

 玄関の扉を開け、なるべく普段通りに帰宅したかのように演出する。間違っても声を出さないように、月読に向かって口に一本指を立ててジェスチャーを送った。

 親指を立てて返してくれたことから、意思疎通はとれている。よし。


 物音をたてないように靴を脱いでもらい、そのまま手に持たせて二階へ上がってもらう。リビングから洋画の英語音声が聞こえていることから、妹はDVDでも見ているのだろう。


 自室に入った月読は、するするとコートを脱ぎ、スラックスも下ろしていた。中身はまんま学園のブラウスとスカートで、結構汗をかいているようだった。うっすらと緑色のブラのラインが透けている。


「飲み物いるよな。ちょっと待ってろ」

「平気。持ってるから」

 言うと同時に、月読はコートのポケットから、ポカリスエットの小さなペットボトルを取りだして、口をつけた。

 ぐびり、と鳴るのどに目が釘付けになる。


「飲む?」

「いや、いい。それで月読、なんの相談だったんだ?」

「うん……ちょっと待ってね。どこからお話しようかしら」


「浮気がどうとか言ってたな」

「ああ、あれはカマかけ。本当だったら刺してあげようと思ったけど、まあいいわ。本題は他にあるから」

「さらっと殺害宣言しないでくれませんかね」


 人さし指を顎に当て、むむむと考え込んでいる。学校では決して見ることのないポーズに、少しの驚きと新鮮さを感じた。ぺちょんと女の子座りをしているのも似合っている。


「こういう時は結論から言うべきね。ねえ、タケル。あなた隠しごと、あるでしょ。

それって、何かにとり憑かれてる……とか?」

「なん……で……? いや、どうしてそんな話が急に?」


「だってとり憑かれてるから。天使にね」

「なっ!? まさか月読も死に――うぐっ」

「ストップ。直接条件は話してはだめ。そう、私もきっとタケルと同じことになっているのだと思う」


 いつから気づいていたんだ。天使は二人いるのか。何か別の任務を月読にも与えているのだろうか。頭が混乱して、ポップコーンのように弾けそうだ。


「どうして気づいたんだ。俺の持っている能力だと、第三者からは実態が確かめようがないと思うのだが……」

「そうね、でもある程度予測はできてる。タケルは私に絶対に言わせたくないことがあるんでしょう?」

「—―ある。言うなよ、マジで」


 やっぱりね、と月読は両手を広げる。それは将棋で言えば投了、チェスで言えばチェックメイトを喰らったような、あきらめの姿勢だ。


「そっか。お手上げだね」

「月読も何か制限があるのか。言ってはいけないんだろうが、俺もある程度把握しておきたい」


「そうだね。うーん、じゃあ月曜日がヒント。これ以上は無理だった」

「無理だった……月曜日……」

 

 月読伊緒は月曜日だけ、熱烈な求愛をしてくる。それ以外の曜日はまるで俺のことなんて知らないように振舞っているのに。

 

 まて、俺は人から告白されると死んで朝に戻る。当然俺が死んだことによって、月読の告白は無かったことになるわけだ。


 月読は月曜日だけ。

 他の日は俺のことは知らない。

 死に戻り。


「俺から月読のルールを指摘することは、危険な行為かな」

「やってみたことがないからわからない。それ以前にこのお話になったこともないから。ただでさえ月曜日の時間は惜しいから」

「その言葉で確信したよ。お前は……」


 月読伊緒が自由意志で行動できるのは、月曜日だけ。

 それ以外の曜日は、何かに乗っ取られている可能性がある。

 もしかしたら他の曜日の月読は、偽物かもしれない。


「そうか……お前もそうなのか。参ったな、推測するにきっと俺をどうにかすることが、月読にとり憑いているやつから言われた条件だろう」

「ノーコメント、よ。できればこれ以上はやめて」


 条件はおそらく、俺への告白が成功することだろう。

 だから彼女はクラス替え当初から、あまり接点のない俺に猛烈なアプローチをかけてきていたのだろう。


 しかし月読の条件を達成すれば、俺は死ぬ。そしてすべては無かったことになる。

 俺も月読も、永遠に終わらない月曜日という檻に閉じ込められてしまったのだ。


「お手上げでしょ? 私たちの道は相反してる。どちらかが譲らないといけないわね」

「そうなのかな。何か見落としてることがあるんじゃないかな」


 月読は俺が死に戻っていることをきっと理解している。

 月読も死に戻りしているのだろうか。


【これ以上はダメだった】


 そのセリフと合わせて、俺は月読が死んだ場面を見たことがない。つまり月読は告白しなければ死ぬというわけでも、条件を人に話しても死ぬわけではない。


 恐らく【代わる】のだろう。


 告白せずに一日を終えた時点で、残りの一週間は月読は別人になってしまうのかもしれない。

 そして次に自我を取り戻した時は、また月曜日になっている。

 その間の記憶を保持しているのかどうかは難しい判断だが、月曜日の月読の言動に周りとの差がないことから、きっと覚えているのだろう。


 こんな拷問、あっていいはずがない。

 俺が感じているものを、怒りと呼ばずに何と呼ぶ。

 クソったれの神様に、いいようにオモチャにされている気分だ。


「月読、もしかしたら失敗するかもしれないが、俺を信じてくれるか?」

「……すごく怖いわ。もう、これ以上は私、耐えられそうにないから」

「もしダメだったら、すぐに俺に言うべきことを言ってくれ。俺は今日この日の会話を忘れない」


 ぎゅっと手を握る。かたかたと震える小さな手を、俺は見過ごせなかった。

 心臓が破裂しそうに脈打っている。今にも口から血が噴き出てもおかしくはなかった。


 だが、生きている。つまりこれは成功するかもしれない。


「月読、俺とつきあってくれ」

「ッ!!」

「余計なことは言うなよ。イエスかノーだけだ」


「い、いえす」

 お互いに目をつぶる。心臓の痛みが尋常じゃなくなってきた。


 …………。


「何も……起きない? 月読、大丈夫か?」

「大丈夫……みたい」


 シェリエルは言っていた。

【例の娘からだけ】は愛情を【受けても】OKだと。

 つまりは【三条ひなな】からは告白されてもよい。だが他の子から【される】のはダメだということだ。

 

【月読に】告白されたらアウトだが、【俺から言う】のは必ずしも禁止ではない。

「今日、家に帰るのが怖い。明日の自分が怖い」

「泊っていくか、月読」

「うん。だって告白してくれたもんね」


――

「ふーん、おにぃたちってそういうコトするんだ。ふーん、へー」

 ぴったりと耳をつけていた影が一つ。そして再びドアにへばりついた。

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