第3話 山田君と月曜日 三回目①
休み時間のチャイムは死の合図。
日直が黒板を消しているなか、クラスメイトたちはそれぞれ自由に動く。
掲示物は必要最低限で、特に飾りのない教室だが雰囲気は明るい。
俺はひたすらに友人と話しまくるのだが、今回の月読は手ごわかった。
「いやー日曜日、ネトゲでクランのやつと喧嘩しちゃってさー。レアドロップの争奪戦が始まっちゃったよ」
「ふひひ、山田氏も血の気が多いですからな。曲がったことが嫌いな性格は、某嫌いではないですぞ」
「そうね。私としてはもう少し落ち着いてくれてもいいんだけど」
なんで話に混ざってんの?
ゲーオタの会話とか女子にとっては鬼門だろうに。
「あ、ああ。それでな、最終的に俺が買い取ることになっちまって。悔しかったけど、まあ仲間が分裂しないで済んだからいいかなって」
「ふぉふぉふぉ。天の時、地の利、人の和。それこそが生き抜くための戦略基盤ですぞ。山田氏は和をつないだのですな」
「確か5億ディナールだったわよね。山田君、結構痛い出費だったんじゃないかしら?」
「そうなんだよ。もう金欠でさ。あーなんかレアアイテム売らないと、次のイベントが……え?」
なんで月読がそれ知ってんの?
「ところで山田君。貴方のキャラ育成は効率的ではないわ。もっといい狩場を知っているから、今度私と行きましょう」
「待って。え、俺がやってるゲームなんだかわかってるの?」
「クロネコディスティニー。略して黒デス。一年前に比べて人が増えたわね」
合ってる、けど。
黒デスで正解だけどさ……人も増えてるよ。
「月読氏も黒デスプレイヤーですかな? 某はウィザードを育成してますぞ」
同好の士である
「私はプリーストをしてるの。【青天の翼】って言うクランにいるわ」
「ねえ、それ俺がいるクランだよね」
「そうとも言うわね」
うちのクランでプリーストは一人しかいないんだが。
アバターネーム【るなるな☆彡】さん。
いつも俺の隣に座ってくる、赤薔薇のカチューシャをつけた、銀色ロングヘアーのアバターの人だわ。中身女の子で、俺のこと好きだったりするんだろうか、なんていう妄想をしてたっけな。
「今度密林マップに行きましょう。ね、ナイトの【スサノオ】君。貴方の装備だとキラーラビットとジャイアントホーネットを狩るのがいいわ。もちろん支援職が要るけどね」
「え、あ、うん。俺ちょっと水飲んでくる」
そう言い残して、俺は教室から脱出する。カクト、すまんが月読を頼む。
ゴクリと給水機から出る水に口をつける。乾いた全身にしみわたるような冷たさが心地いい。それにしても……。
怖すぎだろ、見張ってたのか!
あいつ、ゲーム内にもいたのかよ!
これ以上やってられるか、俺は逃げるぞ。クランも抜ける、ゲームも当分封印だ。
文字列でも死ぬことを考えれば、今まで致命的なワードを書き込んでこなかったのだろう。そうとも知らずに、俺はとんだ核爆弾を背負って遊んでたのか……。
冷や汗でワイシャツが濡れてくる。くそ、落ち着け。
「タケル君、顔色悪いよ?」
この声は聞き間違いようがない。いつまででも聞いていたい。
「や、やあ三条さん。別に大丈夫……だよ」
「ほんとかなぁ。どれどれ」
ほのかに温かい手が、俺の額に当てられる。ただ体温を測るだけの行為がこんなにも嬉しいと思ったことはない。
三条ひなな。
俺が密かに思いを寄せている女子だ。
背伸びしないと俺の顔に届かないほど小さな体は、とても華奢で壊れそうなほどだ。ふわふわの茶色いショートボブに、柔らかいまなざしをたたえる瞳。顔のパーツはほぼ理想的なほどに均整がとれており、誰に聞いても美少女と回答が戻ってくるだろう。
子犬のような人懐っこさと、誰にでも分け隔てなく優しい性格はクラスでも親しみを持たれている。無邪気というほど未成熟ではないが、ときおり見せる無防備な姿はかなりの高ポイントだ。
「お熱はなさげだね。保健室一緒に行く?」
「や、心配ないよ。ありがとね」
うまく口が回らない。心臓がバクバクいっている。俺みたいなゲーオタにも優しいとか天使かな? と思うほどだ。
「うーん、じゃあはい、これ」
「うん? え、これは……」
「冷えピタでしょ、それから絆創膏に体温計。こっちは包帯で……これはヨードチンキ。うがい薬と目薬。こっちは鉗子とハサミ、ピンセットもあるよ!」
「じゃ、じゃあ冷えピタだけもらおうかな。ほんと助かるよ」
ワンマン保健室だった。
三条ひなながいつも背負っている小型リュックには、様々なものが入っている。以前昼食時にマグロの刺身が出てきたことがあった。
そしてひななは絶対にリュックの中身を第三者に見せない。実に怪しいが、それもまた可愛いと思ってしまう。
「そろそろ授業始まっちゃうよ。いこいこ」
手を握られそうになって、俺は咄嗟に引っ込めてしまった。
「あ、あはは。ごめんね、なれなれしくて。私距離感おかしいってよく言われるから。気を付けるね」
「そう……じゃないんだ。うん、すまん、俺の方こそ」
そっと手を差し出す。
好きな人に手を引かれて教室に行く。これほどに充実した瞬間があるだろうか。
この想いはどうしたらいいのだろうか。俺はひななともっと一緒にいたい。話したいし、じゃれあいたい。
本当に、どうすればいいんだろうか。
――
昼休みになった。
確認のために月読の顔を見る。顎でツイと外に出ることを促され、いつも通りに生物準備室へと足を運んだ。
「どうすればいい。このままでは永遠に月曜日から出られないぞ。だが月読の行動はランダムで先が読めんしな……何か手立てはないものか」
わずかな待機時間で、俺はオーバーヒートするほどに脳を酷使する。完全に不規則な行動をとる相手への対策などありはしないのだが、それでもやり遂げなくてはならない。もう死ぬのはごめんだ。
「お待たせ」
ガラリとドアを開け、月読が近寄ってくる。その足音は軽快で、心なしか無表情な顔がほころんでいるようにも見える。
「何かいいことでもあったのか? やけに機嫌がよさそうだけど」
「タケルが今日正しい行動をしたから。休み時間にあの雌犬の手を簡単に取らなかったでしょ? —―そのあとは最低だけどね」
二人きりの時はタケル呼びになる。
今しがたまでの笑顔が去り、かなり怒っていらっしゃるようだ。
「別に嫌がってたわけじゃないんだが。かえって悪いことしたんじゃないかって気にしてるのに」
「他の子を気にしないでいいの。私といる今がすべてでいいじゃない」
流れがまずい。月読は切れ気味に恋愛話を繰り広げている。いつNGワードが飛び出てもおかしくないだろう。
「月読、俺すごくお腹すいててさ。ちょっと飯を食いたいんだが」
「そう。今日はたくさん作ってきたから、思い切り食べてね」
「助かるよ。ん、俺の箸ってあるかな」
「一膳だけで十分よ。はい、あーん」
心臓が杭を打たれたようにズキリと痛む。ぐ……かろうじてセーフか。【はい、あーん】は大丈夫なんだな。
「タケルの口を独占したい。タケルの食べものは私が運びたい。だから――」
「わかった! わかったから、食べるよ。うむ、むぐむぐ。うん、美味い。相変わらず月読のレンチン技術は大したものだな!」
つまようじで腕を刺された。いってぇ……少しぐらい反撃の狼煙を上げてもいいじゃないか。
「今日は、少し変ね」
「変、とは?」
なんだ? 月読は何かに疑問を持っている。俺がやたら多弁だったのが癇に障ったのかな。行動が不審だったら申し訳ないが、こちらも実行可能な自衛手段だから見逃してほしい。
「何か追い詰められているような……その割には目立ってるし。行動がちぐはぐ」
「そうだったかな。自分じゃちょっとわからんよ。まあよく喋ったとは思うけど、別に変な話をしてたわけじゃない」
「そうね。私も全部聞いてたからそれは知ってる」
「…………だろ。うん、月読の気のせいじゃないかな」
そうかもしれない、とつぶやき、月読はもそもそと弁当を食べ始めた。彼女が深く考え込んでいたおかげで、俺はこの昼休みに死亡することはなかった。
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